第602話:アランの試合
『お昼休憩を挟みまして、大武闘祭個人の部はいよいよ二回戦へと進みます。
フィルニイリス様、一回戦を振り返っていかがでしょうか?』
『一回戦で有用な魔術士はいなかった。
無詠唱を会得しただけで満足し、威力や制度を磨く事を怠っている証拠。
あれでは通常の詠唱魔術の方が魔力効率、威力共にまだマシ』
『な、なかなか手厳しいご意見です。
プレーター学園やマチアンブリ学園はどうでした?』
『無詠唱魔術の威力が低いうちは防御も回避も磨く必要は無い。
でも今のままではいづれ通用しなくなる。
商人も同じ。
魔術の運用が変われば必要となる武具も変わる。
今はその変わり目。
これからの試合を見て、どのような武具が必要となるか見極めると良い』
『おお、我々商人にまで素晴らしいアドバイス。
ありがとうございました』
フィルニイリスは無詠唱魔術が当然となればそれに対する戦い方も変わると言った。
だが、今はまだその段階には至っていないようだ。
今はまだ無詠唱に至った段階。
これからいろいろと変わっていくのだろう。
『それではお待たせいたしましたっ!
大武闘祭個人戦、二回戦の開始ですっ!!』
『まずは優先枠からの登場。
昨年の大武闘祭個人戦、準優勝の実力の持ち主。
今年の優勝候補の一人、フロイオニア学園代表、アラン=イオニア選手っ!!』
『きゃ~!!!』
『アラン様~!!!』
『うおぉ~~!!』
『アラン~~!!!』
アランの名が告げられると、観客席から大歓声が飛び交った。
昨年レキと好試合を行ったアランの名は、レキと同じ無詠唱魔術の使い手と言う事もありここフォレサージ森国に広まっていた。
レキのような特別な力が無くとも無詠唱魔術に至った者として、まずアランを手本にせよと言われる事すらあった。
レキ以外の者でも無詠唱に至れる。
各地に派遣されたフロイオニア王国の宮廷魔術士の教えを体現するかのようなアランの魔術。
フロイオニア王宮で身に付けた騎士剣術と共に戦うアランの雄姿は、他国や他種族の者達が尊敬するに値する姿だった。
加えて整った容姿にフロイオニア王国王子と言う身分。
アランの人気はレキに次いで高いと言って良い。
「今日は大丈夫やな」
「ええ、いつまでもあのような言葉に惑わされる私ではありません」
昨年のローザはそんな声援にすらやきもきさせられていた。
だが、ローザも四年生。
来年はアランと共に卒業し、王妃教育が始まる。
つまりはアランの妻として本格的に活動すると言う事である。
今までもアランの愛を疑った事は無いが、結婚が間近に迫れば惑わされる事も無い。
アランの人気は高く、学園でもアランを狙う者は今も多い。
だが、彼女達が狙うのはあくまで第二夫人や側妃枠。
ローザが正妃である事は誰もが認めており、アランの妻の座はゆるぎないものとなった。
今のローザに恐い者は無い。
故にこうして、純粋に応援する事が出来るのだ。
『続きまして一回戦を見事勝ち抜きましたライカウン学園代表、フィルス=ミーリス選手っ!』
続いて登場したのは、無詠唱魔術を使いマチアンブリ学園の代表サクス=ナーラを倒したフィルス=ミーリス。
まあ、サクス=ナーラの自爆のような感じではあったが、それでも青系統中級魔術を無詠唱で放ったのは彼女の実力。
魔術反射の盾(ただし偽物)をものともせず、サクス=ナーラもろとも押し流した魔術で、昨年の準優勝者アラン=イオニアに挑む。
――――――――――
「初めましてアラン殿下。
ご尊名はかねがね」
「ああ。
まあレキのついでだろうが」
「ふふっ、それは御謙遜が過ぎるというもの。
レキ様でなくとも無詠唱魔術が扱えると、大舞台で披露してくださったのはアラン殿下ですよ」
「無詠唱自体はフィルニイリスが確立し、我が国の宮廷魔術士達が方々で指南している。
私などその教えに従い身に付けただけに過ぎんさ」
「それでも純人族が、それもまだ学生が身に付けられる事を証明してくださったアラン殿下は、レキ様を崇敬する者達の憧れであり希望でもあります」
「あまり持ち上げてくれるな。
自惚れそうになる」
「それだけの実力がアラン殿下にはありますよ。
でも、レキ様には敵いませんけどね」
「ふっ・・・」
最後のは皮肉では無く、これから戦う者としての宣戦布告のような物。
同時に、アランがあまり褒めるなと言ったので付け加えただけだ。
とは言え、今のアランがレキに負けているのも事実。
知名度や名声でもレキの方が遥かに上。
王族という立場も、他国からも崇敬されているレキには敵わない。
そして実力も・・・。
「今はまだレキの方が上だが、いつかは勝って見せるさ」
それはアランが初めてレキと対峙した時からずっと抱いている決意。
勝ちたい理由は変われど、負けたままでい続けるつもりは無い。
今回の大武闘祭は、レキと同じ立場で競える最後の機会。
卒業すればアランは学生から王族になってしまう。
もちろんそれでレキが忖度するとは思えないが、本人達が良くとも周囲が何を言うか分からない。
誰に遠慮する事無く対等の立場で、全力で挑める最後の機会を譲るつもりは無い。
「私とてライカウン学園の代表。
アラン殿下に勝利し、レキ様と戦うのは私です」
「良く言ったっ!」
フィルス=ミーリスが杖を構え、アランが剣を抜く。
お互い戦いの準備は済んだようだ。
『二回戦第一試合、始めて下さいっ!』
アラン最後の大武闘祭、その最初の試合が始まった。
――――――――――
「始めっ!」
「行きますっ!
はあっ!!」
初手はフィルス=ミーリス。
一回戦でも見せた無詠唱魔術でアランに攻撃する。
「甘いぞっ!
はっ!!」
フィルス=ミーリスの魔術に対し、アランもまた魔術で応戦した。
フィルス=ミーリスが放った青系統中級魔術、ルエ・ウェイブに対し、アランは同じ青系統のルエ・ウォールを発動。
押し寄せる津波がアランの生み出した水の壁ごとアランを押し流そうとしたが、まるで強固な堤防の様に、フィルス=ミーリスの津波はアランの水壁によって遮られた。
『フィルス選手の放ったルエ・ウェイブ、アラン選手のルエ・ウォールに遮られた~!!』
同じ青系統の中級魔術。
一方は攻性魔術、もう一方は防性魔術ではあるが、難易度的にはフィルス=ミーリスの放ったルエ・ウェイブの方が高い。
何故ならアランのルエ・ウォールは水をただその場で発生させ続けるだけで良いのに対し、フィルス=ミーリスのルエ・ウェイブは生み出した水の壁を相手めがけて動かさなければならないからだ。
それもただ相手めがけて動かせばよいという訳では無く、壁を維持し続ける必要もある。
維持しなければそれはただ流れる水。
相手を上から飲み込むほどの高さの津波であるからこそ、相手の攻撃すらも呑み込み押し流す事が出来るのだ。
だが、フィルス=ミーリスのルエ・ウェイブはアランのルエ・ウォールを飲み込む事も出来ず、水壁に阻まれ散って行った。
ひとえに、アランの生み出したルエ・ウェイブの堅牢さが、フィルス=ミーリスのルエ・ウェイブに勝った結果である。
押し流す水の勢いに負ける事無く壁を維持し続ける。
アランの魔術の精度がフィルス=ミーリスを上回ったのだ。
――――――――――
「さすがアラン殿下。
ですがっ!!」
防がれた事に多少は動揺しつつ、フィルス=ミーリスがすかさず魔術を放つ。
次に放たれたのは同じ青系統の初級魔術ルエ・ブラスト。
武闘祭・大武闘祭でおなじみとなりつつある、威力の高い魔術。
津波では飲み込めないと理解し、一点突破にかけるフィルス=ミーリス。
「甘いっ!!」
対するアラン。
魔力を一時的に止めルエ・ウォールを消す。
続いて発動したのは赤系統中級魔術エド・ウォール。
火の壁を生み出す防性魔術だ。
同じ壁を生み出す魔術。
水と火。
どちらも形の無い物を壁と成す魔術である。
水は純粋に相手の魔術を防ぐのみだが、火は同時に相手の接近をも防ぐ事が出来る。
もちろん火傷覚悟で突っ込めば突破は出来るだろう。
身体強化で防御力を上げるなり、他系統の魔術で己をコーティングするなりすれば正面突破も可能だ。
だが、流石にフィルス=ミーリスにはそこまでの応用力は無かったらしい。
「しまっ!?」
フィルス=ミーリスの放った水球がアランの火の壁に衝突し、武舞台上に水蒸気が発生した。
――――――――――
「きゃっ!?」
『アラン選手お得意の霧による戦術っ!!
フィルス選手、どう対処するかっ!?』
フィルス=ミーリスの放った水球とアランの火の壁によって発生した水蒸気。
衝突した際の衝撃と破裂音も加わり、フィルス=ミーリスが思わず耳を塞ぐ中、アランは剣を構え横から回り込む形でフィルス=ミーリスへと突進した。
剣も魔術も高水準で修めているレキに少しでも近づく為、ライカウン学園では昨年からより武術にも力を入れるようになった。
学園の代表となったフィルス=ミーリスも、来るレキとの会合を夢見て武術にもそれなりに力を入れてきたつもりだ。
だが、所詮は護身からの発展。
対人も対魔物も想定していない武術では、このような事態に対処できるはずも無い。
ましてや幼い頃から王宮騎士団に鍛えられ、更には打倒レキを目標に今もなお鍛え続けているアランに勝てるはずが無いのだ。
「はあっ!!」
「きゃあっ!」
何とか立ち上がったフィルス=ミーリスは、いつの間にか接近していたアランの剣に手に持つ杖を弾かれ、その場に尻餅をついた。
「私の勝ちだな」
「・・・ええ、参りました」
眼前に剣を突き付けられ、フィルス=ミーリスが敗北を宣言。
二回戦第一試合、勝者はアラン=イオニア。




