第597話:相変わらずのマチアンブリ学園 その二
『さすがマチアンブリ学園。
盛り上げ方を熟知してる』
『・・・本人はいたって真面目だと思いますよ』
第一試合はライカウン学園の代表、フィルス=ミーリスが快勝した。
まあ、サクス=ナーラの自爆と言えなくもないが。
実のところサクス=ナーラや昨年の代表選手達がこぞって騙されたのは、その店も学園が用意した試練のような物だからだったりする。
ある程度の情報収集能力と金銭を持った生徒に対する最終試練。
その店の店主に騙されぬ様、売られている品々を正しく見極められるか。
それこそが生徒達への試練であり、見事騙されなかった者だけがその店に置かれている本当の掘り出し物をゲットできるのだ。
サクス=ナーラ達は残念ながらその試練を突破できなかったらしい。
だが・・・。
「本当、情けない・・・」
「なんやミダス。
なんか文句あるんか?」
「・・・いえ、文句はありませんよ。
ただ同じマチアンブリ学園の代表として情けないと言うか・・・」
「ぐぬぬ・・・」
心底幻滅したと言う表情でミダスを見るのは、もうひとりの代表選手。
一回戦第二試合に出場するマチアンブリ学園代表、ミダス=カーラだ。
『一回戦第二試合です!
マチアンブリ学園代表、ミダス=カーラ選手!』
前髪を切りそろえ、きりっとした表情の女子生徒ミダス=カーラ。
如何にも真面目で堅物そうな印象の生徒だが、その見た目通り堅物で真面目でとっつきにくいらしい。
成績は非常に優秀で、交渉事も無難にこなすが、愛想は無くそれさえ持ち得ていれば完璧だと言われている。
友達は少なく、他者を当てにする事は無く、何事も己自身で行い達成してしまう。
それでいて今年の代表の座を勝ち得るほどに優秀。
まさにマチアンブリ学園の才女の名が相応しい。
同じ才女でもルミニアとはまた方向性の違う女子生徒である。
『対するはマウントクラフ学園代表、ジル=ノームコート=クラビイク選手!』
「うむ!」
そんな才女ミダス=カーラと戦うのはマウントクラフ学園のジル=ノームコート=クラビイク。
山人の男子生徒であり、己の体躯より遥かに大きな棍棒を携えての登場である。
「・・・大きいですね」
「うむ、今の吾輩が持ち得る全てをつぎ込んで作り上げた大棍棒である」
「・・・振れるのですか?」
「問題ない、ううりゃ!!」
ポカンとした表情で大棍棒を見ていたミダス=カーラの問いかけに、ジル=ノームコート=クラビイクが両手で大棍棒を振り回す事で答えた。
「りゃあああああ~~~!!」
「・・・まるで竜巻ですね」
ただ振り回すのみならず、己の肉体をも使い全力で回転を始めたジル=ノームコート=クラビイク。
近づく事は叶わず、どころか距離を取っても風圧だけで飛ばされそうな勢いに、強風から顔を庇いつつミダス=カーラはそっと呟く。
「・・・どうじゃ!」
「ええ、素晴らしいです。
ですが・・・」
「む?」
「・・・いえ、これは試合で証明しましょう」
「ふむ、そうか」
あれほどの大棍棒を振り回したと言うのに汗一つかいていないジル=ノームコート=クラビイク。
対するミダス=カーラもまた、彼のぶん回しを見ても焦ったところはない。
『両者とも試合前のパフォーマンスは万全の様です!
では、一回戦第二試合、始めて下さいっ!!』
もはや後は試合で語るのみ。
そんな様子の両者に、進行役であるヤランから開始の合図が下された。
「はじめっ!」
「行きますっ!!」
「来るが良いっ!!」
審判の合図に跳び出したのはミダス=カーラ。
先程の様に振り回されてしまえば近づく事すら出来ないと理解しているのだろう。
ジル=ノームコート=クラビイクが大棍棒を振り回すより先に懐へと飛び込むべく、全力で駆けだした。
「むうぅん!!」
そんなミダス=カーラめがけて、ジル=ノームコート=クラビイクが大棍棒を振り上げ、振り下ろした。
「はっ!?」
――――――――――
予想外の攻撃に一瞬足が止まったミダス=カーラだが、慌てて横へと飛び間一髪かわす事が出来た。
「きゃあっ!!」
武舞台へと大棍棒が叩きつけられ、その衝撃にミダス=カーラが悲鳴を上げる。
砕かれた石片が周囲へと飛び、思わず顔を庇うミダス=カーラ。
「振ん回すだけが能ではないのだ」
「くうぅ・・・」
相手の攻撃が振り回すだけだと思ってしまったミダス=カーラの明らかな失策。
かと言って近づかなければ何も出来ないのは同じ。
「来ぬならこちらから行くぞ」
「くっ、そうはさせません!」
このままではまた大棍棒を振り回され、なす術も無く追い詰められてしまう。
魔術を用いればまだ対抗できるのだろうが、あいにくとミダス=カーラは魔術を得意としていない。
マチアンブリ学園自体、魔術に力を入れていないのだ。
使えない訳では無いが初級魔術ばかり。
火おこしや飲み水に便利だからと覚えたが、それ以上は習わなかった。
「今度こそっ!!」
マチアンブリ学園は商売を学ぶ学園。
そして、学んだ知識や経験を活かし、実際に商売を行う。
大武闘祭に出るにあたり、代表の生徒達は己が知識と経験を活かして強力な武具を手に入れようとする。
中にはサクス=ナーラや昨年の代表のような偽物を掴まされる場合もあるが、それは全くもって自業自得である。
ミダス=カーラはその才覚で偽物を見抜き、掴まされなかった。
彼女はサクス=ナーラや昨年の代表達と違い、非常に慎重な性格をしている。
ついでに他者を信頼せず、裏の裏のそのまた裏まで調べ尽くすタイプである。
言うなら「石橋を叩いて壊して鉄橋に作り直す」性格なのだ。
そんなミダス=カーラが大武闘祭に出るにあたり入手した武具がある。
サクス=ナーラ達が騙された店で、店主がお勧めする品を全て見定め、偽物だと看破した者だけが入手できる本物の武具。
その中でミダス=カーラが選んだ武具がこれだ。
「はあっ!!」
「ぬおっ!!」
腰にさしていた、己の肘から指先までの長さしかない棒を抜きはなち、横なぎに振るった。
ジル=ノームコート=クラビイクの大棍棒はおろか、一般的な槍や長剣にすら及ばぬ長さ。
短剣ほどの長さしかなかった棒はだが、次の瞬間ジル=ノームコート=クラビイクの眼前に迫っていた。
間違いなく届かぬ距離だったと言うのに、己の顔面に迫る棒にジル=ノームコート=クラビイクが足を止めた。
あと一歩前に出ていれば、その棒は確実にジル=ノームコート=クラビイクを捉えていたに違いない。
足を止められたのは偶然だった。
ミダス=カームの気迫と、彼女の今までの言動から意味のない行動をとるとは思えず、必ず何かあると思ったから。
直感とでも言うべきか。
それは戦士としてではなく、彼女が己の才覚で得た武具を警戒しての事。
それが正しかった事は、ジル=ノームコート=クラビイクの眼前に迫るその棒が証明した。
その棒は伸縮式であった。
棒の先端には鏃のような物が付いており、真っ直ぐ突いていたならジル=ノームコート=クラビイクの体に刺さっていただろう。
横なぎであっても、当たっていたなら切り傷を負ったに違いない。
長さは通常の槍より更に長く、伸びきった状態ならそれこそ馬上の槍と同等。
このような試合で扱うには不向きと言わざるを得ない。
だが、先ほどの様に扱うなら間違いなく有効だろう。
鍛冶士であるジル=ノームコート=クラビイクだからこそかわせた。
あるいは一流の戦士や勘の鋭い者ならかわせたかもしれない。
戦いに慣れていない者や警戒心の薄い者。
相手を侮っている者なら間違いなく当たっていた。
決して届かぬであろう距離から悠長に魔術を放とうとする魔術士。
相手が何をしてこようがかわす自信を持ち、真っ直ぐ突っ込んでくる獣人など。
ミダス=カームの武器が捉えられる機会は多いに違いない。
「ほう・・・素材は魔鉄か?」
「ええ、通常の鉄では強度の面で不足があるからと、かなりの値段を吹っ掛けられましたよ」
ミダス=カームの用意していた武具は、簡単に言えば伸縮式の槍。
通常は槍の柄の部分を短くし、持ち運び性を高くしている。
使用時は先程の様に思いっきり横に振るうか、あるいは真っ直ぐ突き出せばたたまれていた柄が伸び相手に届くのだ。
「奇襲にはもってこいだのう・・・だが」
「ええ、一度使ってしまえばただの長槍でしかありません。
ましてや私は商人。
長槍の扱いなど長けておりません」
「むう、それでは・・・」
「ええ」
いわば奇襲用の槍。
手品の様に、そのタネがばれてしまえば二度と使えない代物。
このような大武闘祭で勝ち抜くには不十分な武具ではあるが、それでもマチアンブリ学園の代表生徒の目的である「己の才覚で得た武具を披露する」は達成できた。
「降参します」
「それまでっ!」
一回戦第二試合、勝者はジル=ノームコート=クラビイク。
だが、ミダス=カームもまた、己の目的を達成できたと言う意味では間違いなく勝者である。




