第587話:親子
「もう戻るのかね・・・」
「はい」
「せめて一晩だけでも・・・」
「いえ、私も大武闘祭の選手ですので」
その後、思考の海から戻ってきた両親共々レキ達を持て成したファラスアルム。
研究の為、娘の為にとあの後何度も練習場でレキが魔術を披露したり、話題にも上がったルミニアの変則的な上位系統を見せたり、その都度両親が思考に没頭しそうになったりと。
なんだかんだと楽しい里帰りとなった。
ガージュや昨年のミーム同様、大武闘祭の為に訪れたとはいえ久しぶりの実家である。
ファラスアルムだけでも実家に泊まるのもありなのだが、ファラスアルム自身がそれを拒んだ。
「やはり私達の事を・・・」
「恨んでいるのでしょうね・・・」
未練等まるでないかのように遠ざかっていく娘の背を目で追いながらそんな事をつぶやくファラスアルムの両親。
「お父さん、お母さん」
「「!?」」
「私、もっとすごい魔術士になって帰ってきます!
だから、それまで待っていてください!!」
「あ、ああ・・・」
「はい・・・はいっ!」
振り返り、笑顔でそう告げた娘の姿があまりにも眩しくて・・・。
二人は泣き崩れるのを必死にこらえながら、いつまでも娘の背中を見送った。
――――――――――
「頑張りましょうね、ファラさん」
「はいっ!」
自分達の娘が学園の代表として大武闘祭に出場する。
純人族の国フロイオニア王国の学園であり、個人ではなくチーム戦のメンバーとは言え、それでもあのファラスアルムがと最初は驚き半信半疑だった両親も、目の前で無詠唱魔術を使って見せれば信じざるを得なかった。
それでも他種族が集い競い合うあの大武闘祭に出場するとあり、不安や心配は尽きないものの、それでも娘の晴れ舞台に何が何でも応援に駆け付けると約束してくれた。
何ならアルム族全員で、いやスの大樹全員で押しかけて見せるとすら言い出し、ファラスアルムが止めたほどだ。
昨年もアルム族の子供であるカリルスアルムが出場していたが、ファラスアルムの両親は知らなかったらしい。
興味の無い事には関心を向けないと言うのはファラスアルムの両親が生まれ持った特性なのだろう。
もちろん娘のファラスアルムに興味が無かったわけでは無いが、ただ娘の将来を心配するあまり、その娘そっちのけで研究に没頭してしまっただけの事。
その娘が、自分達も使えない無詠唱魔術を用いて学園の代表として戦う。
誇らしい気持ちと同時に、どこか肩の荷が下りた気分にもなるファラスアルムの両親である。
なんなら一緒に行きますか?
と言うレイラスの提案に、非常に魅力的ではありますが我々にはやらねばならない事がありますのでと苦渋の決断を取った二人。
そのやる事がアルム族やスの大樹の住人を集める為ではない事を祈るファラスアルムであった。
――――――――――
二年ぶりとなる実家を出たファラスアルムは、レキ達と共にスの大樹にある宿へと戻った。
本日はここに泊まり、明日いよいよ大武闘祭が行われるルの大樹へと向かう。
思いがけぬ両親の気持ちを聞いたファラスアルムは、幸福からかなかなか寝付けないでいた。
「・・・ファラさん?」
「あ、起こしてしまいましたか?」
「いえ、私も少し考え事がありましたので・・・」
部屋を抜け、食堂でお茶を飲んでいたところ、同じく起きてきたらしいルミニアがやってきた。
ルミニアとファラスアルム。
何かと似ている二人だが、大きく違うのは自分に自信を持っているかどうかだろう。
片や病弱で、片や才に恵まれず、お互い幼少の頃は読書しかする事が無かった二人。
にもかかわらずこれほどまでに違いがあるのは、おそらくは幼少の頃の出逢いだろう。
ルミニアはフランと言う無二の親友が、そしてレキと言う憧れの存在がいた。
ファラスアルムには誰もいなかった。
その違いが、あるいは誰かの為に努力する事が、ルミニアとファラスアルムの最大の違いだった。
ならばこそ、学園で無二の友人達と出逢い、憧れの存在と出逢ったファラスアルムはこれから。
これから友人の為に、そして憧れのレキに少しでも近づく為。
最初は置いて行かれぬ様に、いつしか友人の力になる為に。
ファラスアルムは今もなお、成長し続けている。
「私達に出来ることは限られています」
「はい」
今年の大武闘祭、ルミニア達はレキの足を引っ張らぬ様、少しでもレキの力になれるように全力を尽くす。
レキとルミニア達の力の差は歴然。
ルミニアとファラする無の間にある実力差など、レキからすればあってないようなものだ。
だからこそ、そんなレキの為に何が出来るか。
それを必死に模索し続けている。
フランも、ユミも。
誰もがレキに憧れ、レキに少しでも近づこうとして。
昨年はただ見ているだけでしかなかった大武闘祭にレキと共に立つ。
「頑張りましょうね、ファラさん」
「はい」
改めて気合を入れるルミニアとファラスアルムであった。
――――――――――
スの大樹に立ち寄ったのは何もファラスアルムの実家があるからではない。
王都と大武闘祭が行われるルの大樹の間にあるから仕方なく、でもない。
スの大樹には、大武闘祭に出場する選手の登録を行う為に寄ったのだ。
場所はもちろんフォレサージ学園。
ファラスアルムが元々入学する予定だった、魔術の才に溢れる森人の学園である。
――――――――――
「ここがフォレサージ学園」
「やっぱ違うもんだな~」
「森人の学園だからな」
各国はそこに住まう種族の特色が現れると言うが、学園にもやはりそれはあるようだ。
レキ達のフロイオニア学園は他種族にも開かれた学園であり、武術に魔術、座学にとどの種族の生徒も学べるような造りをしている。
昨年立ち寄ったプレーター学園は、武と狩りを重んじる獣人の学園らしく、多くの武闘場と近くには狩りの演習が出来る平野や森があった。
「王宮の魔術士団の建物に似ておるのう」
「あっ!
それっ!!」
そしてここ、フォレサージ学園は魔術士の学園らしくまるで図書館のような、あるいは研究所のような雰囲気を醸し出していた。
「元々は魔術などの研究を行う場所だったそうだ。
他国に学園が建てられた際、施設が充実していると言う理由でここを学園にしたそうだ」
「へ~」
森人は遥か昔から魔術や精霊に関しての研究を行ってきた。
それこそフォレサージ森国が生まれる前から。
国が興り、発展していくと同時に、次世代を育てるという理由で学園が誕生する。
フォレサージ森国も例にもれず、様々な研究と魔術を受け継がせ発展させる為の育成機関としてフォレサージ学園を生み出した。
当然、ここで行われるのは魔術を中心とした教育。
生まれつき魔術の適性を持つ森人が魔術付の日々を、教育を受ける為の場所。
卒業する頃には、ほとんどの生徒が中級魔術を会得し、中には上位系統に至る生徒もいるそうだ。
「複数系統を使いこなす者、一系統に特化する者。
この学園には様々な生徒がその才を伸ばす為に日夜研鑽に務めています」
そう言ってレキ達を案内してくれるのは、フォレサージ学園の教師の一人ルーラニカルス。
彼女もまたこのフォレサージ学園の卒業生にして在学中に上位系統に至ったという才媛である。
「最近では無詠唱魔術を目指す生徒も多くなりました。
そこにいるミルアシアクル達の影響もあるのでしょう。
魔術だけではなく剣を習う者、卒業後は冒険者を希望する者も増えたのですよ?」
「へ~」
「私の影響と言うよりレキ様の影響でしょうね」
「あら、あなたが「卒業したら冒険者になってレキ様の御傍に」と言いながら鍛錬する者ですから、他の者も真似をし始めたのでしょう」
「うっ・・・」
「より実践的な魔術をと、上位系統より無詠唱魔術の会得を優先する者も多いですし。
本当、昨年の大武闘祭以降フォレサージ学園もすっかり変わりました。
もちろん良い方向にですよ?」
昨年の学園代表であるミルアシアクルが率先して無詠唱魔術や剣術の鍛錬を始めた事で、他の生徒達も真似をしたのだろう。
加えてミルアシアクルのチームメンバーがこぞってレキの凄さを語り、まだ見ぬレキに憧れを抱く生徒が現れた。
元々魔術は魔物に対する為にもたらされたと言う逸話もある。
より実践的な魔術と考えれば、無詠唱魔術はその最たるもの。
今まで前衛に守られながら出なければ放つ事が出来なかった魔術を、単独で使用する事が出来るのだ。
より高みへ上る為、無詠唱魔術は生徒達に新たなる目標になった。
更には、ミルアシアクル達が(一応)純人であるレキとの戦いを嬉々として語り、レキ様は魔術だけでなく剣術も素晴らしかった。
獣人相手に剣だけで圧倒された。
あのカリルスアルムを魔術で完封した。
一年生でありながら圧倒的な実力で優勝された。
等々。
レキを語るミルアシアクル達は止まる事は無く、恐る恐るカリルスアルムに確認を取れば「くっ・・・」などと顔を背ける始末。
昨年の学園一位であるカリルスアルムまでもが暗に認めた事で、フォレサージ学園の中でレキの名は否が応でも高まったのだ。
「レキ様がお見えになられるのを今か今かと待ちわびておりました」
今年の大武闘祭はフォレサージ森国で行われる。
出場者は事前にその国の学園に立ち寄り、選手登録を行うのが決まりである。
つまり、学園にいればレキに逢えると言う事であり、休日であるにもかかわらず生徒達が殺到しているそうだ。
「昨年の様に、模擬戦を行うのでしょうか・・・」
「いえ、フォレサージ学園の方が見たいのはレキ様の魔術ですから、私達と戦う必要は・・・」
プレーター学園では純人を見下していた生徒達を分からせる為、大会に出場しないフラン達がフロイオニア学園の、もっと言えば純人の代表として模擬戦を行った。
森人であるファラスアルムにも負けたプレーター学園の生徒達は、それ以降より一層鍛錬に励み、中には魔術の鍛錬を始める生徒もでたそうな。
仮に、フォレサージ学園の生徒がフロイオニア学園の生徒や純人族そのものを見下しているとしたら・・・。
昨年同様模擬戦で分からせる事もありだろう。
なんなら魔術のみの試合で圧倒してやっても良い。
意味も無く伸びた鼻っ柱を根元から折る所業だが、そのくらいしなければ生まれ持った価値観を変えるのは難しい。
とは言え、フォレサージ学園の生徒はフロイオニア学園の生徒や純人族を見下してなどいないらしい。
大武闘祭の件もそうだが、フォレサージ森国に無詠唱魔術をもたらしたフロイオニア王国宮廷魔術士に感謝と敬意を抱いている者が多く、純人だからと意味も無く蔑む者は少ない。
いないとは言わないが、昨年のカリルスアルムとてレキやアランを純人だからと言う理由で見下していた訳では無く、彼はただ敬愛するフィルニイリスが森人である自分を差し置いてレキやアラン、フロイオニア学園の生徒を指導していた事に嫉妬していただけ。
そもそも魔術は魔力とイメージ、以前はそれに加えて呪文が正しければ発動する物。
適性の無い獣人とて上記の三つが揃えば魔術を行使する事が出来る以上、ただ魔術の適性があるという理由だけで森人が有利になるはずが無い。
何よりまともに戦えば森人は獣人に負けがちで、その最大の理由が呪文の詠唱をしている隙を付かれると言う物。
無詠唱魔術はその隙を無くし、森人が獣人に真正面から対抗できる手段をもたらしてくれた。
そんな理由もあり、レキやフロイオニア王宮魔の魔術士に感謝と敬意を抱く者、更には純人族そのものに一目置くようになったと言うのだ。
故に、今更分からせる必要は無い。
ただ、請われれば無詠唱魔術を披露するくらいはしても良いだろう。
「レキ、フラン=イオニア、ルミニア=イオシス、ユミ、ファラスアルム、準備をしておけ」
「え~」
「うむ」
「はあ」
「はいっ!」
「そ、そんな・・・」
無詠唱魔術が他国に伝わって三年。
各国でもちらほらと無詠唱魔術に至った者は現れているとはいえ、その数は少ない。
学生で至った者も同様で、同じ学生であるレキ達が披露すればさぞ良い刺激になるだろうと、フォレサージ学園の教師からもお願いされたのだった。




