第580話:シの大樹
氏族長は各大樹の根元に屋敷を構えている。
フロイオニアなどの領主と同じだと思えばいい。
氏族長はその氏族で最も長命な者が基本的に就任する。
もちろん周囲の反対があればおろされる場合もある。
また、本人にその意思が無ければ就任する事は無い。
長命である森人だからこそ、本人の意志を何より重要視するのだ。
多くの森人は己の研鑽に務め、あるいは魔術や薬草などの研究にその生を費やす。
各大樹で研究に没頭する者もいれば、フィルニイリスの様に世界を知る為旅に出る者もいる。
ミルアシアクル達もまた、己の研鑽の為冒険者の道を選んだ探究者なのだ。
氏族ごとにも特色がある。
例えば大武闘祭のあるルの大樹は実戦的な魔術の研究を行っている。
大武闘祭の行われる武術場があるのも、実戦形式で魔術を試す為に建てられた物だという。
なるほどラリアルニルスの故郷なだけはある。
フィルニイリスの故郷であるニの大樹は、魔術の歴史や薬学などの研究を行っている。
フィルニイリスが魔の森の薬草に詳しいのも、幼い頃からその知識に触れていたからだろう。
スの大樹、ファラスアルム(やカリルスアルム)の故郷はと言えば、こちらは属性魔術の研究が盛んである。
一属性を極める者から多くの属性を求める者まで多岐に渡り、ただファラスアルムの周囲の者達は他属性の汎用性を追求していた為、一属性しか使えないファラスアルムは研究の対象外でもあった。
スの大樹には一属性で出来る事をひたすら追求する者もいた為、もしそのような者がファラスアルムの近くにいたなら、あるいは彼女も故郷を出る事は無かったかも知れない。
シの大樹はライカウン教国にほど近いだけあって精霊学が盛んである。
加えて国境に位置している為交易も盛ん。
フォレサージ森国の中でも繋がりを持っている大樹であった。
元々森人はさほど他種族と交流を持っていなかった。
獣人とは性質が合わず、山人の生み出す武具にも興味がない。
精霊信仰をする純人とは、魔術や精霊学を通じて多少交流があったがそれだけ。
森の外へ出る一部の者を除いて、森人はフォレサージの森の中で生き、死んでいった。
フォレサージ森国へと訪れる者はそれなりにいた。
ライカウン教国はその成り立ちからフォレサージ森国と交流があり、元はフロイオニア王国の者達だ。
当然、国を興す段階でフロイオニア王国とフォレサージ森国とで話し合いが行われ、魔術の研究などで以降も交流を持っていた。
フォレサージ森国で採れる木々や木の実などは良質の魔素を含んでいると言われ、森人とは合わない獣人も購入していた。
もちろん山人もだ。
話を聞きつけ、マチアンブリ商国が利益を得ようと出張ってきたのは言わずもがな。
むやみやたらと伐採しようとする商人や粗暴な冒険者、考え無しな獣人を撃退する為、森人も魔術や弓矢を手に森の巡回を強化した事もある。
今は他国との調停を結び、原則フォレサージ森国が輸出した分だけ買い付けると言う契約が交わされている。
シの大樹はその外交を司る大樹の一つで、他国の品が並び、またフォレサージ森国の特産品も多く取り揃えられている。
そんな商店が並ぶ道を、ふらふらと立ち寄りそうになるレキやフランを引っ張りつつ一行は大樹の麓にある氏族長の屋敷へと到着した
――――――――――
当然ながら氏族長には人格も求められる。
極端な話、暴力的で個人主義で、各氏族の特色すら無視した言動を行う者が氏族長に成れるはずが無い。
ここシの大樹に求められるのは他種族と、とりわけライカウン教国からの訪問者と良く接する事が出来る資質だろう。
半ば閉鎖的なフォレサージ森国に置いては珍しい資質かも知れないが、外に目を向ける森人は意外と多い。
目的が研究の為だったり魔術の更なる研鑽や腕試しだったりするのはご愛敬である。
そんなシの大樹を治める氏族長。
名をアミルシアクル。
何を隠そう、ミルアシアクルの祖母である。
――――――――――
「フロイオニア学園の皆様をお連れいたしました」
「お入り」
屋敷の中へと通されたレキ達は、そのまま屋敷の奥にある執務室へと通された。
もちろん全員と言うわけには行かず、担任であるレイラスと生徒の代表アラン、その補佐であるローザと、一年生の代表であるレキとルミニア。
ついでに相談役でもあるフィルニイリスの六名が通された。
残りの生徒達は客室にてくつろいでいる。
四年生の担任ではなくレイラスが付き添っているのは、やはりレキがいるからだろうか。
「ふむ、そちらがレキ様ですな」
「ええ」
ライカウン教国やフロイオニア王国との交流が多いシの氏族長なだけあって、レキの話はしっかりと把握している。
何より孫であるミルアシアクルからも、耳が痛くなるほど聞かされている。
アミルシアクル自身、光の精霊の申し子と呼ばれ、黄金の魔力を有し、無詠唱で魔術を放つレキには森人としても氏族長としても興味深い。
機会があればぜひとも一度お目にかかりたいと思っていた。
大武闘祭は渡りに船だった。
「そちらはアラン殿下とその婚約者のローザ様。
そしてイオシス公爵家のご息女のルミニア様ですね。
お初にお目にかかります。
シの大樹の氏族長を務めておりますアミルシアクルと申します」
「えっと、よろしくお願いします」
レキを始め、ここにいるのはフロイオニア王国でも将来重要な存在となる生徒達。
アランは次期国王でありローザはその伴侶となるであろう女性。
ルミニアも公爵家の子女であり、将来はフランやレキを公私に渡って支えるであろう重鎮の予定だ。
氏族長として把握しておいて当然である。
そして。
「久しぶりですねフィルニイリス殿」
「アミルシアクルも」
「知り合い?」
「うん」
フィルニイリスの名は宮廷魔術士長を務めているフロイオニア王国以外にも広まっている。
昨年の大武闘祭、獣人の国プレーター獣国で解説を務めたほどに。
当然ここフォレサージ森国でも、フィルニイリスは下手をすれば森王カミルサラルス以上に有名な人物だったりする。
魔術や薬学の研究家としても、そして四系統の魔術を扱う優秀な魔術士としてもだ。
加えて、無詠唱魔術を研究、他国に広めているフロイオニア王国宮廷魔術士長の長として、その名は更に高名になりつつあった。
フォレサージ森国で最も有名な森人の一人。
当然、各氏族長もフィルニイリスの事は知っている。
そしてフィルニイリスも、故郷であるフォレサージ森国の各氏族長の事は当然の如く把握し、それどころか全氏族長と面識があると言う。
最初は魔術の研鑽の傍ら、フォレサージ森国内に自生している植物の研究の為。
あるいはフォレサージ森国内にいる魔物の研究の為。
各氏族の特色を調べ、そこに魔術の系統との因果関係があるかどうかの調査など、フィルニイリスの研究は多岐に渡り、各氏族長にも協力を願った。
見返りにフィルニイリスも研究の内容や魔術に関する知識などを提供し、更には冒険者として様々な依頼をも請け負っている。
そう言った経緯から、フィルニイリスは各氏族長にも顔が利くのであった。
「本来であれば我がシの大樹の住民総出でおもてなしを行いたいところですが・・・」
「私達は学園の行事の一環でここに立ち寄っただけ。
学生としての扱いを希望する」
「ええ、そうでしょう。
ライカウン教国でもそうだったと聞いておりますので」
事前に情報は仕入れているらしい。
ライカウン教国では光の精霊の申し子と呼ばれている事も、レキがその呼び名はともかく特別扱いされる事を嫌っている事もだ。
森人はレキの魔力と魔術に敬意を抱いているが、精霊の類だとは思っていない。
故に、レキを学生として扱う事にも抵抗は無かった。
「ミルア」
「はい」
「あなたを大武闘祭の会場までの案内役に任命します。
くれぐれもご無礼を働かないよう、慎重に行動しなさい」
「はい」
それでも種族的に敬意を抱いている事は確かで、このまま挨拶のみで済ませるつもりはないらしい。
案内役を付けるのは外交的に何ら不自然な点は無い。
ただそれが、昨年学園を卒業したばかりの孫娘である事を除けば・・・。
一応はミルアシアクルも冒険者である。
街の案内と言う依頼も冒険者ギルドには存在している為、これも依頼だと言えば依頼である。
レキ側からしても、見知らぬ冒険者より見知ったミルアシアクルの方が都合が良かった。
ミルアシアクルは言うまでもないだろう。
「まずはシの大樹の宿にご案内いたしますね。
その後はシの大樹の街を案内させていただきますね」
「うん!」
氏族長への挨拶も終わり、レキ達は一路宿へと向かった。
もちろんアリルやサラ達も一緒だ。
ライカウン教国からフォレサージ森国までの案内役だった元ライカウン学園卒業生たちは、ライカウン教国教皇フィース=ミル=ライカウンと共に氏族長の下に残っている。
流石に一国の王を街の宿に泊めるわけには行かなかったのだろう。
フィースは別に構いません、なんならレキ様達と同じ宿でも・・・などと言っていたが、氏族長にも体面がある。
万が一教皇に何か起きたら、それはもう国同士の問題になってしまうのだ。
フィースの遠慮から来る提案を却下し、氏族長アミルシアクルの提案でフィース達ライカウン教国一行は本日このまま氏族長の屋敷に留まり、明日次の大樹の下へと出発する事となった。
屋敷の外へと出たレキ達は、わざわざ門のところまで見送りに来てくれた氏族長とライカウン教国教皇フィースに見送られ、宿泊予定の宿へと向かった。
宿に到着したレキ達は、それぞれ用意された部屋に荷物を置いた後、宿の入り口に集まった。
次の大樹へ向かうのは明日。
時刻はまだお昼前。
街を散策する時間は十分にあった。
「今更だがフロイオニア学園の学生として節度ある行動をするように。
ルミニア=イオシス、任せたぞ」
「はい」
早速と言わんばかりに街へ繰り出そうとするレキ達にレイラスが釘を刺す。
とは言えレキ達もこれで二度目の大武闘祭参加。
街も、フロイオニア王国の各街に加え、昨年はマチアンブリ商国とプレーター獣国。
今年も既にライカウン教国の街に滞在し、一応は問題なく過ごしている。
あえて言ったのは、フォレサージ森国は他の街に比べ迷子になり易いと言う難点があるからだ。
木々の中に国を興し、木々に寄り添うように街を造っている国フォレサージ。
各家は木々の根元に建てられ、道も木々を避けるように敷かれている。
道を外れればそこは森。
ほんのわずかな好奇心からフォレサージ森国内をさまよう羽目にもなりかねない。
その好奇心にあふれる子供のレキ達である。
魔の森で過ごしてきたレキならまず大丈夫だろうが、それが逆に周りを巻き込みかねないのだ。
「大丈夫です。
私がしっかりとご案内いたしますから」
「ああ、任せた」
氏族長直々に案内役を任されたミルアシアクルが胸を張る。
シの大樹は彼女の故郷であり庭のような物。
今更迷う事も無いだろう。
宿に荷物を置いたレキ達は、そのミルアシアクルの案内でシの大樹の街へと繰り出した。
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