第576話:王都トリーで散策
一方、フラン達女子は移動中に食べ尽くしてしまったお菓子を補充すべく、ライカウン教国の王都にある人気のお菓子屋へと向かっていた。
学園の行事とは言え、移動中は比較的自由に過ごす事が出来ている。
これから大勢の観客の前で、学園の代表として戦う事になるフラン達である。
あまり厳しくし過ぎて普段の実力が出せないようでは、学園側としても問題がある。
ただでさえ長い移動で心身ともに疲弊しているのだ。
せめてお菓子くらい食べさせても良いだろう、と言うのが学園の配慮であった。
「お菓子は銀貨一枚までですよ~」
「分かっておるのじゃ~」
もちろん無制限に購入して良い訳では無いが、そこら辺はお目付け役でもあるルミニアがしっかりと管理していた。
それでも小旅行のような感じは否めないが。
昨年は見ている事しか出来なかった大武闘祭。
今年はその武舞台にレキと共に立てるとあって、フラン達のやる気は十分であったが、今から意気込んでいても仕方ない。
楽しむべき時には楽しむのも選手には必要なのだ。
――――――――――
「次はどちらに向かいましょう」
「お洋服は?」
「それよりお腹が空いたのじゃ・・・」
「あ、あたしもっ!」
「えっ、私はその・・・」
仲良し五人組が思うままに王都を散策している一方、四年生達はと言えば・・・。
「こちらの服なんかフィルアに似合いそうですよ?」
「わ、私はそんなヒラヒラした服は・・・」
「こっちもかわいい。
ねえフィルア」
「そ、そんなの私に似合うはずが・・・」
「え~、フィルアならなんでも似合いそうなのに~」
「これなんかどう?」
「は、破廉恥過ぎる」
普段から凛々しいフィルアも女の子。
服に興味が無い訳では無い。
ただ、彼女が好むのは動きやすさや着やすさを重視した簡素な服であり、女の子らしい服は正直好みではない。
間違っても、今ローザ達が持っているような、ドレスや丈の短いスカート、お腹が丸見えな服などではない。
「フィルアは背が高いですからね。
大人っぽい服も似合いそうです」
「え~、フィルアは顔が可愛いんだからもっと女の子らしい服の方が似合うと思うよ~」
「スタイルも良いのですから。
むしろ女性らしさを活かした服もありですね」
普段は休暇も鍛錬しているフィルアである。
街に出かける事はあっても、必要最低限の買い物だけで終えてしまい、ローザや他の女子達と出かける事はあれど精々が食事位。
以前何度かローザ達に引っ張り込まれる形で服屋にも行ったことがあったが、本気で抵抗した為難を逃れている。
「くっ・・・本当に服なんか」
「あら、ミリス様もおっしゃっていたではありませんか。
宴の席に護衛として参加する任務もあると」
「ふ、普段着はいらないのに」
「普段から着慣れておかないと~」
「ふふっ、これも鍛錬ですよ」
「くっ・・・」
約束してしまった以上、今回ばかりは逃げる訳にもいかず、こうして着せ替え人形に徹しているのだ。
――――――――――
「はぁ~・・・でも本当にフィルアが羨ましいです」
「ん?」
「何を食べたらそんなに・・・」
「ローザ達と同じものだが?」
因みに、四年生最上位クラスの中で最も背が高いのがフィルアなら、最も女性らしいスタイルをしているのもフィルアである。
顔に関しては好みもあるだろうが、ローザが綺麗系ならフィルアは可愛い系。
「あたしはあたしは?」
「サラは小動物系」
「え~、なにそれ~」
「ふふっ、サラも可愛いですよ」
背の高さはフィルア、ローザ、そしてもう一人の女子であるサラの順に高く、スタイルの良さも同様。
フィルア以外の二人は自身の好みも似合う服も把握しているが、フィルアだけは興味がないのか学園で支給される服で十分だと考えてしまっている。
そんなフィルアと四年間同じクラスで過ごしてきた二人は、何とかフィルアに似合いそうな服を着せようと今まで機会を伺っていたのだ。
それがまさか他国で、しかも大武闘祭に向かう途中で叶うとは。
こんな事ならもっと早くミリスに相談しておけばよかったと、二人は思う。
念願叶い仲良く服を選ぶ三人。
まあ、フィルアが楽しんでいるかは微妙なところだが。
――――――――――
「アランはどこ行くん?」
残りのアラン達四年生男子チーム。
最上位クラスの男子六名を引き連れ、アランがライカウン教国の王都を歩いている。
レキ達は武具屋や冒険者ギルド。
フラン達はお菓子屋やお茶屋。
ローザ達は服屋へ、それぞれが思うままに出かけている。
「何、折角だから他国の王都を見て回ろうかと思ってな」
アランはフロイオニア王国の王子であり、順当に行けば次期国王である。
将来の国政を担うものとして、他国の王都に興味があるのだろう。
「市場調査というやつか?」
「市場以外もだがな」
ライカウン教国ではどのような物を扱い、どのような品が流行し、需要があるか。
街の噂、近隣の街の情報、魔物や野盗の情報。
他国の情報ではあるが、隣国である以上フロイオニア王国にも少なからず影響はあるだろう。
未だ学生の身であるとは言え、来年には王子として国政にも参加する以上、今の内からこういった情報を仕入れておくに越した事は無い。
「何、単に興味があるだけだ」
「ローザの為か?」
「それもある」
もちろんそこまで精細な情報を仕入れようと言うものではない。
街を散策するついでに、ライカウン教国の文化にも触れておこうというだけの話であり、ローザ達への土産話を仕入れておこうと言うだけの事。
「なぜローザ様と一緒に行かなかったのですか?」
「お二人は仲睦まじく、将来は立派な王と王妃になられると誰もが期待しております」
ローザはアランの婚約者であり、二人の仲はとても良好である。
アランはローザを婚約者として大切にしており、何より女性として好ましく思っている。
恋人としても、将来の伴侶としてもだ。
ローザはローザでアランを心から慕っており、婚約者として将来の伴侶として、今は恋人として一生懸命支えようとしてくれている。
今回別行動をとった理由の一つには、そんなローザへの日頃の感謝と想いを改めて伝えるべく、何かローザの好む物を購入しようと言う思惑があった。
「ふ~ん・・・」
「なんだ?」
「いや、それより一緒に行動した方がローザも嬉しいんちゃうか?」
ローザはアランを公私ともに支えようとしてくれている。
加えて文武両道で非常に優秀で、将来の王としても申し分ないアランに相応しい女性に成ろうと、日頃から努力も欠かさないでいる。
それほどまでに自分を慕ってくれているローザと共にこのライカウン教国の王都で過ごすのも悪くは無かった。
だが、ローザがフィルアと共に出かけた以上、自分は女子達の買い物の邪魔をするべきではないと判断し、別行動をとったのだ。
「女子の買い物は長いからな」
「まったくや」
「・・・そうだな」
決して、常日頃からローザの買い物に付き合わされ、若干辟易しているとかそんな理由ではない。
「実感こもっとるな」
「荷物持ちだけではなさそうだ」
着せ替え人形にさせられたり、ローザの好む甘い物をひたすら食べ歩いたり・・・。
楽しくない訳では無いが、若干辟易していたりもする。
「フィルアと買い物するのが夢だった、とか言っていましたね」
「ありゃ長くなるで~」
「下手したら夕刻まで戻ってこないかもな」
「・・・そうだな」
もちろんローザとて年頃の女の子。
自分の好みの服を選び、試着すれば感想の一つも欲しくなる。
それが愛しのアランなら尚更。
「似合うぞ」「綺麗だ」などと言われれば、それだけで天にも昇る気持ちになる。
そんなローザを愛しく思うアランではあるが、たまには同性の友人達と何の気兼ねもなく街を歩きたいとも思ってしまう。
ここは他国、ライカウン教国。
大武闘祭へ向かう最中とは言え、いつもと違う環境であるならいつもと違うシチュエーションを楽しんでも良いだろう。
先日の国境沿いの街は、ローザと仲良く見て回ったアランである。
今日はジガやラリアルニルス、同い年の友人達と街を歩くのも悪くはない。
もうあと数か月もすれば、このような自由な時間は取れないかも知れないのだから・・・。
アランは王子として、ローザはその妃として卒業後は王族の教育を受けなければならない。
加えて、アランには王子としての政務が待っており、ローザはそんなアランの補佐を務める事にもなっている。
学生ほどの自由な時間は、おそらくは取れなくなるだろう。
学園生活は、王侯貴族の子供にとっては最後の自由な時間なのだ。
愛するローザと二人っきりで街を歩くのも悪くはない。
だが、学園で知り合った同性の友人達と歩くのもまた、悪くはないのだ。
幸い、ローザの方からフィルアと行動を共にすると言い出してくれた為、アランもまたかけがえのない友人達と楽しい時間を取る事にした。
――――――――――
翌日、早朝。
まだ日が昇り切っていない時間帯にも関わらず、レキ達は宿を出る事になった。
前日夜、就寝前にレイラスが急遽予定を変更したのだ。
察しの良い者は、それがライカウン教国教皇フィースのせいだと分かった。
「大武闘祭が行われるのはフォレサージ森国ですよね?」
「うん」
「私達は大武闘祭に参加する為、教皇様はその大武闘祭に国賓として招かれています」
「うん」
「つまり、私達と教皇様の目的地は同じ。
大武闘祭の会場まで一緒に行きましょうと言われてお断りするのは難しいのです」
「ダメなの?」
ダメではない。
教皇側からすればレキと言う光の精霊の申し子様と同じ時間を過ごせると言うメリットが。
レキ達にとってもライカウン教国側が用意してくれた護衛が加わり、より安全に移動できると言うメリットがある。
他にも外交的なメリットが双方にあり、むしろ同道した方が良いくらいだ。
レキが崇敬されていなければ、だが。
「教皇の目的はレキだ。
道中、レキを自身の馬車に誘い、あれこれと勧誘してくるだろう」
「・・・ん~」
「フラン達とも別、休憩中も拘束され、当然狩りなど出来ないだろう。
レキはそれで良いか?」
「ん~・・・ちょっとやだ」
実際はレキの嫌がる事をするはずもなく、しっかりと断ればそのような事態にはならないはず。
ただ、いくら光の精霊の申し子と崇敬されていようとレキは学生、対外的には何の力も無い。
一国の王がその強権を振るえば、大概の事は通ってしまうのだ。
むしろ教皇の願いを断った方が、後々の外交で不利になりかねない。
故に、教皇達を無視してさっさと出発してしまおうという考えなのだ。
「ではとっとと行くぞ」
『お~!』
「まあまあ、そんな焦らずとも大会には間に合いますよ?」
「遅かったか・・・」
そんなレイラスの考えを、教皇は当然の如く読んでいたようだ。




