第575話:王都トリー
「レキ様、ようこそ我がライカウン教国の王都トリーへ」
つい先日も聞いたような出迎えの挨拶を受け、レキ達はライカウン教国の王都トリーへとやってきた。
精霊信仰を司る教国ライカウン。
その中心にある王都トリーは、流石にこれまで立ち寄った他の街より栄えていた。
ただ、フロイオニア王国の王都パティアや昨年の大武闘祭が行われた獣国の王都リーハンと違い、どこか厳かな雰囲気が漂っている。
それでも教国の王都である。
その賑やかさも華やかさも、決して他国に劣っているわけでは無かった。
おそらくはそれが教国の特徴なのだろう。
武と狩りを重んじるプレーター獣国と違うのは当然である。
もちろん一教皇がただの学生達を出迎えるのは教国の特徴ではないが。
・・・いや、レキに対する態度を考えれば、遠からずそれも教国の特徴になるのかも知れないが。
本来ならこんな場所ではなく王宮で迎えたかった。
国を挙げて歓待し、出来れば数日、叶うならずっとこの教国に滞在して欲しかった。
もちろんそんな教皇の願いが敵うはずもない。
レキは学生であり、この王都にもフォレサージ森国へ向かう途中、進路上にあるから仕方なく立ち寄っただけ。
明日には王都を出て、次の街へ向かわねばならないのだ。
王宮で歓待を受けている暇など無かった。
それは教皇とて理解している。
故に、非常に無念ではあってもレキを一学生として扱う事にしたのだ。
光の精霊の申し子様たるレキ様を学生などと・・・。
と教皇の心中どころかレキを知る他の教国の者達が同様に考えているが、外ならぬレキが特別扱いを嫌う。
フランやルミニア達と同じ学生として扱って欲しい。
そう事前にレイラスやフィルニイリス、更にはフロイオニア国王ロラン=フォン=イオニアからも言われている以上、レキ自身が受け入れない限り学生として扱わねばならなかった。
「レキ様に置かれましては国境沿いの街ボーライにて魔物の調査依頼を受けて頂いたとの事。
ライカウン教国を治める者として厚く御礼申し上げます」
とは言え学生の範疇であれば待遇を多少良くしようとも問題は無い。
精霊信仰を司る者として、このまま挨拶だけで終わらせるわけには行かないのだ。
挨拶すら行わず見送るなど持ってのほか。
何かしらレキに対してアクションを、アプローチを仕掛けなければと、この絶好の機会を逃してなるものかと考えたのだろう。
「聞けば想定以上の魔物が沼地にいたとか。
あのまま放置していれば少なくない被害が出たかも知れません。
レキ様や皆様には、改めてお礼を申し上げたく思います」
幸い、レキに逢う理由も挨拶以上の会話を行う理由もレキが作ってくれた。
ならばそのチャンスを活かし、もう少しレキとの距離を詰めなければ。
折角レキ様がこうして教国の中心である王都に来てくださったのだ。
せめてレキ様に教国に対し良い印象を抱いていただかなければと、内心張り切っている教皇フィースであった。
――――――――――
「ご希望であれば王宮の見学も可能ですよ?」
別れ際、そう言って王宮へと招こうとする教皇フィース。
レキ達が学生であるなら、学生として見学させようと言う考えである。
折角他国の王都に来たのだから、その国の中心でもある王宮を見学したいのは誰もが思うところ。
ましてや学生であれば、社会見学の一環として他国の王宮を見学するのはこれ以上ない勉強となるに違いない。
レキとて子供。
普通の子供なら、他国の王宮にも興味はあるはず。
学園に来る前は二年ほどフロイオニアの王宮で過ごしていた為、レキにとって王宮自体は決して珍しい物では無かった。
だが、だからこそフロイオニアの王宮との違いに興味があった。
プレーター獣国の王宮はフロイオニアの王宮とはだいぶ違っていた。
外観もさることながらその中も。
ならば、大きな教会のようなライカウン教国の王宮もフロイオニアやプレーターとは違うはず。
子供らしい好奇心を持つレキは、実のところ教皇の申し出に内心ワクワクしていたのだが、残念ながら「お願いします」とはいかなかった。
レキを光の精霊の申し子だと崇敬する教皇達の歓待。
その規模がどのくらいの物になるか、フィルニイリスですら想像が出来なかった。
「下手をすれば国中で大騒ぎになる」
ライカウン教国全土から人を集め、光の祝祭日以上の宴が開かれるとも限らない。
流石にそこまでの余裕はなく、故に教皇の申し出を受けるわけには行かなかった。
そんなわけで、レキ達はおとなしく普通の宿に向かったのだった。
――――――――――
宿に付いたレキ達は、予定通り王都へと出かけた。
目的は必要物資の調達や補充。
ついでにライカウン教国の王都見学。
あれほど街道が整備されていたライカウン教国である。
その王都もまた、他国に比べても随分と整備が行き届いている。
何でも、創生神や精霊への純粋なる感謝のなせる業らしい。
良く分からないが、創生神や精霊が見守って下さっていると信じているからこそ、細かいところまで行き届くのだそうだ。
それに、生活の向上は精神の向上につながる。
日常に不満があれば創生神や精霊への感謝する余裕がない。
健全な精神は健全な肉体から、ではないが、余裕があるからこそ感謝が出来るのだろう。
人々が笑顔で街を行きかう。
そんな大通りを、レキ達は仲良く練り歩いていた。
教国の王都も栄え、レキ達の興味を引いて止まない。
武具屋やお菓子屋さんもしっかりとあり、何より国境沿いの街からも分かる通り女性の好むお店の割合が多かった。
ライカウン教国は女性が多いのだろうか。
そう言えばライカウン学園も女子ばかりだった。
「男は祈りより力を、女はそんな男達の分まで祈りを行うのです」
つまりは創生神や精霊に祈りを捧げるのは女性に多く、必然的にここライカウン教国には女性が集まってくると言う事なのだろう。
もちろんそんな女性の伴侶である男性や、男女の間に生まれた子供にも男の子はいる。
それでも武より祈りを重んじるライカウン教国には、女性向きのお店が多かった。
「フラン様っ!
あのお店に行きましょう!」
「ルミっ。
あっちのお店もきれいだよっ!」
「あ、あの書店も小説が多そうです」
これには女子達も大喜び。
先程からレキの腕をひっぱりながら、左右のお店をひっきりなしに見ていた。
「あ、あたしはちょっと・・・」
「それよりお腹が空いたのう・・・」
色気より武術や食い気の女子もいるようだが。
栄えている街程個々の興味は分散されるようで、レキ達は男子と女子に分かれて行動する事にした。
なお、フランとミームはルミニア達が女子側に引っ張って行った。
「フィルアは服を身に行く約束でしたね?」
「え、私は別に・・・」
「約束、でしたよね?」
「・・・はい」
「頑張れフィルア」
「応援しとるで~」
「お前の事は忘れないぞ」
「助けなさいよっ!」
四年生達も、レキ達同様男女で分かれて行動するらしい。
「私は姉さまたちと教会に行ってきます」
「アデメアの街での報告もありますので」
「レキ様、ご案内出来ず申し訳ございません」
リーラとファイナは、ミーシャを伴い教会へ向かい
「あたしは王都のギルドに顔を出さにゃならねぇんだ」
「ライカに付き合います」
「レキ様、何かありましたら教会か冒険者ギルドへお越しください」
その他のライカウン教国組もそれぞれ用事を済ますとの事。
半日程度とは言え、レキ達はライカウン教国の王都を満喫する。
ライカウン教国は、学生達の戦闘スタイルからも分かる通り魔術士が多く、剣士等武術に頼る者は少ない。
当然、武具屋も魔術士に対する武具を、つまりは杖や法衣などを多く扱っており、剣や槍などはあまり置いていない。
と、レキ達は事前にそう聞かされていた。
少なくとも昨年まではそうだった。
だが、レキ達が訪れた王都の武具屋には、剣や槍、斧に弓矢等一通りの武具が揃っていた。
鎧や盾もだ。
「これもレキの影響か?」
ガージュがそう考えるのも仕方ない。
これまでも、魔術士のみで編成されたチームでは足の速いフォレストウルフ等と相対した際、詠唱が間に合わず一方的に蹂躙されてしまうケースがあった。
金属製のメイスなどで接近してきた魔物を遠ざけ、距離を取った後に改めて魔術を放つ。
あるいは他国の冒険者などを雇い詠唱の時間を稼いでもらう。
ライカウン教国出身の冒険者の多くが、そうやって魔物と対峙してきた。
昨年、レキやアランが大武闘祭で見せた剣と無詠唱魔術を組み合わせた戦い。
二人のみならず、フォレサージ学園の代表選手であるミルアシアクルもまた、無詠唱ではないにせよ同じような戦い方を見せた。
その試合に魅せられ、更にはレキの黄金の魔力に魅かれた者達が、魔術だけではなく剣をも振るうようになった為、ライカウン教国でも剣を扱う店が増えているのだ。
ある意味これもレキの影響である。
ただし、レキ一人だけの影響ではない。
膨大な魔力、無詠唱で放てる高威力の魔術。
だがそれに頼ることなく剣を振るい続けたレキ。
そんなレキに勝とうと剣と魔術の鍛錬を怠らなかったアラン。
森人でありながら剣をおろそかにしなかったミルアシアクル。
あるいはレキとの手合わせを望み、苦手な近接戦を挑んだフォレサージ学園の代表生徒達。
彼等彼女等のこれまでの成果こそが、ライカウン教国に影響を与えたのである。
ライカウン教国は別に博愛主義ではない。
むしろ魔物は破壊神の眷属であり滅ぼすべき生物であるという認識ですらいる。
ただ、精霊学を元に生まれた国であり、教国の住人はほぼ全ての者が幼い頃から魔術を学ぶ為、戦闘でも魔術を主体としてしまう傾向にあるというだけの事。
光の精霊の申し子であるレキが、黄金の魔力を纏い時に剣を時に魔術を放つ様は、神話にある破壊神と戦った創生神のごとき輝きを魅せた。
ライカウン教国の者がそんなレキに憧れるのは必然であった。
仮に、レキだけがそのような戦いをしていたのであれば、流石はレキ様と崇敬のみで終わっただろう。
だが、アランが、ミルアシアクル達が同様の戦いを行った為、自分達もレキ様の様な戦いが出来るはずと考える者が多く現れた。
頑張ればレキ様のような戦い方が出来る。
ならば頑張るのがライカウン教国の者である。
と言う事で、ライカウン教国の特に王都には、レキ好みの武具もしっかりと揃っている。
そう、レキが普段から使っている双剣もしっかりと・・・。
「魔銀、だと」
光の精霊の申し子であるレキの使う武器は、ライカウン教国の住人にとって神器にも等しい。
同じ魔銀製の、同じ双剣を欲する者は、ここライカウン教国では冒険者のみならずとも多い。
ただ、魔銀を精錬できる鍛冶士は少なく、それこそ山人の鍛冶士くらいしかまともに扱える者はいないと言われるほど。
元々高価で数が少なかった魔銀の双剣は、昨年以降ライカウン教国を中心に需要が上がった為か、その値段も更に跳ね上がっているそうだ。
「まともに扱えない者には売らない事にしているのですけどね」
それでも双剣を求める者は多い。
あるいは魔銀の双剣を手にすれば、自分もレキの様に戦えるようになるのではとでも思ったのだろうか。
憧れは時に蛮勇を生み、無謀の果てに命を落とす者も多い。
「レキが気にする事ではないよ」
冒険者に憧れ魔物に挑み命を落とす若者は後を絶たない。
今回はその憧れの対象がレキだっただけの話。
レキが悪い訳では無く、己の技量を弁えなかった者達の自業自得である。
「・・・うん」
憧れの気持ちはレキにも分かる。
冒険者である父に憧れ、卒業したら絶対に冒険者になると心に誓っているレキだからこそ、そういった者達の心情も分かってしまう。
違うのは、レキにはしっかりとした力があり、彼等にはそれが無かったと言う事。
「そりゃレキと比べたらなぁ~」
そもそも魔の森で生きていたレキと同じ事が出来るはずもない。
その過程を無視し、結果のみを手にしようとしたが故に、彼等は失敗したとも言える。
「ふん。
レキの真似をすればそれだけで強くなれるなど、阿呆の考えなど放っておけ」
それで強くなれるなら、ガージュ達は苦労していない。
そもそもレキ自身、日々鍛錬を欠かしていないのだ。
確かに魔の森で得た膨大な魔力はレキの強さの根幹なのかも知れない。
だが、魔力に頼らない身体能力の高さや、剣姫ミリスと互角の剣技はレキが努力で身に付けた物。
大武闘祭で見せたレキの強さもまた、加減に加減を重ねたものでしかない。
双剣術に常人程度の身体強化、そしてフランやルミニア達でも使える無詠唱魔術。
最初こそ膨大な魔力に任せ、強引に発動させていた無詠唱魔術も、魔力操作の鍛錬を繰り返すうち常人程度の魔力で発動できるようになっている。
黄金の魔力に魅せられ、レキに憧れる者のほとんどは、そのレキの日々の努力を知らない。
ガージュが阿呆と切って捨てるのも当然である。




