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黄金の双剣士  作者: ひろよし
三章:レキの力
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第57話:畏怖と称賛

「何か分かったか?」

「いや、なんの痕跡もない」

「そうか・・・一体どちらへ向かわれたのだろうか」


フィサスの街から少し離れた場所。

ここでは、護衛部隊によるフランの捜索が続いていた。


野盗から身を挺してフランの馬車を逃した後、自分達は野盗を食い止めるべくその場に残った護衛部隊。

馬車が街道を離れ魔の森の方へ向かったまでは確認できたが、その後の足取りは依然として不明であった。


「戦闘の痕跡などは見当たりませんので、少なくともこの辺りにはいないかと」

「馬車にはミリス隊長とフィルニイリス様が同乗されていたのだ。

 万が一戦闘になっても逃げ延びたはずだ」


今回フランの護衛として同行していたのは十名。

加えて、フランの専属護衛としてミリスとフィルニイリスが同行している。


フロイオニア王国騎士団で小隊長を務めるミリスと、宮廷魔術士長フィルニイリスの実力を疑う者はここにはいない。

ミリスは小隊長の中でも抜きん出た実力を持ち、それが故にフランの専属護衛を任されている。

フィルニイリスは魔術士としての実力以上に、その膨大な知識で王を補佐し、今回の旅でも全体の指揮を任されていた。

その二人が同乗している以上、無事であるはずなのだ。

だが・・・。


「影も見当たらん」


フラン達と別れて数日。

襲撃してきた野盗を辛くも退け、そのまま休むまもなく捜索を開始した一行だが、フランの行方はつかめないままだった。


「おそらくはどこかの街へ向かわれたのでしょうが・・・」

「野盗もそれは考えたはずです。

 近隣の街道には待ち伏せがいるかと」

「・・・そんな大規模な連中なのか?」

「わかりません。

 ですが連中は三方向から襲撃してきました。

 フラン様が逃がれた方面にも追撃の部隊が潜んでいたのを見れば、まだ伏兵がいると考えたほうが良ろしいかと」

「そうか・・・ならどうする?」

「そうですね・・・」


その場に留まって野盗の足止めをしていた護衛部隊だったが、フランの乗る馬車が離脱したのを見た野盗は、馬車に別働隊を向かわせつつ今度は逆に護衛部隊の足止めを始めた。

その為野盗を退けるのに多大なる時間を費やしてしまった結果、数日経った今でもフラン達の行方をつかめずにいるのだ。


「街へ立ち寄れない以上、街道を逸れて移動したのでしょう」

「撃退したとは考えないのか?」

「撃退したなら痕跡が残ります。

 馬車にはフラン様とリーニャ殿が同乗されていますので、不用意な戦闘は避けるかと」

「なるほど」

「馬車は魔の森の方へと向かいました。

 あのままでは振り切るのは難しでしょう。

 ならば限界まで向かったはず」

「・・・まさかっ!」

「ええ、そうです」

「し、しかし」

「フィルニイリス様ならあるいは」


戦闘の跡が無い以上、少なくともこの付近にはいないと魔術士の一人はそう判断した。

手がかり一つない状況でこれ以上の追跡は困難と判断し、痕跡からではなくフィルニイリスならどうするかと思考の追跡を行い始める。

その結果、通常ならありえない考えへと至った。


「魔の森へと逃がれた可能性が高いです」


常人なら避けるはずの場所にあえて踏み込む、という考えである。


「魔の森の魔物は通常より強力ですが、それでもオーガクラスの魔物と遭遇しない限りは大丈夫でしょう。

 フィルニイリス様とミリス様なら逃げ延びる事も可能かと」

「それはそうだが・・・」

「魔の森の危険性は野盗も理解しているはず。

 深追いは避けるかと」

「う~む・・・」


魔術士の言葉に護衛の騎士は簡単には頷けなかった。

何せ場所が場所である。

一か八かの賭けに出るには、分が悪すぎるのだ。


「魔の森は長くて半日しかいられません。

 逆を言えば半日以内に抜け出れば問題ないと言えます。

 野盗の追撃を振り切るためにあえて魔の森へ侵入し、半日以内に別方面から抜け出すという手段に出たのではないかと」

「・・・いや、しかし」

「ええ、無謀にも程があるでしょう。

 ですが、あのままではやがて追いつかれます。

 一か八かの手段に出た可能性が・・・」

「・・・」


フィルニイリスならやりかねないと思ったのだろう、騎士も少しずつ言葉を失っていき、やがて沈黙した。


王国随一と言われる知識を持ち、宮廷魔術士になる前は大陸中を旅した経験を持つフィルニイリス。

その知識と経験からくる様々な戦術は、時に相手の裏をかくような手段に出ることも少なくはなく、中には無謀にも程があるような物すらあった。

今回の状況、フィルニイリスが打開しようとしたなら、無謀とも言える手段を取る可能性も十分あり得るのだ。


「魔の森に入ったのであれば、馬車はその場に打ち捨てるでしょう。

 何らかの痕跡は残るはず」

「・・・このままこうしているよりマシか」


結局、騎士は魔術士の意見をくんだ。

説得されたと言うより、僅かな可能性にかけたのだ。


フラン達とはぐれて数日、手がかりは欠片も無い。

フィサスへと報告に向かわせた騎士は、まず公爵へと状況を伝えた後そのまま王都へと向かうだろう。

おそらくは不眠不休で、食事の手間すら惜しむはず。

何故なら、自分達もそうだからだ。


「よし、このまま魔の森へと向かう。

 一刻も早くフラン様を探しだし、合流するぞ」

「「おおっ!」」


フランの捜索を続ける護衛部隊。

はぐれてからの数日間、誰もが不眠不休で捜索を続けていた。

休んでいる暇があればフランを探し、食事の支度をしている暇があれば何かしらの痕跡を探していた。


「フラン様、どうかご無事で・・・」


願うのはフランの無事。

護衛部隊改め捜索部隊は、ただそれだけを願い、フランの捜索を続ける。


――――――――――


トゥセコの街の宿屋。


宿に戻ったレキ達は、合流したミリスとフィルニイリスに今日の出来事を喜々として語った。

主な語り部はフランである。

そもそもの原因を作ったにも関わらず、そして自分は何もしていないにも関わらず、レキは凄かった、リーニャも凄かったと大騒ぎだ。

夕食時に始まったフランの語りは部屋に戻ってからも続き、それを聞くミリス達もいろんな意味でお腹いっぱい。

最初は誇らしげなレキも、さすがにこれだけ言われ続けて居心地が悪そうにしていた。


「その男達は?」

「気が付いたらいなくなってまして・・・」

「そういう連中に限って逃げ足だけは早いからな」

「これだけの騒動を起こしたのなら、しばらくはおとなしくしているはず」

「だと良いのですけど・・・」

「ふふん、そんな奴ら何度来てもレキがやっつけるのじゃ!」


満面の笑みで「レキが」を強調するフランである。

目の前でレキの活躍が見れたのがよほど嬉しかったのだろう。

しかも自分を助ける為、大の男に立ち向かった。

まさに物語の英雄である。

その場合、フランは囚われのお姫様と言った所か。

フロイオニア王国の王女である以上、間違ってはいない。


「オーガやアースタイガーに比べればなんてことない」

「せめてあと100人は連れてこないとな」

「ふふっ、レキ君は強いですからね」

「そうじゃろそうじゃろ!」


質で言えば魔の森のオーガに敵う魔物などそうはおらず、数で言えばカランの村を襲ったゴブリンの群れを上回る事はそう無い。

そんな魔物を圧倒してきたレキである。

たかが魔鉄級の冒険者など、何の問題も無い。


「それは?」

「ふふん、これはじゃな」


ふと、フィルニイリスがフランの胸に飾られたペンダントに気付いた、というよりいい加減話題を振ったと言った方が正しいかもしれない。

先ほどからちょくちょく触っては嬉しそうにしていたからだ。

いい加減話を振らなければいけないのだろうと、空気を読んだ結果である。


「コレは街で作ったのじゃ!」

「作った?」

「うむ!」


作ったと言う以上オーダーメイドの品物なのだろう。

ペンダントの中心で輝いているのは例の石。

石をペンダントに仕立てたのだ。


今回の騒動の原因となった石。

フランは宝物だと言って常にポケットに入れていたのだが、運悪く落としてしまった事で今回の騒動を引き起こしてしまった。

騒動自体は解決したが、もう二度とこんなことが無いよう考えた結果、落とさないよう工夫をしたのである。


「石はそのまま使ってますから、時間も値段もあまりかかりませんでした」

「ふふん!

 どうじゃ、良いじゃろ!?」


自慢気に胸を張り、ペンダントを見せつけるフランである。

通常の宝石より二回りは大きい石は、やはりアクセサリーとしては大きすぎた。

ただでさえ子供のフランが身に付ければ、背伸びして大人の真似をする子供以外の何者でもなかった。


「もっと良く見せて?」

「ん、良いぞ」


それでも嬉しそうに胸を張るフランは、フィルニイリスの言葉に自慢げに応じた。


「間違いない、これは魔石」


興味深く石を観察するフィルニイリス。

しばしの後、フィルニイリスはフランのペンダントの中心で輝くそれを魔石と呼んだ。


「へ~」

「ほうっ!」


二人にとってはただの綺麗な石ころでしかなかったそれは、どうやら魔石と呼ばれる石だったらしい。

魔石については森の小屋で一応説明を受けていたものの、まさか自分が拾ったただの石ころが魔石だとは思っていなかったレキ。

フランも同様で、レキに貰った綺麗な石という理由だけで大事にしていたのだ。


しかし、それが魔石となれば話は別。


魔石は魔素を含む石であり、加工すれば様々な効果をもたらす。

魔術の補助から魔術そのものを発生させる媒体として。

あるいは足りない魔力を引き出す為の燃料にもなりえる。


フランの持つ魔石は未加工の状態であり、言い換えれば何にでもなるという事だ。


更に調べたところ、フランの魔石は魔石の中でも最高純度、つまり魔素そのものが結晶化した石である事が分かった。

通常なら洞窟などの比較的魔素が溜まりやすい場所で、何百年何千年何万年とかけて生まれるという純魔石。

それがそこらへんに落ちているのだから、魔の森の魔素がいかに濃いかが分かるだろう。


フランの持つ魔石は純粋な魔素の塊。

加工すれば最高峰の魔術具となるそれを、フランはただのペンダントとして大事にするらしい。


「もったいない」

「まあまあ」


フィルニイリスの物欲しげな目線もなんとやら。

一応、そのままでも魔術に対する抵抗値は高く、お守り程度にはなるだろう。

ただの石ではなく魔石と分かり、なおさら大切にしようと思うフランだった。


――――――――――


その夜。


一日中街を歩き回り、男達と一悶着を起こし、そしてレキやリーニャの活躍に興奮しては賑やかに語り続けて疲れたのだろうか、フランは早々に寝付いてしまった。

寝顔には笑みが浮かんでいる。


一方、本日もまた大活躍したレキはといえば・・・。


「・・・」


フランとは体力が違うからか、なかなか寝付けないでいる。

腕を組み、何やら考え事をしているようだ。


「レキ君、どうしました?」


そんなレキを心配して、リーニャが声をかけた。

どんなに強くともレキはまだ子供。

フランを見習って・・・とまでは言わないが、夜は早めに寝るべきだ。


いつもはフランに負けず劣らず寝つきの良いレキが起きている。

眠れないのは何か理由があるのかも知れない。


「えっとね、いろいろ考えてたけどよく分かんなくなっちゃって・・・」

「考え事か?」

「うん」


レキの答えに、同じく起きていたミリスも反応した。

ただでさえあんな魔の森で一人で生きてきた子供のレキだ。

一般的な知識に疎く、分からない事は多い。

悩む事もあるだろう。


以前も、自分が救った村人達に怖れられた事に悩んでいた。

似たような経験を持つミリスだからこそ、相談に乗ろうとしたのだ。


「何が分からない?」

「えっとね」


やはり起きていたフィルニイリスに促され、レキが胸中を語った。


「今日もほら、街で戦ったでしょ?」

「ええ、大活躍でした」

「んとね、今日も少しやり過ぎたかなって思ったんだけど・・・」


悪いのは男どもだったが、暴力を振るってきたわけでは無い。

精々がフランの手を強引に引っ張った程度。

それに対し、リーニャは足を踏みつけたり肘打ちしたり踵落としを決めたり・・・。

レキに至っては拳と蹴りでぶっ飛ばしている。

男はおそらくはかなりの深手を負ったはずだ。

死んではいないだろうが、こちらには被害が無い分、過剰防衛と言えなくもない。


もっとも、相手はフランの宝物を奪おうとしただけでなく、フランとリーニャをも攫おうとした。

心情的にはむしろ足りないくらいだ。


「殺してもいいくらい」

「さすがにそれはな」


物騒な事をいうフィルニイリスを、苦笑交じりにミリスが諫めた。

ミリスとて、主君であるフランに無礼を働いた男を許すつもりはない。

だが、子供の前でそういう事を言うのもどうかと思っただけだ。


「街の人達も驚いてたし」

「あれは驚いていたというより騒いでいたという方が正しいですよ?」

「そうなの?」


まだ子供のレキが大の男、それも魔鉄級の冒険者を一方的に叩きのめす場面は平穏な街にとって演劇のような物だった。

驚くなと言うほうが無理である。

誰もが口々にレキとリーニャを褒め称え、中にはレキの頭をなでたり肩を叩いたり、肩車までする者すらいた。

もはやお祭り状態だった。


「それで?」


その様子はフランとリーニャから存分に聞いている。

フランの身振り手振りを加えた語りにリーニャが補足を入れる事によって、一連の騒動はミリスとフィルニイリスにもほぼ正確に伝わっていた。


「えっとね。

 カランの村だとやり過ぎた時はみんな怖がったのに、今日はみんな褒めてくれたから」

「なるほど」


レキの悩み、それは自身の力に対する周りの反応の違い。

カランの村では畏怖の対象となったが、トゥセコの街では称賛を受けた。

その違いがレキには分からなかった。


トゥセコの住人達はただの観客で、カランの村は当事者だった。

トゥセコの住人の前で振るった力は分かりやすく、カランの村では不可解だった。

振るった相手もそうだ。

トゥセコでは街の鼻つまみ者で、住人も以前から迷惑していた。

カランの村は突然現れた魔物だった。


そういった様々な違いが住人の反応に表れたのだが、レキにはそれが分からないでいた。


「違いが分からない?」

「うん」

「何が違った?」

「ん?」

「カランの村と今回、何が違った?」

「う~ん」


ただ答えを教えるのではレキの為にならない。

そう考えたフィルニイリスは、年長者としてレキを教え導く事にした。

自分で考え導き出した答えこそが、その者にとっての答えなのだ。


「良く考える。

 分からなくても考える事をやめてはいけない。

 そこでやめたら騎士団みたいになる」

「おい!」

「分かった、頑張る」

「レ、レキまで」

「うん」


再び悩み始めるレキを、三人は微笑ましく見守った。

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