第564話:ライカウン教国
教皇の謝罪で更に時間を費やしたレキ達。
ようやく街へと入る事が出来たレキ達は、当初予定されていた領主の屋敷への停泊を止め、街にある普通の宿に停泊する事にした。
予想外の厚待遇に、エラスの街での話を思い出したレキが難色を示したからだ。
教皇達も一緒に宿泊するとなれば、レキの予想もあながち外れでは無かっただろう。
至れり尽くせりが嫌な訳では無いが、それよりフラン達と自由に行動したいと言うのがレキの考えである。
これ以上レキの意向を無視し、更なる不興を買う事を恐れた教皇がおとなしく引いた形である。
教皇を始め教国の重鎮や護衛の冒険者達とは、これまた当然ながら別の宿に宿泊する事となる。
教皇達は領主の屋敷へ。
冒険者達もまた、レキ達とは別の宿に宿泊する事に。
別に冒険者達だけなら問題なかったのだが、教皇の羨ましそうな顔に耐えかねたようだ。
なお、レキとしては冒険者達にいろいろと話を聞きたかったのだが・・・それを言えば教皇がどうなるか分からず、黙っておくようにとレイラスにやんわり注意された。
教皇が領主の屋敷へ向かったのは、その先の街でもレキの待遇を伝える為。
あまり待遇を良くし過ぎるのもレキ様の不興を買いかねないと、実際に買ってしまった教皇自らの説明に、領主も心から納得し責任をもって伝えてくれると約束してくれたそうだ。
誠心誠意謝罪したのが功を奏したのだろう。
次の街からはレキ様の思う様に行動できるよう、手配いたしますので。
そんな教皇の説明に理解と納得と、そして感謝したレキが全身をうっすら黄金に輝かせながら握手したのは、フィルニイリスのアドバイスによる念押しだ。
感涙で崩れ落ちた教皇であれば、間違いなく大丈夫だろう。
なお、冒険者の中でもリーラやファイナの元学友達であるライカウン学園の卒業生はレキ達と同じ宿に宿泊する事になった。
名目はレキ達の案内と護衛。
あるいは旧友との交流。
本音は言うまでもない。
まあ、なんだかんだレキはライカウン教国にとってかけがえのない存在である。
いかに本人が不要だと言えど、実際に不要であっても、護衛の一人も付けないとあっては教国の名折れだと言われ、過剰に接しない事を条件に許可したのだ。
リーラやファイナ、レキが信頼する二人が責任を持ちますと言ってくれたので頷いたレキ。
リーラ達はしっかりと務めを果たしてくれているようですねと、多少嫉妬はあれど安心もした教皇である。
「よう、久しぶりだな」
「む?
ライカ殿か」
アラン達も昨年、大武闘祭でリーラ達とは合っている。
特に、リーラのチームメイトだった生徒とは実際に戦っているだけに、一年ぶりの再会を共に喜び合った。
「ていうかお前達も出場するのか・・・。
二年連続とはやるじゃねぇか」
「何、レキ殿ほどではない。
準優勝できたのもアラン達のおかげだ」
「・・・相変わらずラリアルニルスさんは試合中とは違いますね」
「ラリアの素はあんな感じ。
戦闘中だと何故か脳筋になる」
「そちらのライカ様も相変わらずの様で・・・」
「ライカですから」
宿までの道中、レキ達はお互いの近況を報告し合った。
今年卒業するアラン達四年生は、既に卒業しているリーラ達元ライカウン学園四年生達の話を興味深く聞いていた。
リーラやファイナは既に教会で働いているが、その他の者達がどう過ごしているか、自分達の卒業後の進路の参考にしようと言う考えなのだろう。
「ライカウン学園の生徒の大半は、卒業後教会に務める事になります」
教国と言うだけあり、ライカウン学園の生徒の大半は卒業後教会に務める。
学園は教会の信徒を育てる為の施設と言っても過言ではなく、四年間もの間学園に在籍し、毎日創生神や精霊の逸話を聞き、学び、祈りを捧げていれば、信仰心など嫌でも芽生える。
粗暴なライカですら、創生神や精霊に対する崇敬の念を抱き、日々の祈りを欠かした事は無いと言うのだ。
創生神や精霊への信仰、教育は徹底している。
持ちろん全ての生徒が教会に務める訳では無い。
商会に務める者、故郷に帰り街や村の発展に尽くす者、あるいは冒険者として活動する者など様々。
そこら辺は他国と何ら変わりはなく、ただ教会に務める者の割合が多いと言うだけの話である。
「ちなみにライカは既に冒険者として活動をしていますよ」
「えっ!?
ほんとっ!!」
「ええ」
リーラ達が卒業して七月ほど。
卒業した生徒達も、新たな進路、生活に馴染む頃である。
ライカもまた、冒険者として既にいくつかの依頼を達成しているそうだ。
「へへっ、もう黒鉄ランクなんだぜ」
「うわ~・・・」
「お~・・・」
「へ~・・・」
「ほう・・・」
そう言って、胸元から自慢げに冒険者証を取り出し見せびらかす様に振るうライカ。
先ほどまで昨年の大武闘祭を振り返りつつ再会を懐かしんでいたラリアルニルスに加え、卒業後は冒険者になるつもりのレキやカルク、ミームまでもがライカの周囲に集まり、ライカの手にある冒険者証に釘付けになった。
冒険者のランクは下から青銅、黒鉄、魔鉄、銀、魔銀、金、魔金となっており、ライカのランクは下から二番目。
青銅は主に採取を、黒鉄はゴブリンなど低級の魔物の討伐依頼が中心となる。
ランクが上がるごとに依頼の難易度や危険性は上がり、実力が無ければ依頼を達成する事が徐々に難しくなっていくのだ。
その点、彼女には学園で身に付けた魔術や杖術がある。
チーム戦でもライカウン学園には珍しい近接戦闘をこなし、同じく森人でありながら大剣を振りまわるラリアルニルスと互角に渡り合える程度の実力を有する彼女であれば、ゴブリン程度なら問題ないそうだ。
「で、でも・・・」
「へっ、大丈夫だ。
油断はしねぇ」
ライカウン学園では戦闘技術はあまり学ばないと聞いている。
魔術は精霊に通じるからと鍛錬を行うが、武術に関しては自衛程度。
武闘祭でも基本的には魔術を打ち合い、より早くより高位な魔術を放った方が勝ちと言う仕組みだった。
ライカの様に、近接戦闘を学ぶ者などごく少数。
誰も教えない為、もっぱら自主鍛錬で身に付けるしかないのが現状・・・だったのだが。
「レキ様ですね?」
「ええ、それにアラン殿下も・・・」
「えっ!?」
アランの名にローザが反応した。
――――――――――
武術とは他者を傷つけるだけの技術。
この世界を創造した創生神様、我々を導く精霊様は、そんな事の為に我々を生み出した訳ではない。
とは言え、無抵抗で自らの命や財産を差し出すわけには行かない。
この世界のすべての者は創生神様や精霊様が生み出し与えて下さったもの。
それを無条件で差し出すなど、創生神様や精霊様への裏切りである。
ライカウン教国が学ぶ理由は、最低限己の身を護る為。
間違っても他者を傷つけ、他者の命や財産を奪い取る為ではない。
魔術は精霊様が我々に下さった、この世界をより良く生きる為の力である。
魔素を使い、火を、水を、風を生み出し、土をはぐくむ為の技術。
故に、魔術は精霊を学ぶ上で必要不可欠な技術である。
と言うのが今までのライカウン学園の方針だった。
だが昨年の大武闘祭、精霊の申し子たるレキの、全身を黄金の魔力に包みながら剣を振るうその姿に、種族問わず多くの者が魅了された。
魔力や魔術に傾倒しているフォレサージ森国と、黄金の魔力に創生神や光の精霊を見たライカウン教国の者達の反応はすさまじかった。
森人は目を奪われ、教国の者は感激のあまり意識を手放すほどだった。
神々しいまでの輝き。
その黄金を纏い剣を振るうレキの姿は、創世神話の新たなる一節に語られても良いほどに素晴らしかったと言う。
そんなレキ様は、どうやら魔術より剣術を好まれているという。
魔術士には魔術で対抗するレキ様ではあるが、レキ様が黄金の力を振るわれるのは主に武術で戦われている時だと。
全身を黄金に輝かせ、武舞台上を縦横無尽に駆け回るレキ様のお姿。
そんなレキ様に近づく為、やはり我々も武術とそれを強化する身体強化の技術にも力を入れるべきでは?
そう考える者がライカウン学園の生徒の中にも現れた。
昨年の大武闘祭。
フォレサージ学園の代表ミルアシアクルが、武術も身に付けていた事も影響しているのだろう。
森人が武術を学び、獣人もまた、今後は魔術を学ぶ。
ライカウン学園も変わるべき時が来たのだと。
とはいえ、ライカウン学園は精霊学を中心とした学問の学園である。
武術に力を入れると言っても、それはあくまで今まで以上と言う話。
今まで行ってこなかった手合わせが加わった程度である。
それでも身体強化を行いながら武器を振るう生徒の姿は、それまでのライカウン学園ではまず見られない光景だった。
「レキ様とアラン殿下の試合も素晴らしかったです・・・」
そう言うのはリーラ達の同級生の一人である。
フロイオニア王国の生徒であるレキとアランは、他の学園以上に武術と魔術双方を学んできた。
大武闘祭でも、二人は時に魔術を、時に武術を使い、更にはその両方を駆使し決勝でぶつかった。
獣人に剣で、森人に魔術で戦うレキの姿は純人であろうと他種族に負けない可能性を見せつけ、剣と魔術を用いて戦うアランの姿は純人の優位性を見せつけた試合だった。
決勝戦は歴史ある大武闘祭でも屈指の戦いとして、種族問わずあらゆる者が称賛した。
レキだけではない。
圧倒的な実力者であるレキに最後まで食らいついたアランにも、憧れる者が現れるのは当然だろう。
そもそもアランは人気がある。
容姿といい性格といい、更には実力といい・・・。
ただでさえ王族であるアランが大武闘祭であれほど活躍したのだ。
他種族の女性が惚れるのも仕方のない事。
先程「アラン殿下も」と言った元ライカウン学園の生徒も、頬を赤らめる様子からおそらくはアランに惹かれている者の一人なのだろう。
決勝でレキと戦うアランの不屈の姿に見惚れ、黄色い声援を投げかけていた。
「まあまあ、アラン様はローザ様一筋ですから」
「で、でもアラン様は王族ですし、お世継ぎの事もありますから・・・」
因みに、フロイオニア王国は一夫多妻制である。
王侯貴族は後継ぎの問題もある為、側室や側妃を娶る事も珍しくない。
第一妃、第二妃と言った複数の女性を正式な伴侶として迎える家もあるくらいだ。
フロイオニア王ロラン=フォン=イオニアに関しては、王妃であるフィーリア=フォウ=イオニアが後継ぎとなるアランを生んでいる為、後継ぎ問題も無く第二妃を娶る必要も無かった。
イオシス公爵家に関しては、以前は妻ミアーリア=イオシスが病弱であり、娘であるルミニアもまた体が弱く、側室をという話が過去にはあった。
ルミニアの体が丈夫になり、更にはミアーリア=イオシスの体調も回復し、何よりルミニアの弟も生まれた為、後継ぎ問題も完全に解決。
側室を娶る必要もなくなった。
もちろん後継ぎ関係なく複数の女性を娶る者もいるが、後継ぎ問題で揉めるケースも多い。
一夫多妻はあくまで後継ぎに恵まれなかった場合の救済措置だと考えるべきだろう。
ローザもそれは分かっている。
ただ、王族や高位の貴族に関しては、婚姻には外交の一環であるという考えもある。
他国の王族を娶れば国同士強固な繋がりが生まれる。
その場合、ローザは第一妃としてアランばかりではなく他国から嫁いでくる女性とも仲良くしなければならないのだろう。
「あ~・・・ローザ」
「は、はい」
「私はローザ以外の女性を娶るつもりは無いぞ?」
「で、ですが・・・」
「それに・・・」
今のところ、フロイオニア王国は他国との繋がりはさほど求めていない。
国内の貴族との繋がりもだ。
侯爵家であるローザとの婚姻もお互いの気持ちが第一で、家同士の繋がりなどほとんど関係ない。
今更側室など必要としておらず、アランもまた求めていない。
むしろ、レキの方が複数の女性を娶る必要があるかも知れないのだ。
レキはフロイオニア王国の英雄であり、光の精霊の申し子としてフォレサージ森国やライカウン教国から崇敬を抱かれ、その圧倒的な実力はプレーター獣国からの敬意も集めている。
マウントクラフ山国はレキに相応しい武器を作り出すべく鍛冶に励み、マチアンブリ商国はそんなレキとの繋がりを求めている。
優良物件中の優良物件。
目玉商品であり一品限りの限定品。
そんな張り紙が張られてもおかしくないほどレキとの繋がりを求める者は多く、と言うかフロイオニア以外の五か国全てがレキとの繋がりを欲している。
もちろんフロイオニア国内の貴族もだ。
婚姻と言うのは最も手っ取り早く、かつ強固な繋がりを得られる手段。
子供でもできればなおの事。
武神の子、光の精霊の申し子の子など、レキの血はそれほどまでに強い影響を与えるだろう。
もちろんレキ本人にそのつもりが無ければ複数の女性を娶る事は無い。
だが、現段階でもレキには最上位クラスの女子を始めとして多くの奥さん候補がいる。
これから増える可能性だって十分にあるだろう。
「プレーター学園の、アリルだったか?」
「フォレサージ森国だとミルアさんですね」
「マウントクラフはサラさんですが・・・」
「少し違う気がする」
プレーター学園の昨年の代表アリル=サなどは分かり易くレキにご執心だった。
何よりも強さを尊ぶプレーター獣国で、自分より強い異性が好みだと言うのだからレキはぴったりである。
ミルアシアクルはと言えば、レキに対して尊敬はしているだろうが異性としてどう見ているかは不明である。
ただ、少なくとも好意はあるだろう。
国から言われれば喜んで嫁いでくるに違いない。
サラ=メルウド=ハマアイク。
今はサラ=メルウド=ソドマイクになっているであろう彼女は、鍛冶士としてレキにほれ込んでいる。
レキの為、自身の専門を槌から剣に変えるくらいで、ある意味今後の彼女の人生に多大なる影響を与えてしまった事になる。
ただ、彼女もレキを異性として見ているかは不明であり、どちらかと言えば専属鍛冶士になりたいと言ってきそうではあった。
「ライカウン教国ですと・・・」
そう言うルミニアの視線の先には同じ最上位クラスのルーシャ=イラーがいた。
ルーシャの左右にはなんだかんだ理由を付けて今回の遠征に同行してきたリーラ=フィリーとファイナ=イラーも。
ライカウン教国の関係者でレキとも交流が多いのはこの三名。
レキに対する好意は言うまでも無く、それが崇敬から来るものだとは言え婚姻を結べと言われれば二つ返事で了承するだろう。
いや、了承するのはルミニアも同じだが、ルミニアはあくまでレキに対する純粋な好意からくるものであり、あっても尊敬、三人のような崇敬の念は抱いていない。
ただ、三人の人柄的には問題なく、能力的にも二人はライカウン学園の昨年の代表、一人は編入枠を勝ち取りルミニア達と同じ最上位クラスとなった優秀な生徒。
崇敬だろうとレキに好意がある事も確かで、もしライカウン教国の誰かを選ばなければならないとしたら、ルミニアだったらこの三人の中から選ぶだろう。
もちろん選ぶ必要が無ければ、誰一人として選ぶつもりはないが。




