第551話:恒例行事?
「これより特別試合を始める」
つい先ほどまで武闘祭が行われていた大武術場。
その中心にある武舞台上に、レキの担任であるレイラスが立ち周囲にそう宣言した。
武闘祭の本戦はその全ての予定を終え、表彰式ですら先ほど終わった。
生徒達も本来なら寮へ帰り、夕食なり休憩なり明日の支度なりを済ませたり、あるいは二日間にわたって行われた武闘祭本戦の感想を言い合ったり、出場した生徒はその疲れを癒す時間である。
だが、昨年武闘祭終了に行われたレキと多くの生徒による模擬戦のうわさを聞きつけ、今年も行われるのではとある者は期待し、ある者は自分も参加すべく残っていた。
一年生達はと言えば、終わったはずの上級生が残っていた為、まだ何かあるのかと様子を伺っていたようだ。
ケルンとコルンの姉妹はレキやルミニアに声をかけてから帰す為に残っており、寮に帰った生徒はほとんどおらず、また残っていた生徒に呼ばれ戻ってきていた。
つまり、大武術場には全ての生徒が揃っていた。
カムが期待していたレキとの模擬戦。
武闘祭が終わった後に行われる為、私闘扱いとなるそれを全生徒の前で行うわけには行かず、カム自身全員帰るまで待っていたのだが・・・。
何時まで経っても帰ろうとしない、それどころか早くやれだとか自分も戦わせろだとかと言い始め、カムの期待していた試合は出来そうにない。
さりとて何もなしではカムも、ここにいる全ての生徒も納得しないだろうと言う事で、レイラスが他の教師達と相談した結果、特別に試合を行う事となったのだ。
さて、その内容だが・・・。
「武闘祭の本戦を通じ、フロイオニア学園の代表たるレキ、アラン=イオニアの実力は良く分かったと思う。
二人は昨年も大武闘祭に出場し、レキは優勝、アラン=イオニアは準優勝と非常に優秀な成績を収めている。
彼等こそが我がフロイオニア学園の代表に相応しい生徒だろう。
今一度彼等の実力を目に焼き付け、快く送り出してもらいたい。
レキ、アラン=イオニア、両名は武舞台へ」
レイラスの言葉を受け、レキとアランが武舞台に上がった。
レキに遅れて大武術場へと戻ってきたアランは、カムや他の生徒達の様子からまたかと嘆息しつつ事情を聞きだしていた。
聞きだし、更に大きなため息をついた。
まさかアランも、武闘祭が終わったにもかかわらず全生徒が居残っていたとは思わなかった。
そして、そんな全生徒の見守る中武舞台に上がらされる等思ってもいなかった。
当然、今から行われようとしている事もだ。
再びレキと戦う?
決勝で勝敗は決している以上、今更二人を戦わせる意味などない。
勝敗など明らか。
アランも納得しているし、他の誰も異論を唱えていない。
カムが勝負を吹っ掛けてきたのだって、単純にカムがレキと戦いたいだけ。
昨年は疲労で立ち上がれないほどまでレキと戦わされたカムだが、あれはあれでカムにも得る物があったのだろう。
実際、カムにもレキにも、他の生徒にも良い鍛錬になるから悪い話ばかりではないのだ。
分からないのは、これから行われるのが私闘であるにもかかわらず他の生徒を帰していない点である。
これから行われるのは私闘であり、何度も言うが他の生徒の見ている前で行う訳には行かないのだから。
「・・・はあ」
「どしたの?」
「まさかこうなるとはな、と思ってな」
私闘である以上見せるわけには行かない。
ならば私闘で無くせばいい。
「二人の実力はお前達も知っているだろう。
アラン=イオニアは四年連続で学年の代表の座を勝ち取った優秀な生徒であり、昨年は大武闘祭でも準優勝を果たしている。
そしてレキは、昨年一年生にして武闘祭、更には大武闘祭をも優勝している。
今年もまた二人は学園の代表となった。
そんな二人の実力を疑う者はいないとは思うが・・・」
そう言いながら、レイラスは残っている生徒全員を見渡した。
レイラスの言う通り、二人の実力を疑っている者など誰一人としていない。
むしろ強者に対する敬意すら感じさせている。
好意やら崇敬やらを抱いている者もいるようだが、少なくとも二人を下に見ているような生徒はいない。
カムやミームのような、実力を理解しつつなおも挑もうとする者もいるだろう。
それでも二人が学園の代表である事に異論を持つ者はおらず、本来ならこんな催しすら必要ないのだろうが。
「強者であるが故に挑みたいという気持ちは尊重すべきだと思う。
知っている者も多いだろうが、昨年も武闘祭終了後にレキに挑んできた者がいる。
彼等はレキが強いからこそ、そのレキに勝とうという気概を持っていた者達だ。
フロイオニア学園が実力主義を掲げている以上、そういった者達はむしろ歓迎しなければならない。
だからと言っていつでも挑んで良いと言う訳では無い。
学園には規則があり秩序がある。
ある程度の私闘は黙認できても、こうも公になっては容認するわけには行かない」
それは暗に、やりたいなら誰もいないところでやれと言っているような物だ。
とは言え日々寮の中庭で手合わせやら模擬戦やらを行っているレキ達である。
今更禁止も何もない。
ただ、中庭で行われているのはあくまで自主鍛錬の一環。
みな、強くなる為に行っている。
対して、昨年行われたのはあくまで私闘。
勝つ為に挑み、立会人こそいたが少なくとも鍛錬する為では無かった。
「それでは不満を抱く者もいるだろう。
結果には納得しても、だからこそ強者であるレキやアラン=イオニアに挑もうとする気概をぶつけられず、不満を抱き続ける者もいるだろう。
武闘祭終了後は他の学年との合同授業が始まるが、それまで待てないと言う者もいるだろう。
たまりにたまった不満を他者にぶつけ、学園の秩序を乱されても困る。
故に、学園長達と相談しこの場を設ける事にした」
これまで武闘祭終了後の私闘を見逃してきたのはそれがガス抜きだったから。
余計ないざこざを生むより、とっとと発散させた方が他の生徒にも迷惑にならないだろうという判断だ。
それで良いのか、と言う意見はこの際無視である。
「今武舞台に上がっている二人、レキとアラン=イオニアはいわば王者であり挑戦を受ける者である。
今回はこの二人が組んでお前達の相手をする。
挑戦する者は今から三十分以内に準備を済ませ武舞台に上がるように。
何人でも構わん。
二人に勝ちたいと思う者、学園の代表と戦ってみたいと思う者はこの場に集まれ。
以上だ」
『・・・お、おぉ~~~!!!』
レイラスの説明が終わり、一瞬の間の後大武術場は大歓声に包まれた。
――――――――――
「まさかこうなるとはな」
観客席にいたガージュが腕を組み唸る。
感心しているわけでは無い。
むしろ呆れていると言って良い。
レイラスの提案はつまり「面倒くさいから全員でやれ」と言うものに他ならない。
確かに、今更人数を絞るわけにはいかないのだろう。
全員がこの場に残り、参加しない者も見学を希望している以上私闘という範疇も超えた。
収拾を付ける為にも、時間的にもそうせざるを得なかった・・・と言うのも分からない話では無い。
希望者という括りこそあれど、その人数は少なくないだろう。
昨年でも十六名がレキに挑んでいるのだ。
そこに四年生代表のアランが加われば、挑みたいと考える生徒はなお多くなるに決まっている。
「ガージュどうする?」
「僕は遠慮する。
ユーリはどうするんだ?」
「ははっ、流石に今回は僕も遠慮しようかな」
「俺は行くぜっ!」
そう言って飛び出していったのはカルクである。
今年の武闘祭、カルクがレキと試合で当たったのはチーム戦の予選のみ。
個人戦では当たらず、チーム戦の本戦でもレキ達に当たる前に敗北してしまった。
つまるところ、カルクも若干不完全燃焼気味であり、実のところ今年も武闘祭終了後にレキと戦えるのを楽しみにしていた一人だった。
「レキとならいつでも戦えるだろうに」
「ま、カルクだし」
「ふんっ、まああっちも同じようだがな・・・ん?」
そう言ってガージュが目を向けた先には、闘志に燃えるミームが誰よりも先に武舞台へと降り立ったところだった。
そんなミームに続けと言わんばかりに、フラン、ルミニア、ユミにファラスアルム、更にはルーシャまでもが武舞台へと向かっていた。
参加するのはミームだけだとガージュは考えていた。
昨年はルミニア達と一緒に参加していたが、フランはともかくルミニアには参加する為の理由があった。
レキの手加減の練習や集団戦の訓練など。
建前とはいえ理由があり、レキの為になるのであればルミニアが参加しないはずが無い。
そんなルミニアの理由を知り、ガージュもまた昨年は参加している。
今年はそういった理由は無いはず・・・。
「う~ん、みんなが参加するなら僕も行かない訳にはいきそうにないね」
渋るガージュをよそに、ユーリもどこか楽し気に武舞台へと向かう。
「・・・あ、おいユーリ」
慌てて、ガージュもその後を追った。
――――――――――
「こんな機会を逃すわけには・・・」
「俺もやるぜっ!
おい、お前らも行こうぜっ!!」
「いや、僕は・・・」
「アラン様とは一度戦ってみたかったんだ」
「レキとアラン様、二人が組んで戦われるのだぞ、参加しないでどうする!」
「お、お姉ちゃん」
「わ、私達もいいのかな?」
「よっしゃ!」
「はあ、カムは相変わらずだな」
「カシーヤ、どうする?」
「う~ん、僕はいいや」
「俺は行くぞ」
「アラン殿下と剣を交えられるとは・・・」
「レキ殿の実力、試させてもだろう」
「お前が勝てるはずないだろう」
「きゃ~、アラン様~」
「っ!?」
「落ち着けローザ」
「んで、どないする?」
「行くに決まっているだろう。
アランとレキ、二人を同時に相手にできる機会なのだぞ?」
「まあ、確かにそうね」
「我々も行こう」
「だってよ、ローザはどうするん?」
「・・・あ、はい。
行きます」
そこかしこから声が上がる。
参加する者しない者。
関係なく声援を送る者やその相手に敵意を向ける者など。
終わったばかりだと言うのに、武闘祭の熱気は再び上がり始めていた。




