第545話:カムの意地
続く二回戦第一試合。
武舞台に現れたのは、一回戦でガージュチームを破ったアランチーム。
そして、同じく一回戦でケルン&コルンチームを倒したカムチームである。
「とうとうこの時が来たなぁ」
「やる気だけは十分なようだな」
「ったりめぇだっ!
ようやく今までの借りを返せるんだからなぁ!」
カムにとってアランは因縁の相手である。
二年前、初めての武闘祭で負けて以降、カムはアランを倒す事を目標に鍛錬を重ねてきた。
それでも昨年の武闘祭で敗北し、カムにとってアランは超えるべき壁となっている。
「借りと言うならレキにもあるだろう」
「あいつとは来年もやれる。
だが、てめぇとやれんのは今年までだろうが」
アランは四年生。
今回の武闘祭が終われば卒業してしまう。
カムがアランに挑めるのも、当然今年が最後となる。
負けっぱなしでは気が済まない。
武を重んじる獣人であり、少なくとも同学年の中では最強であるはずのカム。
それが、一つ年上とはいえただの純人に負け続けているのだ。
アランが卒業する前に、せめて一度くらいは勝っておきたい。
そうしなければ獣人としての、いやカム=ガとしてのプライドが許さない。
「アランに挑む前にまず私にしたら?」
「てめぇは後だ」
そう言う意味では、昨日の個人戦で負けたフィルアも倒すべき相手だ。
フィルアの実力はアランより下なのだろう。
弱い者から倒していく、と言えば表現は悪いが、それでもフィルアだってカムより強い。
フィルアを倒し、そしてアランを倒す。
と言うのが多分一般的な順番なのだろう。
「ふむ、そう言う事ならまず俺が・・・」
「何いうとる。
同じ獣人なんやしワイからやろ」
「アラン様に牙を向けるなど私が許しません」
「お前達・・・」
フィルアに続き、ラリアルニルスが、ジガが、そしてローザが。
アランを庇うかのように前に出ては、順にカムへと武器を向けた。
それは自分達の代表を守る為の行為・・・ではなく。
「話がややこしくなるから下がってろ」
「ちっ」
「なんやつまらん」
「ふふっ、申し訳ございません」
カムと、ついでにアランを揶揄う為の行為だった。
――――――――――
「始めっ!」
「うらっ!」
開始の合図に跳び出したのはカム。
アラン以外目に入らないのだろう。
武舞台上で剣と盾を構えるアラン目掛けて真っ直ぐ突っ込んで行く。
だが・・・。
「ふんっ!!」
「てめぇっ!!」
そのカムの突進を、アランチームが誇る前衛、大剣使いのラリアルニルスが食い止めた。
両者は武舞台のほぼ中央で、斧と大剣をぶつけあう。
「ジガとフィルアは左右から回り込め。
ローザは私と魔術で牽制するぞ」
「おう!」
「ええ」
「分かりました」
「防御を固めろっ!」
「「「おうっ!」」」
前衛同士の一騎打ち。
その後ろでは、アランが残りのメンバーを倒すべく、左右から回り込ませる作戦にでた。
森人と獣人、まともにぶつかれば、本来勝つのは獣人のカムである。
だが、ラリアルニルスは身体能力の不利を魔力による身体強化で補い、獣人相手だろうと互角に渡り合った。
アランとラリアルニルスの付き合いももう四年。
チームメンバーの事は心から信頼している。
相手が獣人のカムだろうと、ラリアルニルスに任せておけば大丈夫だという確信が、アランにはあった。
「どうせ言っても聞かないしな」
「本当に森人?」
「ま、ラリアやし」
「来ますよっ」
四年もの間共に切磋琢磨してきた者同士。
ラリアルニルスがどう動くかなど今更だ。
特にこういう場面では・・・。
「そんなものかっ!」
「くっ、森人のくせに・・・」
普段は冷静で武人然としているラリアルニルスは、試合となれば武人を超えて脳筋となる。
特にカムのような、初手から全力でぶつかってくるような相手には嬉々として突っ込んで行ってしまう悪癖があった。
それがラリアルニルスの持ち味であり、それを抑えるのではなく活かしつつフォローするのが指揮官の腕の見せ所なのだ。
「どないしたっ!
そないなトコで縮こまっとったらなんも出けへんでっ!」
「くっ!」
「よそ見厳禁。
あなた達の相手は私達」
「フィルアさんっ」
三年生側も、カムの実力なら嫌と言うほど知っている。
四年生と言えど森人なら、それも魔術を使わないのであればカムなら勝てるはずだ。
指揮官であるカシーヤだけでなく、カムチームの誰もがそう思っている。
そう思ってしまえるほど、カムの実力に対しては信頼していた。
「身体強化が甘いっ!」
「うっせぇ!!」
だが、ラリアルニルスは普通の森人ではない。
身体能力の不利を身体強化で埋め、森人には似つかわしくない大剣を用いて、獣人のカム相手に互角に戦うラリアルニルスの実力は、三年生達の想定など遥かに超えている。
それでいて無詠唱魔術も扱えるというのだ。
まともに戦えばカムに勝ち目はない。
「悔しければ貴様も魔力の練度を上げるんだなっ」
「いい加減黙りやがれっ!!」
カムの斧の一撃を、ラリアルニルスが大剣で難なく打ち払う。
あの細身のどこにそんな力が・・・。
等と考えるのは意味がない。
この世界、力の差など魔力によっていくらでも覆ってしまうのだから。
もっとも。
「ほれっ。
足元がお留守やでっ!」
「握りが甘い。
それでも代表?」
元々身体能力に秀でる獣人のジガや、幼い頃から剣を鍛え続けてきたフィルアのように、強くなる手段は一つではない。
ただ一つ言える事は、ラリアルニルスも、ジガも、フィルアも、四年生最上位クラスの面々は誰もがこの四年間たゆまぬ努力をしてきた者達。
故に強い。
三年生が追いつくには、正しくあと一年が必要なのかも知れない。
――――――――――
「くっ、流石アラン様達だ」
「強い、これが四年生」
「今の我々では・・・」
実力も高く、連携力も高い。
何より、アラン達は誰もが無詠唱で魔術を放つ事が出来る。
三年生も努力してはいるものの今だ至った者は居らず、魔術の打ち合いになれば勝ち目はない。
「知った事かっ!!」
元より魔術を使えないカム。
彼にあるのは武術のみ。
種族的に恵まれた身体能力を、それに驕る事なく鍛え続けたカムの実力。
三年生の中であれば頭一つ抜きんでている。
四年生のジガ、三年生のカム、二年生のミーム、一年生に至ってはケルンとコルンの双子がそれぞれ代表になっている。
昨年のティグも合わせれば、毎年獣人の生徒が代表に選ばれている事になる。
つまりはそれだけ、獣人と言う種族は身体能力に恵まれていると言う事だ。
だが、決して勝てない訳では無い。
ティグは三年生の時に魔術士に負け、カムは昨年アランに負けた。
ミームは言わずもがな。
ケルンとコルンも、片方はレキに、もう片方はルミニアになす術も無かった。
獣人は確かに強いが勝てない訳では無い。
努力次第で、純人だろうと森人だろうと獣人に勝てる。
それを証明したのがアランやルミニア、フィルア。
そして今、カムを圧倒しているラリアルニルスなのだ。
「その意気や良し!
さあ、続きをやろうぞ!」
「うっせぇ!!」
「やはりラリアは獣人なのではないか?」
「脳筋だから仕方ない」
獣人のカムを森人のラリアルニルスが完全に抑え込んでいる中、アラン達は残る四人を巧みな戦術とチームワークで封殺していた。
カムの手助けに向かわせないよう・・・と言うより、一対一と言う状況を邪魔させないよう配慮しているのだ。
「ラリアに押し付けるわけやな」
「人聞きの悪い。
カム=ガのライバルが増えるだけだ」
「いろんな種族と戦った方が良い経験になると思う」
「物は言いようですね」
これで負ければカムのターゲットがもう一人増える事になる。
最初はアランだけだったカムのリベンジ対象は、昨年レキが、そして今年新たにフィルアが加わった。
カムの言葉にもあったように、今年卒業してしまうアランやフィルアを優先的に狙うのは分かった。
ならば、同じ四年生であるラリアルニルスにも負ければ、カムが優先的に狙うべき相手が更に増える事になる。
獣人の強者への執着はアラン達も知っている。
同じチームのジガはそれほどでもないが、昨年のティグ=ギやプレーター学園の代表生徒達。
三年生のカム=ガや二年生のミーム=ギ。
ルミニアの話によれば、そのミーム=ギを追いかけてフロイオニア学園にやってきたライ=ジという少年もいるらしい。
ミームがレキに執着する理由は他にもあるようだが、少なくとも入学当初はただ純粋に、レキに勝つ為それこそ毎日挑んでいたそうだ。
カムも、おそらくは勝つまで挑んでくるのだろう。
少なくともアラン達が卒業するまでの間、武闘祭後に行われる他学年との合同授業で。
挑む気概は認める。
だが、アラン一人に執着されても困ると言うのも本音。
実際、昨年の合同授業ではローザの静止も聞かず我武者羅にアランに挑んできていた。
もちろんその全てを返り討ちにしたが。
アランはアランで、仲間やカム以外の三年生達に鍛錬を付けてやらねばならない。
学年の代表として、将来の王として、仲間や後輩に少しでも何かを残しておきたいのだ。
フィルアがカムを倒した事で、カムの執着はフィルアにも多少は分散された。
ここでラリアルニルスが勝てば、カムの矛先は更に分散されるはずだ。
「そう言う事ならっ!」
「おいジガっ!」
アランの言う事は良く分かる。
蚊帳の外と言うのもつまらない。
ジガ=グの、グ族特有の好奇心が発露してしまった。
「ラリア、交代やでっ!」
「何っ!
今良いところなのだぞっ!?」
「てめぇ何勝手なこと言ってやがるっ!!」
アランの静止も聞かず、ジガがカムとラリアルニルスとの戦いに割って入った。
カムの力任せな斧をラリアルニルスが大剣ではじきつつ、遠心力を利用した横なぎを今まさに繰り出そうとしたところだった。
背後から接近したジガに肩を引かれ、ラリアルニルスの体勢が崩れる。
カムもまた、弾かれた反動で後方へと下がった。
「折角や後輩、ワイとも遊ぼうや」
「おいジガ」
「ラリアも、いつまでも遊んでないでアランの援護に回ったらどうや?」
ラリアルニルスがこうしてカムの相手に専念できているのは、ひとえにアラン達が他の生徒を抑えているから。
実力的には余裕があるとはいえ、時間をかければ次の試合に影響がないとも限らない。
倒せる時に倒した方が良いのである。
そんな建前を述べ、ジガが強制的にラリアルニルスと交代した。
戦闘中は脳筋気味なラリアルニルスではあるが、ちゃんと森人らしい知的な面も持っている。
こと戦術に関してはアランも顔負けなほどだ。
そんなラリアルニルスの冷静な部分が、現状の把握とジガが来た理由を察したらしい。
「時間をかけすぎた俺のせいだな」
「せや」
「・・・ふむ、仕方ない。
ジガ、あまり遊んでやるなよ」
「あいな!」
長い付き合いである。
ジガの好奇心をも察したラリアルニルスがおとなしき引き下がった。
「待ちやがれっ!」
「お前さんの相手はワシやでっ!」
「邪魔だぁっ!!」
「あまいわっ!」
勝負はまだついてねぇ!!
そう言って、下がったラリアルニルスになおも追撃を仕掛けようとしたカムの前に、今度はジガが立ちふさがった。




