第542話:四年生の貫禄
「本当にあの二人は・・・」
「ふっ、そう言うなローザ。
あれがあの二人の持ち味だ」
「そうよ。
おとなしい二人なんて気味が悪い」
「フィルアまで」
ジガとラリアルニルス。
アランチームの頼れるメンバーの二人は、こう言ってはなんだか少々癖が強い。
どこか人を食ったような言動をするマチアンブリ訛りなジガ。
武人であろうとするあまり戦闘中は脳筋気味なラリアルニルス。
悪い奴ではないが、一緒に居ると時に疲労を覚える事もある。
特に、アランを揶揄う時にはやたらと息を合わせてくる。
もっとも、その時にはフィルアも参加し三人で揶揄ってくる場合も多いのだが・・・。
「ジガもラリアも後輩に指南してやっているのだろう」
「それは昨日のフィルアの様にですか?」
「レキやルミニアみたいにね」
アラン達は四年生。
今年卒業する彼等も、後輩に何か残したくなったのかも知れない。
「魔術は何も手の先からしか放てんわけちゃうで!
注意すべきは視線やっ!」
「んな事分かってるわよっ!」
「真正面からぶつかっては力負けしてしまうぞっ!
いかに自分に有利な体勢で切り合うかが問題だっ!」
「んなろっ!」
「なるほど・・・」
「よそ見とは余裕ですねっ!」
試合中であるにもかかわらず、仲間の評価を始めたアラン達にユーリが迫った。
自分達を無視するかのような様子に、それでも攻め時だと判断したようだ。
「ふっ、実際余裕だから、なっ!」
「はっ!?」
そんなユーリの剣を余裕でかわし、同時に魔術を放つ。
体勢の崩れたまま、それでもかろうじてユーリがかわしたが・・・。
「残念、これはチーム戦よ」
「くっ!」
その魔術を追いかけるかのようにフィルアが迫り、ユーリと切り結ぶ。
「はっ!」
「"我が手に集いて立ちはだかりしモノ"、きゃっ!?」
更にはローザが、ユーリが迫ってきた方とは逆方向に向けて魔術を放った。
その先には、今まさに魔術を放とうとしていたルーシャがいた。
「ちっ!
さすがアラン様」
「感心するにはまだ早いぞガージュっ!」
「なっ、速いっ!!」
真正面からでは勝ち目が無い、故に作戦を練って攻めたガージュだが、アランもまた格上であるレキ相手に策で対抗してきた。
指揮官としてもアランが上。
だが、ガージュの作戦が読まれていた訳では無い。
「読まれたっ!?」
「違う、お前が遅いだけだっ!」
つまりはガージュが動いてから反応し、迎撃できるほどにアランが速かったと言う事。
それは純粋なる実力差。
アランはあのレキと何度も戦った四年生最強の生徒。
レキがいなければ優勝したのは間違いなくアランだった。
それほどの実力者でありながらチームの指揮を執る、まさに完璧な生徒なのだ。
今のガージュでは、実力も指揮能力もまるで及ばない。
だからこそアランの裏をかく作戦に出たのだが。
「くっ!!」
「それではレキには勝てんぞっ」
作戦自体は悪くなかった。
だが、アランの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
――――――――――
「こっちやで~」
「待ちなさいよっ!!」
「どうした?
そんなものか?」
「こなくそっ!!」
ジガが煽りながらミームの蹴りをひょいひょいかわす。
ラリアルニルスが取り回しに不利なはずの大剣でカルクの剣を弾く。
「はあっ!」
「甘いわ」
「魔術だけでは勝てませんよ」
「くっ!」
「はあっ!」
「そうだ!
後ろでふんぞり返っているだけが指揮官ではないぞ」
ユーリの剣をフィルアがかわし、詠唱の準備に入ったルーシャにローザが迫る。
ガージュも指揮を捨て、アランへと剣を交えた。
ガージュ達は二年生の代表にして昨年の優勝チーム。
実力も経験も十分ある。
だが、やはりアラン達の方が個々の実力でも上を行っているらしい。
あのミームが良いようにあしらわれているくらいなのだ。
もっとも。
「ほいっ!」
「きゃっ!
こんのぉ~!」
「はっは~、足下がおるすやで~」
ミームの場合は相性が悪すぎるだけなのかも知れないが。
いずれにせよこのままでは確実に負けてしまう。
打開するには、やはり指揮官であるガージュが何とかするしかないのだが・・・。
「ミームっ!
まずはおちっ」
「よそ見している暇はないぞっ!」
ガージュもアランの相手で精一杯。
とてもではないが、指揮を執る余裕などない。
反面。
「ローザとフィルアは替われっ。
ジガ、ラリア、いつまで遊んでいるっ」
「はいっ!」
「ええ」
「あいよ~」
「うむ!」
アランの方にはまだ余裕があるようで、ガージュの相手をしながら仲間の指揮も執っていた。
目の前の相手と剣を交えながらも指揮を執るアランは、どうやらガージュとは視野の広さが違うらしい。
「ローザ達とはもう何度も一緒に戦っているのだ。
確認せずとも指示くらい出せる」
「くっ」
違うのは練度か。
あるいは指揮官としての技量か。
少なくとも、今のガージュでは実力も指揮官としても追いつけないようだ。
更には。
「そこっ」
「きゃっ」
「うおっ!」
フィルアの突きをかわしたルーシャが、背後にいたカルクとぶつかった。
決して広いとは言えない武舞台である。
時にはそういう事もある。
だが、これは違う。
「てやっ!」
「そんな攻撃っ!?」
「ミームっ!?」
ジガの突きをミームが横っ飛びでかわし、その先にいたユーリとぶつかった。
左の脇腹を狙われた為、右に避けた結果だった。
目の前の相手に集中するあまり、周囲が見えず仲間とぶつかってしまう事もまたチーム戦なら良くある。
偶然起きたならまだしも、今回は明確に狙った結果だ。
ローザがユーリを、ジガがミームを攻撃を仕掛け、わざと避けさせた。
ルーシャとカルクも同様だ。
全てはアランチームの作戦と連携がもたらした結果である。
「今だっ!」
「しまっ!!」
チャンスとばかりにアランが号令を下し、ガージュが己の失態に気付いた。
ジガにミームを、ラリアルニルスにカルクを当てたのは同じ前衛だったから。
ユーリやガージュ、ましてやルーシャでは止められないだろうと言う判断だ。
だからと言って一対一にこだわる理由は無かった。
これはチーム戦。
元々実力で劣っているのだ。
せめてルーシャだけでも援護に向かわせれば・・・。
特にミームが一対一にこだわりを持っているのは知っているが、それでもやりようはあったはず。
「これで負ければレキ達とは戦えないんだぞ!」とでも言えば、渋々だろうとしたがっただろう。
もっとも、それで勝てたかは別だが。
実力も連携も負けている以上、この結果はやはり覆せなかったのだろうか。
狙いは個別攻撃に見せかけた包囲。
一対一を仕掛けながら相手を誘導し、最終的にはカルク達をひとまとめにする。
狙い通り武舞台中央で固まってしまった三人に対し、ジガ達が一斉に攻撃を仕掛けた。
「くっそっ!」
「よそ見している暇はないぞっ!」
助けに行きたくともアランがそれを許さない。
ガージュとて目の前のアランを放置して駆け付けるわけにもいかず、そもそもガージュの実力ではアランを振り切れない。
「うらっ!」
「ちょっ!?」
「ミームてめぇ!」
「カルクこそっ!」
「仲間割れしている場合じゃない!!」
「どうした、そんなものかっ!」
「それじゃ私達には勝てないわよ」
包囲され、焦りもあるのだろう連携のれの字も取れないカルク達。
更に狭くなった舞台で、半ば同士討ちの様にお互いを邪魔しながら、それでもジガ達の攻撃に対処しようとする。
ジガの攻撃をかわしたミームがカルクとぶつかり、二人の衝突によって行動を阻害されたユーリがラリアルニルスと激突した。
更にはフィルアが、そんな余裕もないだろうに仲間同士にらみ合うミームとカルクをジガと共に追い詰める。
この時点で勝敗は決したと言って良い。
ガージュには現状を打開するだけの策が無く、実力で突破しようにもアラン相手に出来そうもない。
ミーム達も同様。
実力で勝てず連携でも勝てない以上、ガージュ達はこのまま倒されるしかない・・・。
おそらくは試合を見ている生徒達ですらそう考えただろう。
それでもガージュ達は誰も諦めていなかった。
中でも・・・。
「レキ様の攻撃に比べれば・・・」
「その根性は認めますが、今のあなたでは私には勝てませんよ」
「分かっています。
でも、勝てないからと言って諦める理由にはならないはず」
「ふふっ、ええその通りです」
今年初出場のルーシャは、己より遥かに強いローザを相手にそれでも食らいついていた。
これまで、ルーシャの手合わせの相手はもっぱらレキが務めていた。
弱いからこそ怪我をさせないよう、実力者であり指南役の経験も豊富なレキが手合わせするのに適切だったからだが、剣姫ミリスの愛弟子でもあるレキの指導は素晴らしく、フロイオニア学園に来るまで武術などまともに習っていなかったルーシャでも武闘祭でそこそこ戦えるようになったほど。
レキと言う強者に付きっ切りで武術を教わったルーシャは、つまりはレキの剣を間近で見続けてきたと言う事。
そのレキの剣に比べれば、ローザの剣など止まっているも同然。
ルーシャの目でもかろうじて追える程度。
ただ・・・。
「では全力で行きます。
はあっ!」
「くぅ・・・」
目で追えるからと言って避けられるわけでは無い。
編入直後に比べ随分と実力を伸ばしているルーシャではあるが、ローザは四年間アランと共に己を鍛え続けてきたまぎれもない強者だ。
数か月程度鍛えたルーシャが勝てる相手ではない。
それでも。
「レキ様のクラスメイトとして・・・」
ルーシャは引くわけには行かない。
レキのクラスメイトとして、レキを崇敬する者として、せめてレキに恥じない戦いをしなければならない。
最後まで諦めずに。
そんなルーシャの想いはガージュ達も持っている。
むしろ昨年からずっと、レキの力になる為、レキの足を引っ張らない用努力してきたのだ。
誰一人、こんなところで諦めるはずが無い。
例え相手が昨年の準優勝チームであろうとも、レキの抜けた穴がどれほど大きくともだ。
初めての武闘祭、初めてのチーム戦。
ルーシャは最後まで諦めずに戦った。
もちろんガージュ達もだ。
アランチーム相手に、最後まで諦めず。
観客席の生徒達は、誰もが最後まで試合を見届けた。
「それまでっ!
四年生第一チームの勝利!」
ガージュは、初戦で敗退した。




