第54話:この世界の種族について
憂いが晴れたようで、レキはいつも道り元気になった。
レキが元通りになったおかげでフランの機嫌も上々。
今もミリスを挟み、レキと共に見えてきた街についてあれこれ盛り上がっていた。
「わらわも見えたのじゃ!
ミリス、アレはなんという街じゃ?」
「あれはトゥセコの街です」
「トセコ?」
「トゥセコです」
「チュセコじゃな?」
「いえ、トゥセコです」
「ツセコ!」
「チュセコじゃ!」
「ですから・・・」
トゥセコの街。
カランの村から約四日ほどの距離にあるこの街は、これと言って特徴のない極平凡な街である。
王都からの距離もそれなりにあるが、かといってエラスのような辺境でもない。
交易はそれほど盛んでも無く、これと言って目立った産業のないこの街は、"のどか"という表現が似合う普通の街だ。
施設はそれなりに充実している為、不満を覚える事は無いものの、当然ながら王都には敵わない。
そんな街。
とはいえ・・・。
「すごいっ!」
エラスの街しか知らないレキにとっては、施設が充実しているだけで十分だった。
街に入ったレキ達は、ひとまず宿へと向かった。
馬車を始め最低限必要な物は既に揃えている為、トゥセコの街では食料の買い足し程度で済む。
その食料すら、レキが野営の度に魔物を狩る為ほとんど消費しておらず、足の速い野菜や果物、後はせいぜい調味料くらいである。
宿を取った後、ミリスとフィルニイリスは情報を集める為にギルドや酒場へ向かい、リーニャはレキとフランと共に街を散策する予定である。
エラスほど治安が悪く無い為、あえてミリス達を護衛に付ける必要がないからだ。
最悪レキが何とかするだろう。
街の案内ならリーニャでも十分で、レキやフランのご機嫌を戻す為にこのように分かれる予定だった。
もっとも、レキもフランもご機嫌はすっかり戻っているが。
「えっ・・・?」
宿へ向かう途中、御者台に座るレキが声を上げた。
「ん?
どうしたレキ?」
「あれっ、あの人っ!」
「どの人だ?」
レキが指をさす方向にいたのは、腰に短刀を差した冒険者風の男だった。
身長はそれなりに高く、レキ達の中で一番高いミリス以上だろう。
全体的に細身で、だが筋肉はしっかりと付いているように見えた。
短刀を武器としている様子から、力より素早さに特化した戦いをするのだろうか。
男の姿からそこまで予想したミリスだが、レキが驚いた理由はそれらではない。
「耳」
「耳?」
「犬みたい」
レキの指が示す方を良く見れば、それは男の頭の上を指していた。
具体的に言えば、男の頭の上に生えている犬のような耳をだ。
「ん、それがどうした?」
「えっ?
だって犬の耳だよ?」
「だから?」
「えぇ~」
自分の驚きが全く伝わらない事に、レキが困惑した。
「もしかして、レキ君は獣人を見るのは初めてですか?」
「じゅうじん?」
「ああ、それで驚いていたのか」
「レキ君の村にはいなかったのでしょうね」
獣人という初めて聞く言葉にレキが首を傾げる。
レキのいた村にも、道中立ち寄ったカランの村やエラスの街にもいなかった為、レキが獣人を見るのはこれが初めて。
両親からも話を聞いた事が無かった為、存在すら知らなかったのだ。
「じゅうじんって何?」
「獣人、それは・・・」
「説明は宿に着いてからにしましょう」
レキに教えるのは私だ!
と言わんばかりに説明を始めようとしたフィルニイリスだったが、リーニャにやんわりと止められ、レキ達はとりあえず宿屋へと馬車を進めた。
――――――――――
「この世界には大きく分けて四つの種族がいる」
「うんうん」
宿の一室。
これから二手に分かれて街に出る予定だった一行は、レキの期待に満ちた目に、急遽この世界の種族についての講習を行う事にした。
もちろん生徒はレキ。
隣にはフランが座っているが、王族なだけあってこの世界の種族については既に教わっている。
邪魔するわけにもいかず、レキと街の散策に出かける為、おとなしく待っているのだ。
「まずは"純人族"。
これは他の人族と分けるために便宜上名付けられた名称。
普段は人族と言う」
純人族はこの世界で最も数の多い種族である。
他の種族に比べておおよそ平均的な能力と、これと言った特徴の無い外見を持つ、ある意味平均的な種族である。
何かに特化している訳では無いが、その分どんなことでも努力次第では修めることが出来る種族だ。
「さっきレキが見たのは"獣人族"。
体の一部に獣の部位が生えているのが特徴。
耳とかしっぽとか」
"獣人族"。
体の一部に耳やしっぽなどの獣の部位が生えている人の事を言う。
生やしている部位の特徴は人によって異なる、と言うより種族によって異なるというのが正しい。
"獣人族"と一括りに呼んでいるが、実のところ獣人の中でも犬族や猫族、虎族に牛族に兎族と様々な種族が存在しており、まとめて獣人と呼んでいるのが現状である。
獣人族側もそれで問題ないとしている。
外見的な特徴は前述したとおりだが、能力的な特徴としては身体能力の高さが挙げられる。
素の状態でも身体強化を施した純人族に匹敵するほどで、身体強化すれば肉体だけで魔物を倒せるだろう。
身体能力のみならず五感も鋭く、遠く離れた魔物でも視覚や嗅覚、聴覚を用いて察知できる。
反面、魔術への適性は低く、魔術士という職業はほとんどいない。
身体能力のみで他の種族を寄せ付けないほどの力を見せるのが獣人族なのだ。
「次に"森人族"。
森に住み森とともに生きる種族」
"森人族"
この大陸の西方、精霊の森に住む種族である。
森に住み、森とともに生きる。
魔力の扱いに長け、魔術の適性は四種族で最も高い。
「因みに私も森人族」
「そうなの?」
外見的な特徴としては、純人族に比べて横に長い耳が挙げられる。
「あっ、そういえば」
「今まで気づかなかったのか?」
「あんまり気にしなかった」
ついでに言えば全体的に細身な者が多いが、これは武器を用いた戦いより魔術を行使した戦いを好む種族の為、あまり体を鍛える事をしないからだ。
「だから私の体も小さい」
「細いのは仕方ないにしても小さいのは関係ないのでは?」
「そんな事は無い」
フィルニイリスの身長は大体140cm前後。
純人族の女性の平均値が150cm前後の為、フィルニイリスは比較的低いと言えるだろう。
一応本人は気にしていないと言ってはいるが、聞かれてもいないのに言うという事は、まあそういう事だ。
他種族と最も異なる点として、寿命が挙げられる。
純人族の平均寿命が70歳前後なのに対し、森人族の平均寿命は大体300~500歳。
中には1,000歳を超える者もいるらしい。
「1,000歳・・・」
「精霊の森に住む最長老が確か1,000歳を超えているはず。
正確に何歳かは本人も忘れたらしい」
「まぁ、それだけ生きればな・・・」
容姿については、大体20歳くらいまでは純人族と同様に成長する。
そこで一度止まり、200歳を超えた辺りからゆっくりと老いていくらしい。
外見年齢はその者の寿命に左右され、400歳を超えても若々しい姿を保つ者もいるほどだ。
「フィルは何歳なの?」
「女性に年を聞いてはいけない」
「えぇ~・・・」
「わらわの父上が子供の時から城におるぞ」
「ってことは・・・」
「女性の年を推測してはいけない」
レキの知的好奇心を満たすこと無く、フィルニイリスの説明は次の種族へと進んだ。
「最後は"山人族"」
"山人族"はその名が表す通り主に山に住む種族である。
と言っても森人族のように山でつつましく暮らす種族という訳ではない。
「山人族は金属を採掘したり加工して武具を作るのに長けている」
「へ~・・・」
「山人族の作った武具はその他の種族が作った武具より高い性能を誇る。
レキの持っている魔銀の剣も、おそらく山人族が作った」
「お~」
「と言うか、魔銀製の武具をまともに作れるのは山人族くらいだな」
他にも家具や装飾品など、山人族の加工技術は多岐にわたる。
そのどれもが他の種族より出来が良く、山人族が作ったというだけで価値が上がるほどだ。
なお、一人の山人族が作る物にはある程度決まりがあるらしく、武器を専門に扱う者、防具を専門に扱う者、そして家具、装飾品とそれぞれ専門分野が異なるそうだ。
武器の中でも剣しか扱わない者もいるが、武器全般を扱う者もいるらしく、別段それしか作らないという訳ではない。
ようはただのこだわり、あるいは趣味や趣向なのだ。
山に住む理由も、その方が採掘や加工に都合が良いからであり、山にしか住めない訳ではない。
外見的な特徴といえば、全体的に低い身長が言える。
山人族の成人男性の平均身長は130cm前後であり、女性なら120cmを下回る者も少なくない。
「フィルと一緒だ」
「私は森人、山人ではない」
男性なら低い身長にそぐわぬほどの筋肉と、顔に生える豊かな髭。
女性なら程よくしまった肉体が特徴と言えば特徴だろう。
「・・・」
「どうした、レキ?」
「村長さん、すごい髭だった」
「それはレキの村?」
「うん。
あ、でも背は高かったかな~・・・」
「じゃあ違うんじゃ?」
「あと、すごい不器用だった」
「うん、違うな」
最後に平均寿命だが、これは四種族の中でも一番低く40~60歳前後だと言われている。
人によっては80歳以上生きる者もいるが、死ぬ寸前まで物作りをやめない種族らしく、満足する一品を作り上げた途端に死んでしまう事もあるらしい。
「以上がこの世界の人族
分かった?」
「うん!」
知りたかった事が知れて満足そうなレキと、一通り説明できて満足そうなフィルニイリス。
その横では、何故か満足そうな顔をして、フランが眠っていた。
――――――――――
「フラン、ねぇフランってば」
「ん~・・・」
「起きてよフラン~。
街行こうよ~」
「ん~、街~?」
「うん。
リーニャとオレとフランで街行こう?」
「街~、行くのじゃ~・・・」
体を揺すりながらレキが何度か声をかけ、フランがようやく目を覚ました。
旅の疲れか、フィルニイリスの講義のせいかは分からないが、すっかり眠ってしまったようだ。
ミリスとフィルニイリスは既に宿を出ており、部屋にはフランとレキ、そしてリーニャしかいない。
そのリーニャはと言えば、フランを起こすのをレキに任せ、街へ行く支度を終えていた。
エラスの街で購入した服に着替え、レキから渡された路銀を手に、フランとレキの様子を微笑ましく見守っていたのだ。
「起きなければルエを当てても構いませんよ?」
「え~」
「魔術の練習です」
「うにゃ~・・・」
なかなかに過激な発言をするリーニャに、レキの方が驚いた。
もちろん冗談だが、フランの寝起きの悪さを何度も経験しているだけあって、レキも一瞬本気にしてしまいそうになった。
仮に、レキが宿の一室で魔術を放とうものなら・・・。
なんとか魔術をを使うこと無くフランを起こしたレキは、リーニャと共に三人で街へ出た。
エラスの街では治安の心配もあり、レキ達はあまり出歩かなかった。
冒険者ギルドこそ行けたものの、他は必要な場所にしか行っていないのだ。
冒険者ギルドも情報を集める為に行ったに過ぎず、街を自由に散策するのはこれが初めて。
フランもレキと街を歩くのを楽しみにしており、エラスでは叶わなかった分、大いに楽しむつもりである。
エラスの街より治安が良いというトゥセコの街。
だが、治安が良いからといって何も起きないとは限らない・・・。




