第536話:決勝戦
三位決定戦が終わり、武闘祭はいよいよ決勝を迎えようとしていた。
試合に臨むのはレキとアラン。
奇しくも昨年と同じカードである。
カードが同じだからと言って結果まで同じになるとは限らない。
だが、二人を知る者の大半が、今回もまたレキが勝つだろうと予想していた。
「仕方あるまい。
レキの実力は全生徒が知っているのだからな。
一年生とて、一・二回戦でその実力は分かっただろうし」
アランもまた、レキの実力を良く知る者の一人である。
今のアランでは決して勝てないだろう事もだ。
だが、だからこそ挑む価値がある。
獣人や、どこぞの王宮騎士団ではないが、四年生代表にしてフロイオニア王国の王子だからこそ、どんな勝負からも逃げず挑むその気概を見せなければならないのだ。
誰が相手だろうと全力でぶつかり、勝利も敗北も受け入れてこそ。
相手がフロイオニア王国の英雄たるレキならなおさら。
勝てないと分かっていても、逃げずに立ち向かわなければならないのだ。
何度場外へぶっ飛ばされようと、諦めなければいつかは・・・。
「無理ね」
「無理やろ」
「無理だな」
「・・・すいません」
ローザにまで無理だと言われても。
「まあ頑張って」
「応援はしとるからな~」
「最後まで食らいつけよ」
「頑張ってください」
仲間達の激励を受け、アランは再びレキへと挑む。
武闘祭本戦・個人の部決勝がいよいよ始まる!
――――――――――
昨年の武闘祭本戦。
更にはプレーター獣国で行われた大武闘祭の決勝でも戦った二人。
レキが学園に来る以前からも、王宮で何度も模擬戦を行い、その都度場外へとぶっ飛ばされてきたアランである。
恐らくは学園の誰よりもレキの実力をその身をもって知っている。
フランやルミニア、ミーム達は手加減したレキとした戦った事は無い。
それを言えばアランだって、全力のレキと戦った事は無いのかも知れないが、少なくともフラン達は場外までぶっ飛ばされた経験はないはず。
それでもなお挑むのは、四年生としての意地か、それともこれから国を統べる者としての決意の表れか。
「こうしてレキと戦うのはこれが最後なのだな」
「ん?
まだ大武闘祭があるよ?」
昨年、三年生でありながら大武闘祭の決勝へと進めたアランだが、勝てたのは詠唱破棄魔術のおかげだと個人的に思っている。
無詠唱魔術を使える生徒がまだ少なかったからこそ、あれほどまでに有利に戦えたのだと。
今年はそうはいかない。
フロイオニア学園だけで見ても、アランに加え、ローザやフィルア、ジガ=グなども無詠唱魔術を会得した。
他の学園の生徒もきっと、何人かは無詠唱魔術に至ったに違いない。
特にフォレサージやライカウン学園等、魔術に力を入れている学園なら間違いなく会得した生徒がいるはず。
学園の代表に選ばれるほど優秀な生徒なら尚更だ。
昨年の大武闘祭でレキが見せた無詠唱魔術、そして黄金の魔力。
フォレサージ森国やライカウン教国の者が思わず崇敬の念を抱いてしまうほどの魔力と魔術に、それを見た各国の生徒や教師、代表者たちが帰国後にどう語ったかなど想像するに容易く、間違いなくそれまで以上に魔術の研鑽に務めたはずだ。
元々純人より魔力と魔術に長ける森人が、自分達の祖である精霊、その申し子たるレキに少しでも近づこうと努力すれば無詠唱に至るのは必然。
レキを崇敬するライカウン教国の者もそれは同じである。
故に、今年の大武闘祭は昨年の様にはいかないだろう、と言うのがアランの予想だった。
負けるつもりは無い。
アランだってこの一年間鍛錬を重ね、更に強くなった。
無詠唱魔術も使えるようになり、剣技だって更に磨いてきた。
今年のアランは昨年より確実に強い。
アランにとって今年の武闘祭が最後。
レキと試合で戦えるのも最後とあっては気合も入る。
崇敬こそしていないが、アランにとってもレキは目標である。
同時に、いつか勝ちたいと思い続けてきた相手だ。
この武闘祭本戦は最後の機会になるかも知れない。
次があるなどと考えず、全てを出し尽くすつもりである。
――――――――――
「これより、武闘祭本戦、決勝戦を始めるっ!
四年生代表、アラン=イオニア」
「はいっ!」
「二年生代表、レキ」
「はいっ!」
レキとアラン。
因縁の二人が武舞台に並んだ。
一応はライバルと言える間柄ではあるが、実力差は大きく、勝敗など試合を見るまでもない。
これまで、ただの一度もアランはレキに勝った事が無く、ただの一撃すら当てた事も無い。
この一年間でアランも相応に実力を上げてはいるが、レキとて日々の鍛錬を欠かした事は無い。
その差が埋まったとは考えておらず、逆に広まっているのではとすら考えている。
鍛錬すれば強くなるのは当然。
学生レベルでレキと対等の訓練が出来る者などいないだろうが、それでも手合わせやら模擬戦やらの相手に事欠かした事は無い。
一対多の変則的な模擬戦も行っているらしく、レキに足りなかった対人戦の経験をひたすら積んでいた。
出逢った時点での実力差は天と地ほど。
学園に来てから鍛錬を重ねてもその差はわずかも埋まらず、昨年の武闘祭、大武闘祭でも惨敗した。
それでもアランが引かないのは、アランがフランの兄であり、この国の王子であり、学園を代表する生徒であるから。
フランを救ってくれたレキに恩を返す為、この国の英雄であるレキに次期王となる自分の実力を見せる為、自分がこれまで勝利してきた四年生達に恥じない姿を見せる為。
何より、試合を楽しみにしているレキに恥じない勝負をする為に。
勝てないまでも、簡単には負けてやらぬとアランは剣を握る。
「いや、別にそんなつもりは無いのだが・・・」
「?」
「と言うか私はレキに勝つ事を諦めたつもりは無いぞ?」
「??」
勝ち目のない勝負。
それでも勝つつもりで、アランが剣と盾を構えた。
――――――――――
「それでは、始めっ!」
「はあっ!」
開始の合図と同時に、挑戦者らしくアランが突っ込んだ。
盾を前面に構えたまま突っ込んでくるアランに対し、レキは両手をだらりと下げた自然体の構え。
それでもどこにも隙が見当たらなかった。
不用意な攻撃をすれば、手痛い反撃を喰らうのはアランが良く知っている。
このまま突っ込んでも負けるだけ。
だからこそ、今年もまたアランは策を用いる。
「くらえっ!」
「わっ!?」
まずは小手調べ。
盾の横から剣を突き出し、剣先から魔術を放つ。
放たれたのは赤系統の初級魔術。
無詠唱とは言え当たれば相応のダメージがある。
もちろんレキに当たるなど初っから考えていない。
「はあっ!!」
「っと」
レキが避けた先を冷静に見極め、距離を詰めたアランが更に剣を振るう。
その剣を、レキは空中で不利な体勢のまま両手の双剣で受け止め、更にはその反動を活かして距離を取った。
「そこだっ!」
「えいっ!」
着地の瞬間を狙い、アランが魔術を放つ。
その魔術をレキが同系統の魔術で相殺、どころか込める魔力を強めて呑み込み、そのままアランへの反撃とした。
「なっ!
くっ!!」
アランが放ったのは緑系統のリム・ブラスト。
不可視の風の塊を放ち、着弾と同時に破裂させて更なるダメージを与える魔術。
躱す、あるいは相殺されるだろうとは思っていたが、まさか破裂させる事なく呑み込まれるとは思っていなかった。
と言うかそんな器用な事が出来るなど想定外だった。
それでもとっさにかわせたのは日々の鍛錬のおかげか。
アランの魔術を呑み込み迫る風の塊を横っ飛びでかわす。
地面に当たれば破裂し、衝撃と飛び散った石の破片でダメージを受ける可能性が高く、故になるべく距離を取りつつ盾を構える。
予想通り、風の塊が武舞台上で破裂した。
盾を横に、吹き荒れる風から身を守りつつ油断なくレキの方を見るアラン。
「やっ!」
「くっ!!!」
盾を構えていなければ、レキの剣をまともに受けてしまっただろう。
風の衝撃から続くレキの剣を受け止め、何とかはじき返す。
武舞台上で膝をついていたのが功を奏したのだろう。
レキの強烈な一撃にもかろうじて耐えたアランではあったが、レキの攻撃は終わっていなかった。
「ていっ!」
「っ!!」
もう片方の剣をアランに向けつつ、先ほどのお返しだと言わんばかりに今度はレキが剣先から魔術を放った。
放たれたのは青系統初級魔術のルエ・ボール。
大きさは通常のルエ・ボールだが、レキの魔力で放たれたそれはもはや氷といって良いほどの密度を有している。
本来なら当たると同時にはじける水の球は、アランの顔面に強烈な衝撃を与えた。
レキはこの一年、自分の有り余る魔力の制御に関して頑張ってきた。
ある意味ではこれも手加減の練習なのだ。
レキは別に、周りに崇敬されたいとは思っていない。
自分の持つ黄金の魔力が理由であれこれ言われる事は仕方ないと割り切ってはいるが、自ら進んで崇敬の対象になりたい訳ではないのだ。
フラン達を助けた事で感謝されるのは良い。
手合わせや模擬戦を行い、尊敬されるのも良い。
だが、ただ魔力が黄金だからと言う理由で崇敬されるのは、レキが崇敬されているのか魔力が崇敬されているのか分からないのだ。
レキが全力を出せばどうしても黄金に輝いてしまう。
魔術を放とうとすれば全身から黄金の魔力があふれ出してしまう。
その都度ファラスアルムは気絶し、最近ではルーシャが祈るようになった。
力を抑えつつ魔術を放つ事も出来るが、それではどうしても威力が弱くなってしまう。
どうすれば良いかとあれこれ試行錯誤した結果、魔力を外に漏らさぬ様あらかじめ体内で練り、密度を高くした上で魔術を行使すれば、威力を弱める事無く黄金に輝く事もなく、魔術を放つ事が出来る事が分かったのだ。
先程アランに放った魔術はその研鑽の結果であった。
極限まで圧縮された水の球。
これは、レキが魔力を圧縮するイメージそのままに魔術を放ったが故である。
もはや水球とは呼べないほどの密度の球体が、アランの顔面に直撃した。
それでもやはり水なのだろう。
当たった後に水へと戻り、アランの全身を水びだしにした。
「ぐっ・・・もはやルエ・ボールではないな」
「へへんっ!」
余りの衝撃に思わず距離を取るアランである。
顔を抑えつつ苦痛の声を漏らせば、少し離れたところでレキが胸を張った。
「・・・青系統だったから良かったものの」
これが黄系統なら、土の玉は鉄以上の硬度になったかも知れない。
緑系統なら破裂した衝撃で場外までぶっ飛ばされたかも知れない。
赤系統なら、高密度なあまり着弾しても霧散せずその場に火球が留まったかも知れない。
つまりは消えぬ火球。
対象を燃やし尽くすまで消えない火球などもはや脅威以外の何物でもない。
とは言え青系統でも十分威力はあった。
無詠唱で行使したにもかかわらずあの威力。
まだまだ余裕のところを見れば、レキはあの威力の魔術をも連続で放てると言う事。
あれほどの魔術を見せられれば魔術での勝負は避けるべきだろう。
アランが取れる手段はもはや剣術しかなく、盾と剣を構えたアランが再びレキへと特攻した。




