第534話:英雄の強さ
どれほど攻め立てようとレキの防御は崩せそうにない。
合同授業の模擬戦でもそうだったように、どれだけ攻めてもレキはその隙を見せない。
やはり剣だけでは無理?
一瞬、魔術も併用して戦おうと考えたフィルアだが、全力で剣を振るいながら魔術を行使できるほど器用でもなければ技術もない。
昨年の大会でローザが見せたような技術を、フィルアはまだ会得していないのだ。
今のフィルアが魔術を行使するには、一端距離を空ける必要がある。
それは同時に、レキに攻め入る隙を与える事になる。
そもそもレキを相手に距離を取る事が出来るかも不明だ。
距離を空け、魔術を放つ一瞬の隙に距離を詰められ、そのまま倒されてしまうだろう。
今、フィルアが試合を続けられているのは、レキに攻撃の隙を与えないほどフィルアが剣を振り続けているからだ。
それすらいつか限界がきてしまう。
それでもフィルアが剣を振るい続けている限り試合は終わらず、フィルアは負けない。
だからもう少し、フィルアの限界が来るまで。
ただひたすらに、中庭での鍛錬の時の様に、ただ無心で剣を。
――――――――――
そうしてどのくらいの時間が経過しただろう。
フィルアの呼吸が乱れ始め、誰の目にも限界が近い事が分かった。
反面、レキにはまだまだ余裕がありそうだった。
ここへきて、戦いを良く知らぬ者もどちらが優勢か分かった。
いったいあの小さな体のどこにあれほどの体力があるのだろうか?
いくら防御に徹していたからと言って、あれほどの怒涛の攻めを受け続けるには相当な体力と精神力が必要のはず。
にもかからずまだまだ余裕そうなレキに、試合を観戦する者達は改めてその実力に敬服した。
「フィルア・・・」
「あいつ・・・」
「ああ・・・」
フィルアの限界が近い事をローザ達も悟った。
同時に、フィルアはその限界を超えても剣を振り続けるだろう事もだ。
勝ち負けではない。
フィルアが満足するまでこの試合は終わらない。
それが分かるからこそ、ローザ達はただ黙って見守る事しか出来なかった。
そして・・・。
「レキ、もういい。
ありがと」
「ん、分かった」
剣を交えながら、何やら満足したようにお礼を述べる。
レキの強さは十分理解できた。
フィルアの体と頭に、そして心に。
だがら、最後はそんなレキの一撃で終わらせてほしかった。
レキが受けに徹していたのは何も攻められなかったからではない。
フィルアの意志を尊重し、ただ付き合ってくれていただけ。
終わらせようと思えばいつでも終わらせる事が出来た。
試合開始からずっと、レキはフィルアの怒涛の攻めを両の剣で軽々とさばきつづけていた。
フィルアの扱う騎士剣。
それを身体強化した上で両手で振るう。
防御に徹しようともその防御を崩せるほどに威力のある攻撃。
それをレキは、試合開始からずっと双剣で、時には片方の剣だけで受け止めていた。
フィルアだって簡単に反撃されるような隙を晒した覚えはない。
剣を受け止められても即次の攻撃を繰り出し、出来るだけ間を空けずに攻撃し続けていた。
それでもレキなら、自分や試合を見ている者達が分からないほどの、ほんのわずかな隙を付く事だって出来たはず。
フィルアが納得するまで、満足するまで付き合ってくれた。
その事に感謝し、フィルアは最後のお願いをする。
レキの剣に弾かれた反動を利用し、フィルアが剣を腰だめに構える。
もはや隙を晒す事など厭わず、ただ残る全ての力を込め、最後の一撃を繰り出した。
その必殺の一撃を、レキは受け止めるのではなく真上に切り上げた。
「あっ!」
「えいっ!」
意地でも剣は離さず、故に無防備な腹部をさらけ出した。
その腹部に、レキが剣を振るった。
大恩あるアランの最愛の妹フランを救い。アラン自身をも変えてくれた。
アランを変えた事でローザの笑顔が増えたのも、元をたどればレキのおかげ。
そんなアランとローザの親友となれたフィルアにとっても、レキは恩人である。
その実力は、フィルアに憧れを抱かせるには十分で・・・。
「レキ・・・ありがとう」
「・・・うん」
満足気な顔をしながら、フィルアが武舞台に倒れた。
二回戦第一試合、勝利したのはレキだった。
――――――――――
倒れたフィルアに惜しみない拍手が送られた。
いつもはからかい交じりの言葉を投げかけるジガ=グやラリアルニルスも、ただただ仲間の奮闘に惜しみない拍手を送りつづけた。
ローザだけは、フィルアに拍手を送れないでいた。
両の目からとめどなく流れる涙を抑えるのに必死で、その涙のせいで親友の姿が見えなくなるのを防ぐのに必死だった。
試合には負けたが、フィルアはローザ達の誇るべき仲間であり親友。
その親友の雄姿を、ローザ達は生涯忘れる事は無いだろう。
――――――――――
「感謝するぞレキ。
フィルアの願いを叶えてくれた事にな」
「うん」
控室で試合を見ていたアランも、フィルアの戦いっぷりから彼女の願いと想いを理解していた。
フィルアと知り合ったのはローザが先だが、指南はアランが主に行っていた。
アランにとってフィルアは弟子の様なもの。
将来はアランの、と言うかローザの直騎士に据える予定でもある。
流石に王族の専属騎士に据えるには少々実力不足ではあるが、彼女ならすぐに頭角を現すだろう。
騎士にして無詠唱魔術を扱えると言うのも心強い。
何より彼女の性格。
アランとローザに恩義を感じ、その実直な性根は護衛騎士にするには申し分ない。
ひいき目なく確保しておきたい人材である。
そんな彼女と打ち合い、彼女の剣を受け続けてくれたレキには感謝しかなかった。
とは言え・・・。
「次は私だ。
この一年の鍛錬の成果をぶつけてやろう」
「うん、楽しみにしてるっ!」
それとこれとは別問題。
いや、むしろフィルアの想いを受け止めてくれた事への感謝の気持ちを上乗せし、レキにぶつけなければならない。
武闘祭本戦・決勝戦。
アラン達四年生最後の武闘祭はもう間もなくだ。
――――――――――
午後の決勝を前に、まずは腹ごしらえをしなければならない。
お腹が空いてしまえば全力が出せないのだ。
どれほど強くなろうとそれは変わらず、何より悲しい気持ちになってしまう。
レキは観客席にいたフラン達と合流し、食堂へと向かった。
昨年同様アランも一緒に。
先程「決勝で会おう」的なお決まりの台詞を告げたアランである。
再びレキに挑む為の覚悟と、今年こそレキに勝って見せると言う精神的な向上。
フィルアやローザ達に託された思いを自身の力へと昇華する。
全ては悔いの残らぬ様、全力でレキと戦う為に。
故に、決勝までレキとは顔を合わせず、戦意を向上させる為にあんな事を言ったのだが・・・。
どうやら最愛の妹であるフランと共に出来る時間を優先したようだ。
なお、昨年はアランと共に武闘祭の本戦に出場したローザが一緒だったが、今年はローザに加えフィルア、ジガ=グ、ラリアルニルスまでもが一緒だった。
昼食後、決勝戦の前に行われる三位決定戦でフィルアとルミニアが戦うわけだが、それに関しての蟠りや気まずさはないようだ。
「私とフィルアさんは仲が悪い訳ではありませんから」
「ルミニアは尊敬できるから」
「私だってフィルアさんを尊敬していますよ」
「うん、うれしい」
何にせよ、気まずい昼食とならず良かった。
話題は当然先ほどの試合の事。
準決勝で敗北したルミニアとフィルアが同席しているのに、と思うかも知れないが、二人とも正直に言って相手が悪すぎた。
お互い全力を出し尽くしての敗北であり、悔いも無く案外すっきりとしている。
ルミニアだけは、若干居心地が悪そうにしていたが、敗北とは別の要因のようだ。
「魔術を使わんかったのはしゃあないとして、もう少し搦め手覚えな格上には勝てへんで」
「まずは実力を伸ばす。
搦め手を覚えるのはそれからでも十分でしょ?」
「む、だがアランは使っているではないか」
「えっ?
そうなの?」
「ああ、私には才能がないからな」
アラン曰く、フィルアの武術の実力は既にアランを超えているらしい。
それでもアランが勝てたのは、魔術を併用した戦術や総合的な実力のおかげだそうだ。
搦め手とラリアルニルスは表現したが、つまりは作戦勝ちと言う事なのだろう。
「こう言っては何だが、フィルアは戦闘中あまり物事を考えようとしませんから」
「攻めが単純やねん」
「脳筋という事だな」
「ラリアにだけは言われたくない」
因みに、フィルアは別に脳筋タイプではなく、勝てないと分かれば策を練る事もある。
魔術を併用した戦い方も時には行う。
そもそも、いつものフィルアは剣と盾を用いた騎士剣術を用い、攻めより守りを重視した戦い方をしているのだ。
先程のレキとの試合は、守りに回っては勝ち目はないと考えたからであり、何よりも己の全力をぶつける為盾を捨てたに過ぎない。
つまり、先ほどの試合はフィルアの全力ではあったが全てではないと言う事だ。
それでも搦め手を用いるほどの器用さは今は無い。
フィルアもそれは自覚しており、一先ずは自力を更に上げる事を優先しているらしい。
「十分だと思いますが・・・」
「まだだめ。
せめてレキに一撃入れられるようにならなきゃ」
「そ、それは・・・」
「無理じゃな」
「ふふっ、分かってる、冗談よ」
レキはともかく、フィルアはレキの師でもある剣姫ミリスを目標としている。
一年生の野外演習で見たミリスの剣技。
あれこそが守りたい者を守る為の剣なのだろう。
元々騎士団の剣術が弱者を守る為の剣技であり、フィルアが目標にするのは当然である。
アランに教わったのも、その騎士団の剣術なのだから。
ミリスとはそれ以降も何度か会っている。
昨年の大武闘祭、プレーター獣国への行き来の際には実際に鍛錬を付けてもらったりもした。
随分と強くなったフィルアだが、ミリスとの差はまだまだ大きい。
「ミリス様は中隊長ですから」
「剣姫じゃぞ?
強いのは当たり前じゃ」
「分かってる。
でも、目指すのは勝手でしょ?」
一応記載しておけば、ミリスの実力は騎士団でも上位にある。
剣技だけならそれこそ一二を争うほどだ。
最近では騎士団長ガレムに勝った事もあるらしく、そんなミリスを騎士団の基準と考える必要はどこにも無い。
「足手まといになったら嫌じゃない?」
「フィルアさんの実力ならまず大丈夫だと思いますが」
卒業後、フィルアは騎士団に入るつもりでいる。
今のフィルアの実力なら間違いなく入れるだろうと、外ならぬミリスが太鼓判を押してくれた。
しかし、フィルアの目標はあくまで騎士団に入る事ではなく、アランやローザの力になる事。
そして守りたい者を守れる強さを手に入れる事だ。
騎士団にギリギリ入れる程度の実力で守れるものがどれほどあるのか。
並の騎士より強いアランの力になるには、いったいどれほどの実力が必要なのか。
いざと言うときはその二人を守る為奮戦するだろうフィルアだが、今の実力では他の騎士の足を引っ張りかねない。
現時点でフィルアはアランより弱い。
ローザには勝てたが、それも僅差。
アランもローザも、今のフィルア程度に守られるほど弱くは無いという事だ。
それでは二人の役に立つどころではない。
代わりなどいくらでもいるし、正直いなくても困らないだろう。
ミリスほどの強さがあれば、アラン達を守り切る事が出来る。
アランやローザが敵わない相手だろうと切り伏せることが出来る。
その為には、今の実力で満足していてはダメなのだ。
まずは実力を伸ばす。
戦術や搦め手などはそのあとで十分。
最悪、騎士団の誰かが考えてくれるだろうし。
「ミリスも細かい事はフィルに任せてるって」
「あ~・・・」
「た、確かにおっしゃられてましたけど」
もちろん冗談ではある。
と言うかミリスは決して脳筋ではなく、普段は中隊長らしく作戦を練ったり細かい指示を出したりもする。
ただ、自分より遥かに賢い者がいる場合、そちらに任せた方が良い事を知っているだけ。
人に頼れるのもまた、隊長として必要な能力なのだ。




