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黄金の双剣士  作者: ひろよし
三章:レキの力
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第52話:ユミのその後

「あ~、すまねぇ」

「あ、領主様」

「おう」


冒険者であり、活動的な領主は部下やギルドからの情報だけでなく自分で見聞きした情報も大事にしている。

ユミの村には冒険者時代から何度も足を運び、村や森の様子を気にしていた。

もちろん、村の子供であるユミとも交流がある。


「・・・あの?」

「・・・いや、なんでもねぇ」


いつもなら「魔術の練習か?偉いな」などと気さくに声をかける領主だが、今は少しばかり気分が落ち着かなでいる。

村人や村長への怒りは多少収まったものの、ユミに何と言って声をかければ良いか迷ってしまったのだ。


先日のゴブリンの一件。

発端は目の前の少女ユミが森に入った事だと報告を受けている。


もちろんそれが原因だと領主は考えていない。

今回襲われたのがたまたまユミだっただけで、他の誰が森に入っても襲われたに違いない。

薬草の採取はこの村の仕事であり、普段は数名で入る森にたまたまユミが一人で入っただけだ。

村人達も戦う力があるわけではない。

襲われれば命を落としただろう。


ユミが襲われたのは運が悪かっただけで、救われたのは運が良かっただけ。


ゴブリンが村を襲ったのも、群れの数が増えすぎたために起きたゴブリンの本能的な行動である。

群れの数が増えれば必要となる食糧も多くなる。

森の食料を食い尽くせば、森の外に獲物を求めるのは当前の行動だろう。


あえて言うなら、カランの村が森の傍にあった事、それがゴブリンに襲われた本当の理由だろう。


これらの事は村長には説明したが、村人達にはまだ周知されていない。

ユミもまだ知らないだろう。


ユミの心情を考え、口ごもった領主。

そんな領主の反応に、ユミが首を傾げた。

普段は「よう!元気か!」などと気さくに声をかけてくる領主が、なんだか落ち込んでいるように見えたのだ。


ユミとしても対応に困るところだった。


「あ~・・・魔術の練習か?」

「う、うん」


気を取り直し、いつもの口調を意識しつつ声をかける領主。

ユミもまた、いつもと違う領主に戸惑いつつも返事を返した。


「誰に習った?」

「えっとね、フィルさん」


カランの村に魔術士はおらず、村の子供に魔術を教えられる者もいない。

にもかかわらずユミは呪文を正しく詠唱した。

それはつまり誰かに教わった事に他ならない。

領主の疑問に、ユミは正直に答えた。


「フィルさん、ってのは?」

「フィルさんはフィルさん」

「いやだからよ・・・」

「フィルさんはね、レキと一緒に居た人」

「レキ?」


それは村を救った英雄であり、にもかかわらず村人達から非難された少年である。

非難した理由は分からなくもないが、かと言って許せる話ではなく、だからこそ先程まで怒っていたわけだが・・・。


村人達はレキの事をあの子供やあの少年、果てはガキなどと言っていた。

対して、ユミはちゃんと名前で呼んでいる。

村人達のような非難する色も見えない。

レキに対して、少なくとも他の村人とは違う印象を抱いているようだ。


その事に領主はそっと安堵した。

領主には、ユミに言わねばならない事があった。


――――――――――


「いいか、いくらいつも行ってる森だからって一人でいくんじゃねぇぞ?」

「はい、ごめんなさい」

「おう、わかりゃいいんだ」


ユミが森でゴブリンに襲われたのは不可抗力である。

ユミでなくとも襲われただろう。

だが、数名で森に入れば襲われる前に気付けた可能性はある。

採取する者と周囲を警戒する者とで分かれれば、より安全に薬草を採取できるだろう。

今回、ユミがゴブリンに襲われたのは一人で入ったから、という理由もあった。


「それと、一応言っとくがよ。

 ゴブリンが村を襲ったのはユミの所為じゃねぇ。

 それはオレが保証する」

「・・・本当?」

「ああ、本当だ」


ユミが悪かったのは一人で森に入った事。

それ以外は全てゴブリンの所為である。

ユミを襲ったのも、村を襲いに来たのも、すべてはゴブリンという魔物の習性だ。

それだけは間違えてはいけない。


それを知らない者達は原因を何かに求めてしまった。

ゴブリンという魔物に対する畏怖はあるのだろう。

だが、それまで平穏に暮らしていた者達は、その平穏が崩れた原因があると考えてしまうのだ。


ユミが一人で森に入った。

そこでゴブリンに襲われ、たまたま通りかかった旅人に救われた。

その夜、ゴブリンの群れが村を襲った。


時系列で並べた時、最初に来るのはユミが森に入ったという事。

つまり、ユミが森に入らなければ今回の件は起きなかったのでは?

そう考えてしまうのである。


実際、そういった事を村の者達が話しているのを領主も把握している。

こんな小さい村で陰口を叩けば、嫌でも本人の耳に入るだろう。

自分達の不甲斐なさや村を救ってくれた恩人を追い出した負い目もあって、レキ達やユミを非難する声は大きくなる一方だった。

ユミがこんな村はずれで魔術の練習をしているのも、そういった理由があるのかも知れない。


だからこそ領主ははっきりと否定したのだ。

ユミが襲われたのは不可抗力で、ユミでなくとも襲われた。

村を襲いに来たのはそこに村があったからで、理由など無いと。


報復しに来たと言う可能性も確かにある。

それでも倒さなければユミは死んでいただろうし、そもそも襲ってきたのはゴブリンの方だ。

レキの行動は間違っていない。

報復だとしても、レキやユミを恨むなど筋違いだ。


「ユミはただゴブリンに襲われただけで、つまり被害者だな。

 ついでに言やぁそれを助けたレキはユミの恩人で、村の英雄だ」

「!」


領主の言葉にユミが目を見開いた。

それは本来村人から聞かされるべき言葉であり、何よりもユミが聞きたかった言葉だった。


自分が襲われた事などどうでも良かった。

自分が森に入った所為だと言われれば、確かにそうなのだろう。


でもレキは違う。

レキは自分を助けてくれた恩人で、村を救った英雄なのだ。

本来なら、村人総出で感謝するべきだユミは思っている。

レキのおかげで村は助かったのだし、森だってレキがゴブリンを倒したおかげで安全になった。


にも関わらず、村の人達はレキが悪者みたいに言ってる。

レキが森でゴブリンを倒したから村が襲われた。

レキが来なければ村が襲われる事は無かったんだと・・・。


では、レキに助けられた自分は?


レキが来なければ自分は間違いなくゴブリンに殺されていた。

レキが来たからこそ、自分は生きている。

でも、レキがゴブリンを倒した事で村が襲われたのだとしたら・・・。

ユミはまるで、自分があのまま殺されていれば良かったのに、と言われている気がしていたのだ。


ユミの母親はレキ達に心から感謝している。

「ユミと村を救ってくれてありがとうございます」と、レキ達に頭を下げてお礼を告げ、せめてもう一晩と申し出たくらいだ。

母親だけはユミと同じ思いを抱いている。

今のユミの味方は母親だけだった。


もし、母親までもがレキを責めていれば、今頃ユミは泣いていた。

村の外れで魔術の練習をする事なく、家の中でふさぎ込んでいたかも知れない。

同じ思いを抱く人がいたからこそ、ユミは前を向いて頑張っていられるのだ。


目の前にいる領主も。

領主はユミがただの被害者であり、レキはその恩人で英雄だと断言してくれた。

・・・ユミが思い続け、信じ続けた言葉を、ユミはようやく母親以外の人からも聞く事が出来た。


ユミの目から涙がこぼれた。


この六日間、ユミはひたすら魔術の練習をしていた。

学園に入るには領主に認められなければならないと、フィルニイリスに言われたからだ。

頭はあまり良くない。

喧嘩だってしたことないユミが認められるには、フィルニイリスに教わった魔術を頑張るしかなかった。

だからユミは、ただひたすら魔術を練習した。

領主に認められ、学園に入る為。

学園に入って、レキに会う為。

レキに会って、もう一度ありがとうを言う為に。


そんな強い思いを抱いて、村の外れで一人魔術の練習を続けていたユミ。

そこにようやく訪れたユミの理解者。


ユミの目から流れる涙は止まる事を知らない。


「ユミはなにも悪くねぇ。

 もちろんレキだってな」

「うん・・・」

「むしろ村の連中はレキに感謝しなきゃいけねぇな」

「うん・・・」

「村を救ってくれてありがとう、ゴブリンを倒してくれてありがとう、ってな」

「うん・・・」


ユミが思っていた事、伝えたかった事を領主が言葉にする。

ユミはただ、泣きながら頷くしか出来なかった。


――――――――――


「んで、なんでユミは魔術の練習してんだ?」


ひとしきり泣いたユミがようやく落ち着いた頃合いを見計らい、領主が元々の質問に戻った。

こんな村の外れで、少女が一人黙々と鍛錬をしている。

フィルさんとやらに習ったと言っていたが、どこか焦っているような様子が気になったのだ。


「えっとね、もっと魔術を使えるようになって、それでね、学園に行ってもう一度レキとフランに会いたいの」

「ほ~う」


ユミの返答に、顎をさすりながら領主が感心したような声を出した。


学園に入りたいというのは、学園の存在を知った子供なら大抵が希望する事だ。

理由は様々だが、例えば魔術や武術を教えてもらえる事だったり、三食寝床付きの生活が保障されている事だったりと、大抵は俗物的な理由だ。

貴族の子供なら家の命令で仕方なくという者もいるだろう。

あるいはお近づきになりたい家の子供がいるから、などという政治的な理由もある。


ユミは学園に入って会いたい人がいると言った。

レキというのはユミとこの村を救った少年の名だ。


「レキに会ってどうすんだ?」

「ありがとうって言うの」

「なるほどなぁ」


ユミは正しく感謝していた。

自分を、そして村を救ってくれたことに心から。


その思いに触れ、領主は一つの決断をした。


「学園に入るにゃ金がいるぜ?」

「ふぇ?」

「入学金と、あと必要な道具も買わにゃならん」

「う・・・」

「学園のある街までの旅費もかかるしな」

「・・・うぅ」


今まで考えても見なかった事態に、ユミが力なく項垂れた。

十歳になれば学園に入れるとしか、フィルニイリスは言わなかった。

頑張れば入れるとも。

その言葉を信じ、こうしてひたすら魔術の練習を続けていたユミを襲った予想外の事実。

ユミが落ち込むのも当然だった。


「・・・どうしよ」


しばし固まっていたユミからようやく出た言葉がそれである。

先ほどとは違う理由で、ユミは泣きたくなっていた。

お金・・・。

子供のユミにはどうにもならない話であり、かと言って学園に行くのを諦める事も出来ず、故に固まり、そして泣きたくなった。


実際問題金は必要である。

ある程度は国から補助が出るし、領主がこの子供はと認めた場合は全額負担する場合も多い。

もちろんその見返りとして、卒業後は領に戻って仕事に就くという約定を交わしたりするのだが。


あるいは卒業後に金を稼ぎ、返還するという方法もある。

いずれにせよ、学園に通う為には少なからずお金が必要だった。


「ユミ、金は?」

「・・・無い」

「父ちゃんと母ちゃんは?」

「お父さんは街で働いてる。

 お母さんはお家・・・」

「そうか・・・」


予想道り落ち込んだユミに、領主が話を続ける。

カランの村はあまり豊かな村ではない。

近年はエラスの街の再興の為、村の男達が出稼ぎに出てはいるが、それでも王都の学園に入れる程の金を稼ぐのは厳しいはず。


事情を知り、援助するつもりの領主だったが、目の前の少女の魔術を見て、ただ援助するだけでは勿体無いと考えた。


「よし、ユミ。

 うちで働かねぇか?」

「・・・ふぇ?」

「あぁ、もちろん親の許可は居るが・・・

 いや、なんなら母親も来りゃいいな」

「えっ?えっ?」

「腐っても俺ゃ領主だからな。

 その屋敷の使用人となりゃそれなりの金は出せるぜ?

 王都の学園に入るくれぇ余裕だな」

「ほ、本当?」

「おう、本当だ」


普通ならこんな美味い話など無い。

間違いなく裏がありそうな提案だが、幼く純粋なユミが疑うはずも無い。


もちろん領主には考えがあっての事だが、それも裏と言えるほどのものではなかった。


「ついでに魔術の練習も見てやる」

「・・・えっ?」


一人で黙々と魔術の練習をしていたユミに、純粋に手を貸したくなったのだ。

村の恩人であるレキに心から感謝している正しい性根のユミに。

ただそれだけ。


つまり・・・この領主は非常におせっかいでお人よしなのだ。


「おれぁ一応上位ランクの冒険者だしよ。

 嫁さんだって青系統の魔術、特に治癒魔術は得意だからな。

 屋敷にゃ他にも魔術使える奴ぁ沢山いる。

 そいつらに教わりゃ、学園に入る頃にゃ一端の魔術士にゃなれっだろ」

「ふぁ・・・」

「・・・どうだ?」


にやっ、と口角を上げて領主がユミを見る。

元々いかつい顔の領主である。

はっきり言って山賊か人攫いにしか見えなかった。


それでも領主の提案はユミにとって渡りに船だった。

魔術を教わり、お金も稼げる。

領主に認められなければ学園に入れないとフィルニイリスは言っていた。

それが、領主の方から誘われたのだ。


何としても学園に入り、レキとフランに会いたいと願うユミが頷くのは当然だった。


こうして、ユミは母親共々領主の屋敷に招かれる事になった。

ユミの母親が領主の誘いを受けたのは、今の村の雰囲気がユミにとって非常に悪いものだったからだ。


ユミは侍女見習いとして屋敷の細々とした雑用を任される事になった。

村での雑用とは大きく異なるその仕事に最初は四苦八苦していたユミだが、それでも学園に入る為だと強く言い聞かせて頑張った。

また、空いた時間を見つけてはひたすら魔術の練習を続けていた。

仕事の合間に頑張るユミの姿は屋敷の住人の認める所となり、気がつけばユミは屋敷の住人から非常に気に入られるようになっていた。


ユミの母親はといえば、彼女も最初は侍女の仕事をこなしていたのだが、ある日泣きやまない領主の子供をあやしたのをきっかけに、気がつけば母親の先輩として領主の妻の相談相手のようになっていた。

生来の箱入り故にエラスの街しか知らない領主の妻にとって、村の生活を知るユミの母親はちょうどよい話し相手でもあったようだ。


こうして、学園に入る為のお金を稼げる仕事と、魔術を鍛錬できる環境の二つを手に入れたユミは、二年後の再会に向け、より一層頑張るのだった。

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