第516話:ガージュの指揮、ルーシャの踏ん張り
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「やあっ!」
「くっ!」
ユミの長剣をガージュがかろうじて防ぐ。
「はあっ」
「くっ、負けません・・・」
ファラスアルムの放った魔術は、ルーシャの腕を掠めるにとどまった。
要であるガージュを倒せばこの試合は決まったも同然。
指揮官を狙うのは前述としても当然で、本来なら防御役を配置するべきである。
昨年はガドと言う明確な盾役がいたが、今年は誰もいない。
ルーシャは魔術士であり、近接戦闘ならむしろガージュの方が上だ。
そのガージュも、現段階ではユミより弱い。
ファラスアルムの支援を受け、ユミが特攻をかける。
カルクかミーム、どちらかを下げる事が出来たなら対処も可能だったろう。
だが、その二人はレキと戦っている。
レキが相手とあらば二人がかりだろうと余裕はなく、そもそもレキと戦っている二人が他を気にするはずが無い。
劣勢であるにもかかわらず楽しそうな二人を見れば良く分かる。
むしろ、こういう場合に下がるのは観察力に優れたユーリなのだが、彼は彼でフランの相手で手いっぱい。
むしろガージュより必死だ。
彼は彼で実力で劣っている以上仕方ないと言える。
それでも諦めないのは、なんだかんだガージュ達にも意地があるからだろう。
カルクは、レキに勝てないと分かっていても最後まで食い下がるつもりである。
ミームは、いつか勝って見せると常に考え、今がその時だと毎回思って戦っている。
ユーリは、勝てないまでも全力を尽くそうとなんだかんだ頑張っている。
ルーシャは、皆さんの足手まといにならぬ様考えうる全てでチームを支えている。
ガージュは、例え相手が誰であろうと簡単には負けてなるものかと歯を食いしばっている。
それに、完全に勝ち目が無い訳では無い。
誰であろう、それを証明したのは昨年のルミニア達だ。
昨年の武闘祭前の授業。
ルミニア達女子五人のチームに、レキを加えたガージュ達男子五人チームは何度か負けている。
レキ以外の四人が離脱したあげくの時間切れによる敗北だったとはいえ、チームとして敗北した事に変わりはない。
そう、今年はそれをガージュ達が行えばいい。
全体的な実力でも劣っているが、やってやれない事は無いはず。
例え相手が、そのガージュ達四人を倒し判定勝利を勝ち取ったルミニア達であってもだ。
ガージュは基本、仲間の実力に任せ最低限の指示のみを出している。
と言うか、細かい指示を出しても従ってくれないのだから任せるしかないのだ。
ガージュ自身もそこまで指揮に自信があるわけでは無く、元々は他に指揮が出来る者がいないから仕方なくやっていたに過ぎない。
それでも昨年の武闘祭・大武闘祭では優勝を果たした。
拙いまでも、ガージュの指揮も多少は貢献したはずだ。
今年は比較的ガージュの指示に従ってくれていたレキとガドが抜け、下手に指示を出せば従わないどころか勝手な行動を取りがちなミームが加わった。
ルーシャはちゃんと指示を聞いてくれるが、はっきり言ってレキやガドの抜けた穴を埋めるには物足りない。
実力的に、ミームにはより頑張ってもらわなければならないのだが・・・。
「やああっ!!!」
「よっ、ほっ、とっ」
ミームが連続で拳を繰り出し、その全てをレキが両手の剣で受け流す。
最初こそカルクと合わせて戦っていたミームだが、もはやその余裕も無くなっている。
ガージュの指示も聞こえないだろう。
一応はレキを抑えてくれているようだし、ミームはこのまま頑張ってもらう事にした。
「カルクっ!
いったん下がれっ!」
「お、おうっ!?」
元々ミームとカルクに頼んだのはわずかな間でもレキを抑えてもらう為。
ミーム一人で事足りるなら、カルクを他に回す事が出来る。
ただでさえこちらは実力が足りていないのだ。
使える手はすべて使わねば、勝てる試合も勝てなくなってしまう。
「やああっ!!」
「くそっ!
カルク急げっ!!」
カルクを下がらせ、自分の代わりにユミの相手をしてもらう。
空いた手でファラスアルムを抑え、ルーシャにはミームの支援に回ってもらう。
それがガージュが新たに考えた作戦だった。
「私を忘れてもらっては困りますっ!」
「なっ!」
そんな作戦が読まれたわけでは無いのだろうが、元々一人空いていたルミニアが、ここぞとばかりに詰め寄った。
「やあっ!」
「うおっ!?」
「はっ!!」
「ぬあっ!!」
ユミの長剣とルミニアの槍。
どちらもガージュの間合いの外からの攻撃。
剣と盾を駆使し、全身を使って必死に避ける。
なんだかんだで実力の向上している今のガージュなら、カルクが下がってくるまでなら何とか持たせられる。
「カルクっ!!」
「おうっ!!
てりゃっ!!」
間一髪、カルクが間に合った。
それでも二対二。
しかも相手は自分達の実力を上回るユミとルミニアの二人。
正直、今のガージュ達が勝てる相手ではない。
それでも、ガージュは最後まで諦めてなるものかと更に歯を食いしばる。
――――――――――
「・・・っ」
仲間の支援を必死に行いながら、ルーシャはフロイオニア学園のレベルの高さに改めて驚かされていた。
普段の授業や中庭での鍛錬で分かっていたつもりだった。
野外演習では魔物相手に実戦を共にした。
それでも、ここまで強いとは思っていなかった。
ルーシャも一応ライカウン学園でトップの成績を誇る生徒だった。
最優秀の生徒であり、次代の聖女の名を既に得てすらいたほど。
座学や魔術で並ぶ者はいなかった。
武術ですら、護身程度にしか習わないライカウン学園において、これなら他の学園でも十分だろうとすら。
今なら分かる。
それはライカウン学園以外を、とりわけ今のフロイオニア学園を知らなかったから。
武術はかろうじてファラスアルムに勝てる程度。
魔術に至っては、最上位クラスで無詠唱魔術が使えないのはルーシャ含めて三人だけ。
そのうち一人は種族的に魔術が不得手なミームだ。
カルクに至っては、無詠唱こそ使えないまでも魔術剣なる新たなる技術を生み出している。
魔術に頼る事は少なく、使えなくとも(今のところは)支障がない。
無詠唱が当たり前になりつつあるこの学園で、詠唱しながらでしか放てない時点で魔術士を名乗る事すらおこがましい。
それでも他にとりえのないルーシャは、後衛の魔術士として必死にならなければならない。
これまではチームの戦力として多少は役に立てていたが、それも相手が実力的に劣っていたから。
同じ最上位クラスを相手にして、詠唱しなければ魔術を放てないルーシャは半ば足手まといにすらなっている。
無詠唱魔術は、少なくともレキ達と戦うなら使えて当然の技術だった。
今のルーシャは、正直最上位クラスに居るのが不思議なほど何もかもが足りていなかった。
魔術は元より、座学でもルミニアやファラスアルムに劣り、戦術や指揮ではガージュにも勝てない。
武術も、ルーシャ程度では前に出ない方が良いに決まっている。
たった一つの編入枠を、他の学園の生徒との争奪戦の末に勝ち取ったほどの才女。
そんなルーシャが、事戦いの場においてはほとんど役に立てていなかった。
フロイオニア学園、ライカウン学園、マチアンブリ学園。
純人族の国にある三つの学園は、共に座学に力を入れているとされている。
確かに、フロイオニア学園も座学の授業数が一番多い。
一日の内、座学の授業が二コマで武術と魔術はそれぞれ一コマ。
コマ数から見れば確かに座学に偏っている様に思う。
その分、武術はより実戦向きな模擬戦を。
魔術に至っては無詠唱で放つコツを教わっている。
どちらも他の学園より遥かに高いレベルの授業。
なるほど誰もが強くなるはずだ。
それは先日の野外演習、そしてこの武闘祭でも分かる。
野外演習では数十匹のゴブリンを学園の生徒達で撃退。
武闘祭のレベルはとてもではないが学生とは思えない。
ライカウン学園一位のルーシャが、武術と魔術の総合成績では最上位クラス最下位。
個人戦で勝てたのは運の要素も強かった。
もちろんルーシャにも、最上位クラスの名に加え、たった一つの編入枠を勝ち取ったと言う意地があった。
それでも、一歩間違えれば負けていたに違いなかった。
ルーシャの実力は最上位クラスの中で最も低い。
無詠唱魔術を使えないルーシャが出来る事など、精々仲間の支援を切らさない事だろう。
同じ二年生、同じ純人族の仲間達。
その中で、最も劣っているのが「ライカウン学園で一位」のルーシャだった。
編入したての頃は一位だったと言う矜持と、ほんの少しの驕りもあったように思う。
今回の編入を希望した他学園の生徒は例年に無く多かったという。
その中で、たった一つの枠を勝ち取ったという自負もあった。
だが、そんな矜持も自負も、フロイオニア学園で授業を受けている内に無くなった。
驕りなど、表に出るまでも無く消え去っている。
今のルーシャは最上位クラスで最下位の生徒。
武術で役に立てず、魔術も詠唱しなければ放てない。
出来る事と言えば仲間を支援する事だけ。
それでも何とか仲間の力になろうと、ルーシャは歯を食いしばりながら魔術を放つ。
時折、黄金の光を纏いながらミームと戦うレキの姿に見惚れてしまうが、それは仕方のない事。
相手チームのファラスアルムだってそうなのだから・・・。




