第51話:村のその後
レキ達がカランの村を去って六日後。
ゴブリンの死体の後始末を終えた後、村長は今回の騒動を領主に知らせた。
その後、詳しい話を聞こうと領主自らカランの村へとやって来ていた。
「んで、村の被害はどうよ?」
「い、いえ、それが・・・」
「みたところ特に何もなさそうだが・・・」
「はい、実際何もありませんでした」
「そうか、そりゃ何よりだ」
言葉こそいつも通りだが、普段の気さくな雰囲気は見る影もなく、領主の表情は硬かった。
怒りを、抑えているのだ。
「で、だ」
「・・・はい」
ゴブリンの死体については、村人達の努力のおかげで領主が来るまでにはすっかり片付けられていた。
襲ってきたゴブリンの群れはおよそ百匹。
その話が本当なら、まずありえないほどの被害の無さだ。
「襲撃などありませんでした」と言われた方が、まだ信じられるだろう。
「オレも一応冒険者だからよ?
凄腕の冒険者ならそういう事もあるだろう、ってのは分かんのよ」
「はい」
「魔鉄級の冒険者数人ならゴブリンの群れくれぇどうとでもなるだろうし、銀や魔銀の冒険者数人なら被害無しってのもありえるだろうよ」
「・・・はい」
「だがよ・・・」
村長と対峙する領主は、いよいよもって怒りを抑えきれなくなっていた。
そんな領主の怒りと比例するかのように、村長の顔色が青白くなっていく。
「恩人を追い出すってなぁどういうこった!!」
「ひぃ」
領主が怒っている理由。
それは、恩人に対する村人達の態度にあった。
聞けば、村の子供が森で襲われているのを助け、更には襲ってきたゴブリンの群れをも殲滅してもらったとの事。
そんな恩人達に村人達がした事といえば・・・。
「村を上げて歓迎しろたぁ言わねぇけどよ、せめて礼くらいするべきだろうが!」
「い、いえ、礼なら・・・」
「そりゃ村を救った対価だろっ!」
村人達は、レキ達が村を出るまで何もしなかった。
関り合いにならないよう近づくこともせず、見送りすらしなかったのだ。
とても村を救った恩人にする態度ではない。
「し、しかしですな・・・」
「んだよ?」
「あ、あの少年の力は凄まじく、とても我々で対処できるものでは」
「・・・対処ってなんだ?」
「で、ですから・・・」
「ゴブリン共から村を救ったガキが村に何かするってのか?」
「いえ、何かしたらの話でして」
「何かしたらだぁ?
何をするってんだよ!?」
「で、ですからもしもの話を・・・」
「もしもの話で恩人を追い出したってのかっ!!」
「ひぃ・・・」
村長の言い訳じみた発言に、領主の堪忍袋も限界が近い。
領主として、一人の冒険者として。
村を救った者に対するこの村の連中の態度は、とてもじゃないが許せるものではなかった。
「いいか、衛兵のいねぇ村が魔物の被害から逃れられてるのは冒険者がいるからだ。
薬草の採取ん時ゃ、ついでに森の異常なんかをギルドに報告する義務があってだな。
ゴブリンなんかはそん時に見つかることが多いんだよ」
薬草を求めて森に入り、そこでゴブリンを見つける。
冒険者でなくとも森で魔物を発見するケースはあるだろう。
その多くは魔物に襲われ、命を落としてしまう。
今回のユミのようなケースだ。
幸いにして、ユミはゴブリンに襲われはしたものの、怪我一つなく生還している。
言わずもがなレキのおかげだ。
「確かに今回の襲撃は連中の報復かも知れねぇ
けどよ、それだってユミってガキを助けたからだろがっ!」
森の奥にゴブリンの巣がある事は以前より知られていた。
だが、これまでそのゴブリン共が森の浅い場所まで出てくることは無く、また村人が襲われる事も無かった。
ましてや群れを成して村を襲うなど、ここ数年ではありえない事態だった。
それが起きたのは、あるいはユミの一件がきっかけだったのかも知れない。
だが、それはいずれ起きた事だろう。
今回はたまたまユミが襲われただけで、いずれはその数を増やしすぎたゴブリン共が今回のように村を襲ったかも知れない。
そう考えれば、レキ達が居合わせたのはこれ以上ないほどの幸運だったのだ。
その恩人に対して村人が取った行動とは・・・
「ゴブリンを倒して貰っておきながら礼すらせず、三日程度の食料を与えて追い出した・・・と」
「いえ、けっして追い出したわけでは・・・」
「見送りすらしなかったそうじゃねぇか」
「そ、それは村の仕事がですな」
「村の仕事が出来るのもそいつらのおかげだろがっ!!」
「ひぃ!」
領主であり、現役の冒険者でもある男の怒声に、村長は短い悲鳴とともに首をすくめた。
村長との話し合いの前に、領主は村人からある程度の話を聞いていた。
そのどれもが、感謝ではなく非難の声だった。
レキ達が出て行った時には畏怖をごまかす様に非難していた村人達だが、六日経った今では畏怖が薄れ、非難しか残っていなかったのだ。
それを聞いた領主が村長を問い詰め、そして今に至るのである。
「・・・はぁ」
ひとしきり怒鳴って、かえって落ち着いたのだろう。
領主がふとため息を付き、そして沈黙が続いた。
「・・・あの」
「んだよ?」
沈黙に耐え切れず、村長が口を開いた。
領主の怒りに対して下手な言い訳を続けていた村長だが、このままではまずいと思ったのだろう。
だが、ここで更に言い訳を重ねれば余計に怒らせるだけだというのも分かっている為か、なかなか次の言葉を発せないでいた。
「・・・て、手紙に書かれていた事なのですが」
「・・・あぁ」
苦し紛れに出てきたのは、レキ達が出立する間際に渡された手紙の事。
一言で言えば話題転換だったが、それすらも領主の怒りを増す結果となった。
「手紙には、街の再興があと半年ほどで終わるとありましたが・・・」
「ああ、それについちゃ感謝してる。
村だって厳しいのに働き手を都合してくれてありがとよ」
「い、いえ、それほどでも」
怒りはまだあるが、それとこれとは別だと領主はしっかりと礼を述べた。
かなりおざなりになったのは、元々の性格に加えて怒りを抑えているからだ。
「街の再興が住めば村の連中も戻せるだろう。
その後は森の恵だけでなくしっかりと畑も耕してもらわねぇとなんねぇな」
「え、ええそれはもう」
「それまでは森での採取でしのいでもらいてぇ」
「は、はい」
「・・・だからこそ、森のゴブリンを殲滅してくれた彼らにゃしっかりと礼を尽くさにゃならんのだがな」
「・・・はい」
領主がここまでしつこく言う理由。
それは、村を救った者に対して今後も同じような態度をとれば、同様の依頼を誰も受けなくなる恐れがあるからだ。
村を襲う魔物はゴブリンだけではない。
森にはゴブリンだけでなく、フォレストウルフやモスエイプ、ソードボアと言った魔物に加え、オークのような銀級の冒険者でなければ対処できない魔物も存在する。
どれもが森から出てくる可能性があり、一匹でも出てくれば村に被害が及ぶだろう。
森での依頼をこなす際、事前に付近の村で情報を収集するのは冒険者の基本である。
その際、村の住人が冒険者に対して無礼を働けば、その冒険者は依頼をこなすことなく帰ってしまうかも知れない。
依頼を果たしても、その時の村人達の態度は間違いなく冒険者ギルドに伝わるだろう。
そうなれば、今後はその村の依頼を受けようとする者がいなくなる可能性もあるのだ。
森の魔物は倒される事無くその数を増やし、やがて村を襲うようになる。
それを避ける為、村人は冒険者に対して無礼を働いてはならない。
好意的に、協力的になれとまでは言わないが、せめて普通に接してもらわねば困るのだ。
そうする事で、結果的に村が救われるのだから。
それが分かっていなかったのか、それでも今回の村人達の態度はとても許せるものでは無かった。
手紙に書いた内容も、村が滅んでしまえば何の意味もなくなるのだ。
「・・・過ぎたこたぁもういい」
「はい」
「ちゃんと反省しろ。
んで、もしまた来たらそん時にゃちゃんと礼をすんだな」
「はい」
「じゃねぇと誰もこの村の依頼を受けてくんねぇぞ」
「・・・はい」
この後、領主じきじきに森を調べた結果、ゴブリンは確認されなかった。
レキの活躍によって、森に住むゴブリンは全滅したようだ。
だが、森がある限り、再びゴブリンが巣を作る可能性はある。
ゴブリンが再度群れを成した場合、今度は村人達だけで対処しなければならない。
と言っても村人達に戦う力は無く、領主や冒険者ギルドに依頼をする事になるだろう。
その時にまた、今回のような愚行を働いたとしたら・・・。
今度こそ村は見限られてしまうかも知れない。
そして、冒険者の庇護を失った村はやがて滅ぶのだ。
その事をうやく理解した村長は、自分達の行動を今更ながら深く反省したのだった。
――――――――――
村長宅を出た領主は、今だ収まらぬ怒りを抑え込む為、村の中を当てもなく歩きまわっていた。
村長宅から聞こえてきた怒声に村人達は領主の怒りを知り、普段は気さくな領主に誰も近づこうとしなかった。
村を半周もすれば流石に落ち着いたのか、村人達が自分を遠巻きに見ている事に領主も気付いた。
普段なら「やっちまった」と思うところだが、今はむしろ「あの坊主の事もこんな風に見てやがったのか」と怒りが再燃しかけた。
「ったくこの村は・・・ん?」
ふと、領主は村の外れから聞こえてくる声に気付いた。
いつまでも自分を腫れ物のように扱う連中の傍にいても仕方ないと、気分転換も兼ねてそちらへ向かう領主。
そこで見たのは・・・。
「えぃ!えぃ!」
壁に向かって手をかざし、一心不乱に何やら叫んでいる少女がいた。
「えぃ!えぃ!えぃ!」
「なんだありゃ?」
魔術の練習にしては呪文の詠唱をしていない。
魔石などの媒体もなく、ただただ壁に向かって気合を入れているとしか見えなかった。
一体何をしてんだ?
不思議がる領主。
と、ただひたすら壁に手をかざして「えぃえぃ」言っていた少女が、その手を下ろした。
少女なりに一生懸命だったらしい、下ろした腕を膝にあて、軽く息切れすらしていた。
「ん~・・・出ないなぁ」
不満気な顔で両手を見る少女。
「出ない」と言うくらいだから、やはり魔術の練習だったのだろう。
呪文の詠唱もせずに魔術が発動するはずがない。
おそらくは呪文を知らないのだろう。
見よう見まねで魔術を使おうと頑張っている、と言ったところか。
そう考えた領主は、気分転換もかねて少女に魔術を教えてやろうと近づこうとした。
「赤にして勇気と闘争を司りし大いなる火よ、エド」
よう、と声をかける直前。
それまでただ「えぃえぃ」言っていた少女が、再び壁に向けて手をかざした。
今度はしっかりと呪文を唱えて。
だが・・・
「む~・・・」
少女の指先には何も生まれなかった。
赤系統に適性が無いのか、あるいは魔力が足りないのか。
少なくともあの少女には、現時点では赤系統の基本魔術は使えないようだ。
あのくらいの年齢の子供の場合、魔力が安定せずに魔術が発動しない事も多い。
指南役の下で幼い頃から魔術を習っている子供ですら、安定して魔術が使えるようになるのは大体十歳前後と言われている。
学園に入るまでに使えるようになれば御の字といったところだろう。
「赤にして勇気と闘争を司りし大いなる火よ、エド」
一人で練習しても、魔術などそうそう使えるようにはならない。
だが、少女は諦めず何度も手をかざしては呪文を唱え続け、その度に頬を膨らせては「む~」と唸っていた。
「火が出せればお母さんのお手伝いできるのになぁ・・・」
何度目かの失敗の後、少女がそんな事を呟いた。
魔術を使いたい理由を聞いて、思わず笑みを浮かべてしまう領主である。
「ん~、よし、次!」
そんな領主をよそに、少女は元気よく顔を上げて次の魔術を唱えた。
「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"、"ルエ"」
「おっ!」
呪文の詠唱の直後、少女がかざした手の平に水が生まれた。
少女が使ったのは青系統の基本魔術ルエ。
手の平から水を出す、ただそれだけの魔術。
あのくらいの年の子供なら、発動出来ただけでも十分だろう。
感心した領主が思わず声を上げ
「だ、誰?」
その声に、少女が振り返った。




