第501話:思わぬ激戦
他のブロック同様、同じクラス同士の戦いである緑ブロックは、しかしすぐに終わるであろうと誰もが思った。
最上位クラスにして昨年の予選準優勝のミーム=ギと、今年最上位クラスへ編入されたルーシャ=イラーの戦い。
例え同じ最上位クラスと言えど、勝者の間には大きな実力の差が開いているからだ。
ミームの実力は言うまでも無く、二年生なら誰もが知っている。
予選二位、本戦でも上級生相手に互角に戦い、準決勝で惜しくも敗れたとはいえ一年生ながらにその奮闘ぶりは上級生も認めるところ。
対するルーシャは元ライカウン学園の生徒であり、魔術はともかく武術はあまり習ってこなかったと言う。
魔術とて、他の最上位クラスの生徒に比べれば数段劣っている。
ガージュとユーリまでもが無詠唱で魔術を扱えるようになった今、最上位クラスで魔術士を名乗るのは不相応ではとまで言われているのだ。
魔術が不得手とは言えその対策はバッチリ、二回戦では同じクラスで無詠唱魔術の使い手ファラスアルムを打ち破ったミーム。
魔術士でありながらここまで危なげなく勝ち進んできたルーシャ。
戦歴だけを見れば互角でも、実際に戦えば間違いなくミームが勝つ。
それが大方の予想。
ルーシャ自身もそうなるだろうと思っている。
ミームとは編入して以降何度か戦っている。
昨年の準優勝者であるミームとの手合わせは得る物が多い。
レキの様にこちらに合わせて戦うのではなく、フランの様に足を活かしてこちらの隙を付く戦い方でもなく、ましてやルミニアの様に槍と魔術、そして戦術を駆使して戦うわけでも無い。
己の実力を信じ、ただ真っ直ぐに突っ込んでくるミーム。
護身程度の武術は通用せず、純粋な後衛としての立ち回りを身に付ける事が出来た。
ただ、勝率ははっきり言ってゼロに等しい。
偶然に偶然が重なり勝った事はあれど、普通に戦えばまず負けてしまう。
それでも勝つ為に挑まねば勝率は完全にゼロ。
勝てないと分かっていても、それでも勝つつもりで挑まねば、おそらくは何も出来ずに終わってしまう。
それが最上位クラス五番手、武術のみなら三番手の、ミームと言う少女の実力。
せめてルーシャが無詠唱に至っていれば、勝てないまでも善戦できただろう。
だが今のルーシャはまだ詠唱無しで魔術は放てない。
それでも全力を尽くし、勝って見せなければ。
「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」
「詠唱なんてさせないっ!」
「やあっ!」
「っと!」
魔術士を倒すには何より詠唱する隙を与えない事。
その基本に倣い、それ以前にまずミーム自身魔術が使えず、遠距離からの攻撃手段を何も持たない為、自身の攻撃が当たる距離まで何の迷いも無く突っ込む。
それはルーシャが編入して以降、何度も繰り返されてきたミームとの戦い。
初撃であるミームの突進にどう対処するか、それが魔術士であるルーシャ達がミームに勝つ為の最初の課題。
詠唱は囮。
ミームに警戒心を抱かせ、攻撃のペースを変える事が目的。
その目論見は上手くいき、ルーシャの詠唱を聞いたミームがわずかに警戒しその足を更に速めた。
フロイオニア学園に来て以降、ルーシャの詠唱速度も飛躍的に向上している。
無詠唱には至らなかったものの、並の相手なら余裕で間に合ったはず。
いや、通常ならミームでもギリギリ放つ事が出来たかも知れない。
ミームもそう思ったのだろう、強引な加速でルーシャの詠唱する時間を潰す作戦に出た。
ミームだってただルーシャと模擬戦を繰り返してきたわけでは無い。
純粋な後衛であるルーシャと戦う事で、詠唱の時間を知る事が出来、更には詠唱魔術士との経験を積む事が出来た。
まともに食らえばいかにミームとてただでは済まない。
だからこそ、詠唱が終わる前に勝負を決めたかった。
ルーシャの作戦は、普通に考えれば悪手である。
ただでさえ身体能力に優れるミームが、身体強化を更に上げ全力で突っ込んできたのだ。
並の魔術士なら、あるいはフロイオニア学園に来る前のルーシャなら、ミームの速度について行けずそのまま倒されたはずだ。
今のルーシャでもギリギリ。
速度を上げれば詠唱が終わる前に潰せる。
そう判断したミームの特攻。
速度を上げたミームに、詠唱が終わるより前に杖を突きだす。
詠唱を潰すより前に攻撃してきたルーシャに、一瞬怯むもミームは持ち前の反射神経でその杖を横っ飛びでかわした。
「もらったぁ~!」
更には着地と同時に方向転換し、隙だらけのルーシャの横っ腹めがけて拳を突き出した。
死角とまではいかずとも追いつけないはず。
そう判断したかは分からないが、ミームの拳はルーシャに当たる事は無かった。
ルーシャはミームの行動を読んでいた。
いや、誘導していた。
性格上後退は無く、そもそも遠距離攻撃の手段を用いていないミームが、後ろや上に逃げれば魔術の的になるだけ。
故にミームは、こういった場合ほぼ必ず横にかわす。
上にかわそうとも、レキなら余裕で対処し、フランなら負けじと飛び上がり追撃する。
ルミニアなら槍を突きあげるか、冷静に魔術を放ってくる。
最上位クラスの面々と模擬戦を繰り返してきたが故に身に付いたミームの癖。
それをルーシャは利用したのだ。
今のルーシャでは目で追うのが精いっぱい。
それでも左右どちらかであるなら対処も出来る。
横に跳び、直後こちらへと突き進んでくるミームめがけて杖を突きだす。
詠唱の途中で止め、後は魔術名を唱えるだけとなった魔術を放った。
「"ルエ・ブロウ"っ!」
「うそっ!?」
拳を突き出し突っ込んでくるミームに、ルーシャの魔術がさく裂した。
――――――――――
「やあっ!」
「はあっ!」
無詠唱で放たれる魔術が武舞台上で激突した。
フランが得意とする緑系統の魔術とルミニアが会得している黄系統の魔術。
入学してからも研鑽を重ね、無詠唱でありながらほぼ溜め無しで中級魔術を放てるようになった。
先ほどまでは双短剣と槍で打ち合っていた二人。
まるでこの一年間の研鑽を確認し合う様に、今度は距離を取り魔術での打ち合いを始めた。
「まだじゃっ!」
フランが使えるのは緑と赤。
緑は速度に優れ、不可視の刃はかわす事も出来ない。
赤は威力に優れ、赤々と燃え上がる矢は全てを穿ち灰と化す。
攻性魔術が多く、与えるダメージも大きい赤系統は決まれば一撃必殺。
「甘いですっ!」
そんな赤系統も、ルミニアが得意とする青系統の前ではその威力を焼失させる。
黄は防御に優れ、大地より生み出した壁は魔術のみならず全てから守ってくれる。
青は癒しに優れ、優れた使い手なら失った命すら蘇らせると言う。
魔術には相性がある。
ルミニアが身に付けた青と黄の系統は、フランが得意とする赤と緑に対し優位性を持っている。
生まれつきの適性に加え、フランが持ち得なかった青と黄を、そのフランを補う為身に付けたルミニア。
最初はその力をフランに向けるなど想像すらしていなかった。
だが、時には必要である事を今のルミニアは知ってる。
意図して身に付けた訳では無い、相反する適性も今はありがたい。
全力で戦うと誓った以上、相手がフランと言えど出し惜しみは無しである。
手加減などしようものならフランは必ず悲しむ。
拗ねてしまい、数日は口をきいてもらえないかも知れない。
付き合いの長いルミニアならフランのご機嫌を取る事など容易いとはいえ、敬愛する主君を悲しませる趣味など持っていない。
全力でぶつかるのがフランの望みなら、叶えてこその臣下だろう。
それに・・・。
こうして全力でぶつかり合える事がルミニアには嬉しかった。
幼い頃は病弱で、ベッドの上で本ばかり読んでいたルミニア。
たまに遊びに来てくれるフランの事が大好きで、ただ一緒に居られればそれで良かった。
そんなフランが自分のお見舞いに来た帰りに野盗に襲われ、行方不明になったと聞かされた時、ルミニアは初めて自身の体の弱さを恨んだ。
今日までずっと、フランを支える力を得る為頑張ってきた。
レキと言う素晴らしい男性に出会い、憧れ、目標にしてきた。
今、ルミニアはその全ての力をフランにぶつけている。
自分とは正反対だった元気なフランと、全力でぶつかり合う事が出来ている。
少しだけ、父たち武人が戦うのを好む理由が分かる気がした。
――――――――――
「あっぶなっ!」
「"黄にして希望と恵みを司りし大いなる土よ"」
直撃したはずのルーシャの魔術は、残念ながらミームにはさほどダメージを与える事が出来なかった。
ミームの魔術に対する防御力が、ルーシャの魔術のダメージを完全に防いだのだ。
魔力を流した小手を突き出していた為、体への直撃を避けられたのもダメージが低かった理由だろう。
「"我が意思のもと立ちはだかりしモノを穿け"」
元より一撃で倒せないのは分かっていた。
流石に全くダメージを与えられなかったのは予想外でも、ルーシャに油断は無い。
先程の魔術はあくまでけん制、少しでも距離が取れれば良かった。
一応は直撃した為、ミームが後ろに跳び下がったのだから十分過ぎる結果だ。
驚きつつも距離を取ったミームに対し、ルーシャは次の魔術の詠唱を既に始めていた。
獣人であり武術が得意なミームは、至近距離に入ればそこから怒涛に攻め立てる。
今のルーシャでは、ミームに攻撃をさばくなどまず不可能だ。
何よりもまず、今の初撃を潰しておかなければそのまま何もできないまま終わってしまいかねなかった。
「"エル・アロー"」
青系統の魔術は、こう言ってはなんだか攻撃には向かない。
元々癒しを司る系統であり、攻性魔術が無い訳では無いが威力は他系統より低めである。
広範囲に攻撃できるルエ・ウェイブなどもあるが、ミームにはまず通じないだろう。
威力を上げれば、石の壁を穿つ事だって出来るが、残念ながらルーシャにはそこまでの魔術は使えない。
ルエ・ブロウを選択したのは、使い慣れているからと言う理由と、当たると同時に破裂し多少なりとも視界を塞ぐ効果が期待できたから。
残念ながら、先の試合でファラスアルムが既に行っている為、ミームの視界を塞ぐ事は出来なかった。
それでも多少なりとも距離を稼ぐ事は出来た。
追撃の魔術を放つには十分だ。
ルーシャが使えるもう一つの系統、黄系統。
土や石に魔力で干渉、操作する魔術である。
上位系統になれば大地そのものに干渉する事も出来るが、ルーシャが出来るのは地面に干渉し、そこにある土や石を操作し固めて放つ事。
レキの様に何もない場所から土や石を生み出す事は出来ない。
その分黄系統は他の系統と違い物理的なダメージを与える事が出来る。
身体強化や小手に魔力を流し、魔術に対する防御力を上げたミームにだって通じるのだ。
武舞台は石でできている為、今のルーシャには少々荷が重い。
魔力を練り、広範囲に広げ、武舞台の周囲にある土を集めて矢の形に固めて放つ。
「あぶっ!」
黄系統中級魔術、エル・アロー。
土や石を用いて生み出した矢を放つ魔術。
上級者ともなれば何発もの矢を文字通り矢継ぎ早に放つ事が出来るが、今のルーシャでは精々十発程度。
それでもこれが今のルーシャに出来る最大の攻撃だった。
小手を前面に出し、ミームが珍しく完全に防御の体制を取った。
いつもならかわす一択だっただろう。
初撃を魔術で潰したのが功を奏した。
下手にかわせば追撃が来ると考えたようだ。
そもそもルーシャはファラスアルムと同じく戦闘は不得手である。
護身程度に武術を会得し、精霊に通じるからと魔術を習ってはいるが、彼女は元々学問に主体を置くライカウン学園の生徒。
編入して以降武術の鍛錬を怠ってはいないが、武闘祭が全員参加でなければ見学に回っていただろう。
そんなルーシャが全力で、勝つ為に用いる全てで挑んでいるのは、これまでレキや今戦っているミームにつけてもらった鍛錬の成果を見せる為。
そしてもう一つ、ルーシャが最上位クラスに相応しい実力を持っていると、周囲に、何より自分自身に知らしめるため。
最上位クラスに編入されたのはルーシャの実力であると、証明する為。
初めての武闘祭、くじに恵まれた事もありブロックの決勝まで進む事が出来た。
他クラスの生徒にも勝利した。
ルーシャの実力は疑いようのない物となったはず。
後は悔いが残らぬ様全力を出し切るだけ。
同じクラスの仲間であり、友人となったミームに自分の全力をぶつけるだけだ。
「いったぁ~・・・
でもっ!!」
「くっ!
"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」
「させないっ!!」
ミームの行動を読み切った上でのルエ・ブロウによる牽制と目くらまし。
次いで放たれたエル・アローは、ミームにもダメージを与える事が出来た。
だがそこまで。
ルーシャの魔術では、ミームを倒す事は叶わなかったようだ。
それでも追撃の手を休める事無く詠唱を始め、迫りくるミームに真正面から対峙する。
そして。
「それまでっ!
勝者、ミーム=ギ」
緑ブロックを制したのは、ミームだった。




