第493話:ルーシャの実力
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緑ブロックの第二試合。
こちらもある意味注目の試合である。
試合の内容ではなく、出場する選手が。
「上位クラス四番手、カタル=ザイン」
「はっ!」
先に出てきたのは上位クラスのカタル=ザイン。
昨年は一回戦でガージュ=デイルガに負けたとはいえ、それでも上位クラスで四番手に位置する彼の実力は本物。
「最上位クラス十番手、ルーシャ=イラー」
「はい」
対するは最上位クラスのルーシャ=イラー。
そう、彼女こそが注目を集めた理由だった。
ルーシャは今年、ライカウン学園からフロイオニア学園へ編入してきた生徒である。
編入制度は昔からあったが、利用された回数は驚くほど少ない。
各国にはその国や生徒達に合った学園がある為、他国の学園に行く理由が無いからだ。
武と狩りを重んじるプレーター学園には獣人が、魔術と魔力を重んじるフォレサージ学園には森人が、と言った風に。
わざわざ試験を受けてまで、他国の学園に編入したいと希望する生徒など、ここ数年現れなかった。
いや、フロイオニア学園にレキがいなければ、今年も編入制度が利用される事は無かっただろう。
レキがいるからフロイオニア学園に編入したい。
希望する生徒は驚くほど多く、対するフロイオニア学園の編入枠は僅か一人分。
そのたった一つの編入枠を勝ち取ったのがルーシャだ。
当然その成績は高く、彼女は見事レキのいる最上位クラスへと編入された。
滅多に現れない編入生。
それも誰もが希望する最上位クラスへと入ったルーシャは、当然の如く編入直後から注目の的。
称賛や羨望、好奇、嫉妬、更には憎悪など、様々な視線を浴びることになった。
自分を差し置いて何故あいつが。
そんな感情を抱くのは仕方のない事かも知れない。
最上位クラスには実力者が揃っている。
加えて二年生にはフランやルミニアと言った高位の貴族の子女までもが。
二年生への進級時、誰もが最上位クラス入りを希望し、努力し、叶わず涙をのんだ。
中でも、最も悔しい思いをしたのは上位クラスの一番手ミル=サーラだろう。
実力は最上位クラスに次ぎ、座学も優秀。
進級に合わせ、故国のマウントクラフ山国へと戻った元最上位クラス、ガド=クラマウント=ソドマイク。
彼の空いた枠を勝ち取るのはミルだろうと、誰もが考えていた。
その枠を他国の学生であるルーシャが勝ち取ってしまった。
誰もがミルの心情を慮り、それどころかミル様を差し置いて何故誰とも知らない奴がなどと、ミルを盾にするかのように自らの鬱憤を晴らそうとする者まで現れる始末。
もし、少しでもミルが不平不満を、嫉妬を漏らしていたなら、ミルを大義名分にルーシャと敵対する者が現れただろう。
幸い、ミルは最上位クラスに入れなかったのは己の実力不足である事を理解していた。
ルーシャが最上クラスに編入されたのは、彼女がそれだけ優秀だったからだと。
故に、不満はあれど納得し、羨望すれど嫉妬はしなかった。
来年こそは私がと、更なる皆の前で堂々と宣言して見せた。
そんなミルの言動があったからこそ、他の生徒もその矛を治めざるを得なかった。
フロイオニア学園は実力主義。
例え他国で一位だった生徒だろうと、編入試験の結果次第では下位クラスに編入される事もある。
ルーシャが最上位クラスに編入されたのは、それだけルーシャが優秀だったから。
その事を、外ならぬミルが理解していた。
それでもルーシャにあまり良くない感情を抱いてしまうのは仕方ない。
その際たる理由は、彼女の実力に対する懐疑的なものである。
最上位クラスの、特に女子生徒なら誰もが使える無詠唱魔術、それをルーシャが会得していない事。
加えて武術もさほど得意ではない事が、彼女が最上位クラスに相応しくないのではと思わせるもっともな理由だった。
ライカウン学園は元々武術は護身程度。
力を入れているのは座学であり、魔術も精霊学に通じるからと言う理由でそれなりに学んでいるが、実戦向きと言うほどでもない。
つまり、ルーシャが優秀なのは座学のみ。
実力は大した事は無いはず。
そう考え、ルーシャの実力を暴こうとする者もいたほど。
実際に行動に出なかったのは、フランやルミニア達が盾になったからか。
そもそも中庭での鍛錬は希望者のみで行われる事。
ルーシャは挑戦者としてレキと手合わせする事はあれど、カルク達の様に誰でも良い訳では無い。
そんなルーシャに強引に挑むのはマナー違反であると、ルミニア達が注意したのだ。
先日の野外演習でもルーシャはそれなりに活躍したのだが・・・。
彼女は後衛、支援を担当していた為その実力を訝しむ者は減っていない。
そんな中始まった武闘祭。
彼女の実力を見てやろうと緑ブロックに詰め寄る生徒の数は、レキのいる青ブロック、フランやルミニアの言る黄ブロックに次いで多かった。
――――――――――
「また最上位クラス・・・」
「えっと、大丈夫ですか」
ルーシャの初試合。
対戦相手であるカタル=ザインは、昨年も最上位クラスであるガージュと対戦し、初戦敗退している。
二年連続で最上位クラスの生徒と初戦で戦う事になり、己のくじ運の無さに嘆いていた。
「いえ、いいのです。
自分のくじ運の無さを嘆いていただけで」
「そうですか。
でも私は・・・」
カタルは影こそ薄いが上位クラスの四番手、その実力は決して低くはない。
武術もそれなり、魔術も不得手としておらず、総合力ならトップクラス。
実際、模擬戦ではミルやライとも良い勝負をしている。
恐らく、実力ならルーシャとも互角。
ただ、ルーシャはこれまで中庭での鍛錬で他クラスの生徒とまともに戦った事が無く、もっぱらレキと手合わせばかりしていた。
ただでさえ未知な彼女の実力を、最上位クラスと言う肩書が必要以上に高く見積もらせたようだ。
「今年こそは勝って見せます」
「私も負けるわけには行きません」
相手の実力が未知なのはお互い様。
ルーシャとてこの学園に来て間もない。
中庭での鍛錬もレキとばかり行い、他クラスの生徒の様子はあまり見てこなかった。
武術は護身程度、魔術も無詠唱には至っていない。
最上位クラスに入れたのは座学が優秀だったからで、実力は最上位クラスの中で最も低い。
上位クラスの生徒だろうと苦戦は免れないだろう、と言うのが彼女の己の実力を客観的に見た時の評価だ。
元々影が薄く、目だった活躍をしてこなかったカタル。
ここへきてくじ運の悪さも露呈したが、それでも初戦突破を目指し全力で挑む。
実力ではなく座学が認められた結果とはいえ最上位クラスである事に変わりはなく、故にその肩書に恥じない試合を行わなければならない。
簡単に負けるようでは今日まで鍛錬を付けてくれたレキや、魔術の授業でいろいろ教えてくれたルミニア達に申し訳が立たない。
何より、ルーシャは彼女は周囲の自分に向けられる感情に気付いている。
最上位クラスに入れたのは座学が優秀だったからだが、ある意味ミル達が武術や魔術の鍛錬を行っていた時も座学に費やしてきたからとも言える。
学園が違ったのだから仕方ない事とは言え、あんなにも毎日中庭で鍛錬しているミル達に申し訳ないという気持ちが無いとは言えない。
それを物色する為には、彼女の実力が、座学以外の実力も最上位クラスに相応しいと示す必要がある。
武闘祭はは自分が最上位クラスに相応しい生徒である事を証明する為のもの。
故に、ルーシャもまた全力で挑む必要があった。
「では、始めっ!」
「行きますっ!
"黄にして希望と恵みを司る大いなる土よ・・・"」
「・・・はあっ!」
「なにっ!」
後衛であるカタルは初手から魔術を選んだ。
ルーシャも後衛である事は、先の野外演習で分かっている。
無詠唱魔術が使えない事もだ。
ならばこの試合は魔術の打ち合いになるはず。
ルーシャの魔術の腕は分からないが、分からないからこそ今できる最善の手をカタルは選んだのだが・・・。
後衛であるはずのルーシャは、そんなカタルの作戦を呼んでいたかのように前に出た。
身体強化を施したうえで、手にした杖を槍の様に構え真っ直ぐ突いてくる。
護身程度にしか身に付けていないはず。
そう聞いていたルーシャの杖術は、カタルの予想を遥かに上回る鋭さを持っていた。
「がはっ!
・・・くっ!」
「まだですっ!
"黄にして希望と恵みを司る大いなる土よ・・・」
ルーシャの杖がカタルを捉えた。
槍ほど鋭くはなく、またルミニアほどの技量も無いルーシャの突きは、残念ながらカタルをダウンさせる事は出来なかった。
それはルーシャも把握済み。
伊達にレキ達と手合わせを行っていない。
自分程度の一撃で倒せるなど、始めから考えてもいなかった。
「"エル・ブロウ"っ!」
相手が体勢を立て直す前に、杖を突いたその構えのままに魔術を放つ。
身体強化と同時に練っていた魔力で、ルミニア達との鍛錬で以前より早くなった詠唱を素早く終え、起き上がったカタルに土の塊が直撃し、破裂した。
「ぐふぅ!!」
「それまでっ!
勝者、ルーシャ=イラー」
緑ブロック第二試合。
ライカウン教国からフロイオニア学園の最上位クラスに編入したルーシャ=イラーが、その実力を見事に示した。




