第464話:二年目の学園
中庭での鍛錬中にレキが囲まれる事は常だった。
カルクやミームを筆頭に、レキとの手合わせや模擬戦、更には稽古を望む者が列を無し、時にはレキ対複数人での手合わせすら行う事もあった。
誰もがレキとの対戦を望み、中庭でのいつもの光景だった。
それは今も変わらない。
だが、最近ではレキを囲うのは女子ばかりで、それも手合わせや模擬戦を望むわけでは無く、単純にレキとお話ししようと囲っているに過ぎない。
中庭でどう過ごそうかは自由で、何も鍛錬しない者は中庭に出て行けないなどと言う規則も無い。
鍛錬する生徒、それを見る生徒、中庭のテーブルで優雅にお茶を楽しむ者。
中庭は交流の場であり、どのように過ごすかは生徒達の自由である。
だから、レキを囲みおしゃべりに興じるのも自由。
そして、レキが誰とおしゃべりするかも自由である。
レキを囲う女子達の中には、レキと選択授業が同じ女子生徒も多い。
いや、選択授業で一緒になったから、と言う理由でおしゃべりをしていると言うべきか。
昨年までは名も知らぬ女子と仲良くする様子に、珍しくもフランが頬を膨らませる。
王族であるが故に帝王学という授業はどうしても避けられず、レキとはどうしても別々になってしまう。
他の魔物学と地理学では一緒とは言え、自分の知らないところで知らない誰かと仲良く授業を受け、そして仲良くなったのだろう女子と笑顔で話すレキに、良く分からないモヤモヤを抱くフラン。
「自分以外の女子と話をするな!」などと狭量な事は言いたくないし言うつもりは無い。
フランは何もレキを独占したい訳では無い。
ただ、レキが誰かと一緒に居る時は、自分も傍にいたい。
レキがどこかに行くなら、自分も一緒に居なければ嫌なのだ。
独占と言うより依存に近いのかも知れない。
魔の森で窮地を救われて以降、ずっと一緒に居た家族同然の少年。
その少年が遠くへ行ってしまう気がして、フランの中に得も言われぬ不安が生じていた。
――――――――――
そんなフランの心中も知らず、今日も今日とでレキは中庭で剣を振るう。
レキの朝はまず自己鍛錬から始まる。
誰よりも早く目覚めるレキは、鍛錬着に着替えて部屋を飛び出し、中庭で王宮から持ってきた魔銀の剣を振るう。
素振りや剣技の練習は木剣より真剣を使うべきだとミリスからも言われている。
剣は振れば振っただけ己と一体になっていく。
剣士の中には、それこそ眠っている間もずっと剣を握っている者すらいる。
レキはそこまで剣に固執しているわけでは無く、そもそも双剣である為剣を握っていては食事もままならない。
その分、個人での鍛錬中は木剣や模擬剣ではなく自分の剣を使う様にしている。
レキの鍛錬を剣舞と称した者がいた。
朝日の中、一心不乱に剣を振るうレキ。
両の手に持つ魔銀の剣が日の光を反射し、レキの体をも黄金に染め上げる。
それは神話の一節か。
ライカウン教国の者達がレキを光の精霊の申し子と称した。
それはレキの持つ黄金の魔力が、神話にある創生神や精霊を彷彿とさせるから。
今のレキは魔力を放っているわけでは無い。
それでも全身を日の光に照らされ、反射し、辺り一帯を輝かしいまでに染め上げるレキの姿は、まさに精霊の申し子だった。
その姿を見て魅了されない者はいないだろう。
レキの姿を一目見ようと早起きしたルーシャが感涙に膝をつき、フランの身支度を行うまでのわずかな間見学に出てきたルミニアとユミが頬を赤く染める。
普段はレキの黄金の魔力に感激し意識を失うファラスアルムも、魔力を用いていないおかげでただうっとりとするにとどまり、鍛錬に参加する為起きてきたミームがぽ~っとレキを見つめ続ける。
野外演習前はいつにもましてやる気に満ちていたミルも、野外演習後は何故か黙って見続けるようになった。
レキとお近づきになろうと頑張って早起きしてきた女子生徒達は、普段のレキとの違いに胸をときめかせた。
中庭では、しばらくの間レキの剣を振るう風切り音だけが鳴り響いていた。
結局、レキの剣舞は同じく鍛錬に参加すべく起きてきたカルクがレキに声をかけるまで続いた。
そして、何故かカルクは女子生徒達から「余計な事を」と言う視線を受け続けたそうだ。
朝食までの時間、一人での鍛錬を終えたレキはカルクやミーム達と手合わせを行う。
時間に余裕があれば何度も剣を交えるが、朝食まであまり時間が無い為人が増えればそれだけ一人一人との手合わせの時間は減ってしまう。
それが嫌で早起きしたミームだが、レキの剣舞を見るのもまた鍛錬だと誰に対する言い訳か分からない事を言いつつ、それでも嬉しそうにレキに挑んでは大の字になって寝転がった。
やがてガージュやユーリ、他クラスの面々が起床し、フランがルミニアとユミを伴い中庭へ出てきて早朝鍛錬の時間は終了となった。
早朝鍛錬の後は朝食。
二年生ともなれば寮の食事にも慣れ、入学当初のような感動は無い。
それでも王宮が手配してくれた料理人の腕は素晴らしく、生徒がしっかりと勉強できるよう量も栄養もばっちりで、一年経ってもレキ達の舌と腹を満たしてくれる。
何より、入学してしばらくの間はクラスごとに固まってとっていた食事も、今ではクラスに関係なくとるようになった。
選択授業で一緒になった生徒同士が一緒に食事をとる事も多く、あるいは先ほどまで行われていた早朝鍛錬のいわゆる反省会を行っている生徒もいる。
中庭同様、ここでも生徒同士の交流は活発なのだ。
食事を終え、レキ達はいつも通り仲良く学舎へと向かう。
学舎は他クラスも共通だが教室は異なる。
入り口まで一緒に歩いていた生徒達は、いったん分かれそれぞれの教室へと入っていった。
最初は座学。
その後、武術、魔術の授業を終え、最後は他クラスの生徒が入り混じる選択授業。
本日レキが受ける授業が植物学である。
最上位クラスから同じ教室で一緒に授業を受けるのはユミとファラスアルム。
加えて、カルクとミームも植物学は同じ教室である。
フロイオニア学園は実力主義だ。
授業は常に同じくらいの成績の者が集まって行われる為、座学の成績次第では同じクラスでも別の教室になる事もある。
座学の成績が芳しくないカルクとミームは、希望者の多い魔物学では残念ながらレキ達と同じ教室でとはいかなかった。
幸い、植物学は希望者が少ない為、成績が離れている二人もレキ達と同じ教室で受ける事が出来るようだ。
じゃあ後でと言ってフラン達と別れたレキは、四人仲良く植物学の授業が行われる教室へと向かう。
途中、上位クラスのミルと合流し、教室に入ったレキはそこで他クラスの生徒とも気安く挨拶を交わす。
植物学は正直あまり人気の無い授業だが、将来冒険者になるなら必須と言っても良い。
低ランクの冒険者はまず薬草採取から始めるからだ。
街の外へ行き、薬草の群生地まで魔物を警戒しながら移動。
おざなりにならないよう集中しつつも、周囲への警戒を怠ってはならない。
程度が悪ければ報酬は下がり、必要数に満たなければやはり下がる。
そう言った基本的な依頼を覚える為、低ランクの冒険者は採取系から始めるのである。
何より大切なのは薬草の知識。
どのような場所に生えるのか、効率よく採取する為の知識は経験を通して覚えることもあるが、他者から教わる事も多い。
そう言った知識を、レキ達は学園で学ぶのだ。
もちろん冒険者を目指していない他の生徒には必要のない授業であるし、なんなら冒険者になった後に実地で学んでも良い。
毒草など覚えておいて損の無い知識も確かにあるが、そんなものを採取し摂取する等よほどの野生児くらい。
レキですら、森に生えている得体のしれない植物を直接食べた事は無い。
あるのはせいぜい、魔の森の小屋の裏手で育てられていた野菜(猛毒)くらいだ。
一般的な薬草や毒消し草など、見た事のある植物についても学ぶが、必要なら採取するのではなく店で購入すれば良い。
最低限の種類だけ覚えておけば良く、授業でわざわざ習う必要は無い。
商人、あるいは薬草などの群生地のある領地に生まれた子供なら覚えて損はないが卒業後に覚えることも出来るだろう。
将来の為、必要な知識を選び受けるのが選択授業なのだ。
レキはもちろん将来の為。
カルクとミームもそれは同じで、三人は冒険者になる為に選んでいる。
ユミは故郷の村の近くに薬草の生える森があるから。
ファラスアルムは森人としての興味と、薬草などの知識があれば皆の役に立てるからと言う理由である。
「ミルはなんで?」
「騎士団が遠征する際、自生している薬草などのお世話になる事があるとミリス様に教わったのです」
「そうなの?」
「うん」
子爵家の子女でありながら騎士を目指すミルなども、将来の為にと植物学を選択している一人だ。
どんな知識とて学んで損はないが、確実に役に立つと分かっているなら選択しない理由は無い。
ただ、中には何となくで選んだ者もいれば、ただ植物が好きなだけという理由で選んだ生徒もいる。
中には、授業の内容に関係なく仲の良い生徒と同じ授業を受ける為に選んだ生徒もいる。
あるいは意中の生徒と同じ・・・と言う者もだ。
二年目の学園では、そういう昨年とは少しばかり様子の違う交流も行われているらしい。




