第460話:彼等はまだ学生である
「いや、流石は最上位クラスと言ったところでしょうか?」
「ええ、個々の練度も高いですが、何よりまとまりが良い」
「ルミニア=イオシスはあの年齢で十分過ぎるほどの視野を持っているな」
「ガージュ=デイルガの指揮も侮れん。
仲間の技量を把握し適所に当てている」
「・・・ふっ」
学園の敷地内にある教師達の部屋。
所謂教官室では、先日の野外演習についての話し合いがもたれていた。
今年の野外演習の目的はゴブリン討伐。
と言うのは生徒達に知らされている目的であるが、昨年同様もう一つ目的があったりする。
「なんにせよ他クラスとの実力差がこれでもかと現れましたね」
「ええ、特に撤退時の戦闘は」
「ほぼ最上位クラスにまかせっきりだったな」
「全く不甲斐ない」
二年生全体で行われた野外演習。
森からの撤退時は全員で協力する必要があった。
必然的に他のクラスとも力を合わせて戦い乗り切る必要が生まれる。
そこではどうしても、他クラスとの実力差が生まれてしまう。
つまり、今年の野外演習の裏の目的は、他クラスと比較し自分達の今の実力を知る事。
最上位クラスが優秀である事は誰もが分かっている。
武闘祭で剣を交えた者、中庭での鍛錬で手合わせした者はそれこそ身に染みているだろう。
レキやルミニア達と比較し、自分はまだまだだと思い知らされるものは多いが、それはあくまで試合での話。
実戦でどれだけ動けるか、活躍できるかと言うのは実力だけでは測れない。
特にチームで戦う場合、試合ならミスしても負けるだけで終わるが、実戦でのミスは全員の死に繋がる。
ミスをするなという話では無い。
個人のミスをどれだけフォローできるかという話だ。
それは仲間との連携であり、指揮官の能力であり、何よりも仲間同士の信頼関係が必要である。
誰かのミスで戦線が破綻した場合にどうするか。
指揮官が立て直せればそれで良し、仲間が的確にフォロー出来ればなお良しだ。
逆に、仲間を置いて逃げ出すような者が出れば・・・最悪壊滅すらあり得る。
今回の野外演習。
最上位クラスは前日の討伐に置いて引き際を見逃さず、余裕をもって演習を終えた。
にもかかわらず他クラスと同じかそれ以上の戦果を上げている。
しかも、話によれば極力レキの手を煩わせなかったと言うのだから、最上位クラスの実力の高さが良く分かる。
そして、翌日の撤退戦。
ルミニアを総指揮官に、ガージュを副指揮官に据えて行われた戦闘では、他クラスの者達をも指揮しながら最後まで戦い抜いた。
生徒達を守り抜いたのではなく、他クラスの生徒にもしっかりと指示を出し、連携しながら戦ったのだ。
チームを小隊とするなら二年生全体は大隊になる。
それほどの人数に対し、ルミニアは総指揮官として指揮を執った。
「二年生にしてあの指揮能力。
流石はイオシス公爵家のご息女。
才女の名も頷けますな」
そんなルミニアの陰に隠れてはいるが、ガージュもまた十分すぎるほど活躍して見せた。
彼は、口こそ悪いが仲間の技量をしっかりと把握し、的確に配置した上で戦闘を任せている。
技量を知らない他クラスに関しても、仲間の邪魔にならぬ様配慮しながら遠距離攻撃に徹底させてもいた。
森での戦いで避けるべきは乱戦である。
視界を塞ぐ木々が乱立する場所では思う様に立ち回る事が出来ず、下手すれば仲間同士傷つけあうような事にもなってしまう。
特に魔術や弓矢を放つ場合、木々の隙間から目標を見定め、タイミングを合わせて放たなければ敵を追う仲間にこそ当たってしまいかねないのだ。
それを避ける為にも、遠距離攻撃の使い手は指揮官の指示に合わせて戦うのが良いとされている。
それが分かっていたのか、あるいはただカルク達前衛の邪魔になるのを避ける為か、ルミニアもガージュも魔術士に関してはあくまで援護のみに徹底させていた。
もちろんルミニアやガージュ以外の生徒も活躍した。
新参であるルーシャも、魔術による援護で前衛を支え続けていた。
何よりルーシャも、他の最上位クラスの生徒同様最後まで他クラスを守りながら戦い続けている。
元々例年に無く優秀だと言われていた今年の最上位クラスは、ここへきてその評価を更に上げた。
そんな最上位クラスと比較してしまえば、他クラスがかすんでしまうのも仕方のない事。
例年より優秀なのは他クラスも同じで、おそらくはレキ達と行っている中庭での鍛錬の成果なのだろうが、それでもレキ達に比べればいくらか心もとない。
前日の戦闘ではどのクラスも数匹のゴブリンを倒している。
下位クラスとて、苦戦しつつも何とか勝利を収めているのだ。
上位クラスに至っては、数だけなら最上位クラスに匹敵しているほど。
ただ、おそらくはそんな最上位クラスを意識したのだろう、気がはやりペース配分を見誤っている様にも思えた。
ゴブリンを倒せとは言っても殲滅しろとは言っていない。
最上位クラスの様に、適当なところで切り上げるべきだった。
ただでさえ数多くのゴブリンがいる森の中、体力の限界まで戦ってしまえばその場を離脱する前に更なるゴブリンに囲まれてしまう。
今回はあくまで学園の演習であり、各チームには王宮騎士団の護衛が付いていたからまだ良かった。
だが、これが騎士団の任務や冒険者が受けた依頼であったなら、最悪誰も生きて帰れなかったかも知れないのだ。
もちろん生徒達にそこまで求めるのは酷だろう。
だが、最上位クラスが出来てしまっている以上、否が応でも比較せざるを得ないのである。
「功を焦るのはあの年の子供なら仕方ないとはいえ・・・」
「せめて己の実力くらいは把握してもらわねば」
「全く不甲斐ない」
加えて翌日のライ=ジの単独行動と、彼に追従してしまった中位クラスの生徒達。
これには厳しい評価を付けざるを得なかった。
二年生全員で戦っていた場所から一人で離脱し深追い。
その結果自分のみならず後についてきた生徒達をも危険にさらした。
勝手についてきたとはいえ、ライ=ジがあのような行動をとらなければついてなど行かなかっただろう。
今回の目的が殲滅ではない以上、そもそも深追いする必要は無かったのだ。
にもかかわらず、自己の勝手な判断で全体から離脱、あげくゴブリンに囲まれ窮地に陥った。
ある程度は撃退しているとは言え、実力不足や判断力不足、自己認識不足と言うのがライ=ジの評価だった。
ライ=ジも一応、最後には仲間の為にとは言えプライドを捨てて助けを求めている。
嫌でも思い知った事だろう。
元々才能はある。
獣人である為身体能力は高く、武術に関しては上位クラスでも二位に位置している。
足りないのは自分の実力を正しく知る事と弱い自分を認める事。
仲間と協力できるようになればなお良し。
助けを求めるのではなく、助け合えるようになる事が今のライ=ジの課題だ。
そうすれば、今回のような独断専行も無くなるはずである。
ライ=ジの他にも大きく評価を落とした生徒はいる。
言わずもがなライ=ジに着いて行った生徒達だ。
聞けば、彼等もまた功を焦り、更にはライ=ジについて行けばおこぼれに預かれるだろうという自分勝手な理由で隊を離脱したそうだ。
ライ=ジが窮地に立ったのは彼等が原因でもある。
何より評価を落としたのは、ライ=ジがゴブリンに囲まれた際、彼等は援護すらしなかった点にあった。
隊の仲間を窮地に立たせたあげく見捨てた。
騎士団なら重罪である。
「・・・どうするべきか」
野外演習での評価は最低。
下位クラスには五人で一匹しか倒せなかったチームもいるが、彼等の評価はその更に下。
一応、彼等は前日数匹のゴブリンを仕留めているそうだが、その戦術もあまり評価に値しないものだった。
二~三匹のゴブリンを五人で囲み、ただ我武者羅に攻撃を仕掛けただけ。
近距離で詠唱魔術を放ったり、仲間が食いつかれている隙に攻撃したりと。
連携などまるでない戦いだった。
「下位クラスに落としても良いくらいなのだがな」
「座学の成績は?」
「貴族の出ですのでそれなりには」
「魔術は」
「使えなくもない、と言ったところだ」
これが試験であれば、彼等は下位のクラスに降格だっただろう。
だが、フロイオニア学園でのクラスの見直しは年度末にしか行われない。
加えて最も評価されるのは座学であり、武術や魔術はある程度できれば問題視されないのだ。
もちろん武闘祭などの成績や内容は加味されるし、普段の授業も評価の対象ではある。
今回の野外演習だって、実力やチームワークなど評価すべき点は多い。
それでも野外演習で失態を犯したからと言って、即降格させるわけには行かなかった。
「一先ずは厳重注意と反省文だ」
「ついでに魔物学の補修でも受けさせるか」
「それが良いでしょう」
「全く不甲斐ない」
そもそも彼等はまだ子供。
失敗する事もある。
内容はさすがに看過できないものだったが、被害が軽微なのが幸いした。
負傷は魔術で癒され、死者は出ていない。
これなら強いお説教と反省文、課題の追加で許される範囲である。
後は本人たちがしっかりと反省してくれれば言う事は無い。
――――――――――
素直に反省するような生徒なら、初めからあんな行動などとらなかった。
「くそっ」
「サ、サマク・・・」
野外演習終了後、二日間の休暇の後に中位クラスのサマク=ダーガとその仲間達は教師からの呼び出しを受けた。
厳重注意され、野外演習のレポートとは別に反省文の提出を申し渡され、サマクはすっかり不貞腐れていた。
「それもこれもライ=ジが不甲斐ないからだ。
上位クラスの癖に役に立たん獣人だ」
「お、おい・・・」
なお、そのライもサマク達同様呼び出しを受けている。
もちろん野外演習での単独行動を咎める為だ。
普段からは想像できないほどにしおらしくお説教を受けていたライに最初は訝しんでいた教師達も、心から反省しているようだと納得した。
二日間の休暇中、初日は疲労もあったのか部屋でおとなしくしていたライは、翌日には中庭での鍛錬を再開した。
見ていた生徒曰く、今までにないほどの気合と気迫を感じたそうだ。
何時もの様にレキやミームに突っかかる事も無く、朝からずっと斧を振っていたライ。
その様子も聞き及んでいた為、よほど堪えたのだろうと考えたのである。
実際、ライの心は今までにないほどに打ちのめされていた。
実力不足に加え、自分のせいで仲間を危険にさらした事、そんな仲間を置いて自分だけがその場を去らなければならなかった事。
いくら助けを呼ぶ為だとは言え、戦っている仲間を、それも自分の危機に駆け付けてくれた仲間を置いて行く辛さや不甲斐なさ。
試合で負けるより、あるいは死ぬより辛い経験をしたライは、野外演習が終わってもまるで別人のようにおとなしくしおらしかったそうだ。
そんなライと違い、反省も後悔も打ちのめされてもいないサマク。
戦闘はライに押し付け、彼が窮地の時にもただ見ていただけ、そんなライ共々助けに来てくれたミル達にも「もっと早く助けに来い」と心の中で悪態すらついていたほど。
流石にレキがやって来た時には居心地悪そうにしていたが、それが何もせずただ助けられた事に対するものか、あるいはレキ個人に対するものかは分からない。
演習終了後の二日間の休暇は寮の部屋に引きこもり、元気になったと思ったら悪態を吐く。
分かり易い責任転嫁であった。
「大体今回の演習はゴブリンの討伐だろう?
だったら一か所に固まらず僕達の様に分散すべきだったんだ。
もっと人数がいれば、僕達だってもっと戦えたはずなんだ」
「し、しかし・・・」
因みに、先ほどから悪態を吐き続けているのはサマクだけだった。
他の生徒達は反省しているらしく、先ほどからサマクの吐く言葉に不快感を示す者すらいた。
「ルミニア=イオシスの戦術も甘かった。
あれでは最上位クラス以外の生徒はただ守られるだけではないか」
とは言えサマク以外の全員が反省しているわけでは無い。
それどころか、とある生徒はサマクとは別にルミニア達を批判すらし始めた。
彼はサマクと同じ中位クラスの生徒である。
野外演習中は別のチームであったが、普段は何かとサマク達と一緒にいる事も多い生徒だ。
「レキがいれば大丈夫だと?
レキなんぞに頼る時点でまず間違っているんだ」
「お、おおそうだ」
彼もまた、レキに対し良い感情を抱いていなかった。
むしろ恨んですらいた。
「あんな平民、しかも森で暮らしていたと言うではないか」
「それも魔の森だぞ?
魔物と共に暮らすなど森人でもやらんぞ」
魔の森で生きるしかなかったレキの事情も知らず、本人がいないからと好き勝手語る両名。
サマクは入学試験での事を今も根に持ち、もう一人は王宮で無謀にもレキに挑み敗退したあげく、父親から危うく勘当されそうになった事に恨みを抱いていた。
どちらもただの逆恨み。
それでも彼等は全ての原因がレキにあると考え、自分達が中位クラスなのも父親から冷遇されるようになったのも全てはレキがいたからだと考えていた。
「少しくらいフラン王女と仲が良いからと言って・・・」
「ルミニア様とあんなに親しそうに・・・」
平民でありながら王族であるフランと公爵家の子女であるルミニアと親しく、慕われてすらいるレキ。
他にも同じクラスの女子であるユミ、ミーム、ファラスアルムからも好意を抱かれ、最近ではルーシャ=イラーやミル=サーラとも親しいと聞く。
「あんな女のような顔をした奴がなんで・・・」
「少しくらい強いからと言って・・・」
この一年で身長もだいぶ伸びたレキだが、それでも男子の中では比較的小柄であった。
顔立ちも成長と共に男の子らしくなってはいるものの、母親似なのだろう女子と見間違われる事がある。
女子の服を着ていたなら違和感を感じない程度には、レキは女の子顔であった。
別に女の子に見えるからと言って悪い事は何もない。
むしろレキの実力は容姿からは判断できないという事でもあり、フランやルミニアの護衛をする上ではちょうど良かったりするのだが・・・レキ本人はあまり良く思っていなかった。
「毎日毎日女子といちゃいちゃしやがって・・・」
「先日だって女子達と一緒に出掛けたと言うではないか・・・」
野外演習後の休暇、最上位クラスの男子達はレキを除いてそれぞれ寮で過ごした。
カルクは鍛錬、ユーリは部屋で野外演習中の行動を振り返り、ガージュはとある女子と一緒に反省会を行った。
そういう意味ではガージュも羨む対象なのだろうが、知らない以上その対象はレキ一人に絞られていた。
まあ、王族であるフラン、公爵家の子女であるルミニアに加え、ユミ、ミーム、ファラスアルム、ルーシャと誰もがその容姿においても最上位な女子に囲まれたレキを羨むのは、このくらいの年頃の男子なら仕方のない事かも知れない。
例えレキがフラン達の護衛を兼ねているとしてもだ。
仮に護衛で無くともレキはフランと一緒に居るだろうし、他の女子達もレキと一緒に居る事を望んでいる以上、レキが嫉妬の対象になるのは避けられなかった。
「最近ではミル=サーラも・・・」
「他のクラスの女子だって・・・」
女顔とは言え整っている容姿に温厚な性格。
実力は随一で昨年の大武闘祭優勝者。
最上位クラスに所属し、貴族平民分け隔てなく接し、朝夕の中庭での鍛錬では時に指導すらしてくれる。
はっきり言ってレキの人気は二年生の中でも相当に高く、そんなレキに憧れる生徒もまた多い。
どちらかと言えば男子からの人気が高いのだが、彼等には関係ないのだろう。
何より気に入らないのは、レキの周りにいる女子が皆容姿に優れている点だろう。
フランやルミニアと言った爵位の高い者もいれば他種族の女子もいる。
年頃の男子が嫉妬を抱くのも無理はない。
彼等は貴族の子供。
幼少の頃よりその手の教育は受けており、学園に入ったのも将来を見据えての事。
つまりは家同士の繋がりを持つ為であり、その際たるものは婚姻である。
早い話が将来の伴侶を探す為。
入学当初は異性にも婚姻にも興味の無かった彼等も、一年もの間女子のいる生活を送れば多少なりとも意識もする。
加えてレキとその周囲の女子の仲睦まじい(?)様子を毎日のように見せられれば、羨む気持ちと共にいつかは自分もと考えるのは仕方ない。
今のところ彼等に意中の相手はおらず、残念なことに彼等を慕う女子も今のところ現れていないが。
故に夢想してしまうのだろう。
もし自分がレキだったらと・・・。
魅力的な異性に囲まれ、武闘祭や大武闘祭で大活躍。
先の野外演習でも皆を背に大活躍、はぐれた仲間の窮地に颯爽と駆け付け救出した。
仲の良い友人に囲まれ、他クラスの生徒からも敬意を抱かれ、他国にもその名を轟かしている。
フロイオニアの英雄。
それがレキと言う生徒であり、容姿はともかくとして男子が憧れるには十分である。
その分憧れを抱けない者からすれば、レキは嫉妬の対象であり邪魔者でしかなかった。
例えレキがいなくなったとしても、彼等がレキの立場に成り代われるはずも無いのだが。
ルーシャ=イラーが学園に編入してこなければ自分が上位のクラスに上がれたはずだと勘違いするように、レキがいなければ自分がフロイオニアの英雄になれたはずだと妄想する。
英雄願望では無くただの嫉妬。
それが今、彼等の抱く感情の正体であった。
「レキに勝てば・・・」
「どんな手を使っても・・・」
「「「「うわぁ・・・」」」」
そんな二人を、仲間達が若干距離を取りつつ見ていた。




