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黄金の双剣士  作者: ひろよし
二十三章:学園~二度目の野外演習~ 後編
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第452話:騎士の様に・・・

「大丈夫?」

「・・・」


戦場で呆けるなど騎士として失格。


まだ学生のミル=サーラではあるが、騎士を目指している以上このような場所で呆けるなどあってはならない。

いくら戦闘がいつの間にか終わっているとはいえ、ミル達のいる森にはまだ多くのゴブリンがいるはずなのだ。


とは言え、一先ず窮地は脱したと言ってよいだろう。

ミル達の周囲にいたゴブリン共は、レキは一匹残らずぶっ飛ばしたからだ。


「お~い」

「・・・はっ!?」


いまだ呆然とするミルに対し、レキが彼女の目の前で手を振ったり軽く頬をつついたりする。

このような状態に陥る女の子と言うのは意外と多く、特にレキの周囲には顕著である。

特に窮地を救われた女の子は、目の前の現実がなかなか受け入れられないのだろう。

助かった事に対する安堵すら感じる事無く、ただただ茫然としてしまいがちなのだ。


以前はルミニアが、今もファラスアルムやルーシャが良くなる。


ファラスアルムやルーシャと違い、ミルの意識は一応保たれている。

呆然としてはいても両の足で立っているし、武器だって手放していない。

ファラスアルムなら遠慮なく意識を失い、ルーシャなら我を忘れて一心に祈っていたところだ。


流石は騎士志望の少女。

まあ、ただ目の前の状況について行けず固まっているだけなのだろうが。


一応の窮地は脱したとはいえまだまだ気は抜けない。

いつまた周囲にゴブリンが迫ってくるか分からない以上、少しでも早くこの場所を離脱すべきだ。


「えっと、レキ様?」

「うん」

「な、なぜここに?」

「ライに頼まれたから」

「レキ様が?」

「うん!」


ライに任せた援軍要請は無事果たされた。

レキが来るとは思っていなかったようだが。


レキは現二年生最強。

レキがいるのといないのとでは、戦力や安全面に関して天と地ほども差がある。

そんなレキが自分達を救いに来てくれた事が信じられず、思わず聞いてしまうミルである。


レキとライの仲はあまり良くない

ライが一方的にライバル心を抱いているだけだが、中庭での鍛錬でもライがレキと手合わせする事は稀だ。

おそらく、ライの中でレキはミームを取り合う恋敵のような存在なのだろう。

レキにはそんなつもりは無い・・・正確にはそういった感情がまだ芽生えていないので、ライの一方的な感情である。


ついでに言えば、ミームはレキを意識してはいるがライは眼中にすらなく、おそらくはライの想いが叶う事は無いのだろうが。


「レキ殿、危ないところをありがとうございました。

 正直レキ殿が来て下さらなければ危うかったでしょう」

「そう?

 ヤック達なら大丈夫だったと思うよ」

「ははっ、それは買い被りと言う物ですよ」

「そっかな~」


いまだ状況について行けないミルに代わり、指揮を担当していたヤックが改めて礼を述べる。

ライを救援要請に派遣したのはヤックだが、まさかレキが来るとは思ってもいなかった。

最上位クラスの誰かが来るとすら思わず、来るなら精々上位クラスの面々だろうと。


レキはフラン王女の護衛でありルミニア達とも懇意にしている。

何より、レキが抜けてしまえばフラン達が窮地に陥るかも知れないのだ。


そんな彼女達を放ってまで駆け付けてくれた。

自分達を助けに来てくれたのだ。


確かにもうしばらくは持ちこたえられたかもしれない。

それでも駆け付けてくれたレキに、ヤックは心から感謝した。


「それにしても・・・」


ヤック以外の上位クラスの仲間からも次々にお礼を言われ、レキが戦場であるにもかかわらず照れている。

そんなレキ達を微笑ましそうに見つつ、ヤックは改めて状況を確認した。


つい先ほどまで、ここには多くのゴブリンがいた。

ヤック達が足を止め戦い始めたからだろう、周囲のゴブリンまでもがこの場に集まりだしていたのだ。

その数は目算でも二十を超えていただろう。

森の中、孤立していたヤック達はゴブリンの群れにすっかり囲まれてしまっていた。


群れで行動するゴブリンは、その数に対して知恵はそれほど発達しておらず、獲物を囲った後は連携も無く次から次へと襲い掛かってくる。

連携して襲ってくるフォレストウルフほどの脅威は無いとはいえ、今のヤック達には十分手ごわい相手だった。


ただ我武者羅に襲い掛かってくるだけとはいえ、それを楽に追い返せるのはゴブリンを瞬殺できる実力の持ち主だけだろう。


一匹を相手にしている間にもう一匹が横から飛び掛かってくる。

一撃で切り伏せる事が出来ず、剣を持っていかれれば即座に次のゴブリンが飛びついてくる。

そうして剣を、盾を、両腕両足を取られ、地に倒され食われてしまう。

ヤック達が背中合わせに戦っていたのも、仲間の死角を仲間同士で補う為だ。


一人でも崩れればそこで終わっていた。

上位クラス最強の生徒であるミルは、中位クラスの生徒をその背に守りながら戦っていた。

後衛の生徒だっている。

ゴブリンに囲まれた状態で満足に戦えるほど、今のヤック達は強くない。

実戦、魔物の討伐だって昨日が初めて。


あと少しレキが来るのが遅ければ・・・。


「これがフロイオニア王国の英雄・・・」


レキがフラン王女を救った話はヤックとて知っている。

魔の森のオーガを瞬殺したと言う話はさすがに誇張が過ぎるとは思っていたが、それはレキの真の実力を知らないから。

昨年の武闘祭だって、レキは十分すぎるほど手加減した上で優勝を果たしている。


フランやルミニア、ユミ以外でレキの真の実力を見た者はこれまでいなかった。


今、ヤック達を救った力こそレキの真の実力。

なるほど、王家が庇護下に入れる訳だ。

と、一人納得するヤックである。


――――――――――


「さ、今のうちに移動をしましょう。

 皆さん立てますか?」

「あ、ああ・・・」


このままぐずぐずしていれば、すぐさま周囲のゴブリンがやってくるかも知れない。

森にはまだ多くのゴブリンが残っているのだから。


とは言え、レキがいればゴブリンごときなんの脅威にもならないのだろう。

索敵能力に優れ、実力にも優れているレキはミル達にとって最強の護衛である。

そんなレキが窮地に駆け付けてくれた事に、ミル達は万軍を得た気持ちでいた。


「ルミニア様達はどちらでしょうか・・・」

「んと、こっち」


ヤック達がルミニア達本隊の場を離れてからそれなりの時間が経過している。

あるいはルミニア達も、既に移動を開始しているかも知れない。


かろうじて自分達の来た方角は分かるヤックだが、今もそちらに行けばよいかの判断は付かないでいた。


だがそれも、魔力探知能力に優れるレキがいれば何の問題も無い。

まさにレキは万能の生徒であった。


「レキ殿は今すぐにでも冒険者に成れそうですね」

「ほんとっ!?」

「え、ええ」


ヤックの何気ない言葉にレキが喜んだ。

そう言えばレキ殿は冒険者志望でしたねと、ヤックも笑みを浮かべる。

先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、空気は緩んでいた。


「・・・ちっ」


もちろんそれを快く思わない者も、この場にはいるようだが。


――――――――――


「あ、あのレキ様」

「ん?」


幸い大きな怪我を負った生徒はおらず、簡単な治癒魔術をかけるだけで済んだ。

これも一年間の鍛錬の成果、身体強化による肉体の防御力を上げたおかげだろう。

なお、ゴブリンの攻撃で怪我を負ったのはライを始めとした上位クラスの生徒ばかりで、中位クラスの生徒は森の中を歩いた際に負った擦り傷程度だったが。


「改めて助けて頂きありがとうございました。

 さすがはミリス様の一番弟子ですね」

「うん、どういたしまして」


周辺のゴブリンは軒並みレキがぶっ飛ばしている。

止めをさしていないのは、この後行われる一年生の野外演習の為だったりする。

現二年生達も昨年経験した(と言ってもレキ達とその他のクラスでは内容が少々違うが)ゴブリンの脅威をその身で知る為、ある程度残しておかなければならないのである。

それでも近くにゴブリンの姿は見当たらず、レキの索敵にも引っかからない為しばらくの間は安全に移動ができるようだ。


中位クラスも持ち直し、レキ達はルミニア達二年生のいる場所へと移動を開始した。


「・・・もう少し」

「うん?」

「もう少し出来ると思ったのです」


急いだほうが良いが、下手に走れば再びゴブリンをおびき寄せてしまう。

森の中安全確実に移動するには、周囲の木々に気を付けながら一定の速度で歩く方が良いのだ。


森の移動には慣れているレキを先頭に、ミル達がその後ろをついて歩く。

邪魔になりそうな枝を切り払いつつ進みながら歩くレキに、ミルが沈痛な表情で話しかけてきた。


レキが駆け付けるまで、ミルは中位クラスの生徒を守るべく一人で奮戦し続けていた。

ライを救援に向かわせ、たった一人で中位クラスの前に立ち続けていた。


ミルの実力なら確かにゴブリン程度倒せてしまう。

日頃から良く手合わせしているレキも、それは分かっている。

だが、実際はそう上手くいかなかった。

最大の理由は中位クラスを守りながら戦った事で、他にも森という不慣れな地形や仲間との連携が上手く出来なかった事、あるいは複数のゴブリンと継続して戦闘しなければならなかった事など。

簡単に言えば、模擬戦と実戦との違いだった。


それでも上位クラス一位である自分ならと考え、今回の野外演習にも意気揚々と挑んだミルだったが、実際は自分が考えているほど上手く戦う事が出来なかった。


「この一年自分なりに鍛錬を重ね、強くなったつもりでした。

 でも・・・」

「う~ん」


昨日は戦えた。

ゴブリンだって何匹か撃退した。

だが今日は、下手をすればミルがやられていた可能性もあった。


昨日の戦闘で自信を持ち過ぎたのだろうか。

あるいはただ戦えば良かった昨日と違い、今日は誰かを守りながら戦ったからだろうか。

いずれにせよ、ミルの持ちかけていた自信は脆くも崩れ去っていた。


「ミルはみんなを守ったんだよね」

「・・・でも」


ミルは仲間を守る為に戦った。


今回だけではない。

昨年の野外演習だって、ミルは突然現れたゴブリンに驚きながらも、仲間を逃がす為必死になって鼓舞をした。

戦う事こそ出来なかったが、ミルの行動は仲間の助けになったはず。

仲間を危険にさらすような真似はせず、あるいは己の実力を過信して無謀な行動に出た事も無い。

己の力量を弁え、自分にできる事を常に考えながら行動するミルは、上位クラス一位の座に恥じない生徒である。


少なくともライや、昨年のミームやカルクとは比べ物にならないほど立派であり、三人はミルの爪の垢でも飲ましてもらえと、ガージュ辺りなら言うだろう。


「・・・ミリス様ならもっと」

「ミリス?」


それでもミルが落ち込んでいるのは、彼女の理想とする姿とかけ離れているから。


「いえ、ミリス様だけではなく王国の騎士様達ならもっと上手く立ち回れたはずです」

「・・・う~ん」


騎士を目指すミル=サーラ。

彼女の中には、おそらく理想とする騎士象と言うのがあるのだろう。

そんな彼女の理想と今の彼女との違いが、ミルを苦しめていた。


ミルの悩みを聞いたレキが頭を捻る。


正直、レキの知る王国騎士団は脳筋集団である。

レキとしては仲も良く一緒に鍛錬もしお世話にもなっている為卑下するつもりは無いが、それでもミルの抱く理想の騎士像とは少しばかりずれている気がしないでもない。

もちろんミリスは別である。

あとは副団長のレイク=カシスとか。

他にも何名かの騎士は脳筋では無く、ミルの想像するような騎士かも知れない。

それでもほとんどの団員は脳筋であり、その筆頭が騎士団長のガレムだった。


まあ、戦闘に関して言えば、確かにミルの言う様にもっと上手く立ち回るだろう。

それは単純に実力と経験の差であり、個々の実力も仲間との連携も、何もかもが違う。

そもそも一生徒であるミルと騎士として日々国の為に尽くしている騎士団とを比べる方が間違っているのだ。

ましてや騎士の様に立ち回りたいなどと。


「ミリスが言ってたよ。

 騎士とは誰かを守る為の存在だって」


騎士とは誰かを守る者。

それは人であったり街であったり、あるいは国であったり。


レキ自身は騎士でも無ければ目指してもいない。

だが、レキは二年間王宮でその騎士達と鍛錬を重ねてきた。

剣姫ミリスに剣術を習い、騎士団長ガレムを筆頭に多くの騎士達と模擬戦を重ね、時には討伐任務にも付き添った。

その際、ミリス達に騎士とはどういう存在であるかを聞かされた事があった。


「ミリス達は毎日一生懸命鍛錬してるけど、それは人や街を守る為で。

 どんな相手だろうと必ず守り抜く為、騎士は毎日鍛錬してるんだって」


騎士として多くの任務に就いてきたミリス達。

その中には、力及ばなかった事もあったという。


倒しきれなかった場合や、大規模な野盗の集団を捕縛しきれず逃がしてしまった場合。

あるいは魔物の討伐に赴いた時点で既に被害が出ていた場合など。


魔物を倒し称賛を浴びる事もあれば、間に合わなかった者達から怨嗟の声を投げつけられた事もある。

あと少し早く来てくれればと、なぜもう少し早く来てくれなかったのかと、そんな恨みつらみを聞かされる度、騎士達は己の力不足を嘆くのだそうだ。


脳筋かつ鍛錬バカではあるが、騎士団が鍛錬を続けるのは己を鍛える為。

己を鍛え、どんな脅威からも国を守る為、騎士は己を磨き続ける。

守る為の戦いを常とするのが騎士なのだ。


「みんなを守ったミルはちゃんと騎士の様に戦えたと思うよ?」

「・・・レキ様」


そんな騎士達の存在理由であり、騎士としての最大の目的、あるいは理想。

誰かを守る為に戦うのが騎士という存在であり、実際に中位クラスの生徒達を守り戦ったミルは立派に騎士の務めを果たしたと言って良い。


そんなレキの言葉に、ミルは己の胸が温かくなるのを感じていた。

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