第449話:窮地
ただでさえ派手に戦っていたライ達。
加えて、ミル達も全力で移動していたのだから、嫌でも周囲のゴブリンの注意を引き付けおびき寄せてしまった。
レキ達と離れた場所で戦っていたというのも囲まれた理由である。
レキ達の近くにいたゴブリンは軒並みレキ達の方へ向かい、その他のゴブリンが今ミル達を囲っている。
そうとも知らず、合流して気が抜けたのかろくに周囲の警戒を行わなかったミル達。
あるいはライ達を襲っていたゴブリン共を倒した事で、この周辺は安全になったとでも思ったのだろうか。
森に巣くうゴブリンの数は、ミル達の予想以上に多かったようだ。
呑気に談笑なんかしていたから・・・などと後悔しても遅い。
ライと合流後も油断なく周囲を警戒していれば、あるいは近づいてくるゴブリンにも気が付けたかも知れない。
接近に気が付いていれば包囲される前に移動を開始出来た。
つまりはミル達もまた、この森やゴブリンを甘く見ていたと言う事だ。
「ど、どうす・・・」
どうするも何も、目の前のゴブリン共をどうにかしなければレキ達の下に戻る事も出来ない。
「ライは前に。
カタルはトーチェと後方を。
私は左を担当する」
状況を判断し、上位クラス第一チームの指揮官であるヤックが素早く指示を出した。
レキ達には敵わずとも、上位クラスだって一年間鍛え続けて実力を上げ、昨日はそれなりの数のゴブリンを撃破している。
この程度の窮地、仲間と力を合わせれば脱する事だってきっとできるはず。
「ミル様は彼等の援護を」
「ええ」
上位クラスとしての意地もある。
このくらいの窮地、切り抜けられずに何が上位クラスか。
背後には他クラス、中位クラスの生徒もいる。
彼等の前で無様な姿をさらすわけにもいかない。
その彼等の協力を得られればなお良かったのだろうが、ライがやられそうになっている様子をただ見ているだけしか出来なかった彼等を当てにするわけにもいかず、むしろ守るべき相手として最も強いミルを援護に向かわせた。
こちらの戦力はかなり下がってしまうが、見捨てるよりマシだろう。
騎士を目指すミルならきっとやり遂げてくれるはず。
変則的なチームにはなったが、少なくともヤック達上位クラス第一チームのメンバーは誰もがゴブリン程度なら倒せる程度の実力がある。
現状は不利と言わざるを得ないが、それでも十分勝算はあるはず・・・。
この時は、そう考えていた。
――――――――――
「うらっ!」
「ライっ、前に出すぎるなっ!」
「ヤック、右から来たっ!」
「左からもっ!」
「はあっ!
皆さんは下がっててくださいっ!」
「くっ、でも」
「え、援護くらいなら」
一か所に留まり過ぎたのだろうか。
あるいは同じ場所で長く戦闘を行い過ぎたのか、どんなに倒しても次から次へとゴブリンが集まってくる。
まるで森中のゴブリンが集まってきているのでは?と思えるほど。
いくら倒してもきりがなく、気が付けばこの場を離脱する事すら困難になっていた。
「ヤック、このままでは」
「わかってますっ!
カタル、トーチェ、右側に魔術をっ!
あの一角を崩しますっ!」
「サ、サマク、俺達も」
「あ、ああ」
無理に倒す必要は無い。
怪我は癒えたとはいえ、ライの体力も限界が近い。
ミル達の任務は、はぐれた仲間達と合流し部隊の下へ戻ると言うもの。
ゴブリンと戦う必要も無ければ殲滅する必要も無い。
だがそれは人の側の話。
森の中、のこのこやって来たご馳走を逃がしてなるものかと我先にと襲い掛かるゴブリン共に、ミル達はこの場から動けずにいた。
「"リム・ボール"っ!」
「"ルエ・ボール"っ!」
「"エド・ボール"っ!」
現状を打開すべく、ゴブリンの包囲網の一角に向けて魔術を放つ。
上位クラス二人が放った魔術が集まっていたゴブリン数匹を纏めて吹き飛ばし、遅れて放たれた魔術が、森の木の一つに火を点けた。
「誰だ、赤系統を放ったのはっ!」
「う、うるさいっ!
それしか使えないのだから仕方ないだろうっ!」
森の中、赤系統の魔術は厳禁である。
森に入る前に言われていたが、とっさの事でつい放ってしまったのだろう。
だがそれが、ゴブリンの包囲網に穴を開ける結果になった。
火を恐れるのは生物の本能。
魔物と言えど生物に変わりはなく、突然燃え出した木にゴブリン共が散り散りになった。
「今だっ!」
いずれにせよ好機である事に変わりはない。
周囲のゴブリンに牽制しつつ、崩れた包囲網から脱出すべくヤックの指示で全力で駆け抜ける。
燃えた木の横を抜け、後方を警戒しつつ更に前へ。
「よしっ!」
包囲を抜けた。
誰かが喜びの声を上げ、そして
「ぐあっ!」
「キキッ!」
ミル達の向かう先にいたゴブリンに、一人の生徒が襲い掛かられた。
――――――――――
火を恐れるのは本能である。
だが、多少なりとも知恵のある生物なら、その本能を抑える事もできる。
ゴブリンの場合、恐怖より食欲が勝った結果なのかも知れない。
我先にと先頭を走っていた中位クラスの生徒達が、横から飛びついてきたゴブリンに組み敷かれ、その場に倒れた。
目の前を走る生徒が突然ゴブリンに襲われ、足を止めた生徒に後方の生徒がぶつかり転倒。
更に現れたゴブリンが嬉々として食らいついていく。
「なっ!!」
先に行かせた中位クラスの生徒がゴブリンに組み敷かれていく様子に、ヤックが一瞬あっけに取られた。
炎の先、レキ達の下へと向かうヤック達をあざ笑うかのように、周囲からは更にゴブリンが集まっている。
「まずいっ!
助けなければっ!」
「ヤック、後ろからも来ますっ!」
「くっ!」
包囲網を崩しただけでゴブリンを倒した訳では無い。
獲物が逃げれば追いかけるのは魔物の本能。
ましてやヤック達はゴブリンの好物である人の子供。
炎ごとき、諦める理由になどならない。
「ミル様は彼等をっ!
僕達は後ろを食い止めますっ!」
「ええ」
燃える木を境に前後を挟まれた形となったヤック達。
それでも彼等は冷静に、この場を切り抜けようと武器を構えゴブリンへと突っ込んで行った。
「キキッ!」
「キャッキャッ!!」
「くっ!
おらぁっ!!」
「"リム・ボール"っ!」
「"ルエ・ボール"っ!」
「はあっ!」
「グギャッ!」
最上位クラスには及ばないと言えど、ゴブリン程度なら何とかなる。
問題は数。
倒しても倒しても、いったいこの森のどこにこれほどの数が潜んでいるんだと、文句の一つも言いたくなるほどの数のゴブリン。
今のミル達では、レキ達の様に瞬殺する事も叶わない。
一匹倒すのに時間をかければ、かけた時間だけゴブリンが集まってくる。
「やあっ!!
早く立ちなさいっ!」
「くっ・・・」
「な、なんで俺が・・・」
「弱音を吐いている暇はありませんっ!
今は少しでも早くこの場から離脱しなければっ!!」
加えて実力的にもギリギリな中位クラスもいる。
足手まといとまでは言わないが、彼等と連携が取れるほどヤック達は戦いに慣れていない。
ましてや彼等はライがやられそうになっているのをただ見ていただけの生徒達。
今もミルに助けられたと言うのに、お礼の一つも言わずへたり込んでいる。
戦力として考えるより、護衛対象と考えた方が良いだろう。
残念ながら、彼等を守りながら戦えるほどヤック達に余裕はない。
せめて自分の身くらい守ってもらわねば。
一歩間違えばヤック達ごと全滅してしまうかも知れなかった。
「赤系統でもいいっ!
とにかく魔術をっ!」
「くっ」
炎に怯んだのは確か。
一瞬でもいいから怯めば、そこから再び包囲を抜けられる。
少なくとも今の状況を打開するきっかけにはなるだろう。
全員で生きて帰る為にも、今はとにかく手が必要だった。
「"赤にして勇気と闘争を司りし大いなる火よ、我が手に集いて"」
「グギャッ!」
「ギャギャアッ!」
「ぐあっ!」
「サマクっ!」
通常、魔術士が魔術を行使する場合、騎士や戦士などを前衛に配置し詠唱中の魔術士を守らなければならない。
無詠唱魔術を身に着けていない彼等は、その場に立ち止まり集中しなければ魔術を行使できない。
ましてや彼等はまだ学生。
フィルニイリスほどの巧者でなければ、魔物の攻撃を避けながら詠唱するなど出来ないのだ。
もちろんそれは彼等も分かっていた。
だが、詠唱中の生徒を守る人数よりゴブリンの方が多かっただけの話だ。
「サマクッ!
くそっ!」
「ギャアッ!」
「ギャギャッ!」
「なっ、がっ!」
一人が崩れれば後は早い。
元より五人一組での戦術しか知らない彼等は、一人減っただけで思うような戦いが出来なくなってしまう。
だが、彼等には上位クラス一位のミルが付いている。
彼女なら・・・。
それは彼女を信頼しているからこその選択だったが、それが今回は裏目に出てしまった。
「やあっ!
早く立ってっ!」
「ギャギャッ!」
「くっ!」
「ギャアッ!」
「きゃあっ!」
「「ミル様っ!」」
「ミルさんっ!」
「ミルっ!!
てめぇらっ!」
ミルは決して弱くない。
だが、そんな彼女も命がけの戦いなど昨日が初めての、ただの一生徒に過ぎない。
入学前から騎士に守られつつ魔物の討伐を経験したフランやルミニアとは違う。
ましてや三年もの間魔の森で生きてきたレキとも。
騎士に憧れ、騎士を目指し、レキと言う英雄に出会い、仲間と共に切磋琢磨してきたミル=サーラ。
実力なら学園でも上位に位置する彼女は、それでも十一歳の女の子でしかなかった。




