第443話:レキとフラン、ユミとファラスアルム
魔の森で出会ってからというもの、レキとフランは多くの時を共に過ごしてきた。
レキはフランを本当の家族の様に思い、フランもまたレキを兄や弟の様に思っている。
二人の間に、恋愛感情はまだない。
見た目や年齢以上に中身の幼い二人には、残念ながらそこまでの感情が芽生えていないのだ。
満天の星空の下。
静かな森の中心にある、月や星を映し出す綺麗な湖の畔。
皆が寝静まった状況で、互いに好ましく思い合う男女が二人。
シチュエーション的には完璧である。
見張りの最中と言う状況すら、ある意味皆の目を盗んで逢瀬を重ねるという背徳感が後押しをしてくれる事だろう。
ある最上位クラスの男子が、他クラスと連絡を取り合うという名目を利用し(あるいは利用され)、他のクラスの女子に逢いに行ったように。
実際、野外演習を機に仲を深めた、思いを通じ合った男女と言うのは例年何組も発生している。
だが・・・。
「あっ、それはなんじゃ!?」
「へっへ~、いいでしょ~」
「ぬ~、レキだけずるいのじゃ!」
レキとフランにそのようなモノを求めるには、残念ながらまだ早かったようだ。
――――――――――
「さっき採って来たんだ~」
そういってレキが差し出したのは、森で良く見かける木の実だった。
少々高い位置に生るその木の実は、栄養価が高く何より甘くて美味しい。
魔の森にも自生しており、レキもおやつ替わりに良く食べていた。
もちろん毒は無い。
仮にあってもレキなら大丈夫だが、他の人に勧める前にちゃんと確認しろとミリスにきつく言われており、この実についてはフィルニイリスに大丈夫だと確認してもらっている。
「うむ、美味い」
「でしょ~」
ゴブリンは雑食である。
人だろうと魔物だろうと、草だろうと木の実だろうと何でも食べる。
そんなゴブリンが巣を作る森には、基本的には多くの実りがある場合が多い。
小柄だがその分数の多いゴブリンが飢えず、それどころかその数を増やし続けるには、相応の実りが無ければ無理なのだ。
雑食であり魔物であるゴブリンとてさすがに毒のあるものは食べない。
故に、ゴブリンが食べる木の実の多くは人が食べても無害な物である。
味覚については差異があるのか、ゴブリンが好んで食べる物の多くは、人にとっては不味いと感じる物も多い。
逆を言えば、ゴブリンがあまり好んで食べない木の実などは、人にとっては美味いと感じる物が多いと言う事。
ゴブリンの巣食う森は、人にとっても多くの恵みを与えてくれる森なのだ。
「ふふん、わらわも採って来たのじゃ」
「お~」
魔物のいる森で野営を行う場合、その魔物にさえ気を付ければ食料は豊富にある。
実力があれば魔物もまた食料に出来る。
加えてこの森のように結界で守られた場所があるなら、それはもうただのキャンプでしかないのだ。
「ん、これって毒あるやつじゃない?」
「にゃにっ!?」
他クラスより早くこのキャンプ場、否、結界のある森の湖に到着したレキ達は、薪を拾ったりする傍らで食べられそうな木の実などもしっかりと採取していた。
学園から持参した食料の内、弁当は初日に、野菜なども森にたどり着く前にあらかた消費してしまっている。
干し肉などはまだ大量にあるが、それだけでは味気ないし栄養価も足りない。
二~三日程度野菜を取らなかったところですぐさま影響はないだろうが、あるに越した事は無い。
と言った事情により、教師達も余裕があれば木の実なども採取しておけと生徒達に通達していたりするのだ。
レキはレイラスやミリス達の許可を得て、森の奥の方へ偵察する傍ら、木の実などを採取している。
フランもユミと薪を拾う傍らで、そのユミに習い食べられそうな野草や木の実、茸などを片っ端から。
大半は夕食に使ってしまったが、レキもフランも見張りの最中に食べようとこっそりとっておいたのだ。
残念ながらフランが取ってきた物の一部は食べられないようだが、それでも二人が見張りを楽しく過ごせるだけの量はあった。
満天の星空の下、二人だけの秘密のお茶会。
なお、秘密なのは見張りの間にこっそり食べるのが後ろめたいと言う理由もあるが、そもそも見張りの最中に食事をとるという事があまり推奨されない行為だからだ。
お腹が膨れれば人は眠くなりやすい。
ただでさえ疲労と睡眠不足な深夜の見張り。
僅かな空腹が満たされてしまえば、人は容易く眠りへと誘われてしまう。
訓練している騎士ですら時折眠ってしまう者が出るくらいなのだ。
学生のレキ達なら尚更である。
「すっぱいっ!」
「すっぱいのじゃ!」
幸い、二人が取ってきた木の実には眠気覚ましにもなる物が混ざっていたらしい。
おかげで、レキもフランも眠る事なく見張りを続ける事が出来たようだ。
――――――――――
すっぱい木の実など、眠気に耐えられなくなった時に少量齧るだけで十分。
一つどころかひとかけらあれば大丈夫なのに、レキもフランもそこそこの数を採取していた。
二人ではとても、どころか最上位クラスの十人でも消費しきれない量のすっぱい木の実。
野外演習はまだ続く。
見張りの最中、眠気覚ましに齧るには最適とはいえ、さすがに多すぎると思ったのか、レキとフランは他クラスの生徒と見張りの連携を取るついでにすっぱい木の実もおすそ分けする事にした。
その日、森の中心にある湖の傍では、そこかしこで「すっぱい」という言葉が聞こえてきたと言う。
――――――――――
見張りの最後はユミとファラスアルムの二人。
しっかり者のユミとファラスアルムのコンビは、当然見張りもそつなくこなした。
昨年は夜の森という環境と周囲にゴブリンがいると言う状況に、最初はビクビクしていたファラスアルムも今年は全く平気だった。
自分の成長を実感できている事、昼間の戦闘が上手くできた事、友達のユミが傍にいる事がその理由だ。
それに、何かあればレキやルミニア達が起きてきてくれるだろうという信頼もある。
元々森人は森に住む種族である。
フォレサージ森国のある森は、元はフォレサージの森と言う広大な森だった。
そこに森人が国を興し、そして今の森国へと発展していった、という歴史がある。
つまり森こそが森人の住む場所なのだ。
昨年は、例え森であっても夜の闇と周囲を闊歩するゴブリンに怯えていた。
変則的ではあったが、フランとミームとファラスアルムという三人での見張りでなければ耐えられなかったかも知れない。
だがそれも去年までの話。
今年のファラスアルムはゴブリンへの恐怖も克服し、野外演習三日目でも元気だった。
「うう、すっぱいです」
「うん、すっぱいね」
ユミと一緒に、レキとフランが残しておいてくれた木の実を齧る。
見張りの最中食事はとらない方が良いと学んではいるが、眠気覚ましの果実なら話は別。
眠気を覚ます為なら躊躇せず齧った方が良いくらいだ。
レキとフランが用意してくれた木の実。
少しばかり齧ってみれば、予想以上のすっぱさに二人仲良く涙目になった。
「ふ、ふふっ」
「えへへ~」
そんなお互いを見合って微笑み合う。
この一年でユミとファラスアルムもどんどん仲良しになっている。
元々明るく朗らかなユミは、基本的に誰とでも仲良くなれる性格をしている。
旅の途中立ち寄っただけのフランやレキともあっという間に仲良くなったほどだ。
努力家でもあり、フランやレキとまた会う約束を叶える為、フロイオニア学園の最上位クラスに入れるほどの実力と知識を身に着けた。
助けてくれたお礼を言う為。
村の人達からの感謝を伝える為。
ユミは一生懸命頑張ったのだ。
ただの平民がこれほどの実力と知識を身に付けるには、相当な努力が必要だった。
その努力を笑顔でこなせるのがユミと言う少女なのだ。
努力だけならファラスアルムも負けていない。
彼女はフロイオニア学園に入学して最初に無詠唱魔術に至った生徒である。
座学の成績もルミニアをおさえ一位を取り続けている。
最近では魔術のみの勝負でもフラン達と良い勝負が出来るほどになった。
みんなに置いてかれない為、そしてみんなの力になる為。
努力家で優しく、人の為に頑張れる。
そんな心優しい二人が、仲良く見張りを行っている。
「そろそろ朝ご飯作ろっか」
「そうですね」
侍女見習いとして屋敷で働いていたユミは、料理もしっかり学んでいる。
以前から母親の手伝いで良く料理をしており、レキ達が村に来た時だってフランと一緒にリーニャの手伝いもした。
あるいは、もう一度フランと一緒に料理がしたい、レキに手料理を食べてもらいたいとでも思っていたのだろうか。
その腕前はクラスでも一番である。
ファラスアルムも料理は一応出来るらしい。
知識は元々あったが、経験の方は皆無であった。
料理の本を見て覚えただけで、実際に料理をしたのは学園に来てから。
部屋に備え付けられている簡易的な竈でお試しに作る料理は、それでもなかなかの味だった。
自信が無いからこそ下手に冒険せず、レシピに忠実に作ったのが功を奏したのだろう。
最近では、ルミニアを交え三人で料理をする事も多いらしく、二年生になってからはそこにルーシャも加わっている。
フランとミームは味見係であり、余った料理はレキの胃に入る事も多い。
そんな最上位クラスでも特に家庭的な二人が本日の朝食担当である。
あるいはそれを想定しての順番なのかも知れない。
「ふんふんふ~ん」
「ふふっ」
「ん?」
鼻歌交じりに料理をするユミに、ファラスアルムが思わず笑みをこぼす。
何度も言うが今は野外演習の最中。
森にはまだ多くのゴブリンが存在し、結界から一歩でも出ればたちまち襲われる可能性すらある。
そんな森にいるにもかかわらず、自分達は呑気に料理をしている。
「どうしたのファラ?」
「いえ、別に」
それがなんだかおかしくて、つい笑ってしまったのだ。
「ふ~ん。
あっ、これどうかな?」
「ん~、凄く美味しいです」
「へへ~、良かった」
少し前の自分なら考えられなかった。
どんなに強くなっても魔物は恐ろしく、恐怖と疲労でとてもではないが料理どころではないはず。
もっと言えば、友達と仲良く料理すること自体、学園に来る前のファラスアルムでは考えられなかっただろう。
フロイオニア学園に来て良かった。
野外演習の最中、ファラスアルムはそんな事を心から思っていた。




