第438話:湖の畔にて
戦闘を終えたレキ達は、これと言った怪我も疲労も無く移動を再開。
ほどなくして、森の中心にある湖へとたどり着いた。
『着いた(のじゃ)~!』
湖が見えた途端に駆け出し、そして歓声を上げるレキ達。
今年の目的であるゴブリンとの戦闘を無事に成し遂げ、後は楽しく野営するだけ。
疲労困憊でようやく休める事への喜びが強かった昨年と違い、今年のレキ達はまだまだ元気だ。
「そういや他のクラスは?」
「まだのようですね」
ゴブリンとの遭遇が遅れたレキ達ではあるが、その分戦闘時間は短かった。
逃げもせず、レキ以外は手を抜かず全力で戦った為、時間に反比例するように討伐数は多い。
おそらくは他のクラスのどのチームよりも。
湖に到着するのが一番早かったのも、一匹一匹にかける時間が短かったからだろう。
つまりはそれだけ実力が高かったと言う事だ。
「その内他のクラスも来るだろう。
お前達は今のうちに天幕を張っておけ。
場所は早い者勝ちだ」
『っ!』
「ほら、早くしないと他クラスもやってきてしまうぞ」
『うおぉ~!』
「えっ?
えっ?」
レイラスの説明にレキ達が一斉に駆け出した。
目指すは湖のほとり。
景色が良く、水場が近い為に野営もし易い絶好の場所だ。
「ルーシャさんも行きましょう!」
「早くっ!」
戸惑うルーシャの手をルミニアが引き、ユミが背を押す。
戦闘は終わり、後は疲れを癒しつつ仲間と野営を楽しむだけ。
余裕があるのも、ある意味では優秀な証拠だろう。
一番乗りとなったレキ達は、達成感と共に野営の支度にとりかかった。
なお、他のクラスはいまもなお森の中で戦っている。
――――――――――
「つ、着いた・・・」
「ふむ、最後のチームが来たか」
レキ達が野営の支度にとりかかってから一時間以上が経過していた。
日はすっかり傾き、森の木々が邪魔をして、中心にある湖に明かりが届かなくなる。
夜の闇が森を覆い始めた頃、ようやく最後のチームが湖へと辿り着いた。
いつ戦いを終えるかは各自の判断に任されていた。
と言っても事前に説明があったわけでは無い。
ただ、今回の目的がゴブリンとの戦闘であり殲滅ではないと言う事だけは通達されていた。
それを正しく理解していれば、あるいは一当したのちに離脱すると言う判断も出来ただろう。
戦闘を継続するかどうかの判断もまた、実戦には必要なのだ。
判断を誤れば目標を達成できず任務失敗、あるいは余力が尽き生還できないなんて事もある。
もちろんこれはただの演習。
最悪の場合付き添っていた騎士達が介入し、強制的に離脱させる予定だった。
どれほど実力を上げようと万が一がある。
ましてや相手は数だけは多いゴブリン。
何時までも戦い続けてはやがて体力も尽き、後続のゴブリン達の餌となるだろう。
最後のチームはまさにそのケースだった。
護衛の騎士達がいなければ、あるいは誰一人としてたどり着けなかったかも知れない。
「実力を見誤ったか?」
レキ達と違い、昨年は逃げ惑うしか出来なかった他クラスの生徒達。
昨年の恐怖を振り払い、勇気を出して立ち向かってみれば、意外にもそれなりに戦えてしまった。
これはいけると考え、余力も考えず全力で立ち向かい、何匹か倒せば俺たちは強いんだと更にやる気になる。
そうして気付かぬうちに疲弊し、気が付けば劣勢に追い込まれているという訳だ。
ゴブリン数匹になら勝てても数十匹ほどの群れに勝てるほどの実力は無かった、という事である。
「難しいですよね」
まだやれる。
戦いの最中、そう考える者は多い。
とりわけ実戦経験の浅い生徒は、己の限界を知らず引く事をしない。
これが手合わせや模擬戦であれば評価も上がっただろう。
だが、実戦であれば引き際を見極められなかったという、ただ評価を下げる理由になる。
まだやれる、その判断材料が自分の余力、つまりは魔力や体力、武具の耐久度に基づく冷静な判断の結果なら問題ない。
だが、そういった事を考慮に入れないただの精神論であれば危ういだけ。
見通しの悪い森の中、何匹いるかも分からないゴブリンを相手にする場合は特にだ。
目の前にあと五匹。
体力も尽きかけ、魔力にも余裕が無い。
仲間の何人かは傷つき戦える状態では無い。
それでもあと五匹くらいなら・・・。
そう考え、撤退せずに立ち向かったは良いが、いつのまにやら敵の増員が現れそして・・・。
駆け出しの冒険者に良くある話だ。
そもそも帰還時にも別の魔物と遭遇する可能性があるのだから、現場で余力を無くすなどただの愚行でしかない。
その場で一休みし、体力と魔力を回復してから帰るなら話は別だが、そうでない限り余力は常に残しておくべきなのだ。
見るからに疲労困憊、這う這うの体と言った様子で湖まで辿り着いた最後のチーム。
彼等もまた、余力を考えず全力で戦ったのだろう。
想定外だったのは森にいるゴブリンの数。
倒しても倒してもなお現れるゴブリンに、余力を考えている余裕が無かった。
もう限界、剣を振る力も魔術を放つ魔力も無い、といった状況にまで追い込まれ、護衛の騎士に助けてもらったのだった。
ゴブリンと戦うと言う目的は達成したが、森の中心にある湖まで移動するというもう一つの目的は、護衛の騎士がいなければ達成できなかった。
演習失敗とまでは言わないが、確実に評価は下がっただろう。
それでも、二年生全100名は誰一人欠ける事無く、ゴブリンとの戦闘を終えて湖まで辿り着いたのだった。
――――――――――
森の中心にある湖、そこで100名からなる学園の生徒達がそれぞれ野営の支度にとりかかっていた。
生徒達の様子は主に二つに分かれていた。
疲れた体に鞭を打ちつつ、ただ黙々と作業を行う生徒と、和気藹々と元気に楽しく行う生徒だ。
生徒達の大半は疲れ果てていた。
つい先ほどまで森の中でゴブリンと戦っていたのだから当然だろう。
そうでなくとも三日間歩き通しだったのだ。
少しでも早く野営の支度を整え、夕食を食べて休みたいと思うのが本音である。
淡々と作業を行っている生徒達は、戦闘が思うようにいかず結果に不満を抱いている者達。
あるいは賑やかに行う気力すら残っていない者達である。
思っていたように戦えず、あるいは想定以上に苦戦し、あるいは騎士達に助けられてしまった生徒達。
ただ逃げ惑うしか出来なかった昨年と違い、今年は確かに剣を、杖を敵に向けて戦った。
初めての実戦、思う様に戦えないなど当然だろう。
だがそれでも、前日までの意気込みがあった分、落ち込み具合も大きかった。
反面、元気な生徒達と言うのはもちろんしっかりとした戦果を挙げられた生徒達である。
自分の成長を実感し、あるいは昨年のように無様な姿をさらす事なく戦えた事を誇らしく思った。
「やれば出来る」
言葉で言うのは簡単だが、その為には相応の努力が必要であり、結果として現れたのなら喜ぶのも当然。
思いっきり胸を張って良い。
そんな両極端な雰囲気流れる森の湖で、どのチームよりも戦果を上げ、どのチームよりも余力を残しているレキ達はと言えば・・・。
「そういやこの湖って魚いるのか?」
「ん~・・・わっ、いっぱいいる」
「えっ!?
ほんと?」
「うん!」
「よっしゃ、獲ろうぜっ!」
早々に天幕の設置を終え、既に夕食の準備に取り掛かっていた。
フランはユミと一緒に薪を拾いに森の浅部に、ルミニアとファラスアルム、ルーシャの三人は食事の下ごしらえを始めていた。
ガージュとユーリは荷物の点検だ。
戦闘中はどうしても荷物を地面に置かねばならず、時折そのまま何かしらを置き去りにしてしまう場合も多い。
荷物より命が大事。
時には荷物を捨ててでも逃げなければならない事もある。
もちろん今回は戦闘も移動も余裕をもって行っている為、置き去りになどしていない。
荷物の中には干し肉などの食料もある。
ただでさえ育ちざかりな生徒達である。
移動と戦闘でお腹もだいぶ空いている事だろう。
大食漢なレキで無くとも、今日はいつも以上に食べるはずだ。
干し肉の量は十分だが、それでも昨日から干し肉ばかり食べている為少し違う物が食べたくなるのも仕方ない。
昨年と違い、精神的に余裕がある為多少は良い物を食べたいと思うのも当然だろう。
折角学園を離れ、ゴブリンとの戦闘さえなければ森の湖での楽しいキャンプである。
干し肉ばかりでは味気ない。
湖なら魚がいてもおかしくない。
その考えは見事に当たり、レキ、カルク、ミームの最上位クラスが誇る欠食児童三名が急遽食料調達を行う事となった。
「どうやって獲る?」
目の前には大量の魚。
残念ながら釣り竿のような道具は無く、かと言って武器を使うのも違う。
もちろん魔術などを使えば被害も大きい。
子供らしく素手で獲る事になった。
「よっしゃ、競争しようぜ」
「うんっ、負けないっ!」
「あたしだって」
通常、素手で魚を獲るにはそれなりに技術がいる。
泳いでいる魚を抵抗の高い水の中で捕まえる。
それには魚の動きを予測し、正確に手を突っ込む必要があるのだ。
「うっし、まず一匹っ!」
「えいっ!
ていっ!」
「やっ!」
だが、そこはフロイオニア学園の二年生最上位クラス。
中でも武術が得意な三人である。
次々と、魚を捕まえていった。
「ちょっ、レキ早ぇ」
「えいっ!
ていっ!」
「きゃっ!
も~、冷たいじゃない!」
特にレキ。
先程から無心に、水の中に手を突っ込んでは次々に魚を捉え湖の畔へと飛ばしていく。
野生の熊でも、あるいは熊の魔物オウルベアでもこれほど手際よく魚は獲れないだろう。
ほどなくして、湖の畔には大量の魚が打ち上げられた。




