第435話:戦闘開始!
「ごめん」
良かれと思ってやっていた事が、実は目的を遂行する上で邪魔でしかなかった。
知らなかった訳では無く、どちらかと言えば忘れていたと言った方が良く、つまりは完全にレキの失態であった。
その事を知り、レキが素直に頭を下げた。
本来、森を歩く場合は気配や魔力による探索は推奨される行為である。
たまたまレキの魔力が、その量も質も高すぎたが為にゴブリンのような弱い魔物に警戒心を抱かせてしまったが、それですら通常なら称賛されるべき結果なのだ。
ただ、今回は魔物の討伐を目的とした演習であり、警戒心を抱かせたが為に戦闘にならなかったと言う残念な結果に陥っただけの事。
そもそも魔力による探知がレキにしか出来ず、森に入る前にお願いしますと頼んだのはルミニアである。
他の仲間達もレキに頼り、レキも喜んで引き受けた。
つまり悪かったのはレキだけではなく、この結果を予想しなかったルミニアも、レキの代わりに魔力探知をする事が出来ないフラン達も同罪なのだ。
それに、失態ではあるが取り返しがつかない訳では無い。
目的の達成が遅くなっただけで、少なくともレキ達に被害は無い。
他クラスの負担が増してしまったようだが、より襲いやすい方にゴブリンが向かっただけとも言える。
警戒しつつ進んでいたレキ達と違い、他クラスは無警戒にただ森を歩いていた。
その結果ゴブリンの奇襲を受けてしまった。
ある意味自業自得と言えなくもない。
「レキ様に魔力探知をお願いしたのは私達ですから」
「森はレキの独壇場だからね。
でもまさかあの程度の魔力でも警戒されるとは・・・」
「それだけレキ様の魔力が優れているという事なのでしょうか?」
「大きさではなく、その質が違うのでしょう」
「質?
密度みたいな感じか?」
例えば、同じ事を他の生徒がやったとして、それでゴブリンが同じ様に襲うのを躊躇うかと言えばおそらくはそうならない。
むしろその魔力に誘われ、嬉々として集まってくるはずである。
レキの魔力だからこその結果であるが、レキ以外の者が行っていれば今頃レキ達もゴブリンに襲われていたはず。
やり方も間違っていなかった。
ただ、人選を間違っただけ。
「レキは魔力探知を止めて警戒だけしろ。
レキならそれで十分だ」
「皆さんも周囲の警戒をお願いします。
では行きましょう」
魔力による探知を止め、みんなで警戒しながら森を歩く。
レキ達の野外演習はここからが本番である。
――――――――――
やはり、この森には大量のゴブリンがいるようだ。
事前の索敵で分かっていた事ではあるが、情報として知っているのと実際に体感するのとでは随分と違う。
「ミーム、右だっ!
カルクはそのまま突っ込めっ!」
「フラン様はユミさんと前衛をっ!
ファラさんは右に牽制をお願いしますっ!」
レキが魔力による索敵を止めてほどなく、どこからともなくゴブリンが現れ襲い掛かってきた。
「ルーシャはミームのフォローをしろっ!
ユーリはカルクだっ!」
おそらくは、ゴブリンも襲う機会を探っていたのだろう。
ただ、レキの魔力に躊躇っていただけ。
その魔力が消えれば、ゴブリンにとってレキ達はご馳走でしかない。
「レキ様はもうしばらく待機をお願いしますね」
「え~」
「僕達は昨年のリベンジをしなければいけないからね」
「レキが戦ったらすぐ終わってしまうだろうが」
「去年の様にはいかねぇぜっ!」
「あたしだってっ!」
他クラスも、大体二チーム十人で行動している。
それ以上の人数では森では行動し辛く、戦闘においても指揮が執りずらい。
隊列も無駄に伸びてしまう為、四方から襲われた場合どうしても不利になってしまうのだ。
ゴブリン側から見れば、森のそこかしこに十人程度の人の子供がうろうろしているという状況。
より取り見取り襲い放題。
ただし、あまり一か所に群がれば自分達の取り分が減ってしまう。
ただでさえ人の子供の肉は少ないのだ。
大好物の肉に少しでも多くありつく為には、なるべく他の仲間がいない群れを襲った方が良い。
レキの魔力と言う本能的に避けてしまう要因が無くなった今、ゴブリン達は遠慮くレキ達に襲い掛かった。
「え~いっ!」
「やあっ!」
「"ルエ・ウォール"っ!」
「うにゃあっ!」
今、レキ達は森の中心にある湖まで後一時間程度の場所で戦っている。
四方をゴブリンに囲まれ、ガージュが指揮する第一チームとルミニアが指揮する第二チームが互いに背を合わせる形で応戦していた。
なお、レキはしばらくの間見学させられる事になった。
ルーシャを除く八人が、昨年の不甲斐なさを払拭する為、まず自分達だけで戦う事を望んだのだ。
何時ものレキなら快諾しただろう。
だが、昨年は皆に実戦と魔物の脅威を思い知らせる為、レイラス達の指示であえてみんなと離れて戦っていたレキである。
一緒に戦えなかった寂しさを感じていたレキもまた、今年こそはと意気込んでいたりする。
先ほどまで魔力による索敵を頑張っていたのもそれが理由である。
故に、ルミニアとガージュに前後を挟まれた状態で、まだかなまだかなと体をうずうずさせていた。
そして・・・。
「そろそろいいでしょうか」
「・・・ああ」
「では、レキ様も」
「うんっ!」
「レキが出るぞっ!」
「皆さん下がってくださいっ!」
まるで大規模な戦略兵器を投入するかの如く、仲間達を下がらせるガージュとルミニアである。
「えっ?
えっ??」
「ルーシャ、早くっ!」
「ここにいると危ないのじゃ!」
「急ごうっ!」
「走れよっ!」
「危ないわよっ!」
ただ一人、事態について行けないルーシャの背をユミが押し、フランが手を引いた。
ユーリやカルク、ミーム達もルーシャを置いて行かぬ様、同時に残りのゴブリンがこちらに来ないようその周囲を固める。
こんな状況でゴブリンに横やりを入れられ、一人孤立したなどと冗談ではない。
それなりの実力は有しているルーシャだろうと、流石に一人でゴブリンに囲まれてしまえばひとたまりもない。
視界の悪い森の中、次から次へと襲い掛かってくるゴブリン相手に、無詠唱魔術も使えないルーシャではその数に押し負けてしまう。
いまのルーシャはただの後衛の魔術士。
一人で戦うには少々厳しい。
ルーシャがルミニア達の場所まで戻る間も、左右からゴブリン共が絶え間なく襲い掛かってきていた。
ユーリやカルク、ミーム達が撃退してはいるが、はぐれてしまえば集中的に狙われてしまう。
撤退時ほど周囲や仲間の状況、前だけでなく左右や後方への警戒を怠るわけには行かない。
演習前に言っていた、レキを殿にという話も冗談では無かったのだ。
そんな仲間の支援もあり、ルーシャも無事レキの後方へと下がった。
そして・・・。
「えいっ!」
全身をわずかに黄金に輝かせ、レキが剣を振るった。
――――――――――
「なんだっ?」
とある場所でゴブリンと戦っていた生徒の一人が、突然聞こえてきた大きな音に思わず振り返った。
周囲は木々で覆われ、更にはゴブリンに囲まれた状況ではあったが、音のみならず空気の振動まで伝わってくれば気にするなという方が無理である。
気を取られていたのはその生徒だけではない。
生徒の仲間も、他クラスの生徒も、更にはゴブリンまでもがその音に気を取られていた。
木々が邪魔していなければ見えただろう。
そこにあった数本の木が、ちょうどゴブリンの胴体と同じ高さで切断され倒れていく様が・・・。
――――――――――
「・・・おぉ」
「ふふん、どうじゃ!」
「なんであんたが威張ってんのよ」
ズズ・・・という音を立て、前方の木々が倒れていく。
その周囲には、頭と胴体を切り分けられたゴブリンの死体が転がっていた。
「わぁ~」
「ああ・・・」
レキが放ったのはリム・スラッシュ。
風を刃の様に細く鋭く飛ばし、目標を切断する魔術である。
比較的殺傷能力の高い魔術ではあるが、それでも緑系統の初級魔術。
本来なら大木を、ましてやゴブリンを数匹纏めて切断できるほどの威力は無い。
レキだからこそのこの威力。
魔力を剣に乗せて振るう事で、剣の延長上にあるすべての物を切断するレキ必殺の一撃である。
三年前、生まれ故郷のカランの村を救ってくれたのと同じ魔術に、ユミが懐かしさと相変わらずの凄さに感嘆の声を漏らした。
その横では、レキの魔術の早さや鋭さ、極力周囲へ被害を出さないよう、数本の木々のみに押さえたレキの加減具合にファラスアルムが感涙していた。
「・・・」
初めて見るレキの容赦のない一撃に、ルーシャが無言で体を震わせていた。
そして。
「レキ」
「ん?
何?」
「やはりお前は魔術禁止だ」
「・・・え~」
やはりやり過ぎたらしい。
まだ戦闘は継続中であるにもかかわらず、レキはレイラスから注意を受けた。
――――――――――
「切っていいのはゴブリンだけだ」
「え~、でも」
「木や地面を傷つけるなとは言わん。
だがあれは少々やりすぎだ」
木々が密集している森で、その木々を避けて戦うのは非常に困難である。
武舞台上での戦いばかり鍛錬してきた生徒達なら尚更だろう。
剣を振るえば木に当たり、攻撃を避けたら木に邪魔をされ、魔術を放てば木に当たってしまう。
森の中、周囲への被害をゼロに抑えて戦うなど、熟練の騎士や高位の冒険者ですら困難なのだ。
だからと言って周囲の木々ごとゴブリンを切って良いかと言えばそうではない。
環境破壊もそうだが、下手に木々ごとゴブリンを切ってしまえば、最悪倒れてくる木々に仲間が下敷きになりかねない。
例えばここが洞窟や建物内だったなら・・・。
周囲の被害を考えず、好き勝手攻撃してしまえば最悪洞窟や建物が崩壊し、仲間ごと生き埋めになってしまう。
レキが加減を誤れば、容易に置きかねない事態である。
故に、レキだけは極力周囲に被害を出さぬ様、ここへきて新たに制限をかける必要が出来てしまったのだ。




