第432話:移動開始
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レキ達とは別の場所から森へと入る中位、下位クラスの生徒にも手を振りつつ、レキ達も移動を始めた。
昨年の武闘祭以降、あるいはもっと前からかも知れないが、レキもだいぶ学年に顔見知りが増えている。
入学初日から中庭で一人鍛錬を行っていたレキ。
最上位クラスの仲間達が加わり、次第に賑やかになっていった中庭の風景は、今では他クラスとの交流の場となっている。
その筆頭はミル=サーラやライ=ジと言った上位クラスの面々だろう。
騎士を目指すミル=サーラは王国騎士団中隊長にして剣姫の異名を持つミリスの愛弟子(?)であるレキと鍛錬を望み、ミームを追ってフロイオニア学園に来たらしいライ=ジはそんなミームに勝つべくレキ達に勝負を吹っ掛けている。
フロイオニア学園は座学のみならず、武術や魔術の総合評価で成績を付け、その順位でクラス分けを行っている。
座学を重んじている為必ずしも上位の者が下位の者より強い訳では無いが、それでも上位クラスの生徒が最上位クラスの生徒に挑むのは向上心の表れだろう。
その光景こそが他クラスをも巻き込む要因になっていた。
中位クラス、下位クラスの生徒達も交え、今では武闘祭のようなトーナメントすら行われる事もあるほどだ。
そうした鍛錬を通じて仲良くなった他クラスの生徒達。
レキという強者と共に鍛錬を行った結果、彼等の実力も随分と向上している。
そんな事は露知らず、レキは他クラスの生徒をこっそり心配していた。
レキにとってゴブリンなど片手間で殲滅できる魔物である。
魔の森のゴブリンですら、レキが晩御飯何にしようかな~と考えながら剣を振るい、気が付けば殲滅してしまっている程度の魔物。
通常のゴブリンがランク2だとして、魔の森の個体は大体ランク4程度の魔物になっているが、レキからすれば大して変わらない。
剣姫ミリスと宮廷魔術士長フィルニイリス二人がかりで撃退した事はあるが、言い換えれば魔の森の個体であろうとミリスとフィルニイリスの二人で十分だったとも言える。
だからと言ってゴブリンが弱いとは思っていない。
レキにとっては片手間で倒せる魔物でも魔物は魔物。
一般の人からすれば十分脅威である事をレキは知っているからだ。
カランの村ではユミと村が襲われ、王宮に住むようになってからも何度か騎士団の討伐遠征に参加させてもらっている。
フランやルミニアの実戦訓練の相手もゴブリンだった。
フランは噛みつかれそうになり、ルミニアは恐怖で泣きそうになっていた。
昨年もカルクやミームが危うく殺されそうになったし、他クラスに至っては誰もが恐怖で戦えず逃げ惑ったらしい。
レキ以外の生徒が弱いのではなく、レキが強すぎるだけ。
その事を自覚しつつあるレキは、魔物の脅威を自分の基準では考えないようにしている。
ゴブリンは一般的な大人が武器を持って何とか撃退できるほどの魔物。
一匹一匹ならそれほど脅威ではないが、群れを成せば村の一つは軽く滅ぼされてしまう。
カランの村を襲おうとしたゴブリンは約100匹。
目の前の森には、その倍以上のゴブリンがいる。
間違いなく、世間一般的な基準で言えば脅威だった。
故に、その脅威を取り除くべくフロイオニア学園の生徒が討伐に向かう。
生徒達はゴブリンを倒さんと気合を入れている。
レキもまた、仲間達と一緒に頑張るべく気合を入れようとして・・・。
「レキはやり過ぎるなよ」
「え~」
レイラスに釘を刺された。
――――――――――
「ルミニア=イオシス、ガージュ=デイルガ。
任せたぞ」
「はい」
「はっ!」
最上位クラスの指揮官二人。
指揮能力が高く、経験も重ねてきている。
問題児であるレキやカルク、ミームを御せる事もあり、担任であるレイラスの信頼も厚い。
昨年同様、森の中での行動は基本的に生徒任せとなっている。
昨年は魔物と遭遇した際生徒達がどういう行動に出るかを観る必要があったが、今年は始めからゴブリンと戦う予定で森に入る。
対処の方法は生徒次第。
討伐が目的である以上戦わないという選択肢は取り辛いだろうが、殲滅が目的で無い以上途中で離脱するのは問題ない。
その引き際を見極める事も指揮官の重要な役割となってくるだろう。
「最悪レキを囮にしよう」
「え~」
「ダメですよ、それではゴブリンが全滅してしまいます」
「え~」
「そうか、ならカルクとミームだ」
「「ちょっ!」」
「それならまぁ」
「おいっ!」
「まってよっ!」
最上位クラスの場合、引き際と言うよりいつ戦いを止めるか、という事になるのだろう。
レキがいる以上敗北は無く、いくらでも戦っていられるはずだ。
それこそ、自分達で戦闘を止めない限り森のゴブリンが全滅するまで戦い続けてしまう可能性すらあった。
事前にゴブリンの数を把握しておいたのも、どの程度倒せば良いかを知る為なのだ。
一クラス五十匹。
それは各クラス二に割り振られたゴブリンの数であると同時に、レキ達が戦いを終える基準でもある。
厄介なのは、こちらが戦いを終えようともゴブリン達はお構いなしに襲ってくる点だろう。
多少は知恵も働くゴブリンと言えど、相手が人の、それも好物である子供とあれば撤退する事無く襲ってくる。
圧倒的な力の差を見せつける事で、頭では無く本能で逃げ出す可能性もあるが、それが出来るのはレキだけ。
だが、もしレキがそれを行えば森中のゴブリンが恐慌状態に落ちる可能性がある。
戦闘を止めるタイミングを見極めつつ、撤収の際には何かしらけん制など行う必要がありそうだ。
「レキ様が魔力を放てばゴブリンも撤退するのでしょうけど・・・」
「やり過ぎるなって言われたばかりだしな~」
「少しくらいなら良いのではないか?」
「他のクラスと同程度に抑えろという事なのでしょう」
「撤退時の対処も課題の一つという事だな」
何もかもレキに任せるつもりは無いが、レキに任せた方が早く確実なのも事実。
戦闘自体は皆で力を合わせるにしても、十分戦った後なら少しくらいは・・・と考えてしまうのは仕方ない。
だが、それすらも課題であると言われれば、やはりレキに頼らず自分達で何とかするべきだろう。
「話し合いはそろそろいいか?
時間だ」
「はい」
「はっ!」
これから約半日ほどかけて、レキ達は森の中央にある湖を目指し移動する。
今日中に、出来れば日が沈み切らない内にたどり着くこともまた課題である。
「最悪レキを殿に湖の結界まで全力で移動しよう」
「それが確実かも知れませんね」
「え~」
冷静な指揮官二人。
不満を漏らすレキも、腰の剣を確認しながら合図を待った。
――――――――――
「そろそろいいか・・・」
そう言って、レイラスが魔力を高める。
ただ魔力を放出しては森の中のゴブリンに気取られる可能性がある。
重要なのは指向性を持たせ、その他の方向には極力魔力を漏らさない事。
必要となるのは精密な魔力操作。
並大抵の魔術士には不可能なそれを、最上位クラスの担任であるレイラスはいとも容易くやってのけた。
「・・・すごいです」
「えっ?
何がだ?」
カルクなどでは感知する事も出来ないほど、その魔力には無駄が無かった。
察知出来たのはミームとルーシャを除く女子と、男子ではレキくらいだろうか。
「確かにレイラス先生の周囲には魔力が感じられないけど・・・」
「それだけ完全に制御しているという事なのだろうな・・・」
レイラスの魔力は分からずとも周囲の魔力の流れはかろうじて分かったようだ。
そこからレイラスの制御力を理解し、ユーリとガージュもまた感心していた。
察知できないからこそ分かる事もある、という事なのだろう。
「良く分かんないけど凄いんだ」
「はい、そうだと思います」
「・・・分かんねぇ」
ミーム、ルーシャ、カルクが首を傾げる中、それまで目を閉じ集中していたレイラスが一つ頷いた。
「良し、では行くぞ」
他クラスの教師と連携が取れたのだろう。
レイラスの合図に、レキ達が隊列を組む。
先頭に立つのはレキ。
中央にガージュを、最後方にルミニアを配置し、それぞれが指示を出す。
ユーリはガージュの補佐、ルーシャはガージュのすぐ後ろで支援を担当。
カルクとミームがガージュの左右に付き、それぞれ警戒を行う。
ルミニアの補佐はファラスアルム。
その二人をユミとフランが護衛に付く。
レキを除き、ガージュを中心とした第一チームと、ルミニアを中心とした第二チームと言う配置である。
「レキ様が警戒している以上、不意打ちは避けられるでしょうけどね」
昨年も、ゴブリンの接近にいち早く気づいたレキである。
今回もまた、森の中こちらの動きを伺い襲い掛かろうとしているゴブリンの動きを察知する役目を担う、というか既に掴んでいたりする。
こちらから打って出る事も可能だろう。
だが、それではチームがバラバラになる可能性もある。
ただでさえ視界の悪い森。
一か所に固まって動くなら、迎え撃つ方が何かと都合が良いのだ。
「あっ」
「な、なんだ?」
「レキ様?」
しばらくの間、何事も無く時間だけが過ぎていた。
警戒の為か、あるいは仲間と歩調を合わせていたからか、比較的ゆっくり歩いていたレキが声を上げた。
さすがに森へ入れば緊張もするのだろう、レキの声にガージュがビクッと反応し、纏め役であるルミニアが尋ねた。
「向こうの方で戦いが始まったみたい」
「向こうと言うと・・・」
「下位クラスの方、かな?」
最初にゴブリンと接敵したのは、どうやら下位クラスのようだ。




