第421話:休憩中の一幕
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野外演習初日。
昨年のガージュの様に、時間と体力がある内に少しでも長く進んでおこうと考える者はいるが、そんな昨年の経験から休める時に休んだ方が良いだろうと言う事で意見は纏まっている。
二日後に控えたゴブリンとの戦闘。
森にたどり着く前に少しでも体力を温存しておこうという考えだ。
昼の休憩ではさすがに天幕は用いず、皆思い思いの場所に座りながら学園が用意したお弁当を食べる。
お弁当が食べられるのも初日だけ。
新鮮な野菜としっかりと味付けされた肉。
それらを食べやすいようパンにはさんだ携帯食である。
味は抜群、天気も良く風も心地よい野外で、更には二年生全員で食べる食事は何とも言えない美味しさがあった。
許されるならこのままお昼寝をしたいところだったが、さすがに演習中にそれは無理である。
体力の温存には最適だが、緊張感や警戒心まで緩むのは演習としてダメなのだろう。
もちろん休憩中まで警戒し続けろ、と言うのも精神的な疲労を重ねるだけ。
皆、思い思いに体を休めつつ午後からの移動に備える。
そんな中、元気いっぱいなレキは久しぶりにミリスと模擬戦を行う事となった。
――――――――――
「いくよっ!」
「来いっ!」
二年生が輪を作り、その中心でレキとミリスが対峙していた。
フロイオニア学園はおろか他の学園含めて最強の学生レキと、他国にもその名が知れ渡っている剣姫ミリスとの特別試合。
野外演習中にも関わらず模擬戦を行う事になったのは、レキとミリスにミルを加えた三人での雑談が発端だった。
騎士に憧れるミルは、中でも女性にして騎士団の中隊長になった剣姫ミリスをとりわけ尊敬している。
そんなミリスと話せるまたとない機会。
ミルはそれは嬉しそうに楽しそうにおしゃべりに興じていた。
レキという共通の友人もおり、またレキも含めて鍛錬好きという共通点もある為、話は大いに盛り上がった。
中でも盛り上がったのはお互いの日々に鍛錬について。
レキは王宮でも学園に来てからも毎日欠かさず剣を振っている。
型稽古に始まり手合わせまで。
それは王宮にいた頃から変わらず、それを指南したのは他ならぬミリスである。
いわばミリスはレキの師匠。
本人達もそう認めており、そんな二人に憧れるミルが私にもぜひ指南をと願いでた。
もっとも今は野外演習の最中。
さすがに今から指南するのは難しい。
いずれはという約束を交わしつつ、王宮にいた頃どのような指南をされていたのですかという話になり、それなら実際にやってみようかとなったのだ。
もう一度言うが今は野外演習の最中。
普通なら模擬戦など体力の無駄遣い以外の何物でもない。
にもかかわらず模擬戦を行うのはレキとミリスだからだろう。
野外演習中と言えどまだ初日、レキは言うまでも無くミリスもまた騎士団に籍を置く女傑。
お互い体力は有り余っている。
少しくらい剣を交えたからと言って、この二人なら問題ないだろうと許可が下りたのだ。
その裏には護衛であるミリスの実力を生徒達に見せておこうと言う、教師達の、もっと言えばレイラスの考えがあった。
明後日には森に入りゴブリンと戦う事になる生徒達。
いざと言う時は護衛の騎士達が助けに入るが、その騎士達の実力を知らねば頼るのに躊躇が生まれるかもしれない。
何より騎士達の実力を知っておくことで、安心して森に入る事が出来るだろう。
学園最強のレキと剣姫ミリスを戦わせる事で、自分達の実力とレキ達との差を見せつけておこうと言う考えもあった。
レキは言うまでも無く最強の生徒。
だがミリスも剣姫の二つ名で知られる騎士である。
そんなフロイオニア王国が誇る最大戦力の一角を担う二人の模擬戦。
生徒にも良い勉強になるはずである。
レキの実力は知っていても、さすがに剣姫ミリスに勝てるはずが無いと考えたり、レキが剣姫ミリスの弟子である以上ミリスの方が強いと考える生徒は多い。
反面、剣姫ミリスとてあのレキに勝てるはずが無いと考えてしまう生徒もいるようだ。
中には、レキ様に勝てる存在などこの世界にはおりませんなどと何の根拠もなく考えるどこぞの生徒もいる。
二人の実力を良く知る生徒もまた、この試合に関しては予想がつかなかった。
身体強化は無し、魔術も無し、純粋な剣技のみでの勝負という条件がある為だ。
王宮にいた頃、レキとミリスの二人の勝負はミリスの方が勝ち越している。
同じ条件、と言うより剣術の鍛錬の一環で行われた模擬戦である為、純粋な剣技で上をいくミリスの方が有利なのだ。
レキもこの一年で剣術の腕前も更に伸ばしている。
毎日欠かさない鍛錬に加え、多くの生徒と手合わせもしてきた。
実力に加え試合の経験も重ねた今のレキなら・・・。
「たあっ!」
久しぶりとは言え、王宮にいた頃はそれこそ毎日のように戦っていた二人である。
開始の合図すら必要とせず、胸を借りるつもりで弟子のレキから仕掛けた。
何時もの手合わせや模擬戦とは違う。
相手はレキより技量で勝るミリスである。
受けに回ってしまえば何もできずに終わる可能性が高い。
その事を、誰よりもレキが知っていた。
「はっ!」
レキの剣をミリスが受け流す。
力を込めて振るわれた剣を流され、レキがほんの一瞬無防備な側面を見せる。
その隙を逃さず、ミリスが剣を突き出した。
その剣をレキがもう片方の剣で受けとめつつ、反動を利用し後方へと着地する。
再び見合う二人。
次に攻めたのはミリスの方だった。
「はあっ!」
「わっと!」
レキの腰から下を狙う横なぎの剣。
癖なのか、レキがそれを軽く跳んでかわした。
ただ跳んでかわしてしまえば更なる隙を晒す事になるが、レキは攻撃を避けつつミリスめがけて両の剣を振り下ろしていた。
もちろんその程度の反撃をミリスが受けるはずもない。
左手に持つ盾を構えつつ、当たる瞬間ミリスは盾の角度を変えレキの剣を受け流した。
「わわっ!」
盾に剣を強く打ち付け、その反動を利用して再び距離を取るつもりだったのだろう。
レキの思惑はミリスの盾術によって阻止され、空中で踏ん張れなかったレキが姿勢を直しつつその場に着地する。
それがミリスに対する絶対の隙になった。
何とか両足で着地したレキではあるが、眼前にはミリスの剣が突き付けられていた。
「・・・まいった」
「うむ」
時間にして一時間も経っていないだろう。
身体能力に頼らない剣技のみでの勝負は、指南役であるミリスの方がまだまだ上のようだ。
――――――――――
「レ、レキが負けた?」
「えっ、なんで?」
「あの人剣姫ミリスだよね?
やっぱレキより強いんだ・・・」
見学していた生徒達が案の定騒ぎ始めた。
レキの実力が圧倒的な事は二年生の誰もが知っている。
それこそ、身体強化を施さずとも武闘祭で優勝してしまうくらいには、レキの実力は飛び抜けている。
そのレキが敗れた事に驚く生徒達。
だが、相手が剣姫でありレキの指南役でもあった為か、騒ぎはそれほど長くは続かなかった。
「さすがミリス様ですっ!」
「うむ、さすがミリスじゃ」
「今は中隊長でしたっけ?
また腕を上げられたのでしょうか」
真の実力ではないとはいえ敗北は敗北。
尊敬する、あるいは仲の良い、あるいは敬愛するレキが負けたとはいえ、ミルやフラン、ルミニアは特に騒ぐ事は無かった。
彼女達が騒がなかったのは、ミリスの実力もまた良く知っているからだろう。
武闘祭同様、レキは身体強化を全くせず、純粋な剣の技量のみで戦っている。
いわば模擬戦を通じた指南だったのだ。
剣の技量ならミリスの方が上。
それを知るからこそ、フラン達はこの師弟対決の結果を素直に受け止める事ができたようだ。
レキが強い事は二年生の誰もが知っている。
だが、レキの本当の実力を知る者はごくわずかしかいない。
魔の森で生きていたとか、フランと初めて出会った時の逸話を聞いた事のある生徒はいるが、どれもが荒唐無稽な話である。
今更レキが強い事を否定するつもりは無いが、うわさに聞くほどではないだろうと言うのが多くの生徒の見解だった。
故にこんな事もあるのだろう。
ほとんどの生徒は模擬戦の結果をそう受け止めていた。
レキは強いが騎士ほどではない。
剣姫ミリスはその二つ名に相応しい実力を有している。
そんなミリスを始めとした騎士達が、明日は護衛に付いてくれる。
二日後、ほとんどの生徒は初めての実戦に赴く。
相手は昨年生徒達が恐怖を覚え、逃げる事しか出来なかった魔物ゴブリン。
昨年より実力を上げているとは言え、受けた恐怖はまだ生徒達の中に残っている。
いざゴブリンを前にして、萎縮せず普段通り戦えるかどうかは正直分からなかった。
生徒達には一チームに付き騎士と魔術士がそれぞれ一名ずつ護衛に付く。
最悪、その騎士達が助けに入る予定となっている。
護衛の強さが分かれば、窮地に陥っても即助けを求める事が出来るだろう。
むしろ護衛の強さが分からなければ、頼るより先に方々へ逃げ出す可能性すらあった。
学園最強の生徒であるレキとの模擬戦を見た事で、少なくともミリスの実力はある程度分かったはず。
レキでも勝てないミリス達騎士が護衛に付いてくれる。
これほど心強い事は無いだろう。
「レキ君には済まない事をしたようですが・・・」
「なに、レキも喜んでいる」
「ミリス殿はレキ君の師匠だったとか」
「剣術では勝てないとレキも良く言っているな」
レキの中に学園最強という肩書への驕りがあれば、皆の前で負けた事はただ恥をさらしただけとなる。
だが、レキには自分が強いと言う自覚こそあれどそれに驕る気持ちは欠片も無い。
何よりレキは、どんなに強い者でもいつかは死んでしまうという事を知っている。
あれほど強く頼りがいのあった父が、優しく強かった母が、レキを守る為に死んでしまった。
故にレキは、自分の大切な者を守る為、驕る事なく日々研鑽に務めているのだ。
ミリスはレキが森を出てから学園に入るまでずっと剣を教わってきた女性である。
剣の振り方から対人戦における駆け引きまで、ミリスに教わった事は殊の外多い。
レキの中でミリスは師匠であり、この世界で頭の上がらない人の一人なのだ。
そんなミリスに負けたからと言って、レキが己を恥じる事は無い。
やっぱりミリスは強いやと、彼女に対する尊敬の気持ちを強くしたくらいである。
「レ、レキ様が負け・・・」
負けたはずのレキが笑顔でミリスにまとわりつき、ミルと一緒に模擬戦の感想を語り合う。
そんな三人にフラン達が駆け寄りワイワイと騒ぎはじめた。
レキを中心に生まれた輪を他の生徒達が見守る中、ここ数日でレキへの崇敬の念が留まる事を知らないルーシャが、愕然とした表情で持っていた杖を落としていた。




