第42話:エラス今昔物語
「さて、めでたくも領主の一人娘と結婚した冒険者の男ですが、結婚と同時に領主が引退を表明し、次の領主は娘の伴侶となったその男を指名したそうです」
「国は何も?」
「一応義息子に当たりますし、他に跡継ぎもいなかったので・・・」
「エラスの領主になりたがる貴族もいない」
「街で好き勝手しつつも領主としての勤めは最低限していたそうですし、国への報告もしっかりと行っていたそうですので。
あ、ちなみに先ほどの領主の所用も国への報告だったそうですよ」
こうして無事跡継ぎを得た領主は引退、冒険者だった男が新たな領主となった。
元々冒険者として幅広い知識と経験を持ち、エラスの街を拠点としていた事で街の事情にも明るく顔も広かった。
娘との仲も良好で、館の住人からの信頼も厚く、領主としては文句が無かった。
無さすぎた。
新たな領主となった男は、まず街の現状を改善すべく動き出した。
冒険者時代のつてを使って様々な街から商人や鍛冶士、大工に冒険者仲間を呼び寄せた。
元領主の配下や娘の伝手も頼り、街の衛兵の募集も行った。
そうして街を発展させつつ治安も改善させ、それまであった掃き溜めの街というイメージの一掃を始めたのだ。
街の東側に手を付けると同時に、西側は歓楽街を残して整理を行った。
スラムにいた住人などそもそもが不法滞在者である。
とは言え有無をいわさず退去させてしまえば後の遺恨となりかねないので、一先ず作業員として雇ったり腕に覚えのあるものは冒険者ギルドに斡旋もした。
スラムの住人達も、元々街では名うての冒険者だった男に逆らう事が出来ず、最初はしぶしぶと従っていたものの、次第にやりがいを感じ始めて街の発展に貢献する者も現れた。
もちろん馴染めず最後まで反抗的な者もいたが、そういう者に限って特に何か行動するわけでもなく、街の住人に嫌がらせをしたり旅行者にからんでは金を巻き上げようとしては捕まっていった。
「昼間の連中はその残り?」
「そんなところでしょうね」
こうして少しずつ街を改善していった冒険者の男・・・。
「冒険者?
この場合は元ではないのか?」
「冒険者証を返納しない限り引退はない。
よって兼任も可能」
「ああ、そう言えば・・・」
街を改善していった冒険者の男であるが、問題が無いわけではなかった。
特に男の義父である前領主。
そもそも引退はすれど実権は握っておきたかった前領主は、当然領主交代後もあれこれ口を出そうとしてきた。
それを食い止めたのは男の妻であり前領主の娘だった。
自分の夫に頼まれるでも無く、前領主が口を出そうとすれば自分が対応し、適当な世間話をしてごまかした。
埒があかないと押しかけてくれば、今度は付きっきりで対応した後に追い返した。
元領主の配下だった者達も協力し、結局何も出来ないまま一年が過ぎたそうだ。
「娘もやり手だな・・・」
「新領主にベタぼれで、なおかつ新領主の理想に心から賛同した結果らしいですよ。
それに」
「それに?」
「娘は娘なりに街を愛していたそうですから」
「なるほど」
前領主の介入を防ぎながら一年が過ぎた頃、本格的に介入しようと前領主が今度こそはと意気込んで屋敷に押しかけたのだが・・・
そこには前領主が予想もしていない事態が待ち受けていた。
「懐妊?」
「ええ、つまり子供が出来たのですよ。
新領主と娘の間に」
「ほう、それは・・・」
子供、前領主からすれば孫の誕生に、前領主は驚きそして涙を流して喜んだ。
生まれたのが男の子と言うものあったのだろう。
元々跡継ぎを欲していた前領主は、生まれてきた男の子をそれはもう可愛いがったそうだ。
娘の事は目に入れても痛くない、と称していた前領主である。
孫に対してはどうか?と周りが気にした所、両腕に大事そうに抱いた孫を笑顔で見つめながら、前領主はこう言ったそうだ。
「私は、この子に会う為に生まれてきたのだ」
その言葉を聞いた周りの者達は、等しくこう思ったそうだ。
「親バカが爺バカになりやがった」と・・・。
その後、見事爺バカになった前領主は孫に会うという名目で館に来る頻度が上がった。
当初は本当に孫に会いに来るだけだったのだが、孫の世話をする娘を見ながらなんとなしに街の様子を聞いた所、急に立ち上がったと思ったら新領主の部屋に押しかけこう言ったそうだ。
「孫が安全に暮らせる街にしろ!」と・・・。
「お前が言うな!」と言った感じではあるが、折角前領主が改心(?)したのを機に、街の開発計画は大きく見直された。
エラスの街のみならず、領内の村人達からも作業員を集い、街全体の再開発に乗り出したのだ。
費用が足りなければ冒険者時代に溜め込んだ私財すら投げ出した。
それでも足りなければ前領主に頼み、前領主も孫の為ならばと領主時代に好き勝手やって貯めこんだ私財を遠慮無く吐き出したそうだ。
こうして領主交代から二年。
掃き溜めの街と呼ばれたここエラスの街は、西側にその名残を残す程度の健全な街へと変わっていったそうだ。
「つまり、王都で聞いていた街は二年前のエラスの街ということ?」
「ええ、何分王都から遠いですし、情報が伝わりにくかったのでしょう。
現領主も王都への報告より街の開発を優先したようで、報告のため王都へ出向いた事はないそうです」
「いいのかそれは」
「最低限の報告は手紙などで済ませていたそうですよ?
ですが、元々見捨てられたような街ですので・・・」
魔の森に近い街として、魔の森やその周辺の状況については常に気を配っていたが、エラスの街自体はあまり重要視していなかったのだ。
王都まで距離もあり、手紙とはいえ報告さえあれば問題は無しとしたのである。
もちろん何かあれば領主とてちゃんと報告はするだろうし、王国としても手助けはする。
だが、何もなければ基本的には領主に任せるのが王国のやり方なのである。
だからこそ前領主は好き勝手振る舞っていたのだろうし、現領主もある意味自由にやれている。
「状況は分かった。
でも、分からない事がある」
「なんでしょう?」
「何故その男はそこまでして街を良くしようとする?」
「ああ、確かに。
冒険者なら他の街に移れば良いと考えるだろうからな」
「そうですね・・・。
一つはこの街が男の生まれ育った街だという事。
一つは男は男で自分の伴侶を愛していたと言う事。
最後は、その男は面倒見が良すぎるという事でしょう」
「・・・新人の冒険者を見捨てられないのと同様に、この街を見捨てられなかったと?」
「ええ、そのようです」
ちなみに、領主となった冒険者の男の話は、このエラスの街ではかなり有名なのだそうだ。
冒険者として活動していた時から面倒見の良かった男は、領主となった後もちょくちょく街に赴いてはいろいろと世話を焼いているらしい。
暇を見ては冒険者としての活動も行っているようで、ギルドにも良く顔を出しているそうだ。
「なるほど・・・だからあの時ギルドにいたのだな」
「冒険者ならギルドに出された依頼から街の状況を把握するのは容易い」
「冒険者兼領主ですからね、ギルド側も何かあれば報告するでしょうし・・・」
冒険者ギルドと密接な関係のある領主は、街としてもギルドとしても歓迎されているのだろう。
何かあれば自分から出向く、何も無くても顔を出すような男だ。
ギルドとも細目にやり取りしているようだ。
「しかし、良くここまで調べたなリーニャ」
「私はただレキ君達と話しているあの方は何者ですか?
と尋ねただけなのですけどね・・・」
「それでここまで?」
「はい」
つまりそれだけ有名人であり、同時に隠すような話でもないという事だろう。
それでも王都に情報が届かなかったのは、エラスの街が人の行き来が少なく王都から離れている為と思われる。
聳え立つ壁の様に、意図せず閉鎖的となったエラスの街。
その分、街の中での出来事は少し調べただけでも事細かに知る事が出来るようだ。
――――――――――
「ミリスは?」
「私の方は特に報告するような事はないな」
「そうなのですか?」
「ああ、ギルドで最近何か変わった事はないか確認したのだが・・・」
街の情報はリーニャに任せ、ミリスは街の周辺の状況について調べていた。
エラスの街周辺に出現する魔物や野盗の情報、採取依頼の状況から周辺の地理についてなど、これからの旅に必要な情報を中心に集めたのだ。
そして分かったことは・・・
「特に無い」
街やその周辺に目立った問題は起きておらず、平和であると言う事だ。
「何も問題は無いと?」
「ああ、そうだ。
魔物の異常繁殖も無ければ薬草などもいつも道り採取できている。
野盗など、ここ数ヶ月出ていないそうだ」
「・・・そう」
魔の森に近いエラスの街は、魔物の動向には敏感である。
何時あの森から魔物たちが襲ってくるかも知れないと、壁を隔てて常に監視を行っている。
あの壁は、万が一森の魔物が迫ってきた時に街とそこに住む住人を守る為の最終防壁なのだ。
もちろん気を配るのは魔物だけではない。
街に住んでいた元ならず者達。
脛に傷を持つ彼らは、以前は様々な場所で様々な事を行っていた者達である。
その中には当然、元盗賊だとか野盗と言った者達もおり、さらには今も伝手を持っている者すらいる。
そういった者からの情報も、ギルドは少なからず把握しているらしい。
そして分かった事のは、フラン達を襲ったという野盗の情報は、少なくともエラスの街には届いていないという事だった。
「私達が野盗に襲われたのは四日前。
襲われた場所もフィサス領内。
情報が届いていない可能性は大いにある」
「他の野盗の情報は?」
「それも無いそうだ」
「つまり、エラスの街周辺に野盗はいないと?」
「そうなるな」
エラスの街は人の行き来が少ない。
野盗がいないのも頷ける話だ。
フラン達が襲われたのも、エラスとは方角の違うフィサス領内での出来事。
魔の森に向かったのは野盗の追撃から逃れる為で、襲撃さえなければ今頃は別の街道を進んでいるはずであった。
「私達は魔の森で一夜を過ごした。
その後は別方向から森を抜けた。
野盗の追撃は振り切ったと考えて良いかも知れない」
「ああ、魔の森からエラスの街までは見晴らしの良い平原が続いていた。
にも関わらず野盗の目撃情報が無いのだから、ほぼ諦めたとみて良いだろうな」
「そうですか・・・」
幸い、魔の森の入り口まで追ってきた連中はレキが撃退した。
命こそ奪ってはいないだろうが、場所が場所だけに今頃は魔の森の魔物の餌になっている可能性もある。
生きていたならフラン達が魔の森に入ったと言う情報が伝わっているだろう。
通常なら魔の森に入るなど自殺行為であるが、もしフィルニイリスの狙いが読まれていたなら・・・。
そう考えれば、レキと出会った事はこれ以上無いほどの幸運だったのだ。
「つくづくレキ君には感謝しなければいけませんね」
「ああ、全くだ」
「感謝はしてる。
そして恩も返す。
具体的には王都に戻ったらつきっきりで・・・」
「嫌われない程度にしておけよ?」
もしコレが運命であるならば、なんとも皮肉な運命だろうか。
レキの村が野盗に襲われなければレキは魔の森におらず、自分達は魔の森で息絶えていた。
レキが魔の森にいたからこそ、自分達は助かったのだ。
野盗に襲われ、全てを失ったレキが、同じく野盗に襲われた自分達を助けてくれた。
レキにとっての悲劇が、自分達の救いとなった。
レキに、あるいは運命とやらに、感謝せずにはいられないリーニャ達。
彼女達が見つめる先では、レキとフランが幸せそうな寝顔で仲良く眠りについていた。




