第402話:ガドの決意
ガドがいない事に気付いたのは、レキ達が二年生の寮へ引っ越す前日だった。
一年生の授業が終わり、二年生になる為の準備期間中、レキ達は街へ繰り出したり中庭で鍛錬したり、あるいは二年生の寮へ引っ越す為の準備に勤しんでいた。
みんな揃って最上位クラスに残留出来る事に喜び、みんなでお茶やお菓子で盛大にお祝いした時には確かにガドもいた。
その後、ガドは部屋の片づけがあるからと中庭に出る事もせず部屋に籠った。
邪魔になるだろうと、レキ達もあえてガドを呼ぶ事は無かった。
それでも食事くらい一緒に行こうと誘う事もあったが、ガドがその声に応じる事は無かった。
ただ、それまでも鍛冶の作業に集中するあまり部屋のノックや声かけに気付かない事があった為、今回もそうだろうと気にしなかった。
レキ達にも二年生になる為の準備があった。
部屋の片づけから古くなった物の処分や買い替え。
それとは別に街への買い出しなどやる事はいくらでもあり、ガドもそんな感じで忙しいのだろうと勝手に考えていたのだ。
気が付いたのは、引っ越す前に二年生の寮や学舎、教室を見に行こうとみんなを誘った際、ガドにも声をかけた時だ。
ガドはレキ達のかけがえのない仲間である。
日々の行動に強制するつもりはないが、折角のイベント事は一緒に行いたい。
断られても良いからせめて声だけでもかけておこうと考えるのは友達として当然だろう。
最近会ってないなと振り返り、じゃあみんなで行こうと女子も誘ってガドの部屋へ向かった。
ガドの部屋は鍛冶道具であふれ、下手に触って壊してしまえば問題だろうと、普段は粗雑なカルクですら許可が無い限り勝手に部屋に入る事は無かった。
ちゃんとノックをし、中にいるガドに呼びかけ、「む」と返事を確認してからでなければと、誰もが気を付けていた。
返事が無い場合は、部屋にいないか、あるいは作業に集中している時だ。
今日もノックをした。
返事は無く、部屋の中からは音も気配もしない為部屋にいないのだろう事は分かった。
じゃあどこにいるのだろうと考え、鍛冶屋に行ったのかなと判断したレキ達は、仕方なくガドを除いた九人で新しい教室へと向かった。
教室の作りは一年の学舎と変わらず真新しさは無かった。
それでも今までとはどこか違う感じがするのは、レキ達が二年生になるからだろう。
成績順に割り当てられた席に着き、そういや去年はガージュがなどと思い出話に花を咲かせていたところ、レキ達が来ている事に気付いたのだろうレイラスに声をかけられ、そして聞かされたのだ。
「ガド=クラマウント=ソドマイクはマウントクラフ山国に帰った」
と。
――――――――――
「・・・へ?」
その声を発したのは誰だったか。
ルミニアですら、レイラスの言葉を理解するのに少なくない時間を必要とした。
ガドがマウントクラフ山国に帰った。
という事はつまり、ガドはもうこのフロイオニア学園にいないという事だろうか。
言葉の意味は理解できたが、内容を理解する事が出来ないでいた。
「な、なんで・・・?」
カルクの呟くような疑問に、レイラスはしっかりと答えてくれた。
「己の力量不足を痛感し、修行の為に戻る事にしたそうだ
今のままではお前達の武具を扱う資格は無いとな」
レキ達の武具の手入れは、これまでずっとガドに任せてきた。
押し付けていたわけではなく、ガドの方からお願されたのだ。
ガドの技術が確かな事を、レキ達は知っている。
まだ学生である為一人前とは言えないのだろうが、少なくとも今までの手入れに不満を抱いた事は無い。
鍛錬中には武器の扱いについてアドバイスもしてくれた。
ガドのアドバイスが無ければ、ユミは体に合わない大剣を今も振るっていたかも知れない。
皆、ガドの事は信頼していた。
故に、ガドはその信頼に応えるべく、日々精進していた。
ガドの技術は父親に習ったものだ。
本格的に教わっていた訳ではないが、それでも同年代の山人に比べれば十分すぎるほどの技術を持っていた。
多少の自負はあったのだろう、それでも驕った事は無く、ガドはいつも腕を磨く為部屋で修行したり街の鍛冶屋に教わりにも行っていた。
ガドはまだ子供で学生、鍛冶士見習いですらないのだから力量不足は当然。
それでもレキ達がガドの手入れに不満を抱いた事も無ければ述べた事も無い。
にもかかわらず、ガドがマウントクラフ山国に戻った理由。
それは、大武闘祭で知己を得たマウントクラフ学園の代表生徒達にあった。
「お前達も覚えているだろう?
マウントクラフ学園の代表生徒達は、少なくともガド=クラマウント=ソドマイクより高い技術と確かな鑑定眼を持っていた」
それはある意味当然の話である。
マウントクラフ学園の代表生徒は皆四年生。
ガドより年上で、ガドより三年も長く鍛冶の勉強をしている。
マウントクラフ学園は鍛冶を専門に学ぶ学園である。
そこでの四年間は、普通に学ぶより遥かに多くの経験と知識を得られるに違いない。
サラやギムがその証拠だ。
「ガド=クラマウント=ソドマイクが気付けない僅かな不備、それを指摘されガド=クラマウント=ソドマイクも己の未熟さを思い知ったのだろう」
正確には「改めて思い知らされた」と言うべきか。
自分が未熟である事はガドも自覚していたが、具体的にどの程度なのかは分かっていなかった。
あるいは、その未熟さがレキ達の命に係わるかも知れない事を理解していなかった。
レキ達に信頼され、不満を抱かれない程度には己の技術に自信を持っていた。
それが、サラやギム達の指摘によって崩れてしまった。
「で、でも・・・」
「不満を抱かれないからと言って、そこで満足してしまえばそれ以上成長できない。
これを機会に改めて鍛冶の勉強をするそうだ」
不備を不備だと気付けなかった。
剣が折れても、その原因が分からなければ次もまた同じ過ちを犯すかもしれない。
それどころか、剣が折れるのは使い手のせいだなどと考えてしまいかねない。
この世界で最強の生物と言われるレキも、それに驕る事なく毎日鍛錬をしている。
ミリスに剣術を学び、フィルニイリスに魔術を教わり、学園に来てからも毎日欠かす事なく剣を振るい、魔術の研鑽にも務めている。
そんなレキの姿もまた、ガドが己を顧みるきっかけとなったのだろう。
「お前達がガド=クラマウント=ソドマイクと知己を得ていなかったとしよう。
その状況でガド=クラマウント=ソドマイクとサラ=メルウド=ハマアイク、双方の技術を見たお前達なら、どちらに剣を預ける?」
ガドに手入れを任せていたのは友達だから。
もし、同じクラスに今の技術を持ったサラがいたら、レキ達は果たしてどちらに手入れを頼んだだろうか?
技術より信頼を取ると言う話も分からなくはない。
信頼できない相手に己の命とも言える剣を預けるなど出来やしない。
ただし、ガドとサラ、どちらも同じくらい信頼できる相手だったとしたら、少しでも高い技術を持つ方に預けようと考えるのは自然な事だ。
「お、俺は・・・」
「同じ技術を持っていたならそれは単に好みの問題だろう。
だが、サラ=メルウド=ハマアイクはガド=クラマウント=ソドマイクより確実に高い技量を持っていた」
剣は剣士の命。
武具は己の身を護る物であり、仲間の命を救う為の物である。
例えば一年生の前半に行われた野外演習。
カルクやミームなど、あの時に初めて実戦を経験した者は多い。
もしあの時に武具が壊れていたなら・・・。
そう考えれば、確かな技術を持つ者に武具を預けるのはむしろ当然だろう。
レキ達はその当時から武具の手入れをガドに頼んでいた。
今のところガドの手入れに不備は無く、武具が壊れるような事態には陥っていない。
だが、これからもそうであるとは限らないのだ。
野外演習は二年目にも行われる。
一年生は森の湖に行く事が目的だったが、二年生からは魔物の討伐こそを目的とした演習となっている。
つまり、レキ達は今後本格的な戦闘を経験する事になるのだ。
今はまだ、ガドの技術でも問題は無いのかも知れない。
だがもし、ガドの技術では足りない事態に陥ったなら・・・。
「・・・」
「ガドもそれに気づいたのだろう。
たまたま同じクラスにいるから、仲間だから剣の手入れを任されていたのであって、決して己の技術を認めてもらっていたからではないと」
「そんなことっ!」
無い。
そう言えるのも、ガド以外の鍛冶士を知らないから。
もし、ガド以外に仲が良く、ガド以上の技術を持つ仲間がいたとしたら・・・。
もちろんそれは仮定の話。
実際、レキ達はガド以上に仲の良い山人の友人はいないし、ガドの技術にも不満を抱いた事は無い。
武具の手入れに関しても、ガドの技量で十分満足できていた。
つまり、これはガドの心の問題なのだ。
そうであるなら、レキ達に言える事はもう何もない。
「・・・せめて一言」
「お前達の顔を見たら決意が鈍りそうだと言っていたぞ」
ガドもギリギリまで悩んでいたのだろう。
それでも帰国を決意したのは、それだけガドの向上心が高かったという事だ。
『・・・』
教室に沈黙が降りた。
誰もが悲しそうな顔をしていた。
ユミやファラスアルムなどは涙をこらえるのに必死だった。
「お前達に手紙を預かっている」
『っ!』
レイラスが懐から取り出した手紙。
レキが即座に反応し、目に見えない速度で奪い取った。
フラン達がレキの周りに集まる。
それを見たレイラスが、静かに教室を出た。




