第397話:最後の願い
「いくぞっ!」
自ら開始の合図を出しつつ、ティグ=ギが全力でレキへと突っ込んだ。
今のティグ=ギは四年生の代表でもなければ昨年の準優勝者でもない。
ティグ=ギは挑戦者である。
胸を貸すのではなく借りる立場。
故に、ティグ=ギの方から全力で仕掛けるのは当然なのだ。
一足跳びに間合いを詰め、両手の拳を振るう。
武闘祭以降新調したと言う小手を身に付けた拳は、下手な鈍器以上の威力がある。
まともに食らえば悶絶し、臓器にすらダメージを与えるだろう。
だがそれもまともに当たればの話。
この程度の攻撃がレキに通じるなど、ティグ=ギ自身思っていない。
受けに回れば即座に試合が終わってしまう。
挑戦者は挑戦者らしく、ただ攻め続けるのみなのだ。
「うおおぉ~!!!」
ティグ=ギが吠える。
四年間の研鑽、その全てをレキにぶつけるべく、開始直後からただひたすらに攻撃する。
そんなティグ=ギの攻撃を、レキは時にかわし、時に受け流し、隙あらば剣を振るった。
一瞬の油断が即敗北に繋がるのは、戦いの場では当然の事。
試合なら、学生の大会ならばこそ敗北しても次があった。
昨年の武闘祭、決勝で負けたティグ=ギは来年こそは優勝して見せると心に誓った。
三年生の時は、来年があった。
ティグ=ギは四年生。
あと一月で、このフロイオニア学園を去らねばならない。
卒業後の事はまだ決めていない。
以前は、騎士団のような格式ばった場所は自分に合わないだろうと考えていた。
故郷に帰り、一先ずは狩人や冒険者にでもなって過ごそうなどと、漠然と考えていた。
最近では騎士団に入るのも良いかと思うようになった。
個人の強さに固執しなくなったのがその理由だろう。
武闘祭が終わり、連携訓練にも参加するようになったティグ=ギは、集団での戦闘の楽しさが分かるようになった。
もちろん狩人になって魔物と戦うのも、冒険者になって自由気ままに旅するのもありだ。
将来を漠然と考えるのではなく、楽しみを見出せるようになった。
それもこれもレキに負けた事がきっかけだった。
圧倒的な強者と戦い、自分などまだまだだと思うようになったティグ=ギは、強さへの欲求はそのままに、様々な可能性に目を向けられるようになった。
試合を楽しみ、将来は冒険者になっていろんなところに行ってみたいと目を輝かして話すレキ。
そんなレキに感化されてしまったのかも知れない。
レキより先に冒険者になって、いろんな場所を見に行くのも良いだろう。
狩人になっていろんな魔物を倒すのも良いだろう。
騎士団に入って己を鍛え直すのも良いだろう。
そうして、レキが卒業した暁には再戦を挑むのだ。
あるいは先輩冒険者や狩人としてレキにいろいろ教えてやるのも良い。
騎士団に入り、レキの師匠である剣姫ミリスに教えを乞うのも良い。
ティグ=ギの前には、様々な未来が広がっていた。
――――――――――
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
全身から汗を流し、肩で呼吸をするティグ=ギ。
対するレキは汗一つかいていない。
体力すら、レキとティグ=ギには差がありすぎた。
「レキ殿は体力も化物だな」
「魔の森で一日中狩りをしていた方ですから」
試合を見守るベオーサが、今更ながらにレキの化物っぷりに驚き、ルミニア達はいつも通りレキの戦いを静かに見守る。
二人の試合を見る生徒の反応は、大体この二人に似ていた。
昨年の準優勝にして今年の優勝候補筆頭だったティグ=ギ。
今年は油断も手伝い一回戦で敗退したが、それでも四年生で一番強いのはティグ=ギである事に誰も異論はない。
以前は慣れ合う事を許さず、代表だからという理由が無ければチーム戦にも参加する事は無かっただろう。
最近ではその一匹狼っぷりも薄れ、ベオーサを始めとした同じクラスの生徒達との会話も増え、鍛錬も一緒にするようになった。
それどころか、弱い奴は邪魔だと言わんばかりだったティグ=ギが、手合わせに応じたり時にアドバイスのような事すら送るようになった。
そんなティグ=ギの、自分達の代表である生徒の四年間の集大成ともいえる試合を、彼のクラスメイト達はただ黙って見届けた。
「ふぅ・・・やはり届かんか」
息を整え、汗をぬぐいながらティグ=ギが姿勢を正す。
レキに勝てない事など分かっていた。
この試合の目的も、今の自分の実力がどの程度レキに通じるかを知る為のモノだ。
結果、身体強化すらしていないレキの、足下にも及ばない事が分かった。
ティグ=ギの攻撃はやはり、ただの一度もレキに当たらなかった。
かわされ、受け流され、時には反撃すら受けた。
かろうじてかわし、更に追撃するもそれも避けられ、拳だけでなく蹴りをも繰り出すが隙を大きくしただけだった。
これで全力では無いというのだから、もう笑うしかない。
何が四年生の代表か、何が昨年の準優勝者か。
少しばかり地元で敵なしだったからなんだと言うのだ。
獣人の身体能力なら、純人の学園で勝ち続けられるのは当然だろう。
折角純人の学園にいたのだから座学や魔術をもっと学ぶべきだったのだ。
そうすれば、魔術士相手に試合を放棄する事も無かった。
遠距離からしか攻撃できない臆病者。
そう言って魔術士との戦いを避けてきたティグ=ギ。
それがどれほど愚かで、勿体ない事だったか。
学園を出ればより様々な相手と戦う機会がある。
その中には魔術士もいるに違いない。
今までの様な試合ではなく、命をかけた戦いも待っている。
そんな中、ただ戦いづらいという理由で背を向け、相手がそれを許してくれるだろうか。
それが命のやり取りであったなら、戦う意思を無くし、背を向けたティグ=ギに容赦なく魔術を放ってくるに違いない。
純人族の国フロイオニアの学園に来たのは何の為か。
地元で負けなしだった自分を、別の環境で鍛え直すつもりだった。
同じ獣人からでは学べない戦い方を知り、それを攻略する事でより高みを目指すはずだった。
いつの間にか己は最強だと驕り、魔術士相手にやる気を出さず、実力を知らない初対面の相手を一年生だからという理由で見下した。
ミームに負け、レキになす術も無く倒され、残ったのは四年生の代表だったという肩書だけ。
得る物は確かにあった。
だが、それがティグ=ギが心から望んでいた物かと言えば違う。
本当はもっと、欲しい物があったはずだ。
「最後に一つ頼みがある」
「ん?」
「貴様の全力を見せてくれ」
『っ!!』
ティグ=ギの言葉に、レキの全力を知るルミニア達が息をのんだ。
その願いは分からなくもない。
武人なら、否、武人で無くともレキの全力には誰もが興味がある。
レキが全力を出さない理由、それは相手を殺さない為であり、武術場その物を崩壊させない為。
王国最強の騎士ガレムや、槍のイオシスの異名を持つニアデル=イオシス公爵ほどの実力者なら、レキの全力も受け止められるだろう。
だが、強いとはいえただの学生であるティグ=ギが、果たしてレキの一撃に耐えられるだろうか。
王宮で何度も見た、ガレムやニアデルが容赦なくぶっ飛ばされる光景。
フランなどははしゃいでいたが、さすがにぶっ飛ぶのが自分の父親とあって、最初の頃はルミニアは心配で仕方なかった。
治癒魔術の練習をしたのも、そんな父親の身を案じたからかも知れない。
もっとも、何度もぶっ飛ばされ、その都度笑いながら起き上がる父親を見て、いつの間にか心配より呆れが強くなっていたのだが。
それでもレキの全力を知る者として、ティグ=ギの頼みは看過できるものでは無かった。
いくらティグ=ギの学生生活最後の頼みだとしても、それが彼自身の命にかかわってくるのであれば止めるべきなのだ。
それが出来なかったのは、ティグ=ギの目が真剣だったから。
正直、ルミニアはティグ=ギにあまり良い印象を抱いていない。
確かに一般的な獣人より多少は理知的で、最上級生としての落ち着きと実力、何より強さへの渇望は本物だろう。
だからと言って、油断で負けた相手であるミームにチーム戦を無視して挑んだ事と、その後の控室での言動は許せるものではない。
自分達の分までレキがボコボコにしてくれたからこそ、その後あまり引きずる事も無く合同授業でもそこまで険悪にはならなかったが、悪い印象は変わっていない。
先月の合同授業。
自分達のリベンジを果たさせる為あえてこちらを挑発し、チーム戦をしてくれた事に関しては感謝している。
それでも最初の印象が好転するほどではなかった。
だからと言ってティグ=ギがどうなっても良いとは考えていない。
死ぬかもしれないのだ。
同じ学園の生徒として、本当ならティグ=ギを止めるべきなのだろう。
フランはレキを信じている。
レキなら、例え全力を出そうともティグ=ギを殺めるまでは行かないだろうと。
ルミニアは万が一を想定した。
レキなら上手くやれるとルミニアも信じてはいるが、万が一が起きてしまえばレキの心にも傷を残すだろうと。
もちろんティグ=ギの身も案じてはいるが、レキの事を考えれば止めなければならなかった。
だが・・・。
ルミニアはティグ=ギを止める事が出来なかった。




