第391話:フランの心情の変化とある一日
「レキ様っ!
今日こそは一本取って見せますっ!」
そう言ってレキに挑むのは、上位クラス一番手のミル=サーラである。
王宮騎士団中隊長であり剣姫の二つ名を持つミリスに憧れ、そのミリスの一番弟子であり圧倒的な実力を持つレキに、ミルは純粋に敬意を抱いている。
武闘祭を経て中庭での交流を持つようになったミルは、それ以降こうして頻繁に手合わせを挑むようになった。
手合わせ以外にも、一緒に剣を振る、型稽古をするなどしたいのだが、そういった基本的な鍛錬は武術の授業に回し、中庭での自由鍛錬時間は手合わせや模擬戦に当てられている。
クラスが一緒なら・・・。
その想いは強く、故に先日行われた合同授業では念願かないミルはレキ達と思う存分基礎稽古から模擬戦までをこなした。
なお、その基礎稽古でレキ達のレベルの高さを知ったらしく、通常の授業でもミルはそれまで以上に真剣に挑むようになったと言う。
フラン達とも仲が良く、おかげで中庭での鍛錬にも参加する事が多い彼女は、当然ながら毎日のようにレキに手合わせをお願いしている。
元々真面目で、騎士になるという確かな目標も持っているミルは、レキ達との交流を経て着実にその実力を上げている。
他クラスや他学年との合同授業でも得る物があったのだろう、その成果と成長を見てもらおうと、こうして毎日のようにレキに挑むミルである。
合同授業のおかげか、中庭には更に多くの生徒達が顔を出すようになっていた。
レキと一緒に鍛錬をする者、その光景を見物する者、そしてフラン達の様にお茶を楽しむ者と過ごし方は様々で、特にこれまであまり他クラスと積極的に馴染もうとしていなかった生徒達も、合同授業をきっかけに交流が盛んになっていた。
元々貴族出身の生徒が多いせいか、中庭に設置されているテーブルではそこかしこでお茶会のような貴族子女達の交流会が開かれている。
普通のお茶会と違うのは、女子達の前で手合わせが繰り広げられている事だろう。
レキに挑んでは倒れていく生徒達。
その中には、サマクや王宮でレキに絡んできた生徒の姿もあった。
「む~・・・」
「どうされたのですか、フラン様?」
そんなレキの様子を眺めながら、お気に入りのお菓子を食べるフラン。
いつもならレキが誰かを倒す度、やったのじゃさすがなのじゃと我が事のように喜び胸を張るのだが、最近のフランはレキが誰かと手合わせする度、こうして頬を膨らませては不満そうにする事が多くなっていた。
「むぅ~・・・」
「お腹空いたの?」
「フラン様もレキ様と手合わせしたいとか?」
「あ~、そういえば最近レキと手合わせしてないわね」
以前ならレキとの手合わせする権利(?)を主張していたルミニア達。
最近では、中庭でもあまりレキを独占しようとはしていない。
合同授業を経て広がった交流の輪を乱さぬ様、自重しているのだ。
もちろん他の生徒達もレキを独占しようとはしていない。
以前の様に、フラン達は授業で散々手合わせしているのだからと、中庭での鍛錬くらい自分達を優先しろだなどと言った事も無い。
武闘祭、大武闘祭、そして合同授業を通じてレキの実力を知った生徒が、その強さに敬意を抱きつつぜひ手合わせをとお願いしている状態である。
順番もちゃんと守っているし、早朝に行われている基礎鍛錬に参加する生徒も少なくない。
レキが他者との手合わせを好んでいるという事もあり、フラン達はレキの好きなように過ごせるようこうして見守っているのだ。
合同授業は一日おきに行われている。
通常授業は今まで通りレキとの手合わせ権を賭けて勝負したり、あるいはレキ対九人で戦ったりしている。
レキも快く受けてくれるし、望めば稽古を付けてくれたりもする為、仲が悪くなったという事は絶対に無い。
中庭でのお茶会を通じ、他クラスの生徒と友誼を深めているからだろう。
レキが望むならと、それまであった変な独占欲が無くなったのだ。
それはフランも同じ。
相変わらずの無邪気さを誇るフランは、他クラスの生徒ともいち早く打ち解けている。
相手が貴族だろうと平民だろうと関係ない。
一度でも一緒に授業を受けたら、フランにとってはもう友達なのだ。
フランのいるテーブルには、いつものメンバーであるルミニア、ユミ、ミーム、ファラスアルムが集まっている。
そして、その周囲のテーブルには仲良くなった他クラスの生徒達が、フラン達と同じように仲良くお茶を嗜んでいる。
フラン達に見倣ったのか、各テーブルは貴族平民関係なく、仲の良い生徒が集まっているようだ。
合同授業以降に見られるようになった光景。
ガーデンパーティーの様な賑やかさの中、中心であるフランの頬は最近膨らみ気味であった。
「手合わせ・・・うむ、手合わせじゃ!
最近レキはわらわ達と手合わせしておらんのじゃ。
授業での模擬戦も良いがここでの手合わせもしなければならんのじゃ!」
前述した通り、一日おきに行われる通常授業で、レキはフラン達と模擬戦やら手合わせやらをしっかり行っている。
朝夕の鍛錬とて、フランさえ望めばいつでも相手してくれるだろう。
にもかかわらずそんな不満を述べたフラン。
「レキ様が取られたようで寂しいのですか?」
「うにゃっ!?」
独占欲の表れだった。
――――――――――
天真爛漫で好奇心旺盛。
無邪気で人懐っこく、王族でありながら身分をかさに着るようなことは無く、誰に対しても優しい少女。
そんなフランが、珍しく独占欲を発揮した。
ついにと言うべきか。
もちろんレキがフラン達を蔑ろにしているなどと言う事は無い。
合同授業の為、授業でフラン達の相手をするのが一日おきになってしまっているが、その分通常授業では自分の鍛錬よりフラン達との手合わせを優先している。
朝は相変わらずフランが起きられないだけで、起きてくればちゃんと相手をするだろう。
夕方も・・・武闘祭や合同授業の影響で他クラスの生徒と手合わせする事が増えたが、フラン達が望めば優先する事もいとわない。
フランの方が他者を押しのけてまで自分を優先させようとはせず、元々中庭でのお茶もレキとの手合わせの順番待ちの為に行われるようになったのだ。
順番待ちの時間が長くなっただけとも言えるが、こうしてレキの手合わせをはたから見ている状況が、大武闘祭でレキを応援していた時と重なり、何となく疎外感を感じてしまったようだ。
武闘祭で、レキの仲間ではなくレキと戦う事を選んだのはフランである。
同じチームで力を合わせて戦うのではなく、今の自分達の力をレキにぶつけたかった。
その結果、レキは大武闘祭で優勝し、フランはその光景を観客席で応援していた。
大観衆の称賛を一心に受けるレキの姿を、フランは他の大勢の観客と一緒に称賛していた。
レキの活躍は誇らしい。
それこそ我が事のように。
だが、レキの凄さが知れ渡る度、こうしてレキとの時間が少なくなっている気がしたのだ。
独占欲と称したが、正確にはその前段階である寂しさを感じているのだ。
それを解決する方法は簡単である。
フランが少しばかり我を出し、今まで以上にレキの傍にいれば良い。
レキだってフランを好ましく思っている。
それが恋愛感情にまで発展していないのが残念だが、それはフランも同じ。
仲の良い友達、あるいは家族同然の少年を他者に取られた気がしているだけなのだから。
「じゃあ次は俺・・・」
「いや、わらわじゃ!」
「なっ」
優雅なお茶会はこれまで。
フランが立ち上がり、ついでミームとユミが。
ファラスアルムと一緒にテーブルの片づけを終わらせたルミニアも参加し、中庭の賑やかさはもうしばらく続いた。
――――――――――
通常授業と合同授業を繰り返し、毎日がより一層賑やかになったレキ達。
青の月も終わりに近づき、間もなくレキ達が学園にきて初めて迎える闇の安息日を迎えようとしていた。
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大きなイベントは軒並み終了している。
野外演習、武闘祭、そして試験。
試験をイベントとしてカウントするのはどうかとも思うが、レキなどは武闘祭よりよっぽど真剣に挑み、そして疲れている。
最初の試験があったのは青の月の前半。
青の月が過ぎれば黒の月、そして紺碧の月を経てレキ達が入学した深緑の月がやってくる。
つまり、あと二月でレキ達が学園に来て一年が経過する事になる。
その青の月と黒の月の間に、闇の安息日がある。
闇の安息日。
一年の内で太陽が最も強く輝く光の祝祭日と対をなす、太陽がもっとも勢いを失い、一年で一番夜が長くなる日。
光の祝祭日と対をなす日ではあるが、光の祝祭日と違い、闇の安息日はこれと言った宴は行われない。
むしろ、この日は日頃の疲れを癒す為、静かに心安らかに過ごす日なのだ。
一年間を振り返り、日々の平穏な生活を送れた事を精霊に感謝し、祈りを捧げる日でもある。
この日は学園も休みとなる。
静かに心安らかにとは言え別に騒いではいけない、部屋から一歩も出てはいけないと言う日ではないが、日頃の疲れを癒す、心安らかに過ごす為には勉強や運動は不要である。
座学の授業などもまた、レキやカルク、ミーム達の心の平穏の為には不要だろう。
そんな闇の安息日まで後数日となったある日。
フロイオニア王国では数年ぶりに雪が降っていた。
昨晩から降り続いた雪は、朝にはしっかりと積もっていた。
「いつもより寒いな~」
いつものように元気よく起床したレキが目にしたのは、一面の銀世界だった。
中庭は雪で真っ白に塗り替わっており、まるで別の世界に来たかのよう。
「うわぁ~!!」
数年ぶりに見る雪にレキは大はしゃぎ。
急いで着替え、剣も持たずに中庭に出た。
いつもなら早朝の鍛錬を始める時間。
だが、中庭は雪で埋もり、剣を振るうだけならまだしも手合わせするには少々難しい。
赤系統の魔術を放ち、雪を溶かしてしまえば良いのかも知れないが、あいにくと中庭は攻性魔術は禁止である。
それに、例え雪は溶かせても地面は濡れたままで泥だらけ状態。
手合わせするのは止めた方が良いだろう。
そんなわけで、とりあえず真っ白な中庭をレキは駆け回った。
これほど雪が積もったのは村にいた頃以来で、レキは幼馴染のマールとよく駆け回っていたものだ。
レキの通った後に足跡が生まれる。
昔はマールと競う様に足跡を付けて回り、最後は雪の上に顔から跳び込み、服を汚しては母親に叱られていた。
そんな昔を思い出し、懐かしくも少しばかり寂しくなった。
「ちょ、何してんのよ?」
「ん~、なんか楽しい!」
そんなレキの哀愁は長続きしなかった。
何故なら、今のレキにはたくさんの友達がいるから。
早朝鍛錬にやって来たミーム。
中庭の状態やその中を楽しそうに駆け回るレキを見て、今日の鍛錬は無理だろうと諦めた。
鍛錬こそ無理だが駆け回るには問題ない。
久しぶりの雪に、ミームも体がうずうずして仕方なかった。
「レキッ!」
「なにっ?」
「食らいなさいっ!!」
足下の雪を丸めてレキに投げつける。
レキ達が使うルエ・ボールのようだった。
不意打ち気味に投げた雪玉だが、レキに当たるとは思っていない。
今のは宣戦布告である。
これから行われる、雪を用いた戦いの。
「やったな~!」
「ふふんっ!」
雪玉を避けたレキが笑顔で応戦する。
今日の鍛錬は中止。
レキとミームは、ただひたすら雪玉を投げ合った。
――――――――――
「おっ!
おもしろそうだな」
「む!」
「ほらガージュ!
君も来ると言い」
「ぼ、僕は寒いのは苦手なんだ」
「フラン様、雪ですよ」
「何っ!
雪じゃと!!」
「わ~、寒いと思った」
「ううっ、皆さん元気です・・・」
早朝稽古に起きてきたカルク。
雪が珍しいのだろう、珍しくガドも顔を出した。
体をさすりながら中庭に出てきたガージュは、ユーリに無理やり起こされたらしい。
いつもより厚着をしていた。
ルミニアも雪を見るのは久しぶり。
幼い頃のルミニアは体が弱く、雪遊び等とてもではないが無理だった。
王宮での雪遊びを楽しそうに語るフランを羨ましく思ったものだ。
今なら、ルミニアもフランやレキと一緒に楽しむ事が出来る。
そんな珍しくテンションの高いルミニアに連れられ、フランも中庭にやって来た。
いつもなら寝ている時間だが、雪と聞いて飛び起きたようだ。
風邪を引かないようしっかり厚着しながらも、テンションの高さはルミニア以上である。
元気なユミと、ガージュ以上に寒さに弱いファラスアルムもやって来た。
中庭に続々集まってくる子供達。
雪の中、子供が集まればやる事は一つである。
「うっし、じゃあ男女で分かれようぜ!」
「え~」
「ここは公平にくじ引きにしましょう」
武術も魔術も抜きにして、ただただ雪玉をぶつけ合う。
勝ち負けも無い。
そもそもこれは勝負ではない。
ただの遊びである。
比較的寒暖差の少ないこの世界ではあるが、それでも闇の安息日とその前後は他の月より寒く、こうして雪が降る事もある。
毎年振るわけではなく、むしろ降らない年の方が多いが、その分雪が降ればどの街や村でも子供が騒ぎ出す。
数年ぶりに振った雪。
空から舞い降りてくる白い塊は綺麗で、冷たいはずなのにどこか温かかく、そして懐かしかった。
「待て~!」
「こっちじゃ~」
まあ、子供には綺麗だとかロマンだとかより、丸めてぶつけ合う泥団子にも似た遊び道具でしかないのだが。
レキ達は、朝食の時間まで子供らしくただただ雪玉を投げ合った。
――――――――――
「くっそ、やっぱあいつおかしいだろ」
「レキ様でしたら当然です」
あの後、中庭には他のクラスの生徒達も続々と集まっては雪合戦に参加した。
元々レキ達と親交のあった上位クラスのミル=サーラやヤック=ソージュ、ライ=ジやライラ=イラも、レキ達に誘われ雪玉を投げ合った。
ミルはフランやルミニアと協力し、ライもミームに勝負をふっかけ、あるいは全員でレキを狙ったりもした。
村にいた頃はマールの投げる雪玉を避けられず、雪まみれになっていたレキ。
今では数十人から同時に狙われても、その全てを避けられるようになっている。
「今日の授業は中止だそうですよ」
数年ぶりの雪は相当積もっていた。
視界を埋め尽くすほどではなく、もちろん寮から学舎への行き来に問題は無い。
ただ、武術場や魔術演習場は雪で埋もれ、座学以外の授業が出来ないらしい。
赤系統の魔術で溶かし、緑系統の魔術で乾かせば、明日には元に戻せるとの事だ。
「座学だけなら出来るが、どうせ生徒も集中できなかろうて」
という配慮もあり、学園は休みになったのである。
十日に一度の休暇とは別に、突然沸いた休暇にレキ達は大喜びである。
急ぐ必要も無いのに朝食を掻っ込み、いつもなら部屋に戻って着替えるところ、そのまま中庭に出る。
中庭は早朝の雪合戦でひどい有様だった。
レキの付けた足跡も、他の生徒の足跡にまぎれて分からなくなっている。
青系統魔術の応用で雪合戦用に作られたいくつもの雪の壁も、そのほとんどが雪玉で壊されていた。
「どうする?」
「あれ作ろうぜ、雪人形!」
「あっ、うん!」
カルクの提案に、レキ達は積もった雪を集め始めた。
他のクラスの生徒もやってきて、何だ何だとレキ達を見ては真似するように競うようにぞれぞれ作り始めた。
そんな生徒達と一緒になり、レキ達は楽しそうに雪玉を丸め大きくしていった。
やがて、他のクラスより大きな雪玉が二つ、中庭のど真ん中に縦に重ねられた。
どこからか持ってきた枝を左右に突き刺し、顔は食堂で貰ってきた果実で作った。
中庭に、オークに匹敵するほどの大きさの雪の人形が生まれた。
他のクラスも雪人形を作り、中庭に四つの大きな雪人形が並ぶ。
それぞれ個性的な表情の雪人形に、レキ達は満足気だった。
なお、雪は翌日も降ったようで、雪人形の上には更に雪が積もっていた。
解けずに残る雪人形。
翌日も早朝鍛錬に起きてきたレキ達は、雪人形が邪魔で満足に鍛錬する事が出来なかった。




