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黄金の双剣士  作者: ひろよし
二章:王都への旅
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第38話:お約束の展開

「凄い多いね~」


一般の平民家庭が一枚で一年は暮らせるという金貨。

レキの手元には、その金貨が3,000枚あった。

質量的な重さに加えて価値的な重さがあるそれを、レキが纏めて背負っている。

服を購入した際、便利だからと合わせて腰からぶら下げる事の出来る袋も買ったのだが、通常ならそこに入れるべきお金もさすがに3,000枚は入らない。

仕方なく、素材屋で別途購入した背負い袋に金貨と銀貨をまとめて入れ、持つ事にしたのだ。


「沢山じゃな」

「ね~」


金貨3,000枚がどれほどの価値か、まったく理解していないお子様二人。

このまま持たせて良いものか、などと教育的な意味で思案してしまうリーニャだったが、レキから発せられた言葉に驚かされる事になった。


「じゃあはい」

「はい?」

「あげる」

「・・・はい?」


と、レキが差し出したのはたった今レキが手にしたお金。

平民家族が3,000年暮らせるほどの金額、それをまるで食べかけの干し肉を渡すかのように差し出すレキ。

リーニャがあっけに取られるのも無理はない。


「えっと、レキ君?」

「ん?なに?」

「いえ、何と言われましても・・・」

「レキ、何故その金をリーニャに渡す?」


混乱するリーニャに代わり、冷静なフィルニイリスがそう尋ねた。


「リーニャ達宿屋のお金とか馬車のお金とかいっぱい使うし。

 俺の服も買ってくれたし」

「だから預ける?」

「ん~ん、あげる」


この金は、レキが今まで倒してきた魔物の素材を売って得たお金である。

当然その所有権はレキにある。

自分で持つのが不安だから、あるいは一人で持つより複数人に分散した方が万が一奪われてもリスクが少ないから。

そういった理由で分けるならまだしも、レキは3,000枚もの金貨全てをリーニャに譲渡すると言い出したのだ。


「えっと、レキ君はこのお金の価値がどれほどの物かご存知で?」

「分かんない」

「ですよね・・・」


分かっていたら差し出すはずは無い、そう考えたいところではあるが・・・。


「俺知らない事ばっかでみんなに迷惑かけちゃうし」

「いえ、それは・・・」

「お金とか良く分かんないし」

「それはもちろんお教えしますが・・・」

「みんな仲間だし」

「・・・レキ君」


そこまで言われてしまえば、リーニャも受け取らざるをえなかった。

実際、手持ちのお金は心もとない。

先程手配した馬車の手付と服でほぼ無くなったと言って良い。

最初からレキの素材を売ったお金を当てにしていたとはいえ、全てを受け取るつもりはさすがに無かった。


フランの身分を明かせばどうとでもなるが、それをするわけには行かない。

リーニャ達が持っている残り僅かなお金でやりくりしなければならない状況。

レキの申し出は・・・正直ありがたかった。


ただし・・・


「全部渡したらお菓子買えないのじゃ」

「あっ!」


というフランの横槍で、銀貨だけはレキが持つ事になった。


「じゃあ半分こ」

「にゃ?

 良いのか?」

「うん、フランにあげた素材も売ったし。

 だからあげる」

「ありがとなのじゃレキ!」


やむを得ずお金を受け取るリーニャ。

そんなリーニャをよそに、レキとフランはわずかな(と言っても平民が半年は暮らせるほどの)銀貨を仲良く分け合った。

道中、街に着いたら一緒に買い物しようと約束していたお子様二人。

フランはリーニャに出してもらうつもりだったが、自分でお金を持つというのも悪くはない。


レキに手渡されたお金を見て微笑むフラン。

その笑顔は可愛らしいが、理由がお金を貰ったからというのはどうだろうか。

今も手にした銀貨を大事そうに袋に入れ、じゃらじゃら言わせながらご機嫌な様子だった。


と、そこに・・・


「おうおう待ちなねーちゃん達」


街の西側、スラムのような場所から男達が現れた。


「何か御用ですか?」


へらへらと笑う男達に、リーニャが平然と声をかける。

王宮の侍女として、今更この程度の男達に怯むはずが無い。


「へ~、こりゃまたお育ちのよさそうなねぇちゃんだなおい」

「もしかしてお貴族様か何かか?」

「まぁいいじゃねぇの、育ちがどうだろうが金さえ持ってりゃよ」

「いやいや、オレゃ金無くっても良いぜ。

 その分ねぇちゃん達が楽しませてくれりゃあよ」

「ちげぇねぇ」


そんなリーニャの態度に、男たちがゲラゲラと笑いながら更に近づいてきた。


旅の間で若干薄汚れているとはいえ、リーニャ達は誰もが目をみはるほどの美人ぞろいである。

服装も先ほど購入した服に着替え済みで、貴族とまでは行かずとも育ちのよさそうな印象は与えているようだ。


対して、男どもの格好はまさにスラムの住人と言った所。

ボロボロの服にボサボサの髪、髭も伸ばし放題で、ある男はどこから手に入れたのか片手に刃こぼれのひどい短剣を、別の男は酒瓶を持っていた。

リーニャ達とは違う理由で汚れた体、漂ってくるすえた臭い・・・。

スラム特有の臭いを更に濃くしたそれは、臭いの原因はむしろこいつらじゃないのか?などと思ってしまう程度にきついものがある。


「もう一度お尋ねします。

 何が御用ですか?」

「御用?

 あぁ御用御用、ねぇちゃん達に頼みがあんのよ」

「そうそう、それもねぇちゃん達にしか出来ない頼みがよ」

「そっちの坊主と嬢ちゃんは別の御用があっけどなぁ」


リーニャの問いかけに、男達は下卑た顔を楽しげに歪めた。

何が狙いか、などと確認するまでもないその表情に、ミリスが顔をしかめつつリーニャに代わり前に出た。


「お前達の望みが何かなど聞くまでもなさそうだな。

 悪い事は言わない、今すぐ立ち去れば見逃してやろう」

「おうおう、こりゃまた勇ましいねぇちゃんだな」

「しかも見ろ、剣なんか持ってるぜ」

「こりゃあれか、護衛の冒険者かなんかか?」

「なぁねぇちゃん、いくら冒険者だっつってもこの人数に勝てると思うのか?」


手を出されたわけではない為に剣は抜かず、それでも念の為剣の柄に右手を添え、いつでも抜けるように構えながらミリスが男達を威圧した。

そんなミリスの威圧もスラムの男達には効かず・・・酔っ払っているせいもあるのだろう、むしろ楽しそうに笑い出した。


「彼らは酔っている。

 説得は無駄」

「フィル、ならばどうする?」

「こうする」


前衛であるミリスの後ろ、魔術士としての立ち位置を確保したフィルニイリスが右手をかざしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」


「おうおう、今度のねぇちゃんはなんだ、魔術士様か?」

「剣士のねぇちゃんに魔術士様なんて、なんとも強そうな護衛だなぁ」

「こりゃますますお貴族様っぽいなぁおい」


ゆっくりと、静かに呪文を唱えるフィルニイリスに、何故か焦る事無くむしろますます楽しげな男達。

そして


「"我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち砕け"、"ルエ・ボール"」


詠唱が完了し、かざした右手から水の塊が先頭の男の顔めがけて飛び出した。

ルエ・ボール。

青系統の初級魔術。

魔術による水球を生み出し、敵にぶつけ相手をひるませる魔術である。


元来、青系統の魔術はその詠唱が表す通り癒やしを司る系統であり、相手を傷つける魔術は少ない。

フィルニイリスが使用したルエ・ボールもまた、決して大きなダメージを与えるような魔術ではなかった。

まともに食らったても少し怯む程度であり、主に牽制に用いる魔術なのだ。


男達とてまだ手を出してきたわけでは無く、ただ声をかけてきただけ。

下手に傷をつけてしまえば、こちらの方が罪に問われる可能性もあるのだ。


ルエ・ボールを選択したのは、こちらに傷つける意思が無いという意思表示であり、酔いを覚まさせるには水をぶっかけるのが一番、などと考えたからでもあった。


「うぶぁ!」

「何しやがる!」

「今のは警告。

 これ以上やるのであれば容赦はしない」


先頭の男がまともに食らい、男達が声を荒げた。

かざした右手をそのままにフィルニイリスが発した警告は。


「うるせぇ、やっちまえ!」


相手の怒りを買うだけだった。


「仕方ない、ミリス」

「あ、ああ。

 しかし相手を煽っただけじゃないのか?」

「そんなことはない、まともな相手なら今ので逃げる」

「そうか?」

「まともな相手なら魔術士を相手にしない」

「・・・そうか」


迫り来る男達を前に、なんとも呑気なやり取りを交わす二人である。

片やフロイオニア王国宮廷魔術士長、片やフロイオニア王国騎士団ミリス小隊の隊長。

実力的にもこんなスラムの男たちに負けるはずがない。


「あれっ!」

「なんじゃレキ?」

「あれってルエだよね?」

「うにゃ、違うぞ。

 あれはルエ・ボールじゃ」

「違うの?」

「うむ、違うのじゃ」


悪漢どもと対峙する二人の背後では、フランがフィルニイリスの使用した魔術に対してレキに説明をしていた。

道中、レキがフィルニイリスに教わった青系統の魔術は、基本魔術のルエのみ。

水を生み出し、桶や水筒などに補充する為の魔術である。

それを、フィルニイリスは卓越した魔術制御により、球状にしてその場に留めたりしていた。


対して今、目の前で使用されたのは同じ青系統でも初級魔術に分類されるルエ・ボールと言う魔術である。

魔力により生み出した水を球状に固め、対象にぶつける魔術だ。

同じ水球ではあるものの、ただ水を生み出すだけのルエと、水を球状に固めて飛ばすルエ・ボールとでは用途が違う。

前者は純粋に水を生み出すだけの魔術であり、後者は水の球で攻撃する為の、いわゆる攻性魔術なのだ。


「ふ~ん」

「初級魔術ならわらわも出来るぞ」

「ほんと?」

「うむ。

 まあ、使ってはならぬとフィルに言われとるがのう」


正確にはむやみに使ってはならないと止められている。

その理由はフランが守るべき存在でるが故、下手に攻撃してしまえば敵の狙いがフランに移ってしまうからだ。

野盗のような、初めからフランを狙ってくる者達とは違い、魔物は敵意のある相手を狙う事が多い。

騎士であるミリスが前衛で剣を振るうのも、魔物の注意を自分に引き付け後衛であるフィルニイリスに魔物の攻撃がいかないようにしているからだ。


フランが手を出せば、敵は間違いなくフランめがけて突進するだろう。

そうなれば、いかにミリスとフィルニイリスでも守り切れるものではない。

守られる者というのは、正直守られる事に専念してもらわねば困るのである。


「そもそもフランはまだ上手く使えないでしょう?

 失敗したら自分も危ないのですし、上達するまでは使ってはいけませんよ」

「うにゃ・・・」


だが、それを正直に言ってもフランが聞くとは限らない。

むしろ自分を囮にすべく魔術を使いかねないのだ。

フランは護衛であるミリスやフィルニイリスが自分の為に傷つく事を嫌う。

魔の森で、リーニャが身を挺して自分を庇った事だってまだ許していないのだ。

誰かが傷つくくらいなら・・・そう考えてしまうくらいには、フランの性根は優しい。


だからこそ、使ってはいけない理由をまだ未熟だからという事にして、フィルニイリスの許可が無い限り魔術を使わないよう言い聞かせているのである。


「そうなんだ」

「うむ、わらわももっと練習せねばのう」

「そっか~」


先ほどから聞こえてくる、ミリス達以上に呑気なやり取り。

いくら負ける気の無い格下相手とはいえ、敵を前に後ろを振り向くわけにもいかず、そのやり取りを聞きながらミリスとフィルニイリスは男達と対峙する。

そして・・・


「傷の一つくれぇ覚悟しろよ!」

「やれるものなら・・・」


「んと、ルエ・ボールだよね?」

「うむ」

「水の玉を相手にぶつける・・・えいっ」


ミリスの剣と男の短剣が切り結ばれる直前、ミリスの背後から突如バカでかい水球が放たれた。

大きさは下手な家を上回り、水量なら泉ほどはあるだろう。

それはもはや水球などと表現出来るものではなく、それこそどこぞの泉の水が一か所に集まったような・・・それほどの膨大な量の水の塊が、凄まじい勢いで男達を押し流した。


「あばばば・・・」

「うぎゃぁ~・・・」

「うぼぅえぇ・・・」

「あ、あぁあ~・・・」


打ち出されたのはあくまで水球。

これが黄系統のエル・ボールなら、土の塊によって男達を容赦なく押しつぶしただろう。

赤系統なら骨も残さず焼き尽くし、緑系統なら街の外まで吹き飛ばしたに違いない。

青系統だからこそ、男達を水の塊によって洗い流す結果となったのだが・・・。


「「・・・」」

「・・・ご、ごめん」


無言で振り返るミリスとフィルニイリスに対し、レキの口から謝罪の言葉が発せられた。

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