第380話:ガド=クラマウント=ソドマイク
「にしてもレキは凄いな~」
「せやな、さすがに驚いたわ」
レキや護衛がいるとは言え、野営中は常に周囲に気を配らねばならない。
最終的に己を守るのは己自身。
レキ達が対処できないような状況に陥る可能性はほぼないとはいえ、万に一つという言葉もある。
天幕を設置し、その周囲を護衛の騎士達が守ってくれてはいるが、最低限いつでも逃げ出せるよう生徒達も備えておく必要があるのだ。
ここまでの移動は馬車を使用した。
徒歩に比べれば随分と楽とは言え、移動には少なからず体力も使う。
明日以降の移動にも備え、夕食後はなるべく早く寝る事が推奨されていた。
とは言えここにいるのは大半が子供。
早く寝ろと言われて眠れるなら苦労はなく、何より往路とは違い他の学園の生徒もいる。
天幕の中、どの学園の生徒達もついおしゃべりに夢中になっていた。
レキやアランと一通り話が出来たマチアンブリ学園の生徒達は、就寝の為自分達で用意した最新式の天幕の中、今日一日の収穫について語り合っていた。
収穫と言ってももちろん狩りの成果などではない。
レキやアランと言った上客になるだろう相手。
あるいは武器の仕入れ先となるであろうサラやギムと言ったマウントクラフ学園の生徒と、どういった話をしどれだけ仲良くなれたか、その成果を語り合っていた。
たった一日ではあるが得たモノは多かった。
例えばレキが夕食様にと狩ってきた魔物について。
見渡す限りの平原、その視界の先にあるらしい森で、本日レキが狩ってきたのはオークだった。
魔物も種類によっては食べられない物もいる。
仮に食べられても、不味い魔物だってたくさんいる。
ゴブリンは微量の毒があり、クレイスネークは泥のような味がする。
そんな中、オークの肉は美味として有名であり、種族の違いなく誰もが好む肉である。
同時に、オークは一人前の冒険者でなければ狩れない魔物としても有名だった。
冒険者ギルドが定める魔物ランクで、オークは下から5番目に位置している。
冒険者で言えば魔木→青銅→黒鉄→魔鉄ときて、銀ランクの冒険者でなければ対処できないランクの魔物。
その銀ランクの冒険者でも、単独で狩れる者は少ない。
ましてや学生が狩れる魔物などでは決してないのだ。
それ程の魔物を、レキは軽々と狩ってきた。
肉が美味なのはオークという魔物が保有している魔素の量が影響しているらしい。
人なら魔素を魔力に変換する事で身体強化や魔術に用いるが、魔物は魔素をそのまま自分の力としている。
保有する魔素が多いという事は、つまりそれだけ魔物として強いという事でもあるのだ。
大量の魔素を保有しているオークは、その分だけ強い。
そんなオークをレキはわずかな時間で二頭も狩ってきた。
一頭ではないのはもちろんマウントクラフやマチアンブリ学園の生徒の為。
多少余ったが、これは明日の朝や昼の食事に使う予定だ。
「足りなかったらまた行ってくるね!」
レキにとって、オークとは手軽に狩れてしまう魔物なのだろう。
大武闘祭でレキの強さは理解したつもりだったが、その後に行われたグル=ギやカリルスアルム達との試合と本日のレキの狩りの成果を見て、マチアンブリ学園の生徒達は己の理解が足りていない事を知った。
「やはり今のうちに唾つけとかんとあかんな」
「早い者勝ちや」
商人としてのカンも告げている。
この移動中、何としてもレキと繋がりを持てと。
せめて自分達の名前だけでも覚えてもらおうと。
マチアンブリ学園の代表であるゴウヒやアミスだけではなく、マチアンブリ学園の生徒全員が、たった一つしかないお宝を狙う冒険者のような目になっていた。
――――――――――
移動中は基本各学園ごとに分かれているが、一応は大武闘祭の帰り道。
大武闘祭が他の学園の生徒との交流を目的としている以上、そこまで厳格に学園ごとに分かれる必要も無い。
余計なトラブルさえ起こさなければ、生徒同士の交流を深める為他の学園の馬車に乗る事も問題は無い。
ここにはグル=ギやカリルスアルムのように一方的に絡んでくる生徒もいない為、二日目以降レキ達は他の馬車にもお邪魔する事にした。
マウントクラフ学園のサラ達が興味を持つのは主にレキ達の使用する武具について。
レキの双剣には特に興味を惹かれるようだが、その他の生徒の武器もちゃんと観察していたようだ。
また、武具を見せてもらったお礼だとユミやファラスアルム、ユーリやカルクなどはアドバイスも貰っていた。
武具の事は山人に。
サラ達との交流は、レキ達にも得る物があったようだ。
一方、マチアンブリ学園はと言えば・・・。
こちらは誰もがレキに狙いを定め近づこうとした。
そんなレキは基本的にフラン達の傍にいる事が多かった。
同じ学園の生徒であると同時に、レキはフランの護衛でもあるからだ。
そんな護衛対象であるフランもまた、レキが狩りに出かけている時以外は極力レキの傍にいるように努めていた。
野営中は何が起きるか分からない。
見渡す限りの平原でも、突然魔物が現れる可能性はあるのだ。
レキがいれば魔物の接近に誰よりも早く気づいてくれる。
びゅ~と行ってえいっ!と倒してくれる。
別に飛んでいかずとも、この場で剣を一振りするだけで殲滅してくれる。
レキの傍は、この世界で最も安全な場所なのである。
それを知るフラン達がレキを囲い、時折サラ達と交流を結ぶ。
鉄壁な布陣を敷かれる中、ゴウヒ達は少し離れた場所でそれでも話しかけるタイミングを狙い続けた。
「気持ちは分からんでもないしな」
商人の卵として、彼等は行商等も学んでいる。
行商の心得の一つに、移動中は常に護衛の傍にいるべきだというものがある。
理由はもちろん安全の確保の為だ。
そんな彼等からすれば、フラン達の立ち位置は護衛対象として申し分なかった。
レキが狩りに赴いている最中は、フロイオニア騎士団のレイクやミリスが代わりに傍にいる。
彼等がいるからこそ、レキも安心して狩りに行けるのだろう。
とは言えこのままではレキと友誼を深める事が出来ない。
彼等は四年生。
大武闘祭が終われば、後二月ほどで学園を卒業しなければならないのだ。
今を置いてレキと交流を持つ機会はもう得られないかも知れない。
焦る気持ちを抑えつつ、彼等は虎視眈々とレキとおしゃべりする機会を狙い続けていた。
――――――――――
普段、レキ達の武器はガドが見てくれている。
レキ達の仲間で唯一の山人であり、鍛冶士を目指しているガドとしてもレキ達の武器を見る事は勉強になる。
そんな理由で、無償で武器を見てくれるガドに、レキ達は誰もが感謝していた。
ガドとてまだ学生。
フロイオニア学園の一年生であり、鍛冶士を目指しているだけの一生徒に過ぎない。
学園に入る前から父親にいろいろ教わってはいたが、一人前の鍛冶士と言えるほど技術も知識も無い。
同じ学生と言えど四年もの間鍛冶を学んでいるサラ達の方が、ガドより知識も技術も上なのは仕方のない事だった。
それでもレキは、いつも見てくれているからと狩りの後自分の武器をガドに見てもらおうとした。
だが、そのガド本人が、自分よりサラ達に見てもらった方が良いと断った。
ガドは己が未熟な事を理解している。
未熟だからこそ日々研鑽に務めているという事をちゃんと理解している。
サラ達の方が自分より優れている事もだ。
武器を見れば作り手の技量は分かる。
学生とは言え山人のガドもそれは同じ。
サラ達が使っている武具はサラ達本人が作った物。
故に、ガドはサラ達の武具を見る事で、己とサラ達との力量の差を理解する事が出来た。
出来てしまった。
悔しくないと言えば嘘になる。
フロイオニア学園の一年生であるガドとマウントクラフ学園の四年生であるサラ達。
力量に差があるのは当然としても、それでも悔しいと言う気持ちは沸いてきた。
それでいいとガドは思っている。
悔しいと言う気持ちが無くなれば、それ以上の成長は望めないからだ。
負けて悔しい。
故に、次は勝とうと努力する。
そうして人は成長していくのだ。
ガドは仲間に恵まれている。
レキという圧倒的な実力の持ち主を前にして、仲間達は誰も諦めようとしない。
学園に来る前からレキと競い合っていたフラン。
そんなフランと共に努力してきたルミニア。
彼女達はレキと手合わせする度に負け、次は勝とうと更に鍛錬に励んだ。
幼い頃にレキに救われ、レキを目標に努力してきたと言うユミ。
いつも朗らかでおよそ悔しいと言う感情を持っていなさそうな彼女も、入学直後の模擬戦でガドに負けて以来、そのガドに勝つ為努力してきたらしい。
学園で行われた武闘祭、その予選でガドに勝った彼女はとても嬉しそうだった。
落ちこぼれと称され、逃げるようにフロイオニア学園に来たというファラスアルム。
何かにつけて自信のなさそうな彼女は、それでも諦める事だけはしなかった。
諦めず鍛錬を重ね、ついには無詠唱魔術を習得した。
負けん気の強いミームなどは、レキの実力を誰よりも認めていながら、それでもレキに挑む事を止めないでる。
入学当初は四番手だった武術も、日々の鍛錬で実力を上げ、武闘祭ではレキに次いで準優勝を果たしてみせた。
女子の活躍に隠れているが男子だって負けていない。
ガージュは指揮能力を磨きつつ、中級魔術が使えるようになった。
ユーリは持ち前の柔軟性を活かし、皆のサポートを無難にこなせるようになっている。
カルクの実力はプレーター学園の四年生とも多少は渡り合えるほどだった。
そんな彼等の武具の手入れが出来る事を、ガドはむしろありがたいとすら思っている。
毎日酷使される武器。
それこそが彼等の成長の足跡なのだとガドは考えている。
手入れに関してガドが手を抜いた事は無い。
それが証拠に、野外演習でも武闘祭でも、武具の不調を訴えた者は誰もいない。
それでも、未熟なガドでは限界があった。
「留め金がすり減っている。
鞘も歪んでいる。
刃はまだ大丈夫。
おそらくはレキが魔力を流しているおかげ。
材質もそれに合わせて変化している」
レキの武器を丹念に見たサラが一つ一つ説明してくれた。
レキの武器は数年前にエラスの街で購入した魔銀の双剣。
王宮でも学園でも手入れを欠かしたことは無かったが、それでもやはりところどころ悪くなっているようだ。
幸い、刃に問題は無い。
レキは基本、魔物を切る時は剣に魔力を流している。
魔力が刃を強化し、強度や切れ味を上げているのだ。
そのせいか、剣自体はほとんど劣化していないようだ。
それでもガドでは気付かない箇所が劣化していたらしい。
サラに言われ、改めて注意深く見てみたガドだが、彼女の指摘した箇所の劣化にガドは気付く事が出来なかった。
「うむ、確かに多少悪くなっているな。
それにほら、柄自体も若干ゆがんでおるぞ」
サラと共にレキの剣を見ていたマウントクラフ学園のもう一人の代表生徒であるギムもまた、ガドが気付かなかった点を指摘した。
柄には滑り止めの布がまかれており、どれだけ注意深く見ても歪みは確認できなかった。
だが、その柄にまかれた布を取ってみたところ、ほんの僅か歪みが生じていたのだ。
毎日のように握っている為、手の形に合わせて多少凹むのは仕方ない。
握り手に合わせるような凹みはむしろ、使い手に合わせた変化と言えなくもない。
だが、成長期であるレキの手もまた大きくなっており、それに合わせて凹んでいる箇所も広がっている。
このままでは握った時にずれてしまう可能性が出る為、なるべくなら直した方が良いらしい。
それらの指摘箇所を、ガドは言われるまで気付けず、あるいは言われても気付けなかった。
何より悔しかったのが、サラもギムも剣を専門に扱う門派ではないという事だろう。
サラは「ハマアイク」、槌を専門に扱う一門。
ギムは「ピアスイク」、槍を専門に扱う一門。
今はまだ学生であり、二人とも将来どの武器を扱うかは完全には決めていない。
とはいえ、剣を専門に扱う門派「ソドマイク」であるガドからすれば、専門外の剣をガドより扱ってみせた二人に、己の未熟さをこれでもかと突き付けられた思いだった。
ガドが未熟なのは今更である。
ただでさえ学生、それも純人族の国にあるフロイオニア学園の一年生。
鍛冶の授業は今のところ無く、ガドにあるのは入学前父親に教わった一通りの知識と技術。
そして日々レキ達の武具を見てきた経験と、時折街に赴いては街の鍛冶士に習った技術のみ。
手伝いもしていたが、本格的に修行したわけではないのだ。
山人の武具はマチアンブリ商国を通じて他国へ渡るのが一般的だが、腕の良い鍛冶士なら買い手の方から直々に訪れる場合もある。
父はそれなりに名の通った鍛冶士であり、父の打つ剣は評判が良かった。
そんな父の打つ剣を買いに来る者は多く、そんな父親をガドは誇らしく思っている。
山人が己の属する門派を決めるのは成人してから。
故に、ガドもサラ達も今直ぐ道を決める必要は無い。
もちろん、今のうちに道を決め研鑽すればそれだけ大成できる可能性は高いのだが。
尊敬する父親の背を見て育ったガドは、当然のごとく父と同じ剣の一門を目指した。
武具には通じるところが多い。
槌の専門であるサラと槍の専門であるギムがレキの剣の手入れを行えるのがその証拠だ。
剣を扱えるなら槍の穂先の手入れも出来るだろう。
斧も、特に刃は剣に通じるところが多い。
剣は武器の基本であり、剣を扱えるようになれば他の武具の手入れも出来るようになるという。
属する門派を決めるのは成人後ではあるが、一度決めた門派を変えてはならないという決まりはない。
過去、様々な門派を渡り歩き、あらゆる武具を扱えるようになった山人も確かに存在した。
もちろん全ての山人が全ての武具に精通している訳では無く、どちらかと言えば一つの道を定め、それを極めるのが多くの山人の生き方である。
ガドは剣の鍛冶士である父親の背を見て育った。
故に成人後はソドマイクに属し、最高の剣を生み出すのを目標に生涯を剣の鍛冶士として生きるつもりでいる。
鍛冶士として名を馳せている父親は忙しく、その為己の工房から出る事は滅多にない。
稀に時間を作り、己の欲する金属を得る為自ら採掘に行くくらいだった。
それでも父親の下には、父親の剣を求めて方々から客が訪れた。
様々な客を見て、その客に相応しいであろう様々な剣を打つ。
そんな父親の背中は、ガドにとって目指すべき姿だった。
父親のようになりたいと思っている。
同時に、父親を超えたいとも思っている。
剣の鍛冶士として、最高の剣を生み出したいと思っている。
その為にどうすればよいか。
技術は父親が教えてくれる。
山人の技術は秘匿されるものではない。
受け継がれ研鑽され昇華されていくものである。
同じ門派に属する山人達は、己の技術を教え合い共に高みを目指していく。
父親の技術もまた、ガドや同じソドマイクの者達に受け継がれていくのだ。
必要なのは何だろうか。
ガドは己の目を養うべきだと考えた。
父親の剣が優れている事は見れば分かる。
だが、それが分かるのは生まれた時から父親の作った剣を見てきたから。
父以外が打った剣はどうか。
父の他に鍛冶士を知らないガドは、父以上の鍛冶士とその鍛冶士が作る武具も知らなかった。
今、山国を治めている王の名はザク=アクシイク=シドタウン。
防具を専門に扱う一門である。
山国の王は最も優れた鍛冶士がなる。
つまり、ザク王は父親より優れているという事になる。
だが、父親とザク王は門派が違う。
鍛冶士としてはザク王が上でも、剣のみなら父親の方が優れているに違いない。
そう思っていたガドは、ある日そのザク王の打った剣を見た。
驚愕した。
ザク王の打った剣は、防具の一門である鍛冶士でありながら剣の一門である父親の打った剣より優れていたからだ。
父親の剣こそが至高だと信じて疑わなかったガドは、己の世界が壊された気分になった。
父親の打った剣は優れてはいなかった。
いや、優れてはいるが至高の剣では無かった。
それでも父親の剣を求める者は多く、父親もそんな相手に相応しい剣を打ち続けている。
至高ではない父親の剣を何故求めるのだろう?
父親は至高ではない剣を何故相手に渡すのだろう?
何故、彼等は至高ではない剣を渡され、あれほどまでに満足した顔をしているのだろう?
分からなくなったガドは、思いきって父親に尋ねてみた。
父親は言った。
至高の剣とは、すなわちその剣士に最も相応しい剣だと。
ザク王の剣は素晴らしかった。
だが、あの剣はとある誰かにとって最も相応しい剣であり、万人に相応しい剣では無い。
それは父親の打つ剣にも言える事だった。
ガドにはそれが理解できなかった。
だが、ザク王の技術の高さだけは分かった。
技術ではザク王が上。
だが、父親の剣を求める者は多く、そして誰もが父親の剣に満足していた。
父親の打つ剣を振るう剣士達を見ればその事が良く分かった。
父の剣もまた、相手にとって至高の剣という事なのだろう。
父親は言った。
鍛冶士は剣ばかりを見ていれば良いという訳ではない。
至高の剣とは、それを振るうに相応しい剣士がいて初めて至高となるのだと。
故に、ガドは剣士を知る為、剣士の多いフロイオニア王国の学園にやって来た。
そこでガドは、この世界で最も優れた剣士である、レキと出会ったのだ。




