第372話:ファラスアルム達の努力の成果
誤字報告感謝です。
「ファラさんからですね」
「あ、あの落ちこぼれが?」
大会期間中に友誼を結んだミルアシアクルが優し気な表情でファラスアルムを見守る。
その横では、信じられないモノを見るような表情のカリルスアルムがいた。
今から行われるのは無詠唱魔術の実演。
披露するのはフロイオニア王国の一年生。
レキを除く四人の女子生徒である。
膨大な魔力を誇るレキと違い、フラン達の魔力量は学生の範疇に収まる程度でしかない。
同年代の子供に比べればそれなりに多いが、レキやフィルニイリスほどではない。
この場にいるフォレサージ学園の生徒より少なく、プレーターの王宮内にだってフラン達より多くの魔力を持つ獣人がいくらでもいる。
一番手に選ばれたファラスアルムも、魔力量は決して多い方ではない。
毎日欠かさず魔術の鍛錬をしているおかげで入学当初よりだいぶ増えてはいるものの、それでも学生にしてはと言ったところだ。
つまりはごく普通の生徒。
そんな一生徒でしかないファラスアルムが、フォレサージ学園の誰も会得していない無詠唱魔術を使って見せるというのだ。
フォレサージ森国にいた頃のファラスアルムを知っているだけに、カリルスアルムの驚きは大きかった。
だが・・・。
「あ、あいつが出来るはずがない」
すぐに考えを改めてしまった。
ファラスアルムは落ちこぼれである。
優秀な自分とは違う。
そんな優秀な自分にも出来ない事が、落ちこぼれのファラスアルムに出来るはずがない。
あってはならない。
この場にいる多くの見物人の中、ただ一人カリルスアルムだけは目の前の現実から目を反らそうとした。
どれだけカリルスアルムが認めずとも、現実は変わらないというのに。
ファラスアルムはこの一年ひたすら努力し続けてきた。
努力は自分を裏切らない。
ファラスアルムがこの一年で行ってきた努力は、無詠唱魔術という成果を確実にもたらした。
それは決して付け焼刃な技術では無い。
学園での武闘祭やその後の仲間達との手合わせでも存分に発揮された、ファラスアルムの持つ確かな技術であり、れっきとした武器である。
だからこそ、ファラスアルムは変に力むことなく実に自然体に挑む事が出来た。
確かに緊張はしている。
だが、武闘祭を通じて彼女にもある程度は度胸が身に付いたのだろう。
以前の彼女なら、こんな大勢の前で、その全員が自分に注目している中で、お手本の披露など出来なかったはずだ。
約一名、敵意を抱いている者はいるが、その他の者の視線は興味深かったり温かいものばかり。
だからこそ、ファラスアルムはいつものように杖を構え、いつかのレキの様に声を発した。
「・・・えいっ」
「なっ!?」
カリルスアルムが驚きの声を上げる中、ファラスアルムが放った水球は、用意された魔木の的にしっかりと命中した。
――――――――――
「あ、ありえんっ!
あいつが無詠唱など・・・」
「現実を見なさい、カリル」
ファラスアルムの無詠唱魔術に、カリルスアルムが驚き、目を見開いた。
しばらく硬直していたカリルスアルムがようやく口にした言葉を、隣に立つミルアシアクルがすぐさま否定した。
「折角だ、別の魔術も使って見せろ」
「は、はいっ!」
そんな二人をよそに、レイラスの指示でファラスアルムが別の魔術を行使する。
もちろん無詠唱で。
最初に使ったのは青系統の基本ともいえるルエ・ボール。
続いて攻撃力を増したルエ・ブロウ。
更にはルエ・ウォールやルエ・バレット、ルエ・ランス等、初級から中級に位置する魔術をファラスアルムは次々に披露した。
どれも学園で身に付けた、ファラスアルムの努力の成果だ。
さすがに中級魔術を行使する際にはいくらかの溜めが必要だったが、それでも詠唱するより遥かに速い。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「良し、もういいぞ」
「は、はいっ」
無詠唱魔術は通常の詠唱魔術より多くの魔力を使用する。
いくら魔力量の多い森人のファラスアルムとて、コレだけ使えば魔力もだいぶ消耗したようだ。
肩で息をするファラスアルム。
疲労感をにじませながらも、彼女の表情は達成感に晴れ晴れとしていた。
「・・・」
「何か言う事はありますか?」
「・・・」
ルエ・ボールだけならまだ良かった。
無詠唱とは言え所詮は初級魔術。
中級魔術を使える自分の方が上だと、悔し紛れの皮肉の一つも言えただろう。
だが、さすがに中級魔術までも無詠唱で使われてしまえば何も言えなかった。
扱える魔術の種類や系統ならカリルスアルムの方が上である。
一系統しか使えないファラスアルムと違い、カリルスアルムは三系統の魔術が使えるが、それだけで優秀であるとは言えない。
どれほど魔術を身に付けようとも、いざという時使えなければ意味がないからだ。
それを、カリルスアルムは先日の大武闘祭で思い知らされた。
一系統だろうと無詠唱で行使出来る方が実戦では有利である。
レキと同じく無詠唱魔術を扱うファラスアルムと戦ったなら、勝つのはおそらく・・・。
「・・・あ、ありえない。
あいつは落ちこぼれだったはずだ」
「一系統しか使えないならその系統を極めれば良い。
そうすればいずれは上位系統に、紺碧系統に至れるでしょう」
「・・・なんだそれは」
「ファラスアルムさんがフィルニイリス様から頂いたお言葉だそうですよ。
彼女はその言葉を胸に、この一年間必死に努力してきたそうです」
「くっ・・・」
カリルスアルムが敬愛して止まないフィルニイリス。
その彼女の言葉に、カリルスアルムが悔し気にうめいた。
カリルスアルムは三系統使えるがどれも中級どまり。
この四年間、彼も一応は努力していた。
だが、どの系統も上位系統には至っていない。
それでもフォレサージ学園の代表にまで上り詰めた実力は確かであり、彼の努力の成果と言えなくもない。
彼が中級魔術を扱えるようになったのは二年生の時。
三系統全てにおいて中級へ至ったのは、四年生になってからだ。
一年生の時点で中級魔術を扱えるファラスアルムは、無詠唱を除いてもカリルスアルムより上と言えなくもない。
その事実に、カリルスアルムが唇を噛みながら下を向いた。
「次、ユミ」
「はいっ!」
カリルスアルムが様々な感情に襲われる中、ユミ、ルミニア、そしてフランの順に実演が行われた。
これは魔術の成績順であった。
魔術有りの模擬戦ではルミニアの方が上だが、魔術のみの成績ならフランの方が上なのだ。
レキの魔術を誰よりも見続けてきたフランは、そんなレキに追いつこうと魔術の腕も磨いてきたのだ。
二番手となるユミは、入学前から無詠唱魔術を使えていた。
レキの魔術をお手本に、エラスの屋敷で必死に頑張ったおかげである。
魔術に必要なのは魔力とイメージ。
入学前にレキの魔術を見た事のあるユミは、「詠唱しなければ魔術は発動できない」と言う間違った先入観や固定観念を持たずにいられたのだ。
入学後もユミは努力してきた。
そのおかげだろう、入学時には緑系統しか扱えなかったユミは、今では青系統も扱えるようになっている。
「・・・」
「素晴らしいですね」
次のルミニアもまた、入学時の青・黄に加えて緑系統を習得していた。
彼女も日々努力している。
得意の槍の技術も上がり、扱える系統も増えた彼女は、総合力ならレキについて二位なのだ。
因みに、フランが扱える系統は入学時点と変わらず緑と赤の二つ。
その分発動速度は日々上がっており、レキやフィルニリスに追いつかんばかりだ。
元々速度を活かしたすばしっこい戦いをするフランである。
魔術の発動速度が上がった事で、魔術を放ち間合いを詰める、相手が間合いの外に出ればすかさず魔術で追撃するなど、これまで以上に絶え間ない攻撃が出来るようになっている。
「良し、それまで」
「うむっ!」
実演が終わり、フランがいつものように胸を張る。
行使速度のみならず、威力も入学前より格段に上がっている。
魔力量も増え、更には魔力を練る速度も向上した。
中級魔術すらほんのわずかな溜めだけで発動できるようになっていた。
「・・・あ、ありえない」
そんなフラン達の魔術に、カリルスアルムが絞り出すかのような声を漏らした。
あの落ちこぼれだったファラスアルムのみならず、それまで純人だと見下してきた者達が、ことごとく自分の上をいった。
ルミニアなど、カリルスアルムの自慢だった三系統を一年生の内から使って見せたのだ。
扱える系統だけではない。
フラン達はそれぞれが得意系統で中級魔術を放っている。
一年生で中級魔術を扱える生徒などフォレサージ学園にもそうはいない。
彼女達は誰一人として大武闘祭に出場していない。
それはつまり、彼女達はフロイオニア学園でも特別優秀な生徒という訳ではないという事。
まあ、実際はレキを除けば彼女達がフロイオニア学園一年生の上位なのだが。
それを知らないカリルスアルムは、目の前の現実が受け入れられずただ茫然としていた。
――――――――――
「レキ殿はいつから魔術を?」
「んっと・・・いつだろ?」
「勉強しなかったの?」
「ん~・・・」
「ファラさんは入学してから身に付けたのですよね」
「は、はい。
皆さんのおかげです」
「あんだけ手本がいるんだ。
そりゃ身にも付くわな」
「あら、それではファラさんが努力していないみたいじゃないですか」
「ばっ、んな事言ってねぇ」
「フラン様はレキ殿とずっと一緒に練習を?」
「うむ!
レキとフィルに教わったのじゃ」
「いいな~・・・」
「ユミさんはレキ様をお手本にしてきたとお聞きしましたが」
「うん。
あのね、私の村がね・・・」
「ふぁ~、そんなことが・・・」
「ルミニア様は槍の方が得意だとお聞きしたのですが」
「はい、槍も魔術もまだレキ様の足下にも及んでいませんが・・・」
「仕方ない」
「レキは特別」
「分かっています、でも・・・」
お手本の披露が終わり、魔術演習場では各々が自由な時間を過ごしていた。
たった今魔術の披露を終えたフラン達の周りには、日頃どのような鍛錬をしているか気になったのだろう、他の学園の生徒達が集まりそれぞれ質問攻めにしていた。
「アラン様の詠唱破棄も素晴らしい。
あれなら私達にも・・・」
「もちろん無詠唱で行使出来ればそれが一番だが、魔術名を唱える利点も無くはないからな」
もちろん、大武闘祭で詠唱破棄魔術を使ったアランにも。
この場には魔術を中心に学ぶフォレサージ学園と、魔術などほとんど学ばないプレーター学園の生徒がいる。
種族的にも相性の悪い二学園の生徒達。
そんな生徒達が、フロイオニア学園の生徒を中心に和気藹々と雑談に興じている。
これもまた大武闘祭の目的の一つ。
六学園合同で行われる年に一度の交流試合、その成果なのだ。




