第37話:買取をお願いします!
「ミリスの選んだ服も買えば良かったのにのう」
「絶対やだっ!」
「何故じゃ?
レキならどんな服でも似合うぞ?」
「ですよねっ!」
「似合わないよっ!」
すっかり機嫌を直したフランとは対照的に、機嫌を悪くしてしまったレキ。
フランもミリスも本気で言っているのだから性質が悪い。
「そう言えばフランとお揃いの服を買うの忘れてましたね」
「えっ!?」
「大丈夫、次の街でちゃんと買う」
「ちょ!?」
「ふふ、冗談ですよ」
「うん、冗談」
「む~・・・」
悪乗りするリーニャとフィルニイリスも交えながら、レキ達は次の目的である素材屋へと向かった。
ちなみに、レキは購入した服に着替え済みである。
皆が見たいとせがみ、いつまでもあの格好では同じ事が起きかねないと忠告もされ、仕方なくと言った感じだった。
本人的にはそんなに急いで着替える事も無いのになぁ・・・などと思っているが、四人に迷惑をかけるのは申し訳ないという思いもあり、おとなしくしたがったのだ。
馬車屋もそうだが、宿屋の主人もレキを下男と認識していた。
「四名ですか?」と聞いたのもそのせいだ。
リーニャが五人と訂正したが、それでも後からもう一人来るのだろうとすら考えていた。
彼等の認識を正す為、またこれから夕食を食べに料理店に入った際、レキだけ別扱いされない為にも、少しでも早く服を着替えさせる必要があったのだ。
なお、今レキが着ているのはフランの選んだ服だ。
これに関してはレキの主張が通った形である。
フランは喜び、フィルニイリスは「城で着せるから良い」と快く譲った。
そして歩くことしばし・・・
「ここ?」
「そう」
目的の素材屋は街の中央よりやや南寄り、商業施設が密集する中央と冒険者ギルドの間辺りにあった。
「売れるかな?」
「大丈夫」
服屋と違い、素材屋はレキも来てみたかった場所の一つ。
自分で倒した魔物の素材を売る、これこそ冒険者のだいご味なのだ。
村にいた頃も、ソードボアの肉や毛皮以外は素材として街で売っているのだと父親に聞かされていた。
まだ小さかった為、売りに行く時には同行できなかったが、もう少し大きくなれば自分も連れてってもらえるはずだった。
両親と一緒に街に行く事は叶わなかったが、それでも魔物の素材を売るという念願だけは、今から果たされようとしていた。
「さ、行きましょう」
「うん!」
リーニャに背を押され、ワクワクしながらレキは店内に入った。
「うわぁ~・・・」
「お~・・・」
店内は、レキやフランにとっては宝の山だった。
実際、店内にあるのは魔物の素材や薬の材料となる植物など、価値のある物ばかりが並んでいる。
だが、子供であるレキとフランの目には、本来の価値とは別の意味で宝の山に見えるのだ。
「・・・いらっしゃい」
店内に入るなりせわしなく周りを見るレキとフラン。
そんな二人に店の奥から声がかかった。
「買い取りを」
「・・・ギルドは?」
「採取依頼の無い物」
「そう・・・」
淡々とした声の店員に対応するのは、こちらも淡々としたフィルニイリス。
魔物の知識に関してはフィルニイリスがこの中で最も詳しく、また交渉ごとにも慣れているらしい。
交渉ならリーニャも出来るが、素材の知識についてはフィルニイリスに敵わない。
「見せて」
「うん・・・レキ」
「あ、うん」
呼ばれたレキがフィルニイリスの横に並んだ。
「あ、わらわも!」
レキから素材を分けてもらっているフランも。
「「はい」なのじゃ」
「うん」
そうしてレキは背負っていた毛皮の袋ごと、フランは腰に下げている素材の入った袋を、まとめてカウンターの上に置いた。
「・・・これで全部?」
「うんっ!」
「うむっ!」
「・・・分かった」
確認し、店主が置かれた素材を一つ一つ確認していく。
その作業は淡々としつつも丁寧であり、日頃から素材を扱っている事が良く分かった。
「・・・全部で」
確認が終わったのだろう、店主が机の上にお金を置いた。
机の上に並べられた金は、金貨3,000枚、銀貨482枚。
これが多いのか少ないのか、レキには分からなかったのだが・・・。
「「「・・・」」」
「ん?」
「どうしたのじゃ?」
置かれた金を見たリーニャ、ミリス、フィルニイリスが無言となった。
「・・・内訳を」
「うちわけ?」
「どれがいくらかというやつじゃろ?」
「・・・分かった」
さすがにこの結果は予想していなかったのだろう、一瞬固まった後、フィルニイリスが声を発した。
内訳という言葉を知らないレキにフランが説明しつつ、フィルニイリスの言葉に応えた店員が提示した内訳は以下の通り。
フォレストウルフの毛皮:銀貨6枚×25枚=銀貨150枚
フォレストウルフの牙:銀貨3枚×12本=銀貨36枚
オウルベアの牙:銀貨11枚×2本=銀貨22枚
オークの牙:銀貨11枚×20本=銀貨220
オーガの牙:金貨150枚×10本=金貨1,500
オーガの角:金貨150枚×10本=金貨1,500
合計:金貨3,000枚+銀貨428枚
フォレストウルフの毛皮はレキが森で狩っては剥いで鞣した物。
それを旅の間の敷物や毛布代わりに使うべく、また売り物にもなるということでリーニャに請われて持ってきたのだ。
適当に持ってきた枚数が25枚であり、それが1枚辺り銀貨6枚。
フォレストウルフの毛皮は敷物や毛布、またレキが着ていたように加工すれば服にもなる。
(レキのようにそのまま着る者は滅多にいないが)
牙は討伐依頼が出た際の証明となる物であり、同時に加工して武具や薬品の材料、装飾品などに使われる。
オウルベアやオークの牙も同様で、討伐証明部位であると同時に装飾品の材料となる。
このランクの魔物の牙なら、武具や薬品の材料だけでなく魔術道具(魔力や魔術が込められた道具)の材料にも使用される為、フォレストウルフの牙より高値で買い取られる。
装飾品としての価値も魔物の強さによって変わる為、上記の価格となるのだ。
そしてオーガ・・・
「「・・・」」
「なるほど・・・」
「お~・・・」
「オーガはすごいのじゃな」
オーガの牙は討伐証明部位であると同時に、角とともに装飾品や魔術道具の材料となる。
何より、オーガの牙や角は非常に硬いが故に、加工すれば強力な武具になるのだ。
通常、魔物の牙や爪、角などはそのまま武器に用いるには小さく、矢じりに用いたり槍の穂先の先端に用いる以外では、砕いて金属に混ぜるという使い方をする。
魔物は魔素によって変質した生物であり、その牙や爪にも多くの魔素が含まれている。
それらを砕き混ぜる事で金属が通常より頑丈になり、同時に魔力の通りも良くなる。
含まれる魔素の量は魔物の強さに比例し、オーガクラスの牙や爪なら混ぜる事で別の金属に生まれ変わる事すらある。
何より、オーガの牙や爪は大きくそのまま武器に加工できる為、素材としての価値は他の魔物より数段高くなるのだ。
加えてオーガ自体が非常に強力な魔物であり、討伐依頼こそあれど達成できる冒険者は少ない。
オーガの素材自体希少価値が高く、結果高額となってしまうのである。
内訳を提示され、更に無言となったのはリーニャとミリスだった。
レキとフランは良く分からないまま感心し、フィルニイリスだけがまともな反応を返した。
「・・・どう?」
「へっ?」
「どう、と言われてものう」
「高いの?安いの?」
「分からんのじゃ」
店主の問いかけにレキとフランが揃って首を傾げる。
交渉こそフィルニイリスが担当したが、素材を出したのはレキとフランである。
よって、レキとフランに確認するのは店主としては間違っていない。
ただ、レキもフランも目の前の金貨の山がどれだけ多いか良く分かっていなかった。
「どれも相場より高額。
何故?」
そんなレキとフランの横から、素材の相場と目の前の金額との差異を知るフィルニイリスが店主に説明を願った。
「そうば?」
「その時々の物の価値とか値段とかの意味ですよ」
相場という言葉自体を知らないレキにリーニャが説明をする傍ら、フィルニイリスと素材屋の店主の間で確認が行われる。
「どれも通常の素材より程度が良い。
フォレストウルフの毛皮など色艶が良すぎる。
どこで取ったか気になる」
「他の素材も同じ?」
「オーガの牙や角に関しては通常の物より質が高すぎる。
何よりこれほど綺麗な状態の物など滅多に出まわらない」
「なるほど」
魔物の牙はその魔物の攻撃手段であり、魔物との戦いにおいて最も注意すべき部位である。
逆を言えば、牙を折ってしまえばそれだけ安全に戦えるという事だ。
もちろん魔物の攻撃手段は牙だけではないが、強力な武器である事に変わりはない。
討伐の証としてなら折れていても問題が無い為、戦いの際はまず牙をへし折り、相手を無力化する事でより安全に倒せるのだ。
よほど腕に自信があるか、あるいは己の力を過信していなければ、騎士や冒険者などはまず敵を無力化してから倒すものである。
よって、市場に出回る牙は基本的には折れたり傷ついているのがほとんど。
素材として扱う分には折れていても問題なく、装飾品ならば多少傷があったところでそれだけ強力な魔物だった、これこそ激闘の証だなどと付加価値を付けられる為、むしろ喜ばれたりもする。
もちろん傷一つ無い物が喜ばれないかと言えばそんなわけもなく、むしろ傷一つ無い牙など出回らないが故の理由付けだったりする。
そういう理由から、レキの持っていた素材は高額になったようだ。
何せどの牙も傷一つ無いのだから・・・。
「よく分かった。
ではその金額でお願い」
「うん」
こうして交渉は無事終了した。
金貨3,000枚、銀貨428枚。
これが、レキが生まれて初めて稼いだお金だった。




