第357話:激戦
『おお~っと!
これはまた激しい試合展開です。
アリル選手、今度はローザ選手に襲い掛かります』
武舞台上では、十人の選手が目まぐるしく戦いを繰り広げていた。
アランの魔術をかわしたアリルがローザに迫り、ローザと戦っていたネスがフィルアに攻撃を仕掛ける。
ラリアルニルスの振るう大剣をかいくぐったリリルが、ジガの棍に爪を立てる。
乱戦の中、リネがアランに迫り、根と剣が激突した。
「えいっ!」
「はあっ!」
再びラリアルニルスとイメイが切り結ぶ。
相手を変えつつ激しくぶつかり合う乱戦。
剣が、拳が、棍が、魔術が飛び交い、武舞台上で十名の生徒が持てる全ての力を使い戦っていた。
「このままではらちが明かんっ!
アラン、ジガ、あれをやるぞっ!」
仕切り直す為か、イメイから距離を取り後方へと下がってきたラリアルニルスが指示を出す。
森人ながら前衛で大剣を振るう、生まれてくる種族を間違えたのでは?と揶揄される事もあるラリアルニルス。
試合となれば熱くなりがちな彼だが、普段は冷静で武人然とした生徒である。
知恵を重んじる森人らしく頭も良く、稀にこうして作戦を提示する事もある。
普段からしないのは、考えるより剣を振るった方が早いと考えているから。
そして何より、アランの指揮を信じているからだ。
「お前が言うなんて珍しいやん」
「らちが明かないから」
「乱戦は苦手ですしね」
だが、時にはこうして己の考えを提示し、アランに判断を委ねる事もある。
対等の仲間であるが故に、ラリアルニルスは己の思う様に振る舞えるのだ。
揶揄いながらもジガが後方へ下がった。
アランの横にジガが立ち、二人を守るようにローザとフィルアが油断なく構える。
「では行くぞっ!
"エド・ウォール"っ!」
アランが魔術を放つ。
魔術名のみで生まれた火の壁を前に、アリル達が慌てて下がった。
「あっぶなっ!」
「しっぽが燃えるとこでした」
「リネ、ちょっと焦げてる」
「熱い・・・」
物理的な防御力こそ無い火の壁だが、当然のごとく触れれば燃える。
考え無しにつっこめば全身火傷を負うだろう。
青系統の魔術なら消す事も出来るが、あいにくアリル達は誰も魔術を使えなかった。
『おおっ!
ここでアラン選手お得意の詠唱破棄魔術です。
アリル選手達なす術もありません』
『獣人の最大の弱点は魔術に対する術を持たない事。
他系統なら耐えればいいが、赤系統はそうもいかない』
獣人の魔術への対抗策は「相手が魔術を放つ前に殴る」ただそれだけ。
それは相手が詠唱しているからこそ出来る策(?)であり、アランやレキの様に詠唱すること無く即放ってしまう者には通じない。
「ジガ、ローザ、フィルア、合わせろっ!」
「偉そうやな脳筋」
「黙って詠唱して脳筋」
「貴様らっ!」
「はいはい、言い合いは後にして、行きますよ」
火の壁をかいくぐるのは至難。
故に、この時間が最大の好機となる。
ラリアルニルスの指示で、ジガ、フィルア、ローザが詠唱を始める。
無詠唱で魔術を放てない彼らだが、アランの火の壁に守られている今なら問題ない。
「"黄にして希望と恵みを司る大いなる土よ"」
「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ"」
「"赤にして勇気と闘争を司りし大いなる火よ"」
「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」
タイミングを合わせ、四人が同時に詠唱を始める。
ラリアルニルスが黄系統を、ジガ=グが緑系統を。
フィルアが赤系統、そしてローザが青系統だ。
「なんか来るぞっ!」
「魔術?」
「魔術!」
「熱いぃ・・・」
火の壁に遮られ、視界すら封じられたアリル達。
アランの生み出した火の壁は高く、アリルの跳躍力でも跳び越すのは難しい。
彼女達に出来るのは、火傷覚悟で飛び込むか、あるいはおとなしく火の壁が消えるのを待つ事だけ。
アランの魔力とて無限ではない。
何時までも、石でできた武舞台上に火の壁を出し続ける事は不可能なのだ。
「「「「"我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち砕け"」」」」
詠唱が揃う。
唱えられた呪文は四系統それぞれのブロウ魔術のもの。
初級魔術ながらにダメージの大きいそれは、少なくないダメージを与えられるはずだ。
「アランっ!」
「ああっ!」
ラリアルニルスの声にアランが火の壁を消した。
壁の向こう、そこには・・・。
「横だっ!」
「おうっ!」
「"エル・ブロウ"ぅ!!」
「"リム・ブロウ"やっ!」
「"エド・ブロウ"っ!」
「"ルエ・ブロウ"」
四系統の魔術が、火の壁の向こう、いつの間にか左右に展開していたアリル達へと飛んだ。
――――――――――
詠唱魔術の欠点の一つに、相手に魔術を放つタイミングを知られてしまうというモノがある。
相手に声が届かない距離なら、あるいは相手がこちらの言葉を理解しない魔物であれば問題は無いが、広いとは言えない武舞台では当然のごとく詠唱が相手の耳に届いてしまう。
詠唱内容で魔術の内容も分かり、更には放つタイミングも掴まれてしまう。
アランの出した火の壁に遮られているとは言え、馬鹿正直に真正面で待っている必要は無い。
イメイ=ツを残し、アリル達は左右に展開していた。
アランもラリアルニルスもそれは予想していた。
当たり前だ。
魔術が来ると知りながら、馬鹿正直に待っているなどいくら脳筋の獣人とてしないだろう。
故に、火の壁を消した直後、アラン達はそれぞれが左右を見渡し、ターゲットを見据えていた。
彼等に誤算があるとすれば、彼女達の実力、とりわけ瞬発力を見誤った事だろう。
兎の獣人であるアリルと猫の獣人であるリリルは、実力もさることながら瞬発力でもプレーター学園の上位だ。
栗鼠の獣人であるリネとネスも、小回りという点では二人に負けていない。
唯一、イメイだけはその体躯や性格も関係するのか瞬発力は低く、魔術を避けられるほどの俊敏さは持ち合わせていなかった。
アリルとリリルが危なげに、リネとネスの双子はそろいの動きで魔術をかわす。
イメイは避けられないと見るや全身を魔力で強化し、斧を前に耐える姿勢を取った。
『フロイオニア学園の起死回生の魔術攻撃でしたが、あまり効果は無かったようです』
『エド・ウォールに物理的防御力は無い。
魔術に対する防御は高いが相手は獣人、魔術による攻撃はしてこない。
故に、敵味方を分断させる為か、目くらましと予想がつく』
『なるほど』
『分断しても壁が消えないなら、残るは目くらまし。
壁の向こうで何かやっているなら、壁が消えた直後に攻撃が来る事もまた予想し易い』
『つまり読まれていたと?』
実際、火の壁が生まれた後、さほど間を置かずにアリル達は左右に展開していた。
魔術はおろか、遠距離攻撃の手段を何も持ち合わせていないアリル達である。
そんな彼女達に対し、魔術による火の壁など目くらまし以外の何物でもないのだ。
グル=ギ達ならまだしも、火の壁に無防備に突っ込むほどアリル達は愚かではない。
「やはりラリアの方がの脳筋だった?」
「何、仕切り直すには十分だ」
わざとらしく首を傾げるフィルア。
彼女も本気で言っている訳ではない。
開始早々乱戦が続き、いったん間を置きたかったのはフィルアも同じだからだ。
一応、ラリアルニルスの魔術だけはイメイに当たっているが、彼女にはあまり効いていなかった。
放ったのが黄系統だった為、物理的に耐えられたのだろう。
とは言え、脳筋気味でも一応は森人であるラリアミルニスの放った魔術である。
称賛すべきはイメイの魔術に対する防御力と身体強化値だろう。
「行くぞっ!」
「ごまかした」
「ごまかせてへんけどな」
それでも他系統なら・・・。
そう考えるフィルアとジガの視線を振り切り、ラリアルニルスが再び突っ込んでいく。
文句を言いつつ、フィルアとジガが左右に続いた。
「アラン様」
「ローザはここを頼む」
ダメージこそ与えられなかったが、それでも相手に魔術に対する手段がない事は分かった。
火の壁に手も足も出さず、飛んできた魔術は避けるか耐えるかしか出来ていなかったからだ。
身体能力ではやはり向こうが上。
再び乱戦になればこちらが不利かも知れない。
アランはそう判断した。
だが、魔術ならこちらに分がある。
「"エド・アロー"」
「あっぶなっ!」
こちらに迫るリリルに牽制の魔術を放つ。
まだ距離があったのか、リリルは言葉とは裏腹にアランの魔術を軽々しくかわした。
「こっちもいるよ~」
「させませんっ!」
リリルと挟撃を仕掛けようとしたアリルはローザが防ぐ。
ローザを盾に、アランがひたすら魔術を放ち続ける。
獣人相手に魔術で攻撃できるのは、この中で唯一呪文に頼らない魔術を使えるアランだけだ。
ジガやフィルア、ラリアルニルス達への援護も欠かさない。
再び乱戦と化した中、アランはたった一人、魔術による攻撃と援護に専念する事となった。
――――――――――
身体能力ではアリル達に勝てない。
総合力ならアラン達も負けていなかったかも知れないが、広いとは言えない武舞台で悠長に呪文を詠唱している余裕は無い。
瞬発力に優れるアリル達相手なら尚更だ。
アランに鍛えられたおかげで、ローザやジガは剣や棍を振るいながら呪文を詠唱する事が出来る。
だがそれも、アリル達相手では難しかった。
いくら詠唱しながら戦えるとは言え、多少なりとも呪文に意識を割かねばならず、それがむしろ隙になりかねないからだ。
放つタイミングも問題だった。
距離が離れてしまえば、アリル達はその身体能力で魔術をかわしてしまう。
ただでさえ瞬発力に優れる獣人相手に魔術を当てるのは至難の業なのだ。
レキやアランの様に無詠唱で使えれば、あるいはミルアシアクル程の魔術巧者であれば話は違っただろう。
だが、シガやフィルアにそこまでの技術は無い。
唯一詠唱無しで魔術が使えるアランも、この乱戦の最中たった一人で全員のフォローをするのは厳しかった。
この試合を決めたのは、おそらくは武術の実力。
「それまでっ!
勝者、プレーター学園第二チームっ!」
決勝に進んだのは、アリル達プレーター学園第二チームだった。




