第354話:準決勝第一試合
「宜しくお願いしますレキ様」
「うんっ!」
まずはお互い挨拶を交わす。
敬意を持って接するミルアシアクルに対し、レキは元気に応じた。
同じフォレサージ学園の代表カリルスアルム。
彼の一回戦での醜態は、止められなかったフォレサージ学園全体の醜態でもある。
フォレサージ学園の代表として謝罪の一つもしなければ気が済まなかったのだが、レキは全く気にしていなかった。
悪いのはカリルスアルム。
レキとしては、同じ学園とはいえミルアシアクル達には関係ないと考えている。
むしろ、悩めるファラスアルムの相談に乗ってくれたミルアシアクルには感謝すらしているくらいなのだ。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「あ、握手を・・・」
「あっ、ずるいです。
私もおねがいしますっ」
「私もっ!」
「僕もっ!」
故に、レキはどことなく申し訳なさそうなミルアシアクルに笑顔で手を差し出した。
試合前の挨拶と握手である。
レキの寛大さと笑顔に感激するミルアシアクル。
にこやかに握手をするレキと、泣きそうな顔でレキの手を両手で握りしめるミルアシアクルを見て、ミルアシアクルの仲間達も心から安堵した。
と同時にレキと握手しているミルアシアクルが羨ましくなったのだろう、彼女の仲間達もまたこぞって握手を求めるのだった。
『試合前だと言うのに和やかですね~』
『レキ』
「何?」
『魔力を出してあげれば彼女達はもっと喜ぶ』
「分かった」
フィルニイリスに言われ、ファンサービスすら行うレキである。
これが六学園合同大武闘祭の準決勝とは思えないほどの、和やかな空気が武舞台には満ちていた。
「な~、やっぱ俺達の出番なくね~か?」
「まぁまぁ、試合が始まれば違うさ、きっと」
「相手もレキ相手に手加減などすまい」
「む?」
チーム戦の一回戦はレキが一人で片付けてしまった。
二回戦こそはと意気込んだところ、開始直後にグル=ギ達は揃ってレキに突っ込んだ。
流石に今度は大丈夫だと思いたいところだが、相手はレキを崇拝する森人達である。
試合前だと言うのにレキに詰め寄り、代わる代わる握手を求めるミルアシアクル達。
彼女達がどういう行動を取るか、現時点では予想が出来なかった。
――――――――――
「始めっ!」
そんなガージュ達の不安が晴れぬまま、試合が始まった。
「散開っ!」
『はいっ!』
ミルアシアクルの号令でチームメンバー達が四方へと散らばる。
武術が苦手な森人とて、身体強化をすればそれなりに機敏に動ける。
獣人には及ばないが、それでも魔力量が多い分強化度合いは高かった。
「レキ様には遠距離から魔術をっ!
他の方々は警戒しつつ隙を見て攻撃を仕掛けて下さいっ!
レキ様のお仲間です。
決して油断なさらないようにっ!」
『はいっ!!』
「おっ?
おっ?」
「なんか警戒されてるね」
ある意味では予想外のミルアシアクル達の言動にカルクが戸惑う。
正直、今までの相手はカルク達を眼中にすら入れて無かった。
一回戦はともかくとして、二回戦はそれなりに戦ってはいるものの、他の大会出場者に比べてカルク達の実力は明らかに劣っている。
ミルアシアクル達からしても取るに足らない相手に違いないはず。
にもかかわらず、ガージュ達にも油断せず対処しようとするミルアシアクル達。
彼女達はガージュ達もレキの対等の仲間の様に警戒している。
相手チームからの思わぬ高評価に、ユーリもどこか嬉しそうだ。
「呆けてる場合かっ!
カルクとガドは突っ込め。
ユーリは僕の補助だ
レキは相手の魔術を迎撃しろっ!」
「おうっ!」
「むっ!」
「ああっ!」
「わかったっ!」
もちろん喜んでばかりはいられない。
ガージュが指示を出し、カルク達も行動を始めた。
「「"黄にして希望と恵みを司る大いなる土よ、我が意思のもと立ちはだかりしモノを穿け"、"エル・ニードル"」」
「「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ、我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち払え"、"リム・ボール"」」
ミルアシアクル達が魔術を放つ。
扇形に展開しつつ、二人が黄系統を、二人が緑系統を。
土の杭が風に乗り、カルクとガドに容赦なく降り注いだ。
「うおっ!」
「ぬぅぅ!」
突っ込みかけたカルクとガドの脚が止まった。
「えいっ!」
迎撃を任されたレキが風の塊を放つ。
無詠唱で放たれるのはリム・ブロウ。
レキの放った巨大な風の塊は、こちらに迫る土の杭を残らず呑み込み破裂した。
ダメージこそ与えていないが、相手の攻撃は完全に止まったようだ。
「ガージュっ!」
「ああっ!」
お返しとばかりにガージュ達も詠唱を始める。
だが、
「させませんっ!」
「なっ!」
「しまっ!」
一人外れた場所にいたミルアシアクルが、二回戦同様細剣を持ち特攻を仕掛けてきた。
予想外だったのだろう。
二回戦でのミルアシアクルの行動は、魔術が使えないが故の手段だったはず。
今は魔術に対する結界など無い。
レキを除けば詠唱速度も威力もミルアシアクル達の方が上。
距離を空け、魔術を放ち続るという、従来の森人の戦い方でくるとばかり考えていたのだ。
「はっ!」
「くっ!」
キィンッ!
剣のぶつかる音が武舞台に響く。
ミルアシアクルの剣を、ガージュがかろうじて受け止めた。
普段からレキの剣を見ているだけあって、最上位クラスの誰もが目には自信があった。
もちろん目が良くとも反応出来なければ意味は無いが、レキとも手合わせするようになったガージュもしっかり成長している。
かろうじてではあるが、ミルアシアクルの奇襲にも反応できたのだ。
「たぁっ!」
「ふっ!」
横からユーリが剣を振るう。
その一撃はミルアシアクルに軽々とかわされてしまった。
「ふぅ、出来れば今ので倒したかったのですが・・・。
さすがレキ様のお仲間です。
一年生とは言えやはり油断は出来ませんね」
ミルアシアクルはそう二人を評価したが、実際はガージュとユーリ二人がかりで何とかと言ったところ。
元々の実力差もあるのだろう。
加えて、四年間の経験の差はいかんともしがたかった。
「くそっ、こうなったら・・・レキっ!」
「何?」
このままでは間違いなく倒されてしまう。
そう判断したのだろう、ガージュがレキを呼んだ。
「レキは彼女を相手しろ。
その間僕達はカルク達の補佐に入る」
「分かったっ!」
森人とは言え相手は四年生。
ガージュやユーリの今の実力では、接近戦でも分が悪かった。
三人でなら倒せるかも知れないが、それでは他のメンバーに押されてしまう。
レキにミルアシアクルを任せ、その間ガージュ達で残る四人を食い止める作戦。
結局、レキに頼るしかなかった。
「レキ様のお相手が出来るとは・・・。
光栄ですっ!」
「えいっ!」
喜びを噛みしめ、ミルアシアクルがレキ目掛けて特攻を仕掛けた。
彼女も一応剣術も学んではいるがあくまで護身レベル。
レキに勝てるなど欠片も考えていない。
それでもレキと直接剣を交えられるとあって、彼女は勝ち目など気にせずただレキを相手に剣を振るった。
「くっ!
さすがレキ様。
ですが私だって・・・」
ミルアシアクルの剣を軽々しく迎撃するレキ。
一度距離を取りつつも、ミルアシアクルはなおも一人でレキの相手を続ける。
剣を握る手に力を入れ、彼女は呪文の詠唱を始めた。
「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ"」
「ん?」
魔術には魔術。
相手の全力を出させた上で倒すと言うのが、大武闘祭でレキに与えられた課題のようなもの。
ミルアシアクルが呪文の詠唱を始めたならレキも魔術を放つべき・・・なのだが。
彼女は呪文を詠唱しながら突っ込んできた。
「"我が手に集いて"」
「わっとっ!」
詠唱しながらの攻撃。
アランの婚約者であるローザ=ティリルが得意とする戦い方である。
ミルアシアクルも同様の戦い方が出来るらしい。
これもまた彼女の四年間の努力の成果なのだろう。
基本、魔術のみで戦う森人にしては珍しい、剣と魔術を用いて戦うミルアシアクル。
そんな彼女を相手にするレキは・・・とても楽しそうだった。
「じゃあこれっ!」
「"リム・ブロウ"」
二人の真ん中で魔術が衝突した。
ミルアシアクルが放ったリム・ブロウに、レキは青系統のルエ・ボールで対抗する。
風の塊と水の球がぶつかり、水しぶきが飛び散った。
「うわっ!」
「冷てぇ!」
「くっ、レキかっ!?」
「むぅ・・・」
「これはレキ様の?」
「ミルアと魔術を?」
「う、羨ましい・・・」
「次は僕がっ!」
周囲で戦う、お互いの仲間達にも水しぶきが降り注いだ。
レキが放ったのが赤系統なら大惨事だったかも知れなかった。
そういう意味では、レキも一応は考えているのだろう。
「さすがレキ様。
あのタイミングで相殺されるとは・・・」
詠唱しながら剣を振るい、相手の隙をついて魔術を放つ。
ミルアシアクルが四年の研鑽を経て身に付けた戦法。
それをレキは、初見で軽々と対処して見せた。
なお、ミルアシアクルに驚きは少なく、むしろ感激すらしていた。
レキならば当然、とでも考えているのだろうか。
そんな間にも試合は続いている。
ガージュの指揮で、カルク達は格上相手に必死に食らいつく。
相手は魔術を主体に戦うフォレサージ学園。
遠距離では分が悪く、ならばとカルクとガドが被弾覚悟で前に出続ける。
カルクが剣を振り、ガドは斧を盾の様に構えて何とか距離を詰めようと前へ前へと進んで行く。
そんな二人を援護すべく、ユーリが死角に回り込んだ。
三人を指揮しつつ、時折魔術で援護するのはガージュの役割だ。
以前は指揮に専念するあまり、魔術を撃つ余裕などなかったガージュである。
いつの間にか、彼は指揮と支援を同時にこなせるようになっていた。
細かく指示を出さずとも、カルク達はしっかりと戦ってくれる。
自分の指示を無視する事もあるが、それはガージュの指示が間違っている場合が多い。
それを認め、仲間の考えをも認め、仲間の動きを補佐すべく魔術を放つ。
ガージュもようやく、仲間との連携を覚えつつあった。
「カルク、ガド、いったん下がれ。
中級魔術が来るっ!」
「おうっ!」
「むぅ」
「ユーリは僕と魔術だ。
合わせるぞっ!」
「ああっ!」
レキがミルアシアクルを撃破すれば、試合はこちらに傾く。
格上を相手にガージュ達が出来る事など、精々が時間を稼ぐ事くらいなのかも知れない。
「レキが来る前に一人でも倒すっ!」
それでも、ただレキの助けを待つなど出来るはずも無い。
力を合わせるには実力差があり過ぎるが、それでもガージュ達はレキの仲間なのだから。




