第35話:宿と馬車の手配
「さて、それじゃそろそろオレは行くぜ」
「うん、ありがとうおじさん!」
「おじ・・・」
「わらわも礼を言うぞ、ありがとうなのじゃ!」
「お・・・いや、いいってことよ」
ギルドや冒険者について、フィルニイリスと競うように説明してくれた冒険者の男は、そう言って席を立った。
レキの言葉に多少顔をしかめたような気もするが、それでも笑顔でレキの頭を撫でた。
「私達からもお礼を言わせてください。
この子達の面倒を見てくださって、本当にありがとうございました」
「ああ、私からも礼を言わせてもらいたい。
ありがとう」
「お、おう・・・なんだか照れクセェな」
続くリーニャとミリスの礼に、男は照れくさそうに頬をかいた。
心なしか顔も少々赤くなっているのは、二人の見目が非常に整っているからだろう。
「あなたの説明はなかなか良かった」
「いや、ねぇちゃんの方こそ凄かったぜ」
フィルニイリスは礼ではなく男を褒め、男もまたフィルニイリスを讃え、そして両者は握手を交わす。
それはまるで、好敵手との別れのようであった。
「まぁ、どっかであったら気軽に声かけてくれな。
依頼だったら格安で引き受けてやるぜ!」
「うん、ありがとうおじさん!」
「おじ・・・」
「ありがとうなのじゃ!」
「お・・・おう」
何故か最後、若干肩を落としつつ男が去って行く。
男を見送った一行は、その背中が見えなくなったところで顔を見合わせた。
「で、あの男は誰なのだ?」
「・・・え~っと」
誰も、男の名前を聞いていなかった。
――――――――――
「情報は?」
「ええ、ある程度は」
「こちらもだ」
「では、そろそろ宿をとりに行きましょう。
おそらく大丈夫だとは思いますが・・・」
男が去った後、一行は今後の行動について改めて話し合った。
元々ギルドに寄ったのはレキが来たがったからと言うのもあるが、先にできるだけの情報を集めておこうと思ったからだ。
情報もある程度集まり、レキも満足したようなので、日が沈まない内に次の行動へと移る事にした。
「ねぇ、フィル」
「何?」
「この牙とか爪ってギルドで買い取ってもらえたりしないの?」
そう言ってレキが差し出したのは、森の小屋から持ちだした大量の爪や牙である。
レキが魔の森で過ごした三年の間に狩っていた魔物の爪と牙。
今あるのはその極一部だが、それでもかなりの量がある。
「わらわも!
わらわもあるぞ!」
ついでにフランも見せてきた。
レキから譲ってもらった物だが、そのままでは飾りにもならない為、街に着いたら一緒に売ってお金(お小遣い)に替えようとレキと話し合っていたのだ。
「魔物の素材は薬草などと違って採取依頼はあまり出ない。
討伐依頼の証として提出し、そのついでに買い取られる事が多い」
薬草など薬の素材となるような物は常時依頼が出ている場合が多く、例え依頼を受けてなくとも買い取ってもらえる。
だが、魔物の素材、特に牙や爪などは討伐証明にはなっても素材として買い取られることはあまりない。
これが特殊な素材、例えばオークの睾丸やオーガの肝のようなある特定の需要を満たすような物であれば話は変わってくるが、魔物の素材はあくまで討伐の証でしかないのだ。
「じゃあ買い取って貰えないの?」
「ギルドでは無理」
フィルニイリスの言葉にレキとフランが仲良く肩を落とした。
売ったお金でお菓子を買おうと、先日から楽しみにしていたのだ。
「まぁまぁ。
ギルドでは、という事はそれ以外の店で売れば良いということですよ」
「「えっ?」」
「魔物の牙や爪などは加工して装飾品や武具、あるいは薬などに使われる。
鍛冶屋や薬士、魔物の素材を専門に扱う店に持ち込めば良い」
「鍛冶屋・・・」
「素材を専門に・・・のう」
鍛冶屋という言葉に反応したのはレキ。
対してフランは、魔物の素材を扱う店と言うものに興味があるようだ。
「では宿の手配が済んだらそちらに行きましょうか」
そうして冒険者ギルドを出た一行は、次に今夜の宿をとるため街の北側へと移動した。
街に入ったのは南門の為、レキ達は街を横断する形となる。
元々小規模な村に住んでいたレキである。
エラスの街はそれほど大きな街では無いが、生まれて初めて訪れた街に対して興味津々だった。
宿へ向かう最中も、きょろきょろとせわしなく視線を彷徨わせている。
「ふふっ、そんなに珍しいですか?」
「うん!」
「そう言えばレキは村の出だったな。
と言うことは街に来るのは初めてなのか?」
「うん、そうだよ」
「エラスの街はそれほど栄えた街ではない。
ここより大きな街などいくらでもある」
「へ~・・・」
「王都はもっと大きいのじゃ!」
「王都かぁ・・・」
そんなレキを四人が代わる代わる構う。
フランはレキと手を繋ぎながら歩いている。
仲の良い行為ではあるが、反面手を離せばどこへ行くか分からないという不安も感じさせた。
どちらが、とは言わないが。
先頭を歩くのは仲良く手を繋ぐレキとフランの二人。
続いてリーニャ。
その後ろにフィルニイリスとミリスという並びで一行は進んでいく。
お子様二人は街の様々な場所をきょろきょろと見ながらも、一応は真っ直ぐ北へと向かっている。
「街の東と西で見事に違いますね」
「ああ、東はそれなりに整っているが・・・」
「西はスラム、そして歓楽街」
「治安は悪そうだな・・・」
「子供の教育にも悪そうです」
リーニャ達三人はレキやフランとは違う視点で、このエラスの街を観察していた。
エラスの街は、王都にいた時に伝え聞いていた話とは様子が大きく異なっている。
人が少なく、その分開発も遅れ、街のほとんどがスラムのような有様・・・そんな街だと言われていたのだ。
実際に見るエラスの街はそれなりに活気もあり、街も西側以外はわりと普通である。
確かに王都に比べれば栄えてはいないが、他の街と比べてそれほど劣っているとも言えなかった。
西側以外は治安の悪さも感じさせない、スラムとはとても言えない普通の街並みだ。
「数年前までは聞いていた通りの街だったはず」
宮廷魔術士長として、フィルニイリスは常に情報を収集している。
聞いていた情報とあまりにも違う街の様子を、興味深そうに観察していた。
そうして歩くことしばし、一行は街の北にある宿屋へとたどり着いた。
――――――――――
「ようこそお客様、四名様でしょうか?」
エラスの街唯一の宿屋に着いた一行。
愛想良く出迎えてくれた宿屋の主人は、レキ達を見て何故か四人ですかと尋ねた。
「・・・五人です」
「えっ?
あ、はい五名様ですね。
お部屋はどうされますか?」
そんな主人にリーニャが若干睨みつけながらも人数を訂正する。
リーニャの様子にも気づかず、主人は人数を確認しつつ手続きを始めた。
「大部屋が空いてたらそれで。
なければ二部屋お願いします」
「では大部屋にご案内いたします。
食事はどうされますか?」
「明日の朝食だけお願いします」
「分かりました。
料金は五名様一泊銀貨一枚となります」
「ではとりあえず一泊お願いしますね」
「はい、毎度ありがとうございます」
手続きを済ませ、部屋へと向かう。
宿屋の主人が訝し気な視線を送るも、気にすることなく部屋へと入って行った。
なお、宿の料金は相場より若干高めだったが、エラスの街の事情を見れば仕方ないと言えるだろう。
「おお、思ったより広いのじゃ!」
「そうですね。
五人で使うには十分です」
案内された部屋は六人で使う部屋だったようで、レキ達五人なら十分過ぎる広さがあった。
ベッドが六つ、それに簡易的なテーブルがあり、ソファーは無いが床には毛皮が敷かれていた。
王侯貴族が使用するには向かない部屋だが、レキは当然としてフラン達も不満は無かった。
「ふかふかじゃ!」
「こらフラン!
床に転がるのはやめなさい!」
フランなどは普段は泊まらない商人や冒険者向けの宿をむしろ楽しんでいるくらいだった。
「宿も取りましたし、次は馬車の手配に行きましょうか」
「先に馬車なの?」
「そうじゃ、素材を先に売った方が良いのではないのか?」
「いえ、馬車の手配に何日かかるか分かりませんので・・・」
先ほどとりあえず一泊としたのは、馬車がすぐ手配できるか分からない為、部屋だけでも確保しておこうと思ったからだ。
すぐ手配出来れば明日出発すれば良く、ダメなら宿泊日数を伸ばせば良い。
お金は多少心もとないが、最悪はレキにお願いして借りるつもりでいる。
レキの持ってきた魔物の素材、フィルニイリスの見立てでは最低でも金貨数枚はくだらないらしい。
「では行きましょう」
衛兵の言う通り、馬車の店は宿屋のすぐ傍にあった。
店の裏手には数台の馬車が並んでおり、その奥には馬小屋まで完備されている。
馬車と、それを引く馬を同時に手配できるようだ。
「いらっしゃいませ。
本日はどのようなご用件で?」
「馬車とそれを引く馬をお願いします」
「はいはい、貸し出しでしょうか?それともご購入でしょうか?」
「購入します」
「分かりました。
ではこちらへどうぞ」
そういって店の裏手、馬車の並んでいる所へ一行は案内された。
「あの柵のこちら側が購入用の馬車になります」
「うわ~・・・」
そこには荷物を運ぶのが目的の幌のない荷馬車から、幌付き、屋根付きの馬車など、様々な種類の馬車が並んでいた。
初めて見る馬車に感動するレキ。
そんなレキを横目に、リーニャがミリスやフィルニイリスと相談しつつ馬車を選んでいく。
「こっちの屋根の無いのも馬車なの?」
「ん、なんだ坊主?
荷運びの癖に荷馬車も知らねぇのか?」
「にはこび?」
「違うのか?
じゃあ下男か?」
「げなん?」
三人が店の店主と交渉を始め、暇になったレキが好奇心にまかせて別の男に話しかけた。
だが、男のレキに対する扱いはぞんざいなものだった。
無理も無い。
今のレキは魔物の毛皮をそのままかぶり、背中には魔物の素材が詰まった毛皮の袋を背負っている。
他の四人と比べて明らかに格好の異なるレキは、どこからどう見ても下働きの子供にしか見えないのだ。
荷運びと言うのは少額で物を運ぶ者の事をさす。
店の配達要員として雇われるケースもあるが、基本的にはその場限りの日雇いのようなものだ。
満足に働けない大人や子供に多い仕事である。
そんな仕事をする者など生活に困っている者がほとんどで、レキのような格好をした者もまた多い。
下男はといえば、こちらは単純に下働きの男を指す言葉である。
正式に雇われている者も多く、流石に今のレキのような格好をした者は少ないが、あえてそういう格好を強いる者もいるらしい。
例えば奴隷として買ってきた子供にあえてみすぼらしい服を着せ、己の立場を教え込みつつ過酷な労働を強いるような。
そんな子供の質問に答えても一文の得にもならないと判断したのだろう。
男のレキに対する対応は、客観的に見ればむしろ普通と言えた。
決して褒められたものではないが、無視をしないだけマシとすら言えるのだ。
「おいっ!」
「ん?
おお、これはお嬢さん。
何か御用で?」
だが、それを見過ごせるかどうかはまた別問題で、特にレキになついているフランが男に噛み付いてしまった。
「レキは荷運びでも下男でもないぞ!
わらわの友達じゃ!」
「あ、あ~、はい。
これはどうも申し訳ありません。
いえ、こちらの坊主の格好があまりにもお粗末でして・・・」
フランに対しては愛想よく応える男。
だが、レキに対して謝罪したわけでもなく、むしろそんな格好してる方が悪いとでも言わんばかりだった。
もちろんそんな謝罪がフランに通用するはずもなく・・・
「なんじゃその謝り方は!
というかわらわに謝ってどうするのじゃ!
レキにあや・・・」
「ちょ、フラン。
オレはいいよ」
「・・・むぅ」
激昂したフランをレキが宥めた。
張本人のレキが良いと言う以上、フランも何も言えなかった。
「全く、なんじゃ先ほどの男は」
「いいって」
「良くないのじゃ!
レキを荷運びだとか下男だとか・・・
人を見た目で判断するなど以ての外じゃ!」
もちろん怒りが収まったわけではない。
むしろレキの分まで怒っている。
憤るフランの様子に、リーニャ達は商談を手早く済ませた。
幸い馬も馬車も丁度良いのがそろっていたため、話はスムーズに進んだようだ。
提示された金額に二つ返事で了承したのもその理由だろう。
調整の為、馬車は明日の朝以降の引き渡しとなり、手付を払った一行はそのまま店を出た。
店から離れても、フランの怒りは収まらなかった。
「レキもレキじゃ。
いつまでもそんな格好しとるから舐められるのじゃ!」
「え~、オレが悪いの」
「悪いとは言うておらん。
でもやはり街でその格好はダメなのじゃ」
「やっぱダメなの?」
怒りの矛先が店の男からレキに変わったりはしたものの、フランの鼻息は荒いまま。
「フランもその辺にしておきなさい。
レキ君が困ってますよ」
「リーニャ・・・しかしじゃな」
「確かにレキ君を荷運びや下男と間違えた事は私だって許せませんけど、レキ君の格好を見ればそれも仕方ないのですよ?」
「じゃから!」
「ええ、ですから・・・服屋に行きましょう」
「うむ!」
怒りのあまり、あらかじめ決めておいた呼び名を忘れるフランである。
最も、街に入ってからというもの、フランがリーニャをリーニャ姉と呼んだ事は今のところ無い。
反面、リーニャはちゃんと役割道りフランと呼び捨てにしている。
呼び方はともかく、レキに関しては一歩も引かないフランに対し、同調しつつリーニャが解決策を提示する。
レキが下男に見られるのは単純に下男のような恰好をしているから。
という事で、一行の次の目的地は服屋となった。




