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黄金の双剣士  作者: ひろよし
十七章:学園~大武闘祭・チーム戦~ 前半
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第340話:レキの背中

『無詠唱魔術、というよりもはやレキ選手の凄さを見せつけるかのような試合でしたね。

 何せ五人の魔術士を相手にただの一度も魔術を使わせなかったのですから』

『そもそも無詠唱魔術を使うレキに対し、何の対策もせずただ並んで魔術を使おうとするのが間違い。

 避けるか、あるいは最後にやろうとしたように身体強化で魔術に対する抵抗を高めた上で誰かが盾になるか。

 盾役だってただ立つだけでなく、それこそ魔木の盾の一つでも持っていれば変わった』


あれでは的に向かって魔術を放っているようなモノだとフィルニイリスは語った。


フォレサージ学園の魔術の授業は、基本的には的に向かって魔術を放つばかりであり、レキ達の様に魔術を用いた模擬戦などあまり行っていないそうだ。

使える魔術が多ければ優秀、高位の魔術が使えれば優秀、魔術行使が早ければ優秀。

稀に行われる模擬戦でも、お互い開始位置からさほど動かず、開始の合図で同時に詠唱を始め、相手より早く魔術を放てた方が勝ち。

相手の魔術を相殺したり飲み込むほどの魔術を放つ者もいるが、基本的には相手より先に魔術を放ち当てれば良く、避ける必要など無かったのだろう。


それが故なのか、フォレサージ学園の生徒は接近戦に強いプレーター学園に例年敗北している。

相手の攻撃を避けつつ魔術を放つ者、初級魔術を連続で行使し、物量で押し切り勝利する者も過去にはいたが、ほとんどの生徒が距離を詰められあっけなく倒されてしまうのである。

先日のミルアシアクルの様に戦える者など早々現れないのだ。


反面、魔術の打ち合いにさえ持ち込めればフォレサージ学園の生徒が負ける事はほとんどない。

同じく魔術を学ぶライカウン学園の生徒や、武術・魔術共に学ぶフロイオニア学園の生徒と比べても、魔術の実力でなら抜きんでていたのがフォレサージ学園なのだ。


そのフォレサージ学園の代表生徒達が、純粋な魔術の勝負において五人がかりで一人に負けた。

これもまた、六学園合同大武闘祭始まって以来初めての事だった。


今後は、魔術勝負と言えどもただ魔術を放つだけでは勝てなくなるだろう。

フォレサージ学園にも変革の時が訪れたのだ。


――――――――――


「う~む、やはりレキは凄いのう・・・」

「あそこまで圧倒的だとは思いませんでした」

「凄かったね~」

「あんなの近づけすらしないじゃない!」


レキを応援していたフラン、ルミニア、ユミ、ミームの四人はレキの相変わらずな実力に感心するやら憤慨するやら。

相手の土俵に立って戦うのがレキだが、基本的には相手の攻撃を受けたり避けたりした後で倒している。

今回の様に、相手に手も足も出させず圧倒する事は滅多にないのだ。

それこそ、学園で行われた武闘祭本戦、チーム戦の二回戦でティグ=ギ相手にやったくらいだろう。


「・・・」


その時のレキはフラン達を見下したティグ=ギに憤り、フラン達の分まで戦った。

今回もまた、レキはファラスアルムの為に戦った。

だが、今回は前回と違い彼女の想いを背負って戦った訳ではない。

ただ、彼女が唯一仕える青系統と、彼女が努力の末でたどり着いた無詠唱魔術を使い、彼女でも出来るだろう戦いをして見せたのだ。

ついでに、彼女が努力を続けた先にある、青系統の上位、紺碧系統の魔術も使ってみせた。


その想いが伝わったのかは今はまだ分からない。

何故なら。


「ファラ?」

「あっ、また」


魔術を尊び、黄金の魔力を持つレキを崇敬する森人であり、何よりレキ本人に敬意と好意を抱いているファラスアルムは、レキの魔術と試合っぷりを見て感激し、いつも通り気を失っていたからだ。


――――――――――


「だ、大丈夫?」

「は、はい。

 ご迷惑をおかけしました」


あれからさほど時間もおかず、ファラスアルムは意識を取り戻した。

入学試験以降レキの魔術を見ては何度も気を失ってきたファラスアルムである。

慣れたのかも知れない。


「凄い試合だったね~」


先程の試合は、詠唱魔術では無詠唱魔術に太刀打ちできないという現実をこれでもかと見せつける試合だった。

相手が同じ魔術士だからこそあれほど圧倒出来た。

そう考える者は多いが、仮に相手が騎士や戦士でも同じ結果に違いない。

無詠唱で放たれる魔術には接近する事も敵わず、そのまま倒されてしまうからだ。


「無詠唱魔術もそうですが、青系統のみであそこまで圧倒するのは・・・」

「ファラさんと同じですね」

「・・・えっ?」

「あっ、レキ青系統しか使ってない!」

「おおっ、そういえばそうじゃな」


今回、レキが用いたのは青系統の魔術のみ。

最後こそ紺碧系統・氷属性の魔術を使ったが、それですら大別すれば青系統である。

それに、相手の魔術を封殺していたのはファラスアルムでも使える青系統の初級魔術ルエ・ボールのみだ。


「ファラさんも無詠唱魔術を使えますし、おそらくは同じように出来るのでは?」

「そ、そんな・・・私なんか・・・」

「え~、大丈夫じゃない?」

「わ、私はまだレキ様ほど早く魔術を行使できませんし、それに紺碧にもまだ至ってませんから・・・」

「ふむ。

 まだ、なのだな?」

「えっ?」


レキに敬意を抱くあまり、レキと同じ事など出来るはずがないと無意識に思ってしまうのは仕方ない。

確かに五対一の状況であれほど圧倒する事は今のファラスアルムには難しい。

五人を相手にあれほど落ち着いて戦えない、というのもあるが、それ以上に同じ無詠唱魔術とはいえレキとファラスアルムでは行使速度に差があるからだ。

あれは、レキほどの行使速度があって初めて出来る戦い方。

それこそレキと、レキと同等の魔術行使速度に至ったフィルニイリスくらいでなければとてもではないが無理なのだ。

個人の部でカリルスアルムを圧倒したアランですら、五人を同時に相手するのは難しいに違いない。


同じ無詠唱に至ったとはいえ、魔術を放つのにまだ若干の溜めが必要なファラスアルムでは、封殺出来て精々二人。

五人を相手に圧倒するのは、今のファラスアルムにはどう考えても難しかった。


二人も封殺出来れば十分なのだが、「レキと同じ」という言葉にどうしても謙遜に似た思いが生まれてしまうファラスアルムである。


「ミリスさん?」


ファラスアルムの言葉に含まれる彼女の真意にミリスが気付いた。


「まだ、という事はいずれは自分も、という思いがある証拠だ。

 何、努力次第ではあのくらい速く放つ事も、紺碧系統に至るのも出来るだろう」


レキが青系統のみで戦った理由をミリスは知っている。

その際、ミリス達がレキに送ったアドバイスは「手本を見せてやればいい」だった。


「技術とは使えば使うほど練度が上がる。

 レキだって毎日剣を振っているだろう?

 魔の森から出たばかりのレキの剣は、その時点で強く鋭かったが技術は無かった。

 毎日欠かさず鍛錬したからこそ、あれほど洗練されたのだ」

「確かに、レキは毎日剣を振っておるな」

「フラン様も見習わなければなりませんね」

「うにゃ・・・」


魔の森ではただ魔物を狩る為に剣を振るっていたレキ。

王宮に来て行ったミリスとの手合わせでは、剣姫と称されるミリスの剣技に何度も敗北している。

身体能力こそ高かったが、技術が無かったからだ。


レキは毎日欠かさず鍛錬している。

今では身体強化無しの純粋な剣技のみでも、ミリスから一本取れるくらいには成長している。


あのレキですら努力しているのだ。

レキの足もとにも及ばないファラスアルムが努力を怠れば、追いつくどころかその差は離れる一方である。

最悪、その背中すら見えなくなってしまうかも知れない。


それはフラン達も同じ。

誰もがレキに追いつかんと努力しており、その成果はちゃんと出ているのだ。


「魔術の事は良く分からんが、人は努力を欠かさなければ必ず成長できる。

 レキに追いつくのは困難だが、諦めなければあれくらいは出来るようになる」

「・・・はい」


ファラスアルムも毎日欠かさず努力し、無詠唱魔術に至った。

学園に入ってから、この中で一番成長したのは間違いなく彼女である。


「・・・リーラさんにも言われました。

 私達は私達なりに頑張るしかないのだと。

 それに、諦めずその背中を追い続ければ必ず自分に誇れる自分になれると」

「自分に誇れる・・・ですか」


ファラスアルムが聞かされたという言葉にルミニアが感心し、フランが良く分からないと言った風に首を傾げた。


幼少の頃は体が弱く、あげく攫われた経験すらあるルミニアは、レキとフランに助けられて以来そんな二人に誇れる自分に成ろうと努力し続けてきた。

だからこそリーラの言葉に感心し、学園の代表になるまで努力したと言うリーラに敬意すら抱いた。


フランが良く分かっていないのは、彼女がいつも自慢げに胸を張っているからだろう。

ミームに勝っては胸を張り、レキに(勉強で)勝っては胸を張る。

リーニャやルミニアに言われた通りお片付け出来れば胸を張るのがフランという少女である。

自分に自信を持っている証拠だろう。

常に誰かに誇っている為、今更誰かに誇る為の努力など必要としないのである。


そもそも努力などここにいる最上位クラスの生徒全員が当たり前の様にしている。

フランもルミニアも、ユミやミーム、そしてファラスアルムもだ。

彼女達の実力は入学した時点より遥かに伸びている。

最上位クラスの中にいては分かり辛いかも知れないが、それこそ四年生と互角に渡り合えるほどに成長しているのだ。


その筆頭がファラスアルムである。

何せ、フロイオニア学園で初めて、入学してから無詠唱魔術に至った生徒なのだから。


「自分に誇れる自分というのは、つまりは自分自身を認める事だ。

 自分のこれまでの努力、歩んできた道のり、研鑽してきた時間。

 それら全てが今の自分を作っている事を理解し、自分を卑下しない事。

 要は自分を好きになる事だな」

「自分を好きに・・・」


今まで自分を卑下し続けてきたファラスアルムには少々難しい事かも知れない。


自分を好きになる為には、まず今の自分をしっかりと受け入れる必要がある。

落ちこぼれと称された自分。

武術がからっきしな自分。

臆病で何かあればびくびくと震えてしまう自分。

ファラスアルムが知っているファラスアルムは、とてもではないが自分や他人に好かれるような存在ではなかった。


「レキやフランを見ろ。

 何かあれば胸を張り、何も無くとも胸を張る。

 怒られてもすぐ立ち直り、懲りずに同じ事を繰り返す。

 あれは自分に自信が有りすぎるからだ」


「ふふん」

「フラン様、褒められてません」


ミリスの指さす方向で、早速フランが胸を張っていた。

一応、どちらも怒られれば反省するのだが、懲りない場合も多いのだ。


フランとファラスアルム。

ある意味対極的な二人だが、実際に両者を比較した場合はどうだろうか?


容姿はどちらも非常に整っており、もはや好みの問題である。

座学の成績ではファラスアルムの方が上。

武術はフランが圧倒し、魔術でも今のところフランに軍配が上がっている。

普段の生活態度ではファラスアルムが素晴らしく、フランはルミニアのお世話になりっぱなし。


性格はどちらも好ましく、若干ファラスアルムが卑屈が過ぎるかも知れないが、フランはフランで賑やか過ぎると言えなくもない。

どちらも頑張り屋で、弱音も滅多に吐かない。

あの野外演習ですら、ファラスアルムは最後まで頑張り通している。


フランが周囲を振り回し気味だが、我儘というほどではなくむしろ微笑ましいレベル。

ファラスアルムが我儘をいう事は滅多になく、むしろ引っ込み思案で自分の意見など滅多に言わない。

それがある意味男子と女子のバランスを取っていたりするのだが、ファラスアルムは気付いていない。

庇護欲をそそられる性格とでも言おうか、もちろん本人は気付いておらず、仮に気付いたとしても本人は涙目で否定するだろう。


何が言いたいかと言えば、ファラスアルムの良いところなど挙げようと思えばいくらでも挙げられるという事。

それに、ファラスアルムだけが気付いていなかった。


「自分を誇る為にはまず自分を良く知らねばならない。

 他者と比較する必要は無いぞ。

 自分自身を客観的に見て、自分なりに評価すればいい。

 そうして悪いところがあれば直し、良いところを伸ばし、自分なりに成長していけばいいのだ」

「・・・」

「どうしても比較したければ、いっそのことレキと比較すればいい。

 ばかばかしくて比較などやってられなくなるだろうからな」

「・・・ふふっ」


自分に自信が無い者ほど他者と比較してしまう。

止めろと言われて止められるモノでもない。


ならばいっそ、レキというどうあがいても勝てない相手と比較してしまえば、比較する事のばかばかしさが分かるというものだ。

落ち込む気力すら沸かないに違いない。

その上で、かすかに見えるレキの背中を追いかけ続けば良い。


追いつく必要は無い。

レキの背中を目標とし、勝てないと分かっていてもそれでも追いかけ続ければきっと、ファラスアルムもファラスアルムなりに成長できるから。


そんなミリスの言葉を受け、ファラスアルムが笑顔を見せた。

今はまだ自分と誰かを比べる事も、自分を卑下する事も止める事は出来ないだろう。

だが、自分なりに努力を続ければ、いつかは自分に誇れる自分になれるのかも知れない。


今はまだ届かない背中。

それでも手を伸ばす事だけは止めないで頑張ろうと、ファラスアルムは心に誓った。

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