第336話:レキのお願い
誤字報告感謝です。
「みんなにお願いがあるんだけど・・・」
「ん、珍しいな。
レキがお願いなんて」
試合前の控室。
学園での予選とは何もかも違う大舞台にこれから挑もうとしている、緊張した仲間達にレキから声がかかった。
「何だい?
僕達に出来る事なら聞くけど」
「もうすぐ試合なんだ。
手短に言え」
普段、レキはあまりお願い事を言わない。
大抵の事は自分で出来てしまう為、お願いする必要が無いのだ。
むしろ、武術や魔術では指導者としてお願いを聞く立場にすらなっている。
日ごろの感謝もあるのだろう、ユーリが気さくに応じた。
ガージュも、レキのお願いが珍しいかったのか、試合前である事を考慮にしつつとりあえず聞く姿勢をとった。
「次の試合、俺だけで戦っていい?」
そんなレキのお願いは、ガージュ達にとって意外なものだった。
「む?」
「それはどういう・・・?」
「フォレサージ学園の生徒とは俺一人で戦いたい」
「はっ!?」
これから行われるのはチーム戦、個人の力量よりチームワークが試される試合である。
チーム同士、戦術や連携を駆使して戦う試合であり、特出した個人をも仲間で力を合わせて打ち破る試合。
決して、レキ一人で戦って良い試合ではない。
「レ、レキ?
それはどういう・・・」
「あいつは俺一人で倒したい」
チーム戦である事はレキだって十分理解している。
有事の際は一人で対応する事の多いレキだからこそ、仲間と肩を並べて戦チーム戦を楽しみにしているくらいだ。
そのレキが一人で戦う事を望んだ。
何かしらの考えがある事くらい、誰にでも分かるだろう。
「何を言っているんだお前は」
だからと言ってレキのお願いを素直に聞くわけにはいかない。
フロイオニア第一チームはレキという特出した武力を有するチームであるが故に、レキ単独で戦わせてしまってはチーム戦も何もなくなってしまうからだ。
勝利する事を第一とした場合、レキを突っ込ませれば終わってしまう。
先日の個人戦を見た者なら誰でも分かる事だろう。
だからこそ、チーム戦ではレキの力に頼らない戦いをする必要があるのだ。
「まぁまぁガージュ。
レキも、せめて理由を教えてくれないか?」
その事はフロイオニア学園で行われた予選や本戦で既に説明済みであり、レキも了承の上ちゃんと皆に合わせて戦っていた。
そうしなければガージュ達の(主に評価の点で)迷惑になるだろうと理解しているからだ。
拙く実力も足りていない自分の指揮に、それでも文句も(あまり)言わず従ってくれたレキに、ガージュだって感謝していた。
だからこそ、レキらしからぬ予想外のお願いに「何を言っているんだ?」と思ってしまったのだろう。
心底分かっていない様子のガージュを宥めつつ、ユーリがレキのお願いの意図を聞いた。
「昨日なんだけど、街であのカリルスアルムって人と会って、ファラの事落ちこぼれだって言ってて」
ユーリに促され、レキが昨日の事を説明し始めた。
街で偶然ファラスアルムの兄のような存在であるらしいカリルスアルムと遭遇した事。
そのカリルスアルムがファラスアルムの顔を見るなり落ちこぼれだと貶めた事。
レキがどれだけファラスアルムの頑張りを語ってもまるで信じず、むしろ鼻で笑っていた事。
おそらくはそれが原因で、ファラスアルムの元気がなくなってしまった事等。
同じフォレサージ学園の生徒であり、学園の代表であるミルアシアクルがカリルスアルムを昏倒させ、その場に放置した事までレキは説明した。
「落ちこぼれ?
ファラが?」
「ああ、そういえば最初の頃はあまり自信も無かったね」
「ふんっ、あいつは今もだろう」
「むぅ」
「いや、だいぶましになったよ」
入学当初、ファラスアルムは何かにつけておどおどとしていた。
武術はからっきしで、攻撃する際は目を瞑っていたほどだ。
魔術に関しては、少なくともガージュ達に比べれば何も問題はなかったが、それでも一系統しか使えないと言う理由でむしろガージュ達より自信を持っていなかった。
レキの話を聞く限り、どうやらその理由は故郷での扱われ方に起因していたようだ。
幼い頃から落ちこぼれと言われ続け、ファラスアルム自身もそう思い込むようになっていた。
魔術のみならず、全てにおいて他人より劣っていると考え、故に何かにつけて自信が無くビクビクとするようになった。
本による知識は人一倍でも、それを認めてくれる者もいなかったに違いない。
そんなファラスアルムの様子に、無駄に自信を持っていたガージュなどは見ているだけでイラついていたほどだ。
座学ではあのルミニアを抜いて学園一位だったと言うのに、なぜあんなにも自信が無いのだろうか。
カルクも疑問には思っていた。
「勉強できて無詠唱使えて、それでなんで落ちこぼれだとか自信が無ぇとかになるんだ?」
「確か一系統しか使えないから?」
「ちっ、そんなの僕達だって同じだろうが」
「いや、森人のくせに、という話だろう?」
「うん、そうみたい」
そのファラスアルムの様子が変わったのはいつ頃からだっただろうか。
野外演習でレキと見張りをした時か。
個人戦でルミニア相手に善戦した時か。
チーム戦の予選で準優勝した時か。
きっかけは不明だが、今のファラスアルムに入学当初のビクビクオドオドとした様子はない。
もちろんガージュの様に尊大な態度を取るわけでも無く、ただ毎日一生懸命に、それでいて楽しそうに過ごしている。
「それで、何故レキが一人で戦うと言う話になるんだい?」
「そうだぜ。
ファラが馬鹿にされたんなら、それは俺達最上位クラスを馬鹿にしたも同じだ。
レキ一人でやらせるわけにはいかねぇぜ」
「僕はどうでもいいが、仲間が馬鹿にされたなら仲間で仕返しするのが当然だ。
いや、僕はどうでもいいがな」
「むっ!」
そんなファラスアルムの頑張りをガージュ達も見てきた。
あんなにからっきしだった武術も、諦める事なく毎日鍛錬している。
魔術に至っては、フロイオニア学園で初めて入学してから無詠唱に至った生徒だ。
武闘祭では上位クラスの、それも武術に優れる獣人の生徒を相手に勝利すらして見せた。
今のファラスアルムは落ちこぼれなどではない。
れっきとした、最上位クラスの仲間である。
「まあまあ。
でも皆の言う通りだよ?
ファラだって僕らの仲間なんだ。
仲間が馬鹿にされたなら、それは僕達が馬鹿にされたようなものだ。
戦うなら僕達も一緒だよ」
あのガージュですら、ファラスアルムは自分達の仲間だと断言した。
その言葉を嬉しく思うレキだったが、今回に限っては自分がやらなければいけない理由があった。
「でも、ファラが馬鹿にされたんだから本当はファラがやり返さなきゃダメなんだよね」
今回馬鹿にされたのはファラスアルムである。
純人やフロイオニア学園ではなく、ましてやレキでもない。
ただ一系統しか使えないという理由で、カリルスアルムはファラスアルムを落ちこぼれと称し見下した。
それを覆すには、ファラスアルムが他系統を使えるようになるか、あるいはカリルスアルムの使えない無詠唱魔術を用いてカリルスアルムを倒すのが手っ取り速い。
「そりゃまあ・・・」
「だがファラスアルムは僕たちのチームじゃない。
やり返すなら大会が終わってからになるだろうな」
「それまで彼らがいればいいけどね」
「むぅ・・・」
大会期間中、選手は万が一を想定して不用意な戦闘行為は慎むべきだと通達を受けている。
ファラスアルムはレキ達を応援する為同行しただけだが、カリルスアルムはあれでも一応フォレサージ学園の代表である。
本日のチーム戦にも参加する為、試合を申し込むわけにはいかないのだ。
「うん。
最後はファラ自身がやらなきゃだめだけど、俺も何かしたいなって。
ファラが落ちこぼれって言われるのは一系統しか使えないからで。
でも実際に戦えばファラの方が強いと思うから、だから代わりに俺がやろうかなって」
大会が終わるまで待てば良い。
だが、レキは少しでも早くファラスアルムの陰りを取り払いたかった。
大切な友達には笑っていて欲しい。
ただそれだけの理由だが、レキにとっては大切な事なのだ。
「・・・つまり、ファラスアルムの代わりにお前が一系統で戦うと?」
「うん!」
一系統しか使えないならそれを極めれば良い。
というのはレキ達に魔術を指南しているフィルニイリスの言葉である。
その言葉に従い、ファラスアルムは今日まで青系統を研鑽し続けている。
そのおかげで無詠唱に至り、中級魔術も使いこなせるようになった。
ファラスアルムは決して弱くない。
例え一系統しか使えずとも、無詠唱魔術に至ったファラスアルムの実力は間違いなくカリルスアルムを上回るはずだ。
それを間接的に証明する為、ファラスアルムに代わりレキが青系統だけでカリルスアルムと戦おうと言う考えなのである。
「・・・理屈は分かったが、それでファラは納得するかな?」
「ん~っと、青系統で無詠唱ならファラも使えるし、それで倒せたならファラも出来るってことだから」
「行使速度はレキの方が速くないか?」
「あんまり変わんないよ?」
無詠唱に至ってからも、ファラスアルムは同じく無詠唱魔術を扱うフラン達と共に更なる研鑽に励んでいる。
そのおかげか、魔術の行使速度は更に上がっていた。
さすがにレキには勝てないまでも、詠唱するよりかは断然速くなっている。
魔術ならファラスアルムは学園でも上位なのだ。
「お前は上位系統に至っているだろう。
それはどうする」
もちろんレキには敵わない。
あのフィルニイリスですら、威力の面ではレキに劣っている。
そんなレキが、例え一系統のみという縛りで戦ったとしても、果たしてファラスアルムの代わりと言えるのだろうか?
ガージュのもっともな意見に、レキは自分なりの考えと、更には事前にレイクやミリス達にも相談していた事を明かした。
「レイクがね、どうせやるならファラの目標になるような戦いを見せればいいって。
フィルが言ってたように、一系統しか使えないならその系統を極めればこれだけ凄い事が出来るんだって。
ファラでも頑張ればこうなれるって教えてあげればって」
「レイクって確か副団長だったよな?」
レキ達の護衛として、フロイオニア王国から数名の騎士が付き添っている。
騎士団の副団長であるレイク=カシスは、脳筋集団と揶揄されるフロイオニア王国騎士団において数少ない頭脳派の騎士である。
脳筋集団の筆頭である騎士団長ガレムを陰から支える優秀な騎士。
レキも王宮にいた頃はいろいろお世話になっている。
「レイク様がそんなことを言ったのかい?」
「うん、朝相談した」
「なるほど・・・」
頭を使うと言う慣れない事をしたせいで、昨夜はそれなりに早く寝てしまったレキである。
その分少し早めに起きたレキは、折角だからといつものように鍛錬をしていたところ、先ほどの事を思いついた。
これならどうかと思いつつ、自分の頭にはいささかの自信も持っていなかったレキは、頼りになる大人のレイクとミリスに相談したのだ。
ファラスアルムと同じ一系統のみで戦えば、確かにファラスアルムにも出来るという証明にはなるだろう。
だが、じゃあ実際にやってみろと言われてもおそらくは無理である。
何故なら、ファラスアルムには自信というものが絶対的に無いからだ。
同じ事をやって見せても、それがファラスアルムにも十分可能な事でも、それでも彼女はこう思ってしまうだろう。
「レキ様だから出来るのです」と。
戦いに慣れていない彼女は、レキの様に戦う事が出来ない。
相手の魔術を落ち着いて迎撃するなどとてもではないが無理なのだ。
レキと同じことが出来るからと言って、レキと同じように戦うなどファラスアルムには一生出来ないに違いない。
故に、ミリスやレイクはレキに助言したのだ。
今のファラスアルムには無理でも、頑張れば出来るようになるかも知れない。
そんな未来の姿を見せれば、彼女も今まで以上に頑張れるかも知れないと。
「しかし、それで伝わるのか?」
「ん~、分かんない」
「まあ、ファラは聡いからね。
多分分かってもらえるだろうさ」
「分からなくともファラスアルムの代わりに戦った事くらいは伝わるだろう。
ちっ、今回だけだぞ?」
「うんっ!
ありがとっ!」
仲間の為に何かしたい。
その思いはガージュ達も一緒だった。
レキのお願いを、カルクは笑顔で、ユーリは気さくに、ガージュは渋々と言った様子で、ガドは深く頷いた。




