第325話:レキ対リーラ=フィリー、決着
「どんな強固な石壁も、水滴で崩れる事があります。
"大いなる水、大いなる慈愛、全てを癒す優しき元素
青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ
我が声に耳を傾け、我が手に集いて、立ちはだかりしあらゆるモノ、その全てを貫き通せ"
"ルエ・バレット"」
リーラが掲げた杖の先端から、大量の水球がレキの生み出した壁に向かい打ち出された。
青系統中級魔術ルエ・バレット。
小さな水球を数多く放ち、広範囲の相手にダメージを与える魔術である。
一つ一つの威力は低いが、その分かわしきるのは難しい。
魔術は使用者の魔力やイメージ、練度次第で数や威力、速度が上がる。
コントロール次第では範囲を狭める事すらも可能なのだ。
リーラの放った数多くの水球は、彼女の制御により極狭い範囲に集中していった。
「お~っ」
壁の向こうから聞こえてくる石壁を打ち付ける水球の途切れない音に、レキが若干驚いたような声を発した。
レキの生み出した石壁は強固で分厚く、オーガの体当たりでも砕けない。
それでもリーラは、諦めず水球を放ち続ける。
『リーラ選手、凄まじい魔術の連射です。
さあ、レキ選手の石壁が砕けるかっ!』
『青系統と黄系統では相性的に黄系統が有利。
特にレキの魔術は黄系統の上位雄黄系統。
青系統のルエ・バレットで破壊するのは難しい』
魔術には相性がある。
赤系統は火属性であるが故に青系統の水属性に弱く、緑系統の風属性を受ける事で勢いを増す。
リーラの得意とする青系統は黄系統の土や砂に吸収されて威力を弱め、石壁にはせき止められてしまうのだ。
ましてや彼女が使っているのは青系統の中級魔術、上位系統の紺碧には至っていない。
このままでは勝ち目は薄いだろうと、さほど魔術に詳しくない者ですらそう思ったのだが・・・。
『おやっ?
レキ選手の生み出した石壁に変化が・・・』
『なるほど、上手い』
無数に打ち付ける水球。
本来なら石壁全体に満遍なく当たる散弾は、リーラの制御で更に狭く絞られていく。
放ちながらも制御力を上げ、絶え間なく放たれる水球はやがてレキの生み出した石壁のほぼ一点に集約し始める。
そしてついに、石壁に穴を穿った。
『なんとっ!
リーラ選手、相性の悪い青系統の魔術でレキ選手の石壁を穿ちました』
『相性だけではない。
レキのは上級魔術。
リーラのは中級魔術。
魔術の等級的にもリーラが不利だった』
リーラの卓越した魔術制御能力。
それは、彼女がライカウン学園でひたすらに努力した成果である。
「す、凄いです・・・」
相性の悪い青系統で、上位系統である雄黄を打ち破った。
その事実に、意識を取り戻していたファラスアルムが思わず呟いた。
『しかし、あれほど長い間魔術を放ち続けられるリーラ選手は凄いですね』
『発動に必要な魔力量は詠唱魔術の方が少ない。
その分発動した魔術の維持に魔力を注ぐ事が出来る』
魔術発動中も魔力は消費され続ける。
だが、リーラの放った魔術は小さな水球を大量に打ち出す魔術である。
水球一つ一つに要する魔力量は少なく、だからこそあれほど長い間放ち続けられたのだ。
「はあっ、はあっ、はあっ
い、いかがでしたか、申し子様」
「うん、凄いっ!
かっこいい」
「ああ、ありがとうございます」
それでも限界だったのだろう。
リーラの魔力は枯渇寸前で、遠目でも分かるように肩で息をしていた。
にもかかわらず、レキに褒められた彼女は一瞬で呼吸を整え、恍惚とした表情を見せた。
魔力以外の何かを吸収したのだろうか。
「もっかいやって?」とレキにお願いされれば、彼女はきっと嬉々として魔術を使うだろう。
おそらくは倒れるまで。
相手の自滅を誘うのも作戦。
とは言えそれでは、レキとしては不満が残るに違いない。
魔術のみの勝負となったが、決着はしっかりとつけたい。
そう願うレキにリーラも応じ、最後は同じ魔術を撃ち合い決着をつける事となった。
「申し子様からのお申し出です。
私も全力で挑ませていただきます」
「うんっ!」
レキが生み出した石の壁は、邪魔だという事でレキが元に戻した。
雄黄系統は大地に干渉する魔術であり、武舞台を石壁にするのも元に戻す事も出来るのだ。
若干歪になったが、それは後で控えている術士が直してくれる事だろう。
放つ魔術は青系統の初級魔術ルエ・ブロウに決まった。
魔術で生み出した水球を相手に飛ばし、破裂させる事で衝撃によるダメージを与える魔術である。
水球である為周囲への被害が少なく、当たってもダメージ以外の被害が少ない、青系統らしい攻性魔術だ。
「私からいきますっ!
"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ、我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち砕け"、"ルエ・ブロウ"」
詠唱魔術と無詠唱魔術という差を考慮して、リーラが先に魔術を放った。
彼女の魔術の実力は試合で分かる通り。
上位系統にこそ至ってはいないが、それでも並の魔術士を凌駕している。
その彼女が放ったルエ・ブロウは当然、その威力も速度も並の通常とは比べ物にならなかった。
「お~!
じゃあ」
「あっ!
あれはっ」
「申し子様っ!」
リーラが放った魔術を見て、レキが気合を入れた。
その気合に応じるように、レキの全身が黄金に輝き始める。
全力ではないにしろ、その輝きは遠目でも十分分かるほどだった。
そこかしこから感激する声が聞こえてくる中、レキが魔術を放った。
同じルエ・ブロウ。
だが、レキの魔力で放たれたそれは大きさも速度もリーラを上回る。
後から放った水球がリーラの水球を飲み込み、そしてリーラへと激突した。
「ああ、これが申し子様の・・・」
リーラの呟きは、激突し破裂した水球の音にかき消された。
準決勝第二試合、勝利したのは黄金の魔力を有する光の精霊の申し子らしい少年、レキだった。
――――――――――
「申し子様、素晴らしい魔術でした。
申し子様を包む黄金の光。
あれこそが光の精霊の申し子の証です」
「え~っと」
試合が終わり、レキがリーラを連れて控室へと戻ってきた。
理由は一、二回戦と同じである。
今回は魔術でぶっ飛ばしたのだが、レキの放ったルエ・ブロウは大きさといい威力といい相当なものだった。
いくら魔術耐性の高い服を着ているからと言って、まともに食らえば相応のダメージがあるはず。
事実、リーラは水球が当たった衝撃で場外へぶっ飛ばされ、更には水球が破裂した衝撃で意識を失っているのだ。
打ち所が悪ければ怪我の一つでも負っただろう。
そんな彼女を心配し、レキが治癒魔術を施した上で控室まで背負ってきたのである。
「あのままでも押し切れたでしょう。
にもかかわらず最後は私の魔術と正面から打ち合って頂き、誠にありがとうございます。
大武闘祭に出場できた事はもとより、レキ様とお手合わせ出来た事は一生の思い出になりました」
「ん~」
治癒魔術をかけた時点でリーラの意識は戻っていた。
とはいえ、さすがにレキの魔術をまともに食らった後である。
意識はあれど立ち上がる事は叶わず、無理に起き上がっても衝撃で若干ふらついていた為、レキが背負って連れて来たのだ。
その一連の行動にすらリーラは感謝感激しっぱなしだった。
「あ~、リーラと言ったか?
レキはまだ試合が控えているのだ、その辺で勘弁してやれ」
感謝される事には意外と慣れているレキだが、それでも照れ臭さが無くなる事は無い。
余り感謝の言葉をかけ続けては、レキの調子が狂う可能性もある。
何より、アリルの様な事になれば面倒くさい。
幸いフランはレキの女性関係に嫉妬する事は無く、というか嫉妬するような感情がまだ芽生えていないようだが、その他の女子達はレキにべったりひっつくアリルに良い思いは抱いていなかった様に思えた。
そこにリーラも加わってしまえば、なおさらややこしい事態になりかねない。
「アラン=イオニア殿下。
殿下の魔術も素晴らしかったです」
「ん、ああ。
あれはレキの劣化模倣のようなものだ」
「いえ、完全な無詠唱でなくともあの魔術は脅威です。
ファイナがなすすべもなく倒されたくらいですから」
ファイナは二回戦でアランと戦ったライカウン学園の生徒である。
アランの使う詠唱破棄魔術に通常の詠唱魔術で真っ向から立ち向かい、敗北した。
完全な無詠唱ではなくともその速度は相当な物。
それに至る研鑽、アランの努力もまた敬意を抱くには十分だった。
事実、ファイナはアランに負けても晴れ晴れとしていたとの事。
最も、彼女が晴れ晴れとしていたのは試合後にレキに会わせてくれるとアランが約束したからかも知れないが。
「無詠唱は元々レキが我がフロイオニア王国にもたらした魔術だ。
私はそのレキを模倣したに過ぎん」
「ああ、さすが申し子様です」
謙遜ではなく事実。
だが、それをリーラに告げるのは、彼女のレキに対する崇拝を高めるだけだった。
事あるごとに跪き、両手を組んでレキに祈りをささげるリーラに、流石のレキもどうすればよいか分からないでいた。
「すまんがレキとアラン=イオニアはこの後決勝が控えている。
話したい事はあるのだろうが、後日にしてくれ」
「ええ、そうですね。
これ以上は申し子様のご迷惑になってしまいます。
申し子様、お手合わせありがとうございました。
ライカウン学園生徒全員、申し子様を応援しております。
お時間ありましたら、ぜひまたお話をさせてください」
「あ、うん」
試合ではなくお手合わせと称したリーラである。
もはやレキの事を対等の生徒とは見ていないのだろう。
代表選手二名とも敗北したとはいえ、ライカウン学園の生徒全員がレキを応援すると言い放つリーラに、そのレキの対戦相手であるアランが苦笑を漏らした。
「まあ、分かっていた事だ」
何にせよ、レキもめでたく決勝へと勝ち進んだ。
一年生が大武闘祭に出場する事自体初めてである。
今までにない快挙に、会場の観客達も盛り上がりも最高潮である。




