第324話:準決勝第二試合
『おおぉ~!!』
『アラン~!』
『いいぞアラン~!』
『きゃ~、アラン様~!!』
「っ!!」
「あ~あ」
「モテモテやな」
「あれほどの試合をしたのだ。
当然だろう」
予想外な幕切れに、最初は呆気に取られていた観客も元に戻り始めた。
四方から聞こえるアランへの歓声。
多くの黄色い声に、ローザが分かり易く狼狽し始めた。
魔術を併用したとはいえ、プレーター学園最強の生徒を真っ向から倒したのだ。
強さを尊ぶプレーター獣国で、アランの人気が高まるのは当然だろう。
『え~、アラン選手、見事な勝利でした。
武術と魔術の併用、これぞ純人の戦い方と言えるでしょう』
『武術では獣人に勝てず、魔術では森人に勝てない。
だから純人はその両方を用いる』
アランの戦いは、いわば純人の手本となる戦い方である。
剣術のみならず、魔術のみならず、その両方を用いて戦う。
純粋な武術のみならグル=ギの方が上だったのかも知れない。
少なくとも、打ち合いでアランは力負けしていた。
それでもアランなら、技術を駆使すれば戦う事が出来ただろう。
アランは盾の技術も高い。
王宮で習っていた騎士剣術。
騎士とは要人を守る為の存在であり、故に攻撃のみならず防御も秀でていなければならない。
そんな王宮騎士団の騎士団長から武術を習っていたアランである。
最初は愛するフランを守る為にと習っていた盾術も、今は自分が庇護すべき国民を守る為、あるいは国民の象徴たる次期国王である己を守る為、そして己が愛する婚約者を守る為、さらなる研鑽を積んでいる。
今回はその盾術を活かす事は無かったが、魔術に頼らずともアランなら最後まで戦う事は出来たはずだ。
観客が熱狂し、ローザが狼狽する中、勝者であるアランが観客から浴びせられる称賛の声に手を挙げて応える。
観客席では、珍しく妹のフランも「兄上~!」とアランに声を送っていた。
その声が届いたのだろう、アランがこちらを向いた。
フランを見て、その後ろに座っているローザを見て、アランがほほ笑んだ。
「っ!」
「おおっ」
「やるな、アラン」
「モテモテや」
クラスメイトが冷やかす中、先ほどまでの狼狽が嘘のようにローザが顔を赤くし、顔を隠すかのように下を向いた。
妹第一だったアランもずいぶんと変わったようだ。
フロイオニア学園の代表として相応しい実力を身に付けたアランは、一足先に大武闘祭の決勝へと駒を進めた。
――――――――――
『引き続き準決勝第二試合です。
フロイオニア学園代表、レキ選手』
「レキ~!」
「レキ様~!」
「やっちゃえ~!」
「頑張れ~!」
「が、頑張ってください~!」
「勝てよ~」
「やり過ぎるなよ~!」
「ははっ、いつも通り頑張れ~」
「むっ!」
仲間達の声援がレキに届く。
先程のアラン同様、その声に反応したレキが観客席のフラン達に両手を振った。
「レキ君~
あたしの為に頑張って~」
「にゃっ!」
「ア、アリルさん!」
悪乗りなのだろう、一緒にいたアリルからも揶揄い半分な声援が飛び、聞こえたらしいレキがこちらにも両手で応えた。
グル=ギの敗退でアリルの色恋話は一端終息した。
レキが解決した訳では無いが、アリルの心配事は消え去った。
その解放感もあったのだろう、アリルはご機嫌である。
なお、レキがアリルにも応えたのは、応援してくれたのが嬉しかったからである。
「レキ様~!」
「頑張れよ~!」
「申し子様~!」
アラン同様、そこかしこからレキにも声援が飛ぶ。
若干一年生にして各学園の代表選手を圧倒し続けるレキは、ここプレーター獣国でもすっかり人気者となっていた。
元より強者を尊ぶ風潮にあるプレーター獣国で、その獣人の代表であるアリル=サを真正面から打ち破ったレキは、獣人達に敬意を抱かれるには十分なのだ。
『対するはライカウン学園代表、リーラ=フィリー』
「リーラ様~!」
「聖女様~!」
ライカウン学園の控室から現れたリーラにも、レキ同様声援が飛んだ。
リーラもレキ達同様準決勝まで進んだ強者である。
例え今までの相手がほぼ自滅に近かったとはいえ、リーラの魔術は十分称賛に当たるだろう。
『さあ、一回戦、二回戦ともに驚異的な身体能力で勝利を収めたレキ選手です。
対するリーラ選手はレキ選手とは対照的にこれまで魔術で勝利しております』
『レキの勝利は実力、リーラのは相手の自滅。
言い換えればリーラはまだ実力を出していないと言う事になる』
『確かにっ!
リーラ選手はどちらの試合でもただ魔術を放っただけ。
相手が避けず真正面から受け止めようとして押し流されただけです。
さあ、この試合でリーラ選手の本当の実力が見れるのでしょうか!!』
「申し子様」
「ん?」
「お初にお目にかかります。
ライカウン学園代表、今年の聖女を司っておりますリーラ=フィリーと申します」
「えっと、俺はレキ!」
「はい、存じ上げております、申し子様」
「あれっ?」
わざわざ手を挙げて名前を名乗ったにも関わらず、申し子と呼ばれてレキが首を傾げた。
悪口まらまだしも、「様」という敬称を付けられている以上何か特別な呼び方なのだろう事はレキにも分かる。
ただ、「申し子」という言葉は良く分からなかった。
少なくともレキはそんな名前ではないからだ。
観客席からも時折聞こえてくるが、それが何を意味するのか、レキは今の今まで分からないでいた。
「えっ!?」
そんなレキの戸惑いを知らず、リーラが突然跪いた。
「申し子様、突然のご無礼申し訳ございません。
本来でしたら我がライカウン学園全生徒でおもてなし差し上げるところですが。
何分ここはプレーター獣国、更には他学園との交流を目的とした大武闘祭の最中です。
申し子様を歓迎するのは何もかもが不足しております」
「??」
「もしよろしければこの大会が終わった後にでも我がライカウン学園にお越し頂ければ、申し子様がご満足頂けるほどの歓待をお約束します」
「えっと・・・」
言ってる事は良く分からないが、とりあえずレキは歓迎されるらしい。
おもてなし出来ないのは場所と時間が悪いからで、歓待して欲しければ大会後にライカウン学園に行けばいいそうだ。
何となく理解したレキだが、あいにくライカウン学園に行く予定はない。
大会が終わればフロイオニアに帰るのだ。
他国の学園に行く余裕は無いのである。
「う~ん、多分無理じゃないかな~」
「・・・そうですか。
いえ、申し子様にも今の生活があるでしょうし、申し子様のご意思を無視してまでお越し頂こうとは思っておりません。
ただ、機会がありましたら是非」
「うん!」
レキは学園を卒業後、冒険者になって世界中を回ってみたいという夢がある。
その中にはもちろんライカウン教国も含まれており、いずれはその機会も訪れるに違いない。
途中で立ち寄ったマチアンブリ商国、試合会場でもあるプレーター獣国もまだ十分見て回っていない。
ましてや他国など、まだ踏み入れた事すらないのだ。
誘ってくれるなら行ってみたい、というのがレキの正直な心情であった。
『そろそろよろしいでしょうか?
では、準決勝第二試合、始めっ!』
二人の話が一段落したのを見計らい、進行役でもあるヤランが試合開始の合図を出した。
「申し子様に杖を向けるのは不敬だと存じております。
ですがこれも他国との交流の一環。
それに、申し子様の黄金の魔力を見てみたいというのも私の偽らざる心情です。
どうかお手合わせをお願いします」
「うん!」
光の精霊の申し子(だと勝手に思っている)相手に杖を、つまりは魔術を放つ事に抵抗が無いわけではない。
だが、ライカウン学園の代表であり、今代の聖女の肩書を持つリーラは学園の為にも棄権する訳にはいかない。
レキが戦いを拒否すればもちろん杖を下げるだろうが、一、二回戦を見る限りレキが戦いを拒否する事は無いだろう。
むしろ試合を楽しんでいる様にすら見えた。
そんなレキの心情を慮ったのか、リーラはレキと戦う事を決意した。
勝ち目があるとは思っていない。
どちらかと言えばレキに胸を借りる形である。
「行きますっ!
"大いなる水、大いなる慈愛、全てを癒す優しき元素
青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ
我が声に耳を傾け、我が眼前に集いて、立ちはだかりしあらゆるモノ、その全てを押し流せ"
"ルエ・ウェイブ"」
申し子様相手に手加減など不敬、とでも思ったのか、リーラが全力で魔術を放った。
青系統中級魔術のルエ・ウェイブ。
周囲から水を集め、あるいは水を生み出し、津波の様に相手を押し流す魔術。
範囲が広く、水が壁の様にそそり立つ為相手の魔術を防ぐ事も出来る、攻防一体の魔術である。
『おおっ!
先制はリーラ選手。
一、二回戦でみせたルエ・ウェイブを再び放ちました』
『あいかわらず詠唱は正確で速い。
威力、範囲も申し分ない。
良い魔術士』
『おおっ、フィルニイリス様も高評価です。
さあレキ選手どうする!』
ルエ・ウェイブは同じ中級魔術のルエ・ウォールで生み出した水の壁を更に操り、相手を押し流す魔術である。
元は防性魔術である為、攻撃速度は決して速くない。
慣れた者なら避けるなり対抗魔術を放つ事も出来るだろう。
ただ、武舞台はそこまで広くは無く、避ける事も対抗魔術を放つ暇も"普通なら"無い。
「ん~、えいっ!」
武舞台いっぱいに広がった水の壁。
もはや逃げ場もない状態であるにもかかわらず、レキは動揺する事なく武舞台に手を着き魔術を放った。
「っ!」
レキの声に呼応するかのように、武舞台から壁が生み出される。
見ようによっては、武舞台の床が勝手に起き上がったようにすら見えただろう。
『ななっ!
何と、レキ選手武舞台を持ち上げた~!?』
『あれはオプリ・ウォール。
魔術で石の壁を生み出す魔術。
武舞台に土が無いから仕方なく使ったのだと思う』
『そ、そうなんですね』
そこか地面であったなら、周囲の土を集めて壁を作っただろう。
レキが手を着いたのが石で出来た武舞台であった為、石の壁がレキの眼前に生みだされたのである。
『通常、石でできた武舞台上で黄系統のウォール魔術は使えない。
壁を生み出す為の砂や土が無いから。
上位系統に至ったレキだからこそ、石の武舞台でもウォール魔術が使える』
黄系統は周囲の土や砂等を集め、様々な形に固める魔術である。
エル・ボールなら土を球状に、エル・ニードルなら針や杭状に固めて飛ばす攻性魔術として、エル・ウォールなら周囲の土を元に壁を生み出し相手の攻撃を防ぐ魔術となる。
レキが使ったのも同じウォール魔術だが、黄系統エル・ウォールでは武舞台上で壁を作り出す事は出来ない。
土壁の元となる砂や土が武舞台上に存在していないからだ。
石や金属の様に硬く、ある程度形作られている物質に干渉するのは黄系統では不可能。
黄系統の上位である雄黄系統に至り、膨大な魔力と制御力を持つレキだからこそ、石にすら干渉し壁を生み出せるのである。
レキの放ったオプリ・ウォールはリーラの放ったルエ・ウェイブを見事に防ぎきった。
黄系統は青系統に強く、それが雄黄となれば尚更。
レキの生み出した壁は、津波をせき止めた後も力強く聳え立っている。
「ああ・・・流石申し子様です。
でですが私もまだ負けておりません」
レキの魔術、その行使速度と生み出された上級魔術を見て、思わず跪きそうになったリーラである。
感動で頬が緩み、目も潤んでいるが今はまだ試合中。
試合を楽しんでいる節のあるレキを相手に、ここで終わらせるわけにはいかないと気を取り戻した。
なお、会場ではライカウン学園の生徒達が皆興奮したり感動したりと騒がしくしており、フォレサージ学園の生徒は食い入るように試合を見ている。
「あぁ~・・・」
「あっ、ファラがっ!」
見慣れたはずのレキの魔術にファラスアルムが感激で意識を失い。
「ああ、あの黄金の輝き・・・」
「素晴らしいです・・・。」
どこぞの森王と教皇が胸の前で手を組み、何か尊い者でも見るかのように武舞台を凝視していた。




