第320話:二回戦第二試合
「それでどうなった?」
試合が終わり、控室に戻ってきたアランにレイラスが尋ねた。
試合前のやり取りはレイラスも聞いていた。
大武闘祭では、司会や解説の声のみならず、試合中の選手達の声もまた、風の魔術を用いて会場内に広く届けられているからだ。
観客席や控室はもちろん、各国の王や代表達がそろっている観覧席にもである。
アランが対戦相手であるファイナ=イラーと交わした約束。
レキ本人はもちろん、レイラス達教師陣と相談する事なく決めてしまったのだが、特に問題は無かった。
元々大武闘祭は各国、各学園との交流を目的としている。
レキも既にプレーター学園の生徒アリルと仲良くなっている。
今更もう一人増えたところで些細な事だ。
「大会中では支障が出そうだったので、大会が終わってから訪ねてくるようにとは言っておきましたが」
「それが正解だろう。
まあ、彼女に付き纏われた程度でレキの集中力が乱れるとは思えんがな」
「そもそも集中しているのでしょうか?」
「知らん」
レキを光の申し子と称し、試合前にも関わらずお祈りを始めたファイナ=イラーである。
当のレキを前にした時にはたしてどのような行動に出るか。
レキとて試合を控える身である。
精神的な負担(?)になる可能性もある為、試合終了後にとアランは約束したのだ。
「?」
「何故他人事のような顔をしている」
因みに、レキは話についていけていなかった。
まず光の精霊の申し子の段階で良く分かっていなかった。
それが自分の事だと言うのは分かるが、光の精霊に子供がいるだとか、それが自分だとか言われてもさっぱりであり、つまりは理解していないのである。
「要するに、彼女はお前に興味があるという事だ」
「アリルみたいに?」
「似たようなものだ」
アリルはレキの強さに惹かれ、ファイナ=イラーはレキの黄金の魔力に惹かれた。
どちらもレキの持つ力と考えれば同じだろう。
「彼女の事は後で考えればいい。
今は大会に集中しろ」
「うん!」
良く分からないので、とりあえず頷いておくレキだった。
――――――――――
大会は進み、二回戦の第二試合。
一回戦を勝ち進んだプレーター学園代表のグル=ギ。
昼食時、アリルに優勝したら俺と付き合えと宣言し、了承を得る事が出来た少年である。
なお、アリルが頷いたのはレキの実力を知ったが故だ。
万に一つもグル=ギが勝つ事はないだろうと確信したからなのだが、レキと直接戦っていないグル=ギにそんな事が分かるはずも無かった。
対するは優先枠のミルアシアクル。
フォレサージ学園の代表生徒である。
一回戦でアランと戦ったカリルスアルムと違い、冷静で理知的で、神秘的な雰囲気すら漂わせる女子生徒だ。
実際、彼女は学園でも品行方正、温和で誰にでも優しく、学園代表に選ばれるほどの実力も有している非の打ちどころのない少女である。
そんな彼女ではあるが。
一回戦のレキの戦いっぷりと、レキの全身から発せられた黄金の魔力を見てとても興奮し、生まれてから一度も発した事のない歓喜の声を上げていたりする。
レキがもう少し魔力を出したなら、あるいはその魔力を用いて無詠唱魔術の一つでも放っていたなら、人様には見せられないような顔で気を失っていたかも知れない。
幸い、彼女も控室で試合を見ていた為、そんな顔をしても誰かに見られる事は無かっただろう。
付き添いの教師はいたが、その教師もまたミルアシアクルと同じ反応を示していた。
気を失う時はおそらく一緒に失っていた事だろう。
「森人かよ。
森人は森人らしく森に引きこもっていやがれってんだ」
どこかで聞いたようなお決まりの台詞を吐くグル=ギ。
彼の眼中にはアリルしかおらず、ミルアシアクルも、その次に戦うであろうアランすらも彼の頭の中にはいない。
しいて言うならアリルが抱きしめていたレキくらいだろう。
そのレキに勝つ為、勝ってアリルと付き合う為、グル=ギのやる気は十分過ぎるほどに満たされている。
「獣人の方ですね。
良い戦いをいたしましょう」
「けっ。
どうせちまちま魔術を撃つしか出来ねぇんだろうが。
オレ様にゃ通じねえぜ」
「分かっております。
ですが、私もレキ様とお会いする為、ここで負けるわけにはいかないのです」
「あ?」
『それでは二回戦第二試合、始めっ!』
「行くぞおらっ!」
「"黄にして希望と恵みを司る大いなる土よ、我が意思のもと立ちはだかりしモノを穿け"、"エル・ニードル"」
「うおっ!」
『速いっ!』
開始と同時に飛び込んだグル=ギ。
彼がミルアシアクルの下へたどり着くより先に、素早く詠唱を終えたミルアシアクルの杖から土で出来た杭のような物がグル=ギめがけて飛んで行った。
黄系統初級魔術エル・ニードル
土を針状に固め飛ばす魔術である。
地面に手を突き、土から針を生み出し飛ばすのが通常の使い方だが、熟練者なら手を突かずとも用いる事が出来る。
消費する魔力量によっては針の大きさも変える事ができ、ミルアシアクルの放ったエル・ニードルは針を超えて杭ほどの大きさとなっていた。
『ミルアシアクル選手の先制。
グル=ギ選手、これを間一髪でかわしたっ!
しかし速いっ。
ミルアシアクル選手の魔術行使速度は目を見張るものがありますっ!』
『詠唱したにしては十分』
『ですよねっ!
獣人であるグル=ギ選手が接近する前に放たれました。
これはグル=ギ選手、うかつには近寄れないかっ!?』
「あっぶねぇ」
「まだですよ?
"エル・ニードル"」
「なっ!?」
『なっ!?』
かわした事で安心し、油断していたグル=ギめがけて再度ミルアシアクルの魔術が放たれた。
魔術に呪文の詠唱が必ずしも必要ではない事は、レキ達によって証明されている。
呪文はあくまでイメージを補佐し魔力を高める為のもの。
イメージさえ描ければ、必要な魔力さえ練る事が出来れば、呪文は詠唱する必要は無い。
それを利用し、最初に詠唱した呪文で脳内のイメージを固定。
後は都度魔力を高める事で同じ魔術を連続で放つのが、ミルアシアクルが新たに会得した戦い方であった。
呪文の詠唱が必要なのは最初の一発のみ。
以降はアラン同様魔術名のみで放てる為、相手が獣人であっても十分対抗できるようだ。
「"エル・ニードル"」
「うおっ!」
「"エル・ニードル"」
「てめっ!」
「"エル・ニードル"」
「まちやがれっ」
「"エル・ニードル"」
『これは凄いっ!!
ミルアシアクル選手、エル・ニードルの連続攻撃です』
『同じ魔術しか使えないが確かに有効な戦い方。
流石フォレサージの生徒』
『おおっ、フィルニイリス様も絶賛しております!
ミルアシアクル選手、このまま試合を決めるかっ!』
「"エル・ニードル"」
「・・・」
「"エル・ニードル"」
「・・・」
「"エル・ニードル"
どうしました?
降参しますか?」
「・・・・・・ざっけんなっ!」
ひたすらエル・ニードルを放ち続けるミルアシアクル。
何発かは当たっており、相応のダメージをグル=ギに与えていた。
最初はかわす度、あるいは当たる度に声を上げていたグル=ギが次第に静かになった事に訝しみつつも、ミルアシアクルが降参を促す。
それがグル=ギの癇に障ったのだろう。
「があぁっっ!!」
グル=ギが吠えた。
「なっ!
「"エル・ニードル"」
「いっ・・・たくねぇっ!」
「うそっ!?」
『おっと、グル=ギ選手。
ダメージ覚悟で特攻か?』
『身体強化を高めれば体も相応に丈夫になる。
ミルアシアクルの魔術なら耐えられると考えたか、あるいは何も考えていないか。
多分後者』
『ミルアシアクル選手の魔術は十分な威力有りそうですよっ!?』
『脳筋には関係ない』
魔力を高め、身体強化しつつ真っ直ぐミルアシアクルへと突っ込んで行くグル=ギ。
ミルアシアクルの攻撃を避けるのは諦めたのだろう。
少々のダメージは覚悟の上での特攻である。
魔術が確かに直撃しているにもかかわらず、止まる事なく迫りくるグル=ギに、ミルアシアクルが理解できない物を見るような表情をしていた。
何度魔術を喰らおうとも、グル=ギは前進し続ける。
ダメージは相応に与えているはずだが、全てを耐えているのだろう。
少なくともミルアシアクルのエル・ニードルでは、今のグル=ギを止める事は出来ないようだ。
止めるには今以上の魔力を込めるか、あるいは別の魔術に切り替えるしかない。
だが、真っ直ぐ突っ込んでくるグル=ギ相手にそんな余裕はなさそうだ。
アリルと付き合う為気合を入れていたグル=ギ。
彼の根性が上回った結果である。
「があっ!」
「エル・ニー」
「おせぇっ!」
「きゃあっ!」
『おおっ!
ついにグル=ギ選手がミルアシアクルを捉えた~!
強烈な一撃です、ミルアシアクル選手立ち上がれるか~!!』
グル=ギの全力の一撃をまともに喰らい、ミルアシアクルが場外まで吹っ飛んだ。
「それまでっ!
勝者、グル=ギ!」
『決まった~!
グル=ギ選手の強烈な一撃にミルアシアクル選手、立ち上がる事が出来ないっ!』
『良い試合だった。
気合と根性、つまりは脳筋を止めるのは生半可な魔術では威力が足りなかった。
ミルアシアクルはグル=ギとの距離が開いている内に魔術を切り替えるべきだった』
『なるほど、切り替える為には呪文を詠唱する必要がありそうですからね』
負けたとはいえ、ミルアシアクルの魔術行使能力は称賛に値した。
だが、彼女の魔術よりグル=ギの根性が、あるいは欲望が上回ったのだ。
二回戦第二試合は、グル=ギが勝利した。




