第316話:大武闘祭・個人の部、一回戦終了
誤字報告感謝です。
「っつつ~・・・」
「大丈夫?」
場外までぶっ飛ばされたアリル=サは、レキの勝利宣言の直後に意識を取り戻した。
レキがちゃんと手加減した証拠である。
「あ~、負けちゃったか」
記憶の混濁もなさそうで、気が付いたと同時に己の敗北も理解したようだ。
自分が負かしたからか、あるいは手加減していたとはいえ少々やり過ぎたとでも思ったのか。
念のためアリルの様子を伺っていたレキだったが、どうやら問題はなさそうだ。
「君、本当に強いんだね。
びっくりしちゃった」
「へへ~」
敗北の悔しさを感じさせない口調で、アリル=サがレキに笑顔を見せた。
試合開始から攻め続けてもまともに当てられず、レキの攻撃は反応すら出来なかった。
もはや悔しさすら沸いてこないのだろう。
勝ち負けにこだわる獣人だが、決して負けを認めない訳ではない。
認めた上で悔しがり、リベンジを挑むのが獣人なのだ。
ミームしかり、カム=ガしかり、ティグ=ギしかり。
だが、これほどの完敗ともなればリベンジを挑む気にならないようだ。
勝てるイメージが沸かない、と言うのもその理由なのかも知れない。
これほどの強者を相手に全力を出し切れたアリル。
彼女は今、これまでにないほどの清々しい気持ちになっていた。
そして・・・。
「ねえ、君は恋人とか許嫁とか、奥さんとかいる?」
「へっ?」
獣人のもう一つの本能に従い、アリルがレキに迫った。
――――――――――
「・・・それで、どういう状況だ?」
「ん~・・・」
「えへへ~」
あの後、アリルはレキに背負われながらフロイオニア学園用の控室へとやってきた。
普通ならアリルはプレーター学園用の控室に戻らなければならないのだが、レキから受けたダメージが大きかったとでも思われたのだろう。
アリルは場外までぶっ飛ばされていたのだ。
念の為、レキが治療室に連れて行ったとでも思ったに違いない。
勝者が敗者に手を貸し連れて行くという素晴らしい行為に、観客の誰もが拍手を送っていた。
控室のレイラスやアランも同じことを考えていた。
だが、控室に入ってきたアリルはとても元気そうに見えた。
怪我なども負っていないようだ。
「あ~・・・彼女は無事なのだな?」
「ん?
うん、一応治癒魔術かけといた」
「んふふ~、ありがとね、レキ」
とても元気で、何よりご機嫌だった。
レキの背に乗りご満悦だった。
フィルニイリスもレキの背に乗っては満足そうな様子を見せるが、それに勝るとも劣らないほどだった。
「それで、どうしてそうなったか説明出来るか?」
「ん~、立てないっていうから背負ってきた」
「治癒魔術はかけたのだよな?」
「うん」
治癒魔術で治るのはあくまで怪我のみ。
体力までは戻らない。
もちろん枯渇した魔力を回復する事も出来ない。
レキと全力で戦い続けたアリルは、体力も魔力も限界なのだろう。
とても元気そうに見えるが、きっとそうに違いない。
「あ~、少し良いか?」
「ん?」
「いや、アリル=サと言ったな。
レキを気に入ったという事だろうか?」
「んふふ~」
アランの質問に、アリルは更に密着する事で答えた。
試合前の彼女の紹介にあったように、自分より強いレキは彼女の好みの異性なのだろう。
もちろん彼女より強い者などこの世界には大勢いる。
だが、レキほど強い者などいるはずが無い。
それを獣人の本能で感じ取ったのかも知れない。
「先生・・・」
「別に誰が誰を気に入ろうと構わん。
どうせ大会が終わればフロイオニアに帰るのだ。
今の内好きなだけ乳繰り合えばいい」
レキはフロイオニア学園の生徒であり、フロイオニア国王の庇護下にいる少年である。
何よりレキは(アランもだが)六学園合同大武闘祭の為、このプレーター獣国に来ているのだ。
他学園の生徒と仲良くするのは好ましいが、流石に限度はある。
恋仲になり、どちらかの国に永住するなどとなったらそれこそ問題だ。
最悪、色仕掛けで引き抜いたとすら言われかねない。
そこまで考えた訳ではないが、それでも目の前の状況は目に余るのではと考えるアランだったが、レイラスとしては別に構わないらしい。
これもまた交流の一環。
レキがプレーターに残ると言うなら確かに問題だが、少なくともレキに限ってその心配はないはずだ。
ならば、後は当人同士の問題である。
「ねぇねぇ、レキは魔の森にいたって本当?」
「うん、家もお墓も友達もいるよ?」
「友達?
友達ってどんなの?
強い?」
「えっとね、シルバーウルフの親子で」
「ふんふん」
アランの心配をよそに、レキとアリルは仲良くおしゃべりに興じている。
フィルニイリスで慣れたのか、アリルを背負ったまま会話するレキに彼女を忌避する様子はない。
アリルもアリルで、レキを気に入り背中から降りようとはしないものの、アランが危惧するような強引なアプローチはしていないようだ。
今のところは放っておいても良いだろう。
アランもそう判断した。
――――――――――
一回戦最後の試合となる第四試合。
マチアンブリ学園代表のアミス=ニーラとライカウン教国代表のリーラ=フィリーとの対決である。
商人らしく(?)最新の武具で身を固めたアミス=ニーラと、法衣に身を包み杖を持つリーラ=フィリー。
試合が始まってもアミス=ニーラは開始位置から一歩も動かず、その場でリーラ=フィリーを挑発し始めた。
見た目魔術士であるリーラ=フィリーを相手にする場合、魔術が使えるなら距離を空けての魔術の打ち合いを、使えないならセオリー通り距離を詰めるべきだろう。
だが、アミスはそのどちらも行わない。
対するリーラは、彼の挑発に乗る事なくその場で呪文を唱えた。
放たれたのは青系統中級魔術ルエ・ウェイブ。
周囲の水を集め、津波を生じて相手を攻撃する魔術である。
直前まで迫る水の壁。
だがアニスは、逃げ出す事もせずただ盾を前面に構えた。
「あれは・・・」
「?」
レイラスの呟きにレキ達が振り返ろうとしたが、それより先に水の壁がアニスに迫り・・・そのままアニスを場外まで押し流した。
「魔術を反射する盾かと思ったのだが、違ったようだな」
「そんなのあるの?」
「噂でしか知らんが、高純度の魔銀に何らかの手を加える事でまるで鏡の様に魔術を反射する事が出来るらしい」
「「へ~」」
「そんなものが・・・」
レイラスの説明に、レキとアラン、ついでにレキの背に乗るアリルが三者三様の反応を示した。
レキとアリルはただ感心し、アランは自分の知らない武具に脅威を感じた。
おそらく、レキはそれがどれほどの物か良く分かっていないのだろう。
アリルはアリルで、魔術を使えない為ただ凄いとしか思わなかったようだ。
ただ一人、アランだけがその盾の有用さを理解していた。
もし本当にそんな武具が存在するなら、魔術士はほぼ無力となってしまう。
魔術が放てないどころか放った魔術がそのまま返ってくるのだ。
その盾をどうにかしない限り、魔術士は何も出来ないで終わってしまう。
「流石に上級魔術は反射出来ないそうだが、下級魔術なら問題はないそうだ」
「な~んだ」
「耐久度は?」
「それは鍛冶士の腕しだいだろう」
上級魔術も会得しているレキなら問題はないようだ。
加えて何度も返せる物でも無いらしく、程度の低い物なら下級魔術でも壊せるらしい
「あれはそうだったの?」
「分からん」
アニスの用いた盾。
魔術士であるリーラに対し、開始から一歩も動かずただ盾を構えた事と言い、その前の相手を挑発するような言動と言い、おそらくは魔術を反射して勝つつもりだったのだろう。
だが、アニスの盾はリーラの魔術を反射する事は無く、壊れた訳でも無い。
迫りくる水の壁に、アニスもろとも押し流されただけだった。
「偽物だったのかな?」
「あるいは粗悪品だったか?」
「う~ん・・・」
アニスはマチアンブリ学園の生徒である。
マチアンブリ商国にあるその学園では、一年生から商売のイロハを学び、四年生ともなれば実際に商売やら取引やら経験している生徒も多い。
大武闘祭で使用する武具もまた、基本的に選手本人が用意する自前の武具なのだ。
代表ともなれば、当然いろんな伝手や手段を用いて最高の武具を用意するだろう。
プレーター学園の生徒が武術を、フォレサージ学園の生徒が魔術を、マウントクラフ学園の生徒が自ら鍛えた武具で戦う様に、マチアンブリ学園の生徒は自らの才覚で入手した武具で戦うのである。
「お金に任せて戦うって事?」
「レキだってミスリルの剣を持っているだろう。
金を稼ぎ、最高の物を手に入れる。
それがマチアンブリ学園における優秀な生徒なのだ」
どれだけ優秀な武具を手に入れられるか。
それを披露する事が、彼等マチアンブリ学園の生徒の戦い方なのである。
「でも偽物だったんだよね?」
「騙された、つかまされたという事だ」
学園での予選では使わなかったのだろう。
マチアンブリ商国も純人の国であり、魔術にはそれほど力を入れていない。
というか商売に繋がる事を基準に座学に力を入れている為、武術や魔術は他国ほど習わないのだ。
商人の力は金である。
自らを鍛えるのではなく、稼いだ金で傭兵やら冒険者やらを雇うのが商人の戦い方なのだ。
大武闘祭では金で雇うわけにもいかず、ああして高級な武具に身を包み戦ったのだろう。
何というか、実力で負けたと言うより偽物をつかまされて負けたという、ある意味自爆的な負け方ではあったが。
「さて、そろそろ昼飯の時間だ。
フラン達と合流するぞ」
「うん!」
「はい」
一回戦全ての試合が終わり、レキとアランは昼食を食べる為観客席にいるフラン達と合流すべく観客席へと向かう。
背にアリルを乗せたまま・・・。




