第311話:試合前の一幕
武舞台上から見える貴賓室でそんなやり取りが行われている中、レキ達は引率であるレイラスを先頭におとなしく整列していた。
フロイオニア学園の代表であるレキ達は、お揃いの制服に身を包んでいる。
色は青。
男子と女子で若干造りは違うが、同じ学園の生徒である事は遠目にも良く分かるだろう。
そんなレキ達の横には、色違いの制服に身を包んだ生徒達が整列していた。
赤色の制服に身を包んでいるのはプレーター学園の生徒。
皆、一人残らず獣人である。
緑色はフォレサージ学園。
こちらも全員森人だ。
黄色はマウントクラフ学園。
やはり皆山人だった。
黒色はマチアンブリ学園で、白色がライカウン学園だとアランが教えてくれた。
この二つの学園はフロイオニア学園同様純人と森人と山人が混在している。
とは言えどちらも純人の国にある学園である。
種族の割合ではどちらも純人が多く、次いで多いのはマチアンブリ学園が山人でライカウン学園が森人だそうだ。
何故か獣人の数は少ないらしい。
今大会の代表となる生徒達は、どちらも純人の生徒のみだった。
後日レイラスが授業で教えてくれた事だが、マチアンブリは商業を学ぶ学園として有名であり、獣人はあまり興味が沸かないらしい。
ミームの父親のように商会などで働く獣人もいるのだが、基本的に獣人は狩りなどで素材を得ては売り、その金で武具などを購入する。
物の売買で儲けるというのは獣人の気質には合わないのかも知れない。
ライカウンに至っては、獣人と相性の悪い森人と共に精霊信仰を中心に学ぶ学園である。
頼まれても行く生徒はいないらしい。
各学園の特徴を示した色の制服に身を包む彼らは、それぞれの学園の代表生徒だ。
その内二名が本日行われる個人戦に出場する。
何名かの生徒は落ち着きなくそわそわしている。
他の学園の生徒の様子が気になるのだろう。
なお、最も興味津々にしているのはレキだった。
先程からせわしなく周囲を観察している。
緊張とは無縁なレキは、他の学園の生徒達のみならず、会場である大闘技場や貴賓室にいる王様達、更には観客席にいるフラン達にまで気が向いていた。
声こそ出していないが、学園代表であるレキはただでさえレイラスのすぐ後ろに立っている為、非常に目立っている。
すぐ後ろでアランが頭を抑えているが、開催式が始まれば嫌でも落ち着くだろうと放置していた。
――――――――――
獣王オレイン=イによる挨拶と開催式も終わり、レキ達は控室に戻ってきた。
大闘技場と言うだけあって、この会場には数十個の控室がある。
なるべく選手同士でかち合わない為である。
仲の悪い獣人と森人が試合前に遭遇してしまえば、試合前に喧嘩が始まってもおかしくない。
なお、マウントクラフ山国とマチアンブリ商国の者達が鉢合わせた場合などは、その場で商談が始まる事があるという。
それは生徒であっても変わらず、将来を見越し、今の内から唾でも付けようとしているのだろう。
それだけ真剣に将来の事を考えている証拠でもある。
というのはレイラスの言葉だ。
「レキとアラン=イオニアはこのまま控室に残れ。
後の者は観客席だ。
ローザ=ティリル、案内を頼む」
「はい、お任せください」
本日行われるのは個人戦。
出場するのはレキとアランの二人だけ。
残りの者は、明後日行われるチーム戦まで出番がないのである。
「レキ、頑張れよ!」
「やり過ぎるなよ」
「応援してるからね」
「む!」
「アラン様、頑張ってください」
「目指せ準優勝や!」
「兄の威厳を見せつけてやれ」
「フラン殿下に情けないところを見せないように」
「うるさいっ!」
それぞれが二人に激励を投げ、観客席へと向かった。
控室にはレキとアラン、そしてレイラスが残った。
「大まかな進行は学園の武闘祭と同じだ。
くじで決定した順に試合をし、勝てば次に進む」
「何回くらい戦うの?」
「決勝を入れれば最大四回だな」
「対戦表は決まっているのですか?」
「いや、まだだ」
控室に残ったレキとアランに、レイラスが大会の進行について説明を行った。
個人戦に出場する選手は各学園二名ずつの全十二名。
試合はくじで決まり、十二名がトーナメント方式で争う。
優先枠は四名。
優勝するには三~四回戦う事になる。
「くじは完全に運だ。
最悪レキとアラン=イオニアが一回戦で戦う事もあるだろうな」
「うっ」
「その場合は、まあ諦めろ」
観客席に向かった仲間達から「目指せ準優勝」と言われたばかりである。
レキに当たればそこで大会が終わる事を、アランの仲間達も分かっているのだろう。
レキに当たらない限り勝ち進める可能性はあるが、レキに当たった時点で敗北は決定するのだ。
「レキもあまりやり過ぎるな。
身体強化をするなとは言わんが、全力を出せばどうなるかはお前も分かっているだろう」
「うん、大丈夫」
「・・・すまんな」
レキへの助言は決まっていた。
「全力を出さずに頑張れ」
一見すれば難しい言葉だが、それが出来るのがレキなのだ。
これほどの大舞台。
叶うなら全力を出させてやりたいと思うが、騎士団ならまだしも学生のレベルでレキの全力を受けきるのはまず無理だろう。
大会で使用される武具は生徒自らが用意した物。
それを黄系統の魔術を使い、刃をコーティングした状態で使われる。
とは言え、レキはその状態から更に魔力で切れ味を向上させたり、あるいはその魔力を用いて風の刃を飛ばす事も出来てしまう。
最悪、学生同士の交流試合で死者が出かねないのだ。
各国の王も見守るこの大会で、レキに全力を出させるわけにはいかなかった。
「まあ、レキなら大丈夫でしょう。
むしろ他国の王族からの興味や勧誘に関しての心配をするべきでしょう」
申し訳なさそうにするレイラスを見かねたのか、アランが話題を変えた。
レキの実力は言わずもがな。
脳筋である獣人は当然として、レキの持つ黄金の魔力は森人にとっても興味を避けられない。
フロイオニア王の庇護下にいるレキを勧誘する事は出来ずとも、声をかけるくらいはしてくるだろう。
それも他国との交流であるとはいえ、レキが外交の場に立つのは早すぎる。
「レキの注目度は高い。
何せ一年生で出場するのは長い大武闘祭の歴史上初めてだからな」
「えっ?
そうなの?」
「うむ、大武闘祭始まって以来の快挙だ」
大武闘祭は数十年の歴史を持つ。
それでも一年生が出場した事は、過去一度も無かった。
大人と違い、子供である学生ならわずか一年でも様々な面で大きな差が出てしまう。
肉体的にも成長期を迎えている為、一年生では四年生に技術や経験のみならず、身体能力においても大きく後れを取ってしまうのだ。
剣姫と称されたミリスでさえ、一年生の時は学内の本戦に出場するのがやっとで、学園の代表として大武闘祭に出場したのは二年生になってから。
その時ですら、二回戦まで進むのがやっとだった。
「まあ、あいつはそれから二年連続で優勝しているがな」
「お~」
「・・・さすがミリス、と言うべきだろうか?」
ミリスの名が広まっている理由はこんなところにもあった。
「先生は出た事あるの?」
「私は四年生の時に一度だけな」
「お~」
一度だけ、と言うが一年生から四年生まで全400人いる生徒の中で、大武闘祭に出られるのはわずか二名。
殆どの生徒が、大武闘祭どころか学園で行われる本戦にすら出られないで終わるのだ。
一度でも出られたなら十分だろう。
因みに、レイラスはその大会で決勝まで進み、ミリスに敗退したそうだ。
「レキは気付いていなかったようだが、他学園の生徒達もレキには注目しているようだぞ」
「えっ?
ほんと?」
「見るからに一年生が出場するのだ。
気になるのも当然だろう」
レキの身長はそれほど高くない。
恵まれた食生活と適度(?)な運動のおかげで、レキの年齢の平均値より若干高いが、それでも一年生の枠を超えてはいない。
そんなレキがフロイオニア学園の代表として生徒の先頭に立っていたのだ。
嫌でも目に付くというものだろう。
「でも山人の方が・・・」
「山人は皆同じくらいの身長だろう。
レキの後ろには私もいたんだ。
その分背の低さが目立ったのだろうさ」
「う~」
試合前、穏やかに談笑するレキ達。
大会はもうすぐ始まろうとしている。
――――――――――
ところ変わってここは観客席。
レキと共に開催式に参加したガージュ達は、三年生と共にフラン達のいる観客席へとやって来ていた。
「しっかし凄ぇ人だな」
式の最中、レキ同様周りに興味津々だったカルク。
式の最中こそそれとなくガージュに止められていた為悪目立ちはしなかったのだが、控室へと向かう際は遠慮なく辺りを見渡していた為、見物していた客の中にはカルクを見て笑った者もいたに違いない。
ここはプレーター獣国の首都リーハンの、ほぼ中央に建てられている大闘技場。
今から行われるのは、年に一度の他国の学園との交流を目的とした大武闘祭である。
慣れ合いなどありえない。
あるのはそれぞれの国と学園の威信を背負った生徒達による本気の勝負。
勝者には栄光が、敗者には屈辱が与えられる。
そんな大会の注目度は当然高く、下手をすれば国中の獣人が集まっているのでは?という程に観客席は埋まっていた。
もちろん獣人ばかりではない。
年に一度の大会を見る為、他国の者もやってきているのだ。
「そういやガージュやユーリの親父達は来てるのか?」
その中には当然他国の貴族の姿もあった。
大会に出場するガージュやユーリの親なら、息子の晴れ舞台を見にやってきているのだろうと思ったのだが。
「いや、僕の両親は来ていないだろうね」
「僕の父上も同じだ。
領地は遠いし、何より父上は他種族を嫌っているからな」
ユーリはサルクト家の三男であり、将来を継ぐ事は無い。
そんな子供に好きにさせようと、ユーリの両親をユーリを良く言えば放任、悪く言えば無関心に育てていた。
当然、ユーリが学園でどう過ごそうか関心を示す事はほとんどなく、あっても精々フランやルミニアと言った高位の貴族の子供と友誼を結んでいるかどうかくらい。
実際、同じクラスにその二人がいた事と、レキを通じて仲良くなった事を手紙で報告した時には、生まれて初めてといって良いほど褒められたのだ。
まあ、その程度で親への印象を変えるユーリではないが。
大武闘祭で活躍すればサルクト家の名を広める事が出来るのだが、武勇に関してはあまり興味がないらしい。
あるいは、それで広まるのはあくまでユーリ個人の実力で、サルクト家への恩恵はあまり無いからだろうか。
ガージュの父は、学園での武闘祭には応援に来ていたところを見れば、息子の活躍に興味が無いというわけではないのだろう。
ただ、ガージュの父デシジュが治める領地はフロイオニアの西、ライカウン教国の近くにある。
フロイオニアの東にあるマチアンブリ商国を経由するプレーター獣国からはかなり遠く、その間領地を空けるわけにはいかないのだ。
何よりデシジュは他種族排斥派である。
他種族の国に行く気にはならないのかも知れない。
「そういうもんか」
「カルクの両親はどうなんだい?
こんな時くらい招待すれば良かったじゃないか」
カルクの両親は平民である。
入学費用すら何とか出せた程度の暮らしっぷりであり、他国への旅費など捻出するのも一苦労だろう。
幸い、カルクは入学試験で好成績を収め、特待生として最上位クラスに入る事が出来た。
本来必要だった入学金その他費用である金貨一枚は、そのまま使われる事なくカルクの懐に収まってる。
ちょろまかした訳ではなく、入学金以外にも何かと入用だからだ。
今回、カルクは学園の代表として大武闘祭に出場している。
その息子の晴れ舞台を見せる為、学園側は特別に生徒の両親を招待してくれるのだ。
もちろん費用は学園が持ってくれる。
希望すれば王宮の騎士を護衛に派遣する事すらあるそうだ。
「いやいや、うちの親父や母ちゃんが来るはずねぇって。
畑や弟達の世話もあるし、こんな凄ぇ場所じゃ緊張しちまうだろうしよ」
「ご両親が戦う訳でもないのにかい?」
「おう、あれだ、小市民ってやつだ」
「貴様が言うな」
最近覚えたであろう言葉で両親を例えるカルクである。
その小市民の息子であるカルクの言葉を、教えたであろうガージュが軽く窘めた。
「そういえばミリス様は優勝された経験があるのですよね?」
「うむ、聞いた事があるぞ。
ミリスは二年連続で優勝したのじゃろ?」
「ええまあ、昔の話です」
素っ気無い対応をしたミリスだが、同じ生徒が二年連続で優勝するのも快挙である。
それこそ、大武闘祭始まって以来数人いるかいないかという程だった。
だった、というのはもちろん、とある少年によりその記録が塗り替えられる事が決まっているから。
少なくとも、ここにいる者達はそう確信していた。
「それはそうと、フィルの奴はどこ行った?」




