第309話:プレーター学園対フロイオニア学園の結果
「つまり貴様は自分の知らない技術全てに対して卑怯だと言うのだな」
「言いませんっ!」
「ルールで認められているにも関わらず自分が使えないという理由で魔術を使うなと言うのだな」
「言いませんっ!!」
「相手の得意な技術を認めず自分の得意分野のみで勝負しろと言うのだな」
「言いませんっ!!!」
ラーサ=ジの逆鱗に触れたのだろう。
直立不動でただただ同じ言葉を返すヤンダ=ギ。
それほど、先ほどの彼の言動はラーサ=ジの逆鱗に触れたようだ。
「突っ込んでくる相手に対し、魔術士であるにもかかわらず逃げずに真正面から迎え撃ったのだ。
彼女の胆力は相当な物だろう。
魔術を放つタイミングも完璧だった。
無防備な顔面に正確に当てる技術も見事。
魔術の選択も良かった。
本音を言えば赤系統で奴の頭を燃やしてもらいたかったが」
「せ、せんせぃ・・・」
そして、ラーサ=ジはファラスアルムの事をべた褒めした。
ヤンダ=ギに言い聞かす為というのもあるのだろう。
だがそれ以上に、ファラスアルムの戦いを純粋に評価した結果であった。
「多くの魔術士はまず距離を取る事から始める。
相手が獣人ならなおさらだ。
中には開始の合図と同時に、相手に背を向ける者すらいるくらいだ。
それを考えれば、開始位置から一歩も動かず魔術を放ち、自らが距離を取るのではなく相手を後退させる戦術をとった彼女は素晴らしい」
獣人は己が強ければ強いほど強者を褒める傾向がある。
強くなる為に行った鍛錬と、費やした時間に敬意を抱くのだ。
森人も魔術の研鑽はするが、それは強くなる為ではなく研究の為である場合が多く、強さを尊ぶ獣人とはその点でも相容れないらしい。
それでも勝てば森人だろうと称賛するし、魔術士だろうと評価するのが獣人なのだ。
「どうした?
勝者が縮こまっていては敗者はよりみじめになるのだぞ?
ここは思いっきり胸を張り相手を見下すべきだ」
「あ、あの・・・」
勝者は胸を張る、というのはミーム個人の持論ではなかったらしい。
そう言われ、素直に勝ち誇れるファラスアルムではないが。
というか、試合が終わったのなら少しでも早く武舞台から降ろして欲しいと言うのがファラスアルムの本音だろう。
「あ~、ラーサ=ジ先生。
そろそろ次の試合をだな」
「おお、そうだな」
見かねてレイラスが次の試合を促した。
プレーター学園の生徒に森人と魔術士を見直させると言う目論見は、ひとまず成功したと言って良いだろう。
プレーター獣国には広まっていない無詠唱魔術を見せつけ、認めさせる事も出来た。
ヤンダ=ギが卑怯だなんだと文句を言うのは想定内。
ラーサ=ジに関してはどう転ぶか分からなかったが、こちらには無詠唱魔術を広めようとしているフィルニイリスと、何よりレキがいる。
最悪、レキが全員ぶっ飛ばせは黙らせる事は可能である。
もちろんそんな事をするつもりは無かったが、卑怯だなんだといちゃもんを付ける相手には良い薬になったに違いない。
「良し、では次の試合に移ろう。
ああ、ヤンダ=ギは武術場に残れ。
後でみっちり指導してやる」
「げっ!」
いろいろ危ぶまれた第一試合は、見事ファラスアルムの勝利で終わった。
――――――――――
「私達も魔術使った方が良いのでしょうか?」
試合を控えるルミニアから、レイラスに対しそんな質問が飛んだ。
プレーター学園の教師ラーサ=ジは無詠唱魔術を認めたようだが、ヤンダ=ギやその他の生徒はどうか分からない。
ラーサ=ジの言葉に必死に頷いてはいたが、あれはただラーサ=ジが怖かっただけだろう。
獣人は森人や魔術士を、もっと言えば魔術そのものを下に見ている。
加えて、武術なら自分達獣人が一番だと言う自負もあるのだろう。
同じ獣人であるミームならまだしも、純人であるルミニア達に負けるはずがないと考えている可能性は高い。
今から行われる試合に勝てば、少なくともルミニア達が弱いとは思われないはず。
納得するかは別として、少なくともラーサ=ジがいれば文句も言えないだろう。
ルミニア達も魔術を駆使して戦えば、魔術に対する偏見は更に薄れる。
完全に無くすのは無理でも、ここにいる生徒達に魔術の有用性を見せつける事は出来るだろう。
魔術は距離を取らずとも行使できる。
至近距離で、武術による攻撃の合間にすら放つ事が出来る。
それを証明する事が出来たのだ。
以前のような、ただ距離を詰めれば勝てる訳では無い事は分かっただろう。
「彼等は他種族も下に見ている節がある。
魔術では敵わずとも武術のみなら負けないと思っているはずだ。
彼等の得意分野で真正面から打ち倒してやれば、更に目が覚めるだろうさ」
加えて、彼等の得意分野である武術でも勝てば、獣人の生徒達にある他種族に対する偏見は更に薄れるだろう。
ルミニア達もどちらかと言えば武術寄りの戦い方を好んでいる。
実戦でとっさに魔術を放てるほど慣れていないと言うのもあるが、彼女達が敬意と好意を抱くレキが魔術より剣での戦いを好んでいるからだ。
獣人とて魔術が使えない訳ではない。
ただ種族的に不得手で、その分身体能力に長けているというだけの話である。
無詠唱魔術にも欠点はある。
呪文の詠唱をする必要は無くなったが、ルミニア達の魔力ではその分威力が下がり、反面消費する魔力は増えてしまう。
決め手に欠けるという事であり、連続して使用出来ないという事でもあるのだ。
戦闘中に即放てるという利点はあれど、至近距離で怯ませる事すら出来なければ間違いなく反撃を喰らってしまう。
身体強化を施した獣人なら無詠唱魔術に耐える事も、そのまま反撃してくる事も出来るに違いない。
ヤンダ=ギは無防備な状態で食らったが、警戒していれば避ける事すら出来たかも知れないのだ。
ファラスアルムがああまで完勝できたのはある意味初見だったから。
故に無詠唱魔術のお披露目はここまでとし、あとは純人の、というよりフロイオニア学園の生徒の実力を見せつけてやるべきである。
「魔術を使ってもいいぞ。
森人だけでなく純人までも無詠唱魔術を使えると分かれば、彼らも今までのような戦い方では厳しい事が嫌でも分かるだろうしな」
もちろん無詠唱魔術を使っても良い。
武術のみだろうが魔術と組み合わせて戦おうが、勝てればそれで十分だ。
獣人が不得手な魔術で一方的に攻撃するも良し、獣人が得意な近接戦闘でボコボコにするも良し。
相手はミームに勝てなかった生徒達。
ルミニア達なら間違いなく勝てるだろう。
「純人にも強い者がいる」
そう思わせられたなら、今回の手合わせの成果としては十分だ。
プレーター学園の生徒達は、どうも獣人としての「誇り」が「驕り」になりつつあるらしい。
武を重んじる学園に通う事で、武術のエリートなどと勘違いしているのかも知れない。
確かにプレーター学園では他の学園より武術に力を入れており、それは後日行われる六学園合同大武闘祭でも証明されている。
個人戦では獣人の生徒の優勝回数は断トツに多く、それもまた「驕り」に繋がったのだろう。
強さに種族は関係ない。
他種族も、研鑽や鍛錬を積めば獣人以上に強くなる。
そう思わせる為の手合わせでもあるのだ。
――――――――――
そんな教師たちの思惑もあった今回の交流試合。
続くユミの相手はキルク=フという牛の獣人の生徒だった。
身の丈を超える斧を用い、力任せに振るう攻撃はうかつに近づけばただでは済まない。
動きは遅いが斧を振るう速度はそれなりに速く、懐に飛び込むのも一苦労である。
過去、ミームは恐れる事なく懐に入り込み、一方的に攻撃して勝利していたらしい。
ユミにはミームほどの素早さは無いが、その分入学まで大剣を振るい続けた力がある。
その力を用い、入学以降持ち替えた長剣を振るうユミの一撃は、キルク=フの斧を真っ向から打ち返した。
「嘘だろっ!?」
「て~いっ!」
まさか純人の女の子に力負けするとは思わなかったのだろう。
斧をはじかれ無防備な腹を晒したキルク=フは、ユミの切り返しを喰らい場外へとぶっ飛んでいった。
交流試合二試合目、勝者ユミ。
三戦目。
いよいよプレーター学園の生徒達が待ち望んだミームの出番である。
出場順はそれぞれの学園での実力順である。
自分達が敵わなかったミームが三番手である事に、プレーター学園側の生徒達は驚いていた。
そのプレーター学園側の選手はサラン=ボ。
猪の獣人であり、やはりミームの幼馴染(?)の一人である。
盾を前面に構え全力で突っ込むという戦いを好む彼だったが、ミームはそんな彼の攻撃をあっさりかわし、懐に入り込んで一方的に攻撃した。
「相変わらずねぇ」
「う、うるせぇ・・・」
第三試合、ミームの勝利。
四戦目。
フロイオニア学園側はフラン。
プレーター学園側は「昨日ぶりだね」のラム=サである。
「ミームが三番手だなんて驚いちゃった」
「うむ、まあミームとわらわはほぼ互角だがのう」
「そうなんだ~。
へ~・・・ミームと互角」
「なんじゃ?」
知り合ったばかりのラム=サだが、本人も言っていた通り戦うのはあまり好きではなさそうだと思っていた、少なくともつい先ほどまでは。
「なんか雰囲気違くね?」
ラム=サの変化は、端から見ているカルク達も分かるほどだった。
「あ~、ラムはたまに人が変わっちゃうの」
さすが幼馴染なだけあって、ミームはラム=サの変化とその理由を知っているようだ。
狩りに集中している時や、獲物を見つけた時。
好敵手、競い合う相手を見つけた時などで、ラム=サはこうなるらしい。
「ミームと互角って言ったからか?」
「多分ね」
フランの実力はミームとほぼ互角。
戦闘スタイルも似ており、まさにライバルと言える間柄である。
そんなフランを獲物と見たのか、ラム=サの目が輝いていた。
「始めっ!」
「やあっ!」
「甘いのじゃっ!!」
「えっ?」
飛び掛かってきたラム=サをフランが受け流し、背後に回る。
獲物を見失ったラム=サへお返しとばかりにフランが突っ込み、隙を突かれた形となったラム=サがあえなく敗北した。
第四試合はフランの勝利。
これまで、フロイオニア学園側の四連勝である。
そして最終戦。
後がないプレーター学園側は一年生第一位のニライ=ジ。
虎の獣人であり、ミームの幼馴染の中では一二を争う実力を持っているらしい。
「ライ=ジと同じ?」
「ライより強かったはずだけどね」
ミームを追いかけてフロイオニア学園に入学したライ=ジと同じ虎の獣人。
片手斧を使うライ=ジに対し、ニライ=ジは槍を使うようだ。
フロイオニア学園側は一年生第二位、女子では一位のルミニア。
奇しくも同じ槍使い同士の対決となったが、結果は実にあっけなくついた。
「はっ!」
「うおっ!」
「やっ!」
「なっ!」
「・・・終わりです」
「くっ・・・」
ルミニアの突きをギリギリでかわし、体勢が崩れたニライ=ジにルミニアが追撃する。
防御も回避も間に合わなかったニライ=ジの眉間に槍を突きつけ、ルミニアが勝利を飾った。
今回の交流試合、フロイオニア学園側の圧勝であった。
――――――――――
「これで分かっただろう。
他種族にも強い者は大勢いる。
身体能力では我々獣人の方が上だが、それだけで実力が決まるわけではないのだ。
森人は今後無詠唱で魔術を放ち、距離を取る事なく戦うだろう。
武術と魔術、両方を操る純人の方が総合力では上回るだろう。
ただ身体能力を高めれば勝てる訳ではないという事だ」
『くっ・・・』
試合が終わり、揃って項垂れている獣人の生徒達。
ミームに勝つため今日まで鍛錬を続けてきた彼等だが、どこか驕りがあったのだろう。
獣人は身体能力に優れる、故に武術なら他種族に負けない。
ミームには勝てないがそれは同じ獣人だから。
そのミームに勝てるようになれば、自分達こそが最強になれるのだろうと。
そんな彼等の驕りは、本日の交流試合で木っ端微塵に砕け散った。
距離を取って魔術を放つしか出来なかったはずの森人は、無詠唱魔術を持ちいて近距離からヤンダ=ギを倒した。
力なら学年一のキルク=フは、自分より背丈の低い純人にその力で負けた。
ミームは相変わらず強く、サラン=ボとの差は広まる一方だった。
そんなミームと互角らしい少女は、速度でミームに勝るラム=サをその速度で上回った。
ミームに次いで強いニライ=ジは、同じ槍使いの少女に手も足も出なかった。
皆同い年の女子達。
試合内容も正々堂々としたもの。
言い訳等出来るはずもなく、そもそも何の言い訳も思い浮かばなかった。
更には、暇そうにしていたという理由でレキとアランが狩りだされ、皆の前で手合わせを披露した。
完全な無詠唱ではないが魔術名のみで魔術を放ちつつ、ミームにも勝ったと言う剣術を披露するアランと、そんなアランにまるで稽古を付けるように戦うレキ。
あくまで手合わせ。
それなりに加減した戦いを見せた二人だったが、見ている者を魅了するには十分だった。
「この二人がフロイオニア学園の代表だ。
因みにレキはお前達と同い年だ」
そう言われ、プレーター学園の生徒達は唖然とし、愕然した。
世界は広いのだと、改めて思い知らされた。
種族の違いなど関係ない。
自分達より強い者がこれほどいるのだ。
今まで以上に頑張らなければ、何の為にこの学園に来たのかすら分からなくなってしまう。
これまでミームに勝つ事を目標に頑張ってきた彼等は、世界の広さを知り、新たな目標を得た。
ミームを超え、フラン達を超え、いつか大武闘祭でレキと戦う。
強い者に敬意を抱き、決して折れる事なく挑み続ける彼等は、やはり脳筋であり、武を重んじる獣人であった。
――――――――――
「今日はすまなかったな」
「いや、こちらも良い勉強になった」
見送りに来たラーサ=ジがレイラスに軽い謝罪をした。
試合をした生徒達は、目論見どおりにやる気を出し、早速鍛錬に励んでいるらしい。
不得手な魔術を身に付けようと勉強を始める者もいるそうだ。
プレーター学園の生徒達にはとても良い刺激になったのだろう。
「レキとアラン=イオニアの模擬戦も見事だった。
惜しむらくはレキと戦えなかった事だが・・・。
どうだ?
私とも戦ってみないか」
「すまんがこの後予定がある」
「そうか、残念だ・・・。
・・・実に、残念だ」
刺激を与えたのは生徒達だけでは無かったらしい。
普段は冷静だが内心には熱い心を持っているラーサ=ジも、やはり獣人であった。
「ではな」
それでもどこぞの騎士団長や公爵ほど食い下がる事は無く、手を振るラーサ=ジに礼を返し、レキ達は宿へと戻った。
六学園合同大武闘祭は、もうすぐ。




