第306話:見学、プレーター学園
翌日。
移動の疲れもあったのだろう、ようやく目的地に着いたと言う安堵感も手伝い、皆がいつもよりゆっくりぐっすり眠る中、レキはいつも通り朝日と共に目覚めた。
誰かを起こすのも忍びないからと、宿の裏手にある庭に出て日課の鍛錬にいそしむ。
中庭には、レキ同様起きてきた騎士団の面々が勢ぞろいしていた。
おそらくは今後の護衛の方針の話し合いをしつつ、軽く体を動かしていたのだろう。
護衛の任務中である以上本格的な鍛錬は余計な体力を消耗し任務に支障をきたすかもしれない。
万が一怪我でもしようものなら、任務から外される恐れすらあった。
故に、ミリス達はあくまで軽い運動という事で鍛錬していたのだ。
大武闘の会場となる大闘技場を見たせいか、レキはやる気に満ちていた。
ミリスやレイクもいる為、鍛錬相手にも事欠かなかった。
前述した通り本格的な鍛錬は出来ないはずだったが、治癒魔術も使えるレキがいるなら話は違う。
騎士団共々朝から良い汗をかいたレキだった。
途中、起きてきたミームやカルク、フィルアやジガ=グなども参加し、レキ達は朝食の用意が整うまで体を動かし続けた。
他の宿泊客がいたなら少々迷惑だったかも知れないが、幸いにしてこの宿はフロイオニア学園一行が貸し切っている為苦情も無かった。
朝食を食べた後、レキ達は予定通りプレーター獣国の学園に向かった。
プレーター獣国立学園。
その名の通り、獣人の国プレーターにある学園である。
力を入れている授業は武術と狩り。
座学はそこそこ、魔術の授業はほとんど無し。
あっても魔力制御と身体強化の練習くらい。
一応魔術も習うが、あくまでオマケ程度。
身体強化ですら、あまり詳しくは習わない。
「身体強化など体を動かしていれば自然と出来る」というのが獣人の考えであり、実際その通りだったりするのだ。
意識して行えばその分精度も強化具合も上がるのだが、元々身体能力が高く身体強化に適性のある獣人は、意識せずとも十分すぎるほど強化できるのである。
フロイオニア学園が総合的な人材を育てる学園なら、プレーター学園は武人や狩人を育てる学園と言えるだろう。
座学に力を入れなさすぎる為、脳筋養成学園になっている節もあった。
「ここがプレーター学園だ」
『お~!』
そのプレーター(脳筋)学園は、フロイオニア学園より更に大きかった。
正しくは広いと言った方が良い。
建物自体は同じくらいだが、武術場の数が多く、狩りの練習をするのだろう敷地内には森すらあった。
学園に通うのはほぼ獣人。
授業の内容的に、よほどの物好きでない限り他種族はこないのだ。
以前、座学が苦手で武術や狩りが好きなレキが獣国の学園でもいいかなと言った事があったが、通えば間違いなく脳筋になっただろう。
武術や狩りの成績で一位は取れるだろうが、脳筋具合も一位になった可能性もある。
「今日は大会の手続きをした後、学園の見学をさせて貰う予定だ。
お前達、おとなしくしていろよ」
『はいっ!』
こんな機会でも無ければ他種族の学園に来る事は無いのだからと、今日は学園内を見学させてもらう予定だ。
フロイオニア学園とは、授業内容も設備も、通っている学生すらも違う。
他国の文化や風習を学ぶ上で十分な意味がある。
手続き自体は直ぐに終わった。
レイラスが出場する選手の名簿を渡し、確認の為順に名前を呼ばれて返事をする。
一年生のレキが個人戦の代表選手である事に何か言われるかとも思ったが、プレーター学園はある意味フロイオニア学園以上に実力主義である。
加えて、獣人はその種族ごとに見た目も大きく異なり、レキより小さくとも強い種族も大勢いる。
外見と強さに関係がない事など、プレーター獣国の者なら誰でも知っているのだ。
「個人戦出場者、レキ、アラン=イオニア。
チーム戦、レキチーム、アランチームですね。
確かに確認しました」
手続きが終わり、レキ達はそのままプレーター学園を見学する。
案内役であるプレーター学園の教師に連れられ、学舎内へと入っていくレキ達。
様々な違いはあれど学園は学園。
どこか似た空気の流れる学舎内を、生徒達は興味深そうに歩いていた。
レキなどは先ほどからせわしなくキョロキョロと周囲を見渡しては、ガージュに「恥ずかしいからおとなしくしてろ」と怒られていた。
大武闘祭が終わるまでは休暇になっているらしく、学舎内に生徒の姿は無かった。
皆、休暇を満喫しているのだろう。
フロイオニア学園の生徒達も、今頃はのんびり過ごしているに違いない。
「ん?」
「どうしたのじゃ、レキ」
と思ったのだが、どうやら違うようだ。
学舎内は静かだった。
その分、周囲からの音は良く聞こえた。
学舎の外から聞こえてくる音にレキが視線を向ける。
本日は休暇。
だが、全ての生徒が休んでいる訳ではないようだ。
学舎にはおらずとも、敷地内には多くの生徒が残っているらしい。
「ああ、そちらは武術場だ。
生徒達が鍛錬でもしているのだろう」
レキが向けた視線の先には武術場があるらしく、休暇にもかかわらず生徒達が鍛錬しているとの事。
フロイオニア学園同様、プレーター学園でも学園の代表を決める武闘祭が行われたばかりである。
代表の座を勝ち取った生徒は大武闘祭の為、敗北した生徒達は更なる力を付ける為、休暇にも関わらず鍛錬に励んでいるのだ。
そう思うレキ達だったが。
「いや、我が学園の生徒達は休日も大抵鍛錬しているぞ?」
単純に、鍛錬が好きなだけのようだ。
――――――――――
折角だからとレキ達は武術場も見学させてもらう事になった。
今から向かうのは主に一年生が使っている武術場。
今年の代表選手は四年生ばかりであり、一年生の鍛錬なら見学しても支障はないとの事だ。
「何、手の内を知った程度で負けるなら、それはそいつが弱かったというだけの事だ」
仮に、大会に出場する生徒がいても問題はないと言う。
案内役の教師が笑いながら言ってくれたので、レキ達は安心して見学させてもらう事にした。
武術場は活気に溢れていた。
フロイオニア学園同様、プレーター学園も複数の武術場が設けられており、今いるのはその内の一つである。
一年生用に設けられている武術場。
休暇にも関わらず大勢の生徒が集まっているところを見れば、これがプレーター学園生の休暇の過ごし方なのだろう。
型の練習をする者、武器を振るう者。
ひたすら走り続ける者。
武舞台で手合わせをする者。
一対一、一対多、多対多など。
様々な鍛錬が、武舞台の上や外で行われていた。
『お~・・・』
余りの生徒の多さと活気に感心するレキ達。
そこかしこで行われる鍛錬やら手合わせやらは、人数もあってか非常に賑やかだった。
若干うずうずし始めたレキやミームをルミニア達が宥めつつ、邪魔にならないようまずは遠くから見学させて貰う事にした。
魔術が不得手な為か、どの生徒も鍛錬内容は武術のみ。
遠くから見ている限り巻き添えを喰らう事は無いだろう。
「あっ!
ミームっ!」
「何ッ!?
ミームだとっ!?」
ただ、知り合いに見つかってしまった場合、巻き添えは喰らわずとも巻き込まれる事にはなるようだ。
――――――――――
「誰?」
「なっ!
き、昨日あったばっかじゃねぇか!」
「そうだっけ?」
ミームが旧友(?)と一日ぶりの再会を果たした為、レキ達は武舞台の近くへと案内された。
どうせ巻き込まれたのだからと、近くで見る事を許可されたのだ。
今レキ達のいる武術場には一年生しかいないが、武舞台で戦っているのはその一年生の中でも比較的上位の生徒達らしい。
ミームに絡んでいる(?)生徒もまた、そんな上位の生徒のようだ。
「昨日ぶりだねっ、ミーム!」
「あっ、ラム」
ミームが唯一覚えていた少女、ラム=サも一年生の中では上位の生徒だった。
兎の獣人は本来戦闘を好まず、鍛錬も他の生徒に比べればそれほど行わない。
ただ、幼い頃からミームと一緒に野原を駆け回っていたラム=サは、鍛錬も他者以上に行うし実力も十二分にあった。
「学園の見学だっけ?」
「そう。
うちの学園とあんま変わんないけどね」
確かに造り自体は似ていなくもない。
若干武術場が多く、代わりに魔術演習場が少ない。
狩場を模した施設もフロイオニア学園には無いが、学舎や寮などは大体同じである。
違うのは生徒達のやる気と活気だろう。
レキも鍛錬は比較的真面目に行っているが、休日まで鍛錬に当てる事は少ない。
朝夕の鍛錬以外では、大抵フラン達の買い物の付き添いというか護衛というか荷物持ちに駆り出されるからだ。
もちろんレキも街に出るのは嫌いではないので、いつも喜んで参加している。
「おいミームっ!」
「何よ?」
「ラムに聞いたぞ。
お前、大武闘祭にゃ出ねぇそうじゃねぇか」
「ああ、うん。
そうだけど?」
ミームとラムの会話に割り込んだのは、ミームの旧友らしい生徒達。
ミームがフロイオニア学園の代表ではない事を、昨日のうちにラムは伝えてくれたようだ。
「おかしいと思ったんだよな」
「ああ、いくらミームでもなぁ」
「つか、一年生で代表なんかなれる訳ねぇだろ」
レキの事までは伝えていないのか、あるいはミームの事以外には興味が無かったのか・・・。
何事にも例外がいるという事を、彼らは知らなかった。
「お前達はそこの生徒と知り合いか?」
「はい。
ミームとは同じイーファンの街出身で、こいつらじゃつまらないからって純人族の学園に行っちゃって・・・」
「つまらねぇとは言われてねぇぞっ!」
「そうだっ!
勝てなかっただけだっ!!」
唯一の友人らしいラム=サに案内役の教師が事情を尋ねた。
ラム=サの言う事も間違いではないが、直接言われた訳ではない為か必死になって否定する生徒達。
「なるほど・・・。
どうだ?
こいつらと一戦交えてみないか?」
『へっ?』
そんな生徒達の様子を見ながら、案内役でもある教師が不敵な笑みを浮かべつつそんな提案をした。
――――――――――
「レイラス先生。
どうでしょう?
彼らとそちらの生徒は顔見知りの様子ですし、友好を深める為にも軽く手合わせすると言うのは」
レキ達がプレーター学園に見学に来たのは、別に友好を深める為ではない。
折角他国の学園に来たのだからと、見聞を広める為に来ただけなのだ。
もちろん他国の生徒達と交流するのは悪い事ではない。
ただ、手合わせする必要はないはずだ。
「そうだな・・・。
レキ達は選手だから控えるとして、ルミニア=イオシス、フラン=イオニア、ミーム=ギ、ユミ、ファラスアルムの五名なら良いだろう」
大武闘祭に出場するレキ達は、万が一がある為参加を見合わせた。
アランチーム以外の三年生達もこの場にはいるが、こちらは年齢差もある為参加させるのを見送った。
同じ一年生同士で競わせた方がお互い得るモノがあるだろうとの判断でもある。
「せ、先生・・・」
「なんだ、ファラスアルム」
突然の提案に、当然ながら異議を唱える者もいる。
「いきなり試合とはのう・・・」
「常在戦場とはお父様に言われましたが・・・」
「準備もしてないしね~」
というか、異議を唱える者しかいなかった。
ただの見学だと思っていたのに突然手合わせしろと言われれば不満の一つも出るのは当然だろう。
フラン達も日頃から鍛えているとは言え、別段戦闘が好きな訳ではない。
戦うなら勝ちたいと思っていても、戦いたい訳ではないのだ。
「ふふん、あんたたちがどのくらい腕を上げたか見てあげるわ」
「うるせぇ、今度こそ勝ってやるっ!」
「吠えずらかくなよミームっ!」
「あの頃とは違うからなっ!」
「あ~あ」
そう、フラン達を置いてやる気になっている獣人集団(一人はクラスメイト)とは違うのだ。




