第300話:彼女が強くなりたい本当の理由
「せめてお昼ご飯でも食べていかない?」
「いや、さすがにご迷惑では」
「大丈夫よ、どうせ今から狩りに行くところだったし」
「狩り?」
獣人は武と狩りを重んじる種族である。
とは言え、普段から狩りをして生活しているわけではなく、基本的には他種族と同じく食材などは金銭で購入している。
ただ、例えばレキの故郷の村の様な辺鄙な場所にある場合、日々の糧を狩猟や採取で得る者達もいる。
ミームの故郷であるここイーファンの街は、王都にほど近くかなり栄えた街である。
獣人の気質故か街並みは簡素で、途中立ち寄ったマチアンブリの街程栄えてはいないが、それでもプレーター獣国内ではかなり栄えている方である。
立ち寄る商人の数も多く、もちろん商店の数も多い。
わざわざ狩猟に頼らずとも、十分暮らしていける街である。
ではなぜ狩りに赴くのか。
「その方が安上がりじゃない」
そんな疑問に、ラミ=ギが平然と答えた。
「肉はタダで得られるし、牙や毛皮は売れるし、いいこと尽くめじゃない」
冒険者で無くとも素材を売る事は出来る。
依頼を受けるわけではない為討伐報酬などは得られないが、魔物の牙や毛皮には利用価値があり、ギルドとは別に素材屋が買い取ってくれるのだ。
冒険者を引退した後も、ラミ=ギはこうして食材や金銭を得ているらしい。
「久しぶりに大物狙おうと思ってたのよ。
折角だから皆さんにもごちそうするわ」
外に出ていたのも狩りに向かう途中だったようだ。
そんな母親に、娘のミームが呆れつつも何か言いたそうにしていた。
「折角だ。
レキ、手伝ってこい」
『えっ!?』
「いいのっ!?」
そんなミームの様子に気付きつつ、レイラスは何故かレキを同行させる事にした。
レイラスの言葉に驚き声が上がった。
レキも同様だが、内心かなり乗り気になっていた。
道中、何度も狩りをしては皆の胃を満たしていたレキである。
狩り自体は十分堪能したはずなのだが、やはり誰かと一緒に狩りをするのは一人とは違う楽しみがあるのだろう。
「えっと、いいのかしら?」
「ええ、私達の分まで狩るとなると一匹では足りないでしょう。
レキなら足手まといになる事はありませんし、狩りの経験も十分ですから」
何せ、四年ほど前まで魔の森で日々狩りをして生きてきた子供なのだ。
経験ならそんじょそこらの冒険者や狩人以上だろう。
「あ、あたしもっ!」
「ダメよ」
「なっ」
レキが行くなら私もと手を挙げたミームだが、母親から却下された。
「なんでよっ!」
「だってあんたまだ弱いじゃない」
母親であるラミ=ギは、娘の現段階の実力を一目で見抜いていた。
確かにミームは成長している。
この街を出た時よりかは数段強くなっている。
だが、ラミ=ギの狩りについてこられるレベルにまでは達していないのだ。
強いとはいえまだ子供。
狩りと言っても実戦に変わりはなく、今のミームでは命のやり取りをするには心身ともに早いのだ。
加えて、この周辺にはミームのレベルで狩れる魔物は生息していない。
正直、今のミームでは足手まといにしかならなかった。
「あ、あたしだって武闘祭で・・・」
武闘祭の予選では準優勝を果たしたミームである。
一年生の中ではレキに次いで強いという自負があった。
だが、そんなミームは本戦の個人の部、その二回戦で敗北している。
チーム戦では初戦敗退、しかも個人の部で一度は勝利した相手に倒されている。
その事が引っかかったのか、ミームは最後まで言えずに言葉を濁した。
「武闘祭で?」
「な、何でもない・・・」
「そっ、ならいいわ」
娘の態度にラミ=ギも察したのだろう。
次の言葉を促すことなく、さらっと流した。
「因みに、この辺りにはどんな魔物が?」
「そうね、あっちの平原にはブラッドホースが、そっちにはロックバッファローがいるわね。
ああ、こっちにはラピッドエレファントがいるから気を付けてね」
「何それっ!?」
「あら、知らないの?
ラピッドエレファントってのはね・・・」
話は終わったとばかりに、ラミ=ギがレキと狩りについて打ち合わせを始めた。
生徒であるレキを同行させるにあたり、教師であるレイラスも話し合いに加わった。
そんな三人を、特にレキと母親を、ミームが羨ましそうに、そして悔しそうに見ていた。
――――――――――
プレーター獣国を出たのは己を鍛える為だった。
強くなって、母親に勝つ為に。
その為には競い合える相手が必要だと考え、ミームは他国にその相手を求めた。
イーファンの街にミームと競い合える子供はおらず、ミームと競い合ってくれる子供もいなくなっていたからだ。
才能があったのだろう。
ミームは同年代の子供より頭一つ抜きんでていた。
母親という強者を見て育ったミームは、強さに対する欲求が誰よりも強かった。
母親もそんなミームにちょくちょく稽古を付けてくれたし、母親がいない時もミームは一人で鍛錬をしていた。
小さい頃は周りの子供達とも良く手合わせをしていた。
最初は負ける事もあったが、次第に誰にも負けなくなった。
何度やってもミームが勝ち、次第に誰も手合わせしてくれなくなった。
寂しくなかったと言えば嘘になる。
それでも母親に勝つと言う目標の為、ミームは一人でも鍛錬を続けた。
それが周りとの差をより広げる結果となり、気が付けばミームは孤独になっていた。
それでも目標を叶える為に、ミームはプレーター獣国を出たのだ。
フロイオニア学園で、ミームは共に競い合える友達を得た。
何より、自分はおろか母親より強い相手と出会った。
レキを目標にすれば、きっと母親より強くなれる。
母親に勝てるくらい強くなれれば、一緒に狩りに行く事も出来るし、母親の代わりに自分が狩りに行く事も出来ると思ったのだ。
もちろん今のミームはまだ弱い。
そんな事はミーム自身が良く知っている。
それでも、自分を差し置いて母親と狩りに行くレキを羨ましいと思ってしまうのは仕方なかった。
「ミームさん」
「・・・いいの。
あたしはまだ弱いから。
今行ったら、多分母さん達の邪魔になっちゃう」
心配そうに声をかけるルミニアに、ミームは拳を握りしめながら答えた。
野外演習ではレキに迷惑をかけた。
先日の武闘祭のチーム戦でも、自分が弱かったせいでチームを敗退に導いてしまった。
どちらも自身の慢心が招いた結果だ。
チーム戦の敗北だけならまだしも、野外演習での独断専行ではレキが間に合わなければミームは死んでいただろう。
魔物と戦うと言うのはつまりそういう事。
それを経験したミームだからこそ、自制する事が出来た。
「仕方ない。
見学だけなら許可しよう」
「えっ!?
そんなミームの様子にも気づいていたのだろう。
打ち合わせを終わらせたレイラスが、ミームにも同行の許可を出した。
「勘違いするな。
あくまで見学だ」
「で、でも・・・」
「何だ、行きたくないのか?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
レイラスの提案は嬉しいが、足手まといになる自覚があるだけに素直に頷けなかった。
もちろんレイラスとてそれは承知している。
ミームを同行させるのはあくまで見学のみ、手を出す許可は出していない。
「お前は将来母親の様になりたいのだろう?
だったら母親の仕事ぶりを見るのは良い勉強になるはずだ」
「先生・・・」
母娘のやり取りやミームの様子から、レイラスはミームが誰を目標にしているかを察していた。
今のミームはそこまで強くない。
一年生の中では強いが、単独で狩りを行えるまでには至っていない。
実力の足りていない者を同行させても足手まといになるだけ。
普通なら許可しなかっただろう。
だが、レイラスはミームが本気で強くなろうとしている事を知っている。
同時に、己の弱さに気付いている事もだ。
野外演習での失態と、それに伴うトラウマは翌日に挽回出来た様に思う。
だが、続く武闘祭の本戦でもミームは敗北している。
個人戦はともかくとして、チーム戦では一度は勝利した相手に倒されてしまっている。
ただ敗北しただけではない。
己の慢心のせいで仲間の足を引っ張ってしまった。
そう、ミームは考えているのだ。
試合で負けても失う物は自信や矜持くらいだ。
実戦なら己の命を失う事になるが、それが一人なら自分が死んで終わりである。
だが、仲間と共に戦う場合、己が弱いせいで皆の足を引っ張り、あげく仲間の命すら失う事になりかねない。
自分が弱いせいで仲間が死ぬ。
強さを重んじる獣人なら、何よりも耐えがたい事だろう。
実際、チーム戦での敗北を一番悔しがっていたのはミームだった。
それ以降、ミームは今まで以上に鍛錬に精を出すようになっていた。
六学園合同大武闘祭の為、あまり日を置かずにプレーター獣国へと赴く事になってしまったが、移動中も暇を見つけては鍛錬をしていた。
一人で狩りに向かうレキをいつも羨ましく見送っていた。
ミームはまだ一人で狩りをした事がない。
狩りに連れて行ってもらった事すらないのだ。
危ないからと、ミームはいつも留守させられていた。
今まではただただ不満だった。
何度かこっそりついて行こうとして、その都度母親に見つかり追い返されたりもした。
今なら分かる。
あれは自分のみならず母親をも危険に晒す行為だったのだと。
独断でゴブリンに挑み、危うく殺されかけた。
レキが来てくれなければ、ミームは確実に死んでいただろう。
それは同時に、レキが危険を冒してまで助けてくれたという事でもある。
下手をすればレキも死んでいたかも知れないのだ。
まあ、レキがゴブリン程度に殺されるはずもないが。
それでも迷惑をかけた事に変わりはない。
ましてや今回は母親もいる。
足手まといな自分のせいで、レキや母親を危険にさらす事になるくらいなら・・・。
レイラスの提案は嬉しかったが、ミームは頷けないでいた。
――――――――――
「でしたら私がミームちゃんの護衛につきましょう」
悩むミームに助け舟を出したのは、護衛として同行している騎士団の副団長レイクだった。
狩りには参加せずとも、近くにいればそれだけ危険である。
魔物がミームを狙わないとも限らない。
弱い相手を的確に見抜き、襲ってくる魔物も世の中にはいるのだ。
知恵があるというより、確実に倒せる獲物を狙う本能のようなものなのだろう。
少し離れた場所で見学していたとしても、別の方から魔物がやってくる可能性だってある。
ミームでも倒せる魔物なら問題ないが、今回ラミ=ギが狙うのはロックバッファローという少々危険な魔物である。
ロックバッファローは冒険者ギルドが指定するランク4の魔物。
岩の様に硬い皮膚、鋭く尖った角は魔銀の鎧をも貫き、強靭な脚は見た目にそぐわぬ速度を生み出す。
真正面から打ち破れる者は少なく、相応の力で挑まなければ傷もつけられず串刺しにされてしまう。
名うての冒険者であったラミ=ギでも、油断すれば怪我をしかねないほどの魔物。
ミームを連れて行かなかったのは、ミームを守りながらでは万が一もありえるから。
本当なら、見学すらも断るつもりだった。
ミームの為にとレイラスにお願いされ、レイクが護衛についてくれるならと、ラミ=ギは渋々了承した。
また、母親が了承した事で、娘であるミームも付いてく事を決意した。
表面上は仕方なく、内心とても喜んでいるミームだったが、そんなミームの心情は友達であるルミニア以下数名にはバレていた。
なお、娘と狩りに行けるという事で、母親のラミ=ギも内心喜んでいるのだが、こちらは誰にもバレていない。




