第297話:三年生達
生徒総出で行われた解体も終わり、レキ達は続けて野営の支度に取り掛かった。
取れたて(狩りたて)の肉と買い出しで手にいれた野菜や調味料を用いた料理は、頑張った分だけさらに美味しく感じられた。
解体中は顔色を悪くしていたファラスアルムも、終わる頃には何とか持ち直して料理を手伝った。
ブラッドホースは一体しか狩れなかったが、個体の大きさもあり全員の胃袋を満たすには十分だった。
一年生と三年生、更には護衛の騎士や教師達も交えての食事。
学園からずっと一緒に移動しているだけあって、すっかり打ち解けている。
就寝時は当然見張りも立てる。
野外演習での経験から、レキ達一年生から二人、アラン達三年生から二人が見張りについた。
レキとペアを組むのはファラスアルム。
実力を考慮したのではなく、今回はくじ引きの結果である。
「レキも村出身?」
「フィルアも?」
今レキに話しかけているのは、三年生で見張りについた生徒。
アランのチームメンバーの一人、フィルアという女子生徒である。
冒険者に憧れ学園に入学したのはカルクと同じ。
一年生の時は上位クラスだったらしい。
学園に入るまで魔術を使えず、得意の剣術も幼少の頃から指南を受けた貴族の子供達には敵わず、それでも何とか上位クラスに入る事が出来たフィルアだったが、自分の実力ではそれ以上は望めないと諦めていた。
そんな彼女は、ある日中庭で鍛錬に励む一人の少年に出会った。
アラン=イオニアである。
村にいた頃の習慣から、学園でも早起きをしていたフィルア。
王族であるアランが誰よりも努力している姿を見て、フィルアも諦める事を止めた。
その後、アランとローザの二人に頼み込み、ともに鍛錬をする内に実力を伸ばし、二年生では最上位クラスに上がる事が出来た。
現在、フィルアの実力は三年生で三位。
魔術を習得し、アランとローザから習った騎士剣術を振るう、アランチームの遊撃要員である。
自分に鍛錬を付けてくれたアランとローザに感謝と敬意を抱き、将来は二人の役に立ちたいと思っている。
「アラン様には感謝しかない。
学園を卒業したら、騎士団に入ってアラン様の力になるつもり」
「へ~・・・」
レキは学園でのアランを良く知らない。
レキが知るアランと言えば、王宮でいつもフランに袖にされては一人落ち込んでいる少年でしかなかった。
ただ、鍛錬中は真面目で、レキにも諦める事なく挑んできた。
学園でアランに接したのは先日の武闘祭が初めてで、その時のアランはレキの良く知るアランとは別人のようだった。
「フランさえ絡まなければ」と誰かが言っていたが、そのフランが絡まないアランというのがフィルアの言うアランなのだろう。
「レキはどう?
将来は騎士団に入るの?」
「ん~・・・俺は冒険者になりたい」
「そっか」
騎士団に憧れる子供は多い。
煌びやかな鎧を身に纏い、王都を颯爽と歩く姿は、それこそ物語に出てくる騎士そのものだ。
剣姫ミリスや王国最強の騎士ガレムなど、二つ名を持つ騎士は分かりやすい憧れの対象だろう。
ガレムはともかくとして、ミリスに憧れるのは当然だとレキだって思う。
「ミリス格好いいしね」
「そうね」
一年生上位クラスのミル=サーラなど、学園にもミリスに憧れ騎士を目指す女の子はそれなりに多い。
ただ、フィルアは騎士団を目指してはいるが騎士に憧れている訳ではない。
アランやローザの力になる為に、騎士団に入ろうと考えているのだ。
「レキ君ならいつでも歓迎しますよ。
もちろんフィルア君もね」
同じく見張りについた副団長レイクも傍に来て、レキとフィルアは騎士団についていろいろ説明を受けた。
騎士団を目指すフィルアにとって、この日はとても充実した日になったようだ。
――――――――――
「ファラも強いよ?」
「知ってるさ、チーム戦は俺も見てたからな」
「うちの森人は魔術より剣が好きみたいだけどね」
「そ、そうなのですか・・・」
騎士団についてレクチャーを受けたレキとフィルアはその後、他の見張りの生徒二人も交え、武闘祭を振り返っていた。
ファラスアルム達女子チームは初戦で敗退したが、その戦いぶりは誰もが認めるところだった。
三年生達も、さすがフラン殿下だルミニア様だと称賛していたらしい。
「わ、私は魔術しか・・・」
「確か無詠唱で使ってたよな?
うちじゃアラン様しか使えないってのに、今年の一年はすさまじいな」
「無詠唱って確かレキが最初だよね?
どこで習ったの?」
「えっと・・・」
三年生達はレキ達にも気さくに話しかけてくれた。
学園の先輩として、あるいは敬愛するアラン殿下の友人として、レキ達とも交流を持とうとしているのだろう。
あるいは個人、チーム戦共に優勝したレキの強さを少しでも知る為に、積極的に話しかけているのかも知れない。
「魔の森ってどんなとこ?」
「入ったら死ぬしかない場所なんだろ?」
「ん~、いろんな野菜とか木の実とかたくさんあって」
この場にいるのは平民であるレキとフィルア、貴族の家に生まれた三年生の男子生徒と森人のファラスアルム。
身分も種族も違う彼ら彼女らは、焚火を囲いながら仲良く語り合っている。
この光景こそが、フロイオニア学園の理念なのだろう。
レキ達を見守る副団長レイクが、その光景を微笑ましく見守っていた。
――――――――――
見張りを交代したレキはそのまま就寝した。
野営の場所はマチアンブリの街道沿い、騎士団も見張りに付いている為危険も無い。
以前行った野外演習の時の様に、魔物を見つけて抜け出すような生徒もいなかった。
爽やかな目覚めを迎え、昨晩の残りで簡単な朝食を作ったレキ達は、再び馬車を進める。
道中もまた実に平和で、レキ達は何事も無く次の街へと辿り着いていた。
プレーター獣国の国境近くに存在する街。
レキ達がプレーター獣国に入って初めて訪れる街である。
他種族の国であり、ミームの故郷でもあるプレーター獣国。
一体どんな国なのか。
レキは今からワクワクしていた。
――――――――――
レキのワクワクは、ある意味期待外れだった。
どんな国を想像していたかは分からないが、プレーターは国土こそ広いが文化レベルは他国と大差ない。
精々街と街との距離が広く、国土には平原が多く、街の傍には森が多い事くらいだろう。
理由はもちろん狩りをする為。
街同士が近すぎれば、狩場の取り合いで対立し争う事になりかねないからだ。
「あたしの故郷はもっと先」
「おいらもそうやな」
プレーター獣国出身のミームと、同じく獣人である三年生のジガ=グが勝手知ったるといった様子であれこれと説明してくれた。
狐の獣人であるジガ=グは、獣人にしては珍しい魔術の使い手である。
チーム戦ではその魔術と杖にもなる棍を使った武術で、フィルアと共に遊撃を務めていた。
普段は飄々として掴みどころのない性格をしているが、根は真面目な青年である。
武術だけでなく魔術も使えた方が有利だと考え、鍛錬に根気よく付き合い、更には魔術のコツを教えてくれたアランに恩を感じている。
普段はそんなアランをからかう事も多いが、それを許すアランの人柄あってこそだろう。
「レキはプレーター初めてだっけか?
よっしゃ、おいらが案内したるわ」
「ちょっと、案内ならあたしがするわよ」
「ミームの故郷は王都の方なんやろ?
おいらはも少し手前やし」
熱血、あるいは脳筋の多い獣人において、ジガ=グのような獣人は珍しい。
そんなジガ=グとミームの間に挟まれ、レキはあたふたするしかなかった。
「おい、ジガ。
あまりレキ殿を困らせるな」
困っている様に見えたのだろう。
別の三年生がジガ=グとミームの間に入った。
ラリアルニルスという森人で、彼もまたアラン達のチームメンバーだ。
普段は冷静ながら、戦闘中は人が変わったように好戦的になるという、こちらも森人にしては珍しい性格の持ち主である。
青と緑、黄の三系統の魔術を使いつつ、大剣を用いた近接戦闘もこなす万能選手。
因みに、野営の時にフィルアが言っていた「魔術より剣が好き」な森人とは、このラリアルニルスの事である。
「なんやラリア。
折角おいらがレキに故郷を案内したろ言うのに」
「その役目はそちらのミームの役目だろう。
何せレキ殿の伴侶の一人なのだ」
「は、伴侶じゃないわよっ!」
「あ~、候補やな?」
「こ、候補でもな、無いわ」
勢いよく反応したミームだが、三年生二人を相手には分が悪かった。
顔を真っ赤にしつつ、最終的にはレキの後ろに隠れてしまった。
「はっはっは」
「うむ、良い反応だ」
真面目に見えるラリアルニルスも、どうやら良い性格をしているらしい。
ジガ=グと肩を組み、レキとミームの様子をニヤニヤと見ていた。
「・・・ねぇ、何してるの?」
「「ギクッ!」」
そんな二人の背後から、フィルアが音もなく忍び寄り二人の肩に手を置いた。
突然聞こえたドスの効いた声に、ジガ=グとラリアルニルスがそろって姿勢を正す。
「フィ、フィルア。
こ、これはそのだな」
「そ、そうや。
別にレキ達を困らそうとかやなくてな」
「ふ~ん・・・」
同じ平民であり、アランの妹フランの恩人であるレキは、フィルアにとっても恩人に等しい。
武闘祭でアランと仲良くしている姿も見ており、野営中に友誼も結んだ為、からかいが過ぎるようならと釘を刺しに来たのだろう。
「まあ、レキ自身が困っている訳じゃなさそうだけど」
「そ、そうやろ?」
「うむ、レキ殿はまだその辺疎いのだろう」
「?」
なお、顔をこれでもかと言うほど真っ赤にしていたミームは、いつの間にかこの場から去っている。
フラン達と合流した彼女は、「なぜそんなに顔が赤いのじゃ?」と聞かれて「う、うるさいっ!」と馬車に逃げ込んだ。
「大体レキの伴侶はフラン様に決まってるじゃない。
アラン様だって認めてるでしょ?」
「ありゃ認めてる言うんか?」
「認めざるを得ないのだろう」
最愛の妹であるフランを救った事に関しては、アランも心から感謝している。
フランの懐きようが気にいらず、あるいは羨ましくてレキに突っかかっていただけだ。
見る者が見れば分かりやすく、フィルア達も当然理解していた。
「いざとなったらまた揉めそうやけどな」
「そう?
精々「フランを伴侶にしたければ私と勝負しろ」とか言うだけじゃない」
「それで返り討ちにあうのだな」
「それすらレキを認めさせるパフォーマンスかも」
「「さすがにそれは無い」やろ」
この中で最もアランを評価しているのはフィルアだろう。
対して、ジガ=グとラリアルニルスは恩こそ感じていてもあくまで友人として接している。
アランもそう思っている為、三年生達もまた身分や種族を超えて纏まっているようだ。
「折角やからアランの事「兄さん」って呼んだらどうや?」
「アラン殿の反応は面白くなりそうだな」
「やめてよ。
大会に影響が出たらどうすんのよ」
「お前ら何を言ってる?」
「「「あっ、お兄さんだ」」」
「なっ!?」
見かねてアランが止めに来たが、今までさんざん二人を注意していたフィルアですらアランを揶揄い始めた。
そんな三年生の様子に、話題にはついていけなかったレキも次第に楽しくなっていた。
周りに揶揄われているアランの姿もまた、ある意味では王宮のアランと同じである。
改めて、三年生チームの仲の良さを知る事が出来たレキだった。




